21:『あ、(牛柿)』


それは練習の合間。
「あ、」
と、頭の上から降ってきた声に振り返ってみれば。
「……柿枝君、バンダナ」
いつの間に後ろにいたのか、御門……キャプテンが変な顔して立ってた。
「バンダナがどうかしました? キャプテン」
「バンダナ、解けかけてるよ。後ろ、向いてみて」
「あっ、ああ、ごめんなさい……」
言われたとおりに後ろを向くと、キャプテンがあたしのバンダナを結びなおしてくれた。
一寸きつめに、きゅっ、て。
何もかもがきっちりしたキャプテンらしい。……あたしは一寸緩めがいいんだけど。
「これで大丈夫、……柿枝君」
「あ、ありがとうございます、キャプテン」
お礼を言って、仕事に戻った。




人前でいちゃつくことって基本的に無いから、こーゆーさりげないことが結構嬉しかったりなんかして。
明日はわざと解けかけたまま来ようかななんて、ちょっと悪いことを考えた。





22:『背徳、倫理(羊猫)』



夜中に目が覚めた。
最近どうも寝つきが悪い。夜中に何度も目が覚める。
暗がりの中、自然と足はキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けると、360リットルの中に、酒らしい酒といえば嫁さんが料理に使ってる日本酒の瓶だけだ。
残り僅か、といったところか。
まぁ、これでいいか。


蓋を開け、文字通り喉に流し込む。



冷たいくせに、喉を通った後はまるで焼けるように熱くなる。






「……あぁ、……なっさけねえ……」
冷蔵庫の蓋を閉め、冷たいフローリングに座り込んだ。
空の瓶を抱えて溜息ついてる俺は、傍から見たらさぞや惨めなオッサンだろう。




こんな俺にもまだ、背徳だとか倫理だとか。
良心だとかが残っているらしい。
だから心は痛むんだ。
「……くっそ……、」
でもやめられない。
目を閉じれば、瞼の裏にはあの小娘の姿しか浮かばない。
今日の夕方。部活の時間、部員達の目を気にしながら、下手な口実を作って。
手伝いだと言って連れ出して、体育倉庫で短い逢瀬。


「―――檜」



『監督、これって不倫かな?』


キスをした後無邪気に俺に聞いてくる、その姿しか思い浮かばない。
檜、檜、檜。
その名を呼ぶだけで、俺の喉は焼け焦げそうになる。
背徳と倫理の炎が、喉を焦がす。





23:『カルピス(沢松と天国)』



「ダチん家が金持ちだなァ〜、って思う瞬間ってあるだろ」
「あぁ? 例えば?」
「出されたカルピスが濃かった時とかさ」
「……ははっ、確かに!」
天国の例え話は何でだか俺のツボに入るんだよな。
言いえて妙ってヤツだ。
「沢松ん家のカルピスは薄い」
「うるせぇ、天国ん家のカルピスだって薄いじゃねえか」
「いーやっ、沢松ん家の方が薄いっ」
目くそ鼻くそのやり取りをしながら、薄暗い家路を急いだ。




因みに俺が一番最近飲んだカルピスは、天国と一緒に招待された牛尾主将ん家。
すんげぇ濃かった。
何せ原液に氷浮かべただけだったんだぜ?


流石は金持ち。牛尾財閥。




24:『メール(沢梅前提 梅←猪)』




猪里にとって数学の授業は退屈極まりなかった。
元々嫌いな教科である上に、今の教科担任はあまり口やかましいタイプではない。
ぼんやりしていても板書をしていなくても、虎鉄のように最前列、それも教卓の真正面の席で堂々と居眠りをしていても何も言わない。
だからいつも頬杖をついて、練習で溜まった疲れを癒すため費やしている。




―――何ばやっとるのやろう




頬杖をついて、教科書37ページを読み上げる教師の声を子守唄に。
ぼんやりと眺めているのは、少し離れた席に居る塁。
……机の下で、膝の上に置いた携帯をじっと見ている。
時折口元に笑みを浮かべながら。


―――メール?



