『帥仙刃六・十七歳の決意』






市バスに最後に乗ったのって、一体いつだったっけ。
学校前のバス停でバス待ちながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
いつも部活で移動する時は野球部専用のマイクロバスだし。私用で寮から外出する時は自分のバイクだったし。
……確か二年の冬休み、対校試合ん時にうっかり寝過ごしてマイクロバスに乗り遅れた、あン時以来かな。
録も寝過ごして、二人で必死こいてユニフォーム姿で市バス追いかけたんだよなー。大声で叫んでバス停めてもらってさぁ。
あー、思い出しても恥ずかしい。
カッコも柄も口も悪い高校生二人、運ちゃん絶ッ対、まだ覚えてるぜとか思いながら、角を曲がってこちらに向かってくるバスに手を上げた。
駅に向かう市バスは土曜の昼間なこともあって、結構な数の乗客がいて座れやしなかった。
「あー、本ットについてねぇ……」
吊り革の上のバーを掴むと、溜息混じりにそう呟いてしまう。
だってそうだろ? 三軍落ちの上に、ペナルティとして俺の愛車……バイク、没収だぜ?
二軍に復帰するまではバイクには乗れないんだぜ。免許、忙しい練習の合間に必死こいて取ったってのに。
寮に自転車なんか持ってきてねえし。誰かに借りるのもかったりぃしカッコ悪ぃし。
駅前のモール街の裏通りにある本屋にどうしても行かなきゃいけなくなって、仕方なく乗った市バス。
…教科書無くしたんだよ。地理の教科書。



こんな時、一緒にお出かけしてくれるはずの彼女には、三ヶ月前に豪快に振られちまった。
野郎一人でバスに乗るのなんて、哀しい姿だぜ、ホント。




「あ……ん?」
バスが市民ホールの前を通り過ぎた頃、俺の直ぐに立ってた女の子にふと気が付いた。
「……なぁ、アンタ」
綺麗な髪の、女の子にしてはちょっと背の高いその子に、俺は声を掛けた。
「何かしら?(疑問)」
俺の声に振り返ったその子は、確かに以前見たことのある子だった。
くるんとカールした綺麗なロングヘア。はっきりした顔だちにそばかす。チェックのサンバイザーに、首から下げた一眼レフ。
あぁ、やっぱり見たことある。
「……アンタ、十二支高校の生徒だろ?」
俺の疑問に、その子はええ、と頷いて、それから。
「そういう貴方は華武高校野球部ピッチャー、帥仙刃六君でしょう?(尋)」
「……当たり」
俺のフルネームずばり言ってくれちゃって。よく知ってんな、俺の名前なんか。
「アンタ確か、うちと十二支が対校試合した時に取材してたっけ。新聞部か何か?」
「報道部ですわ。私、十二支高校報道部野球班のキャップですの。梅星塁、以後お見知りおきを(礼)」
「……こちらこそ」
間近で見ると結構可