それは塁に限らず、授業中よくある光景だった。
学校側も携帯電話の学校への持ち込みは禁止だと言いながらも、クラブ活動などでは実質の連絡網になっている所が多く、 黙認しているのが現実だった。



きっと4階の1年の教室から送信されてきたメッセージだろう。見当くらいは付く。



―――そーいえば俺、梅星のアドレス知らん……。



教えてもらう理由が無いから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
もしも教えてもらえたら、送ってみたいメッセージはある。
真正面からは聞けないこと。



件名:(non title)
From:猪里猛臣
――――――――――――――――
梅星へ。


そげんに沢松のこと、好いとうか?




もしもそんなメールを送ったら、塁からはどんな返事が返ってくるのだろう。
猪里はそんなことを考えながら、目を閉じた。






25:『……偵察?(沢梅前提・帥→梅のその裏で。兎丸達のお話)』



「犬飼君、兎丸君、ちょっと宜しいでしょうか?」
部活の休憩時間、マネージャーさん達から受け取ったドリンクを飲んでたとき。
犬飼君とボクが、明日の体育の授業のこと(ボク達のクラスと犬飼君達のクラスは、体育合同でするんだよ) 話してたら、辰羅川君が割り込んできてこんなことを言ったんだ。
「何だよ、辰」
「どうしたの? 辰羅川君」
「お二人とも、こちらへ……」
辰羅川君はボク達を呼び寄せて辺りをちらちら見てから、声を潜めて言ったんだ。
「……華武の野球部から、十二支に偵察が来ているらしいんです」
「マジでか」
「それホント?」
思わず、ボクと犬飼君も声潜めちゃった。
「はい、確かな筋からの情報です……最近、放課後頻繁に十二支高校の周辺をうろついている、華武高校の男子生徒の目撃情報がありまして」
「夏の制服なんて何処もだいたい一緒でしょ? ホントに華武の生徒?」
「っつかさ、それってマジで野球部の偵察か? 十二支は男子のバスケ部とか機械体操部なら華武より強ぇぜ……そっちの可能性は無いのか」
「いえ、華武の生徒です。そして、野球部の偵察です。確かです」
辰羅川君は自信満々、といった風なんだ。何処から来るのさ、その自信。
「確かって……どういうこと?」
「その男子生徒の特徴を申し上げれば直ぐに分かります。長身、癖のある長髪、右目に眼帯……いかがですか?」
「「あっ」」
ボクと犬飼君の声、ハモっちゃった。
「……あの二軍の眼帯ピッチャーか」
「ボクのことガキ、とか言ってたあの人だ!」
……思い出しても腹立つっ! 
何かって言うと、「ふ〜ん、それで?」とか馬鹿にしたように言う眼帯の人だっ!
「……華武の三年・今は三軍ですか……帥仙刃六。どうやら彼が十二支に偵察に来ているらしいです。ここ2週間ほど、放課後に十二支の周辺をうろついているらしいのです」
「きっと三軍に落とされてパシラされてるんだよ、そうだよ、そうに決まってるさ」
「パシリであっても、三軍でも、彼は華武では屑桐に次ぐ実力のピッチャーです。三軍降格は一時的なものでしょう。犬飼君、校内での四大秘球の投球練習は控える方向で……」
「ああ、わかってらぁ」



華武からの偵察、かぁ。辰羅川君は、
「猿野君たちにはまだ伝えない方が良いでしょう、発火点の低い人を下手に刺激するのはよくありません。
下手に教えたら、探しに行きかねませんからね。とりあえず主将と監督にだけは伝えておきます。これは、あくまでも内密に」
って念を押したんだけど。
でも……ホントに偵察なのかな?
なんかそんな風に思えないのは、ボクだけ?





「……ぶえっっくしょいっ!」



きっと今頃、どこかでくしゃみをしているだろう、あの眼帯の人のことをちょっと考えてみた。




26:『あなたが私にくれたもの(帥→梅)』




「なぁなぁなぁ、梅星さん」
「いい加減しつこいですわ(怒)」
「いーじゃん、なぁ、梅星さん。誕生日と血液型と、あとよかったらスリーサイズと愛用のブラのメーカー教えてよ、なぁ。ワコール? トリンプ?」
「……全てお断りします」



今日もまた、一方通行。
俺って結構健気? ……単にしつこいだけ? 
断られても断られても、毎日のように梅星さん見たさに、練習の合間にやってくる十二支高校周辺。
そして会ったら会ったで後ろから声を掛けて掛けて掛けまくる。聞きたいことは山のように。
……ま、会えたのは今日で三回目なんだけど。
ついでに質問にはなーんにも、答えてくれて無いんだけど。




十二支高校前のアーケード街。
なんかいつの間にか色々覚えちまって、本屋の爺さんと顔見知りになっちまったり。
コンビニのおばちゃんとも雑談するようになってたり。
「なぁ、梅星さん」
「しつこいですわっ」
ずかずかずかずか。
さっさっさっ。
梅星さん四歩、大股で歩く。
俺三歩、フツーの歩幅で歩く。
それでぴったり同じ距離。前を行く梅星さんと、後ろを歩く俺の距離は縮まらないし開かない。
走り出さない辺りが、梅星さんの意地みたい。
こーゆーとこも気に入ってるんだ。



「……なぁ、梅星さん、好きな色と……っ、」
急に、梅星さんが立ち止まる。俺も立ち止まる。 梅星さんはくるりと振り返り、手にしていた大振りのバッグの中から、やおら封筒を取り出した。
「帥仙君、今日はこれを差し上げますから、お引取り願えませんかしら?(尋)」
「何これ」
俺は恐る恐る、その白い封筒を受け取る。
当たり前だけど何か入ってるっぽい。
「あけて御覧なさいな」
「あ、ああ……何これ。梅星さんのプロフィールとか?」
「違いますわ」
「……もしかして婚姻届? 俺誕生日1月だから……」
「バカは死になさい(怒)」
……屑桐みたいなこと言わないでくれよ。
封筒を開けると、中には写真がニ、三枚はいってた。
写真……まさか、梅星さんのヌード? いやいやそんなはずは……あったらどうしよう。
今夜は寮の屋上で、俺ソロ活動に励んじゃうかも……とか何とか頭の中でやり取りをしつつ、写真を取り出す。



「――――あ」



そこに居たのは、紛れも無い俺。
マウンドに立つ俺の姿。
ボール投げてる俺の姿だった。




「これって……」
「華武と十二支の対校試合のときの写真ですわ。私、この時取材には遅刻しましたの……だからこの写真を撮ったのは、うちの報道部の後輩ですのよ」
「梅星さん撮影じゃねえんだ」
「ええ。おバカなうちの後輩、この写真の見所が分からなかったらしくて。現像した後、ずっと部室に放置してましたのよ」
「そうなのか……」
「校内新聞に使わないにしても、この写真はあなたに渡すのが一番だと思いましたの。……いかが?」
「いや、そりゃあ……勿論、ありがとう、だよ」
俺は手にした写真と、梅星さんの顔を何度も交互に見た。




あの時俺は、たかが十二支と高を括って、ハンデだとばかりに両手に錘をつけて投球していた。
そして菖蒲監督の支持で半減野球を実行していた。
けれど、ハンデだの半減だの以前に、写真の中の俺の投球フォームは明らかに崩れを見せていた。
肩が下がりすぎだ。脚の開きが甘い。
あの位の錘でこんなになることはまず無い。だってずーっと、錘つけて練習してたんだから。
それは明らかに、俺のフォーム自体が崩れていたことを示している。




……これじゃ、打たれるはずだ。こんなフォームじゃ。
ダイバースクリューの抉れが甘くなるのも無理は無い。





「あなたのダイバースクリュー、去年の県予選でも見せていただきましたけど。自分でも意識しない範囲でのフォームの崩れが、直ぐにコントロールに影響しているようですわ。 オーバースローのピッチャーに比べれば、その僅かな崩れの影響度は明らかに大きいですわ」
「…………」
―――やべ、すんげえ正論じゃん。さすが報道部。っつか、スポーツジャーナリストだよ、梅星さん。
俺反論のしようがねえよ。
「私のお尻を追いかける前に、フォームの改善をしないといけないんじゃありませんこと? 帥仙君」
「……ご、ごもっともです……」
俺は写真を手に、恐縮して頭を下げた。
「分かっていただけたらよろしいの。それでは私はこれで」
梅星さんは手をひらひらさせながら……初めて話した、あのバスの中のときみたいに……立ち去っていった。
「練習にはしっかりと身を入れてくださいな、帥仙君」
お義理程度の笑顔を添えつつも釘刺されちまった。ぐさっ。 義理だと分かってても、梅星さんの笑顔……やっぱ、可愛い。つられて、俺も手を振った。





「……フォーム直したら、俺、梅星さんのことまた付け回すからなっ!!」





叫んだ俺の声に。 角を曲がりかけた梅星さんは、何故か思いっきりずっこけた。
「……もう本ッ当に知りませんッッッ!!! 二度と来ないで下さいなッッ!!!」



―――何で怒るのさ、梅星さん。






27:『ID SEX(辰鳥)』




……あの時。あの、と言うのは、所謂その、……セックスの、こと、です。
その時はいつも、辰羅川さんらしさに溢れていて、私は可笑しくさえなるんです。
私が辰羅川さんの部屋を訪れる時は、必ずご家族の方は居ないんです。お父様はともかくとして、 辰羅川さんのお母様はお仕事をされて無くて、専業主婦だとか。お家で裁縫をしたりするのがご趣味だと言うのに、 ……どうやって家から出て行ってもらっているんでしょう。
その口実を、辰羅川さんは私に教えてくれません。
「秘密ですよ」ですって。





辰羅川さんのお部屋はいつも、エアコンが効いていてとても涼しいんです。
直ぐに暑くなりますから……その、あの時、は。
部屋の鍵を掛け、カーテンを閉めて。最初は他愛ない話をしていた筈なのに、いつの間にか話はそっちの方向へ……その、ですから。
セックスの方向へ……流れていって。辰羅川さんの巧みな話術に、いつも私ははっとするんです。

気が付くと、軽くキスを交わしながら、辰羅川さんに抱きしめられているんです。




慣れてるんでしょうか?
それとも、頭脳プレイ?



「……ん、ッ」
ついばむようなキスから、ディープキスへ。
その流れも無理がなくて……やっぱり、慣れてるのかもしれません。
……誰とだなんて、野暮なことをかんぐるほど、私子供じゃありません。
滑るような手つきで、私の服を脱がせます。
ホックを外して、ジッパーを下ろして。中に手を滑り込ませながら、肌と服を分かれさせるんです。
「……ベッドに、行きましょう。床は固いですから」
耳元で囁いて、耳朶に軽くキス。ベッドに場所を移す動きにも無駄はありません。




……本当に、辰羅川さんらしくて。




糊の効いたシーツの上に寝かされる頃には、私はすっかり裸になっていて。
もう火照り始めた肌に、エアコンの風は心地いいんです。
最近気づいたのは、私の体に風が直接当たらないようにエアコンの送風角度を調節してる事……辰羅川さん、そこまで考えてるんです。
「……ちょっと待ってくださいね、鳥居さん」
「はい、」
軽い愛撫の後、辰羅川さんは私から離れて、枕元の文庫本に手を伸ばして、本の間に挟んである小さな四角形の袋を取り出します。
「セーフ・セックスは、愛の基本ですから」
なんて、ちょっと気障な台詞を口にしながら。
その四角い包みを切りながら、辰羅川さんは私に言います。
「鳥居さん、目を閉じて20数えてください」
「はい。……1、2、……」
両手で顔を覆って、私は言われたとおりに20数えます。
コンドームを装着している時の格好は間抜けだから、とか。
でも私、いつもほんのちょっとだけ、覗いてるんです。両手の隙間から。
トランクスから出した、まっすぐ前を向いた辰羅川さん自身に、ゴムを被せてるんです。
空気が入らないように慎重になっているあたりが、また辰羅川さんらしくって。
それは辰羅川さんの、私に対する愛情の動作ですから……笑ったりなんかしないのに。 変なところで格好つけるのも、やっぱり……辰羅川さんらしい。
「……19、20……」
20を数え終わって両手を離すと、目の前に辰羅川さんの顔が。




「準備完了です。いきますよ、鳥居さん」
「はい、……辰羅川さん」
私は辰羅川さんの首に腕を回し、目を閉じます。




私達のセックスは、いつもこうして始まるんです。
ID野球という言葉をもじって、IDセックスだと言ったら、辰羅川さんは笑いました。
でも、……そうじゃありません?





28:『コンビニでの1コマ(辰鳥)』




部活の帰りに、犬飼君と立ち寄ったのはコンビニエンスストア。




手にしたポップな柄の箱を眺めながら、考えるのは彼女のこと。
家にあるのはあと三つ。一回に使うのは、一つないし二つ。破れる可能性も考慮しておかないといけませんね。
そろそろ、補充することにしましょうか。



「辰。お前、勇者だな」
「えっ」
後ろから覗き込んで来た犬飼君が、ぽそっと言いました。
「制服姿でそれ買うか?」
後ろから私の肩越しに顎で示したのは、私の手の中のポップな柄の箱。
「……だって……愛情の基本ですから」
「基本、ねえ」
気持ちよけりゃ何でも良いんじゃねえの? と言う犬飼君の意見には、私は賛同しかねます。
彼女を傷つけたくありませんから、私は。



彼女の、兄である彼のように。



呆れ顔の犬飼君を他所に、私はポップな柄の箱を二つ、買いました。
明日は鳥居さんと会う約束なんです。






29:『らしくない(帥梅。NOT沢梅前提)』



ちょっと癖のある、茶色く長い髪。
見えている右目を、何を気取っているのかわざわざ眼帯で隠して。
真っ黒なレザーのライダース。ダメージジーンズは腰で穿くタイプ。
レトロな形の革靴は、数多いアイテムの中でも一番お気に入りだとか。
そして赤いバイクには、「5150」のステッカー。



……高校球児、という言葉は、この人には似合いませんわね。
らしくない、と言ったら言い過ぎかしら?(疑問)
でもそう思ったのは、私だけではない筈ですわ。きっと。




「ヴァン・ヘイレン、お好き?(尋)」
「……普通。」
「あら。ステッカー貼ってるのに?」
「ああこれ……何となくだよ。カッコいいかなー、とかさ。そんな感じ」



日曜日。
彼のバイクの後ろに乗せてもらって、連れてこられたのは丘の上の展望台。
「三軍は日曜の練習無しなんだよ、馬鹿にしてらぁ」なんて投げやりなことを言いながら、
私に真新しいヘルメットを手渡してくれた。
今日のために、わざわざ買ったみたい。言わないけれど、分かりますもの。
私のイメージカラーだと彼が言う、サーモンピンクのヘルメット。
バイクの後ろに乗るのは初めてで、でもちっとも怖くなかったのは、彼の運転技術のお陰かしら。





「あそこに見えるの、うちの学校……ほら、あれ」
「えっ? ……ああ、本当ですわね」
生まれ育った街を一望できる、この高台がお気に入りだと彼は言う。
気取った格好をして、結構素朴だったりするんですのね。
実は甘党だったり。
言葉遣いは荒いけれど、優しかったり。
……らしくない、なんて。またそんなことを思ってしまう。
「華武の敷地は広いんですのね……」
「で、アレが音瓶高校」
「十二支高校は何処かしら?」
「流石にそこまでは見えねーよ……」
馬鹿にしたような口調で言いながら、さりげなく私の肩を抱き寄せる。




……らしくない、本当に。
こんな人に惹かれるなんて。
こんな、高校球児らしくない人を……好きになるなんて。
本当に、私らしくないですわ。



でも彼の腕は心地よくて。
私はただ彼の言葉に頷きながら、何処までも広がる、彼の生まれ育った街をずっと眺めていた。





30:『昼休みの部室(鹿猫)』


「檜、僕は苦いものは嫌いだと前から言っているだろう」
膝の上に置いた弁当箱と、隣に座る檜を交互に見ながら、
鹿目はいつもどおりの棘のある口調で言った。
「……でも、身体にいいから食べないといけないかも」
「嫌いなものは嫌いなのだ」
檜が作ってきた弁当のおかずの一品として、ゴーヤが入っていた。
あまり体格に恵まれているとは言いがたい鹿目のために、と思って、
苦いものは嫌いだと知りながらも入れた一品だった。
その他は、蛸の形のソーセージだとかワンタンの皮でチーズを包んでフライにしたものだとか、
かぼちゃの茶巾搾りだとか、鹿目の好きなものばかりだった。
「僕の嫌いなものを作るのは、嫌がらせ以外の何者でもないのだ」
「好き嫌いするから、……鹿目先輩は大きくなれないのかも……」
良かれと思って作ったものなのに、と檜は思う。
「……あれだけ大きい三象にだって、獅子川にだって嫌いな食べ物はあるのだ」
「でも……」
鹿目は、良い意味でも悪い意味でも、好き嫌いを過ぎるほどはっきりさせていた。



「……鹿目先輩のために、檜一生懸命、作ったかも」



泣き出しそうな顔。檜のその顔に、今度は鹿目が困ったような顔をする羽目になった。



「……しょうがないから食べてやるのだ。」
鹿目は卵の衣を纏ったゴーヤを箸で摘んだ。



「……檜が作ったから、食べてやるのだ」
「うれしいかも……」
檜の泣きそうな顔が、ぱぁっと明るくなった。
鹿目はゴーヤを一口。口にする。
ゴリゴリ、と音を立てて噛み、ごくんと飲み込んだ。




「…やっぱり、苦いものは嫌いなのだ。でも檜が作ってきたから食べるのだ……」
鹿目は苦さを堪えて半ば涙目になりながら、残りのゴーヤを一気に頬張った。




「……ね、だから言っただろ? 部室で弁当食っちゃだめだって」
「本とっすね」
部室の窓から中をそっと覗き込みながら、もみじと子津は顔を見合わせて笑った。
「辰羅川君の言ってたことはホントだったんですねえ……」
「やっぱ、屋上行くか。いつもどおり」
「……ですね、」
もみじと子津の二人は、手をつないで校舎に向かっていった。



知る人ぞ知る、昼休みの風景。






31:『どこでもドア(子熊)』




今何が欲しいですか、と聞かれたら。
ボクは迷わず、「どこでもドア」と答えるっす。
だって、この状況を打破できるのは、それしかないんです。
タイム風呂敷じゃ駄目な気がするっす。……やっぱり、どこでもドアっす。



「……いーかげん、覚悟しろ」
「きっ、清熊さん……」
後ずさりして、壁に追い詰められるボク。もう、後がありません。
ボクの目の前には、お風呂上り……バスタオル一枚を体に巻いただけの、清熊さんがいて。
じりじりと、確実に距離を詰めてきます。
その、なんていうか、この状況。
分かってもらえるでしょうか……ボクは今、貞操の危機なんです。


今日はテスト前で、部活はお休みで。
清熊さんの家でテスト勉強ってことになったんス。
清熊さん家に行くのは初めてで、でもまさか……そんなことはないだろう、って思ってたんです。
ボクが甘かったんです。はい。甘すぎました。
凍らせたスポーツドリンクの、溶けかけの部分くらい甘すぎました。
カルピスの原液くらい甘すぎました。
ご家族は仕事に出ていていないとかで、清熊さんちにはボクと清熊さんの二人だけで。
清熊さんの部屋、想像していたより女の子っぽくて、へーとか感心したりして…… いや、そんな前説はどうでもいいんです!
ともかく、清熊さんの部屋に通されて、「なんか食い物とかジュースとか取ってくるから」って、 清熊さんが部屋を出たのが、ほんの10分前。




10分後、部屋に戻ってきた清熊さんの格好は、先述の通り。
お風呂上り、バスタオル一枚を巻いただけの格好。
胸の谷間とか……丸見えです。
太ももだって丸見えです!
濡れた髪、シャンプーの良い香りがしてきます……。
その、清熊さんの、いかにもな格好に呆気に取られて言葉の出ないボクに、 清熊さんは後ろ手にドアを閉め、上気した顔で一言。
「……子津、俺たち、そろそろいいだろ……?」





……よくありません!!




「っていうか、ボク達まだお付き合い初めて三ヶ月だし!」
「もう三ヶ月、じゃねえか!」
「その、高校生だし……テスト前だし……」
「テスト前くらいしかゆっくり出来ねえだろっ。高校生だからって、 周りのカレカノしてる奴らに聞いてみろよっ! ……皆やってらぁ!」
顔真っ赤にして、ボクに詰め寄る清熊さん。必死に拒むボク。
あの、なんていうか、その。普通は逆じゃないですか……?



そんなわけで、ボクの貞操の危機は突然やってきたんです。
いや、なんていうか、その。
どこでもドアが欲しいです、本当に。
そしてここから逃げ出して家に帰りたいんですっっ!



「何逃げてんだ!据え膳食わぬは男の恥だぞ、子津っ」



……そう言って清熊さんが、ボクの手を取りました。
暖かくて柔らかい手です。
緊張して、その手を跳ね除けることが出来ません……。
そして、その手を……バスタオルから半分はみだした胸に、触れさせたんです。
「わ、わ、清熊さんっ!」
ふにゅ、って胸は押しただけへこみました。
「柔らかいだろ、……子津。もっと、触って良いんだぜ?」
「もっと、って……」
大福と赤ちゃんの頬っぺたを足してマシュマロで割ったようなその柔らかさ。
「だから、こー……」
ボクの手で、清熊さんはバスタオルを……下げたんです。
「わ、わ、わわわわーーーっ!」
プルン、と。
いつもは服に隠れている清熊さんの、お、お、……オパオパ……違う、お……おっぱいが。
ボクの目の前に……。
「……吸ってみて、子津」
頬を赤くして清熊さんは言うと、ボクの頭を抱き寄せました。
……ピンク色した、にゅ……乳頭が。
ボクの、口元に……。


助けて、ドラえもん。
この際、さわえもんでもいいです……誰か、助けてください。





っていうかもう……アウトっすかね?





32:『写ルンデスカ?(ちょっと甘めの帥→梅)』



「俺、梅星さんの写真撮りたいんだけど」
俺の言葉に、梅星さんは複雑そうな顔をした。
「私の写真なんか撮って、どうするつもりですの?」
「どうするって……飾ったり眺めたり撫でたり舐めたりオカズにしたり」
「……最後の三つは却下ですわ(怒)」
寧ろ却下された用途がメインなんですが、俺。
「帥仙君。私写真を撮るのは得意ですけれど……、撮られることには慣れてませんのよ?」
「……ふーん、だから? いいじゃん、たまにはさ」
他人の写真は山ほど撮って、自分の写真は学級写真と卒アルくらいだなんて、余りにも寂しい話。
「撮ってあげるからさ、ほら」
バッグからじゃじゃじゃーん、とBGM付きで取り出したのは、27枚撮りの使い捨てカメラ。
もとい、レンズ付きフィルムと言うべきか。
「ここ来る時さ、コンビニで買ってきた」
「……用意周到ね」
「性格でね」
包装を破き、ノブを回し、フラッシュのボタンを押して、ランプが付くのを確認する。
そして、ファインダーを覗き込んで。
「まず一枚、梅星さん。はい、5−3は?」
「……2」
ぱちり。フラッシュが光った。
ちょっとふてくされたような顔の梅星さんを、ばっちり激写。
「ね、次は笑ってよ、梅星さん」
「理由も無いのに笑えませんわ……」
そしてもっとふてくされる。
ふてくされた顔も、可愛い。


実は27枚のフィルム全部、梅星さんで使い切るつもりだったりする。



俺はノブを回して再び、ファインダーを覗き込んだ。





33:『水蜜糖より甘い時間(蛇狐)』




「……撫子、済まぬ」
枕元に座った私に、開口一番尊はそう仰いました。
「どうして謝りますの? 尊」
「……そなたに心配と迷惑を掛けておる故」
「迷惑だなんて、私……これっぽっちも思ったことはありませんわ。愛する人を心配するのは、人として当たり前のことでしょう?」
未だ目の包帯が取れない顔に手を伸ばし、温かな頬に触れると、尊は布団から出した手を、私の手に添えました。
「準決勝に出られないのが残念だという気持ちは分かりますわ。けれど今はお休みを頂いて、……決勝に備えましょう」
「……ああ」





『応援の方は、あたし達に任せといて。夜摩狐は蛇神君に付いといてあげなよ』
『ありがとう……鶫、応援は頼みますわ』
『蛇神君には、アンタが行くのが一番薬になるだろうからさ』
『つ、鶫っ、もう!』
『ははっ、照れなくてもいいじゃない』
試合の方は鶫が率いるマネージャー達と賊軍の面々が確りと応援をしてくれているはず。
だから私は、尊に付き添っていようと思うのです。



「撫子」
「はい?」
「……そなたの顔を、早くもう一度見たい也」
尊の手は、私の手をぎゅっと握り締めます。
「……はい」
「そしてグラウンドに、早く立ちたい也」
「…………はい」
私も見たいのです。
グラウンドに立つ、尊の姿を。
そして見て欲しいのです。
スタンドで誰よりも声を上げて応援する、私の姿を。




障子を閉め、巫女の装束を脱ぎ捨てて。私は尊の布団に、ゆっくりと入りました。
尊の手が私を抱き寄せ、私はただ尊のなすがままに、この身を任せました。





お医者様には、激しい運動は控えなさいと本当はまだ、言われているのですが。
「尊、」
私の体中を弄る、大きくて優しい手……。尊は、薬の匂いがします。
「撫子……、そなたの悦ぶ顔も早く見たい也」
「っ、あ、」
勝手しったる尊の手は、私の乳房をやわりと揉み、その頂点を指先で苛めるのです。
「尊……っ」
「この乳房の先端が赤く色づくのも、見たい也。……そして、我の付けた所有の印に全身を染めたそなたも……」
「あ、ぁっ」
きつく乳房を吸われ、私は仰け反りました。
痺れる様な快感は全身を襲い、ひと時の甘い時間の始まりを告げるのです。




柱時計にチラリと目をやると、準決勝はもう始まっている時間でした。
私は勝利を心で祈りながら、尊と二人だけの時間を過ごしました……。
それは水蜜糖よりも甘い、時間でした。






34:『暑中お見舞い申し上げます(屑柿)』



今時葉書ってのがいかにもアイツらしいんだ。しかも万年筆って。
『暑中お見舞い申し上げます』って、決して上手じゃないんだけど。
たった一言、丁寧な字で書いてあった。



『暑中お見舞い申し上げます    屑桐無涯』



「暑中お見舞い、ね……」
アイツからの短い葉書を何度も読み返して。
出窓に飾りっぱなしの折鶴の隣に、それを置いた。
そしてあたしは机の引き出しに仕舞いっ放しの葉書……懸賞に応募しようと思って買い込んだヤツ。
一枚取り出して、文章を頭の中で考える。
「……そーいえばアイツ寮生だったっけ……」
寮に出したら、どうなるかな。多分冷やかされるよね。
後輩たちに冷やかされて困るアイツの顔を想像しながら、あたしも久しぶりに万年筆を手に取った。





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初屑柿。柿枝姐さん好きだー


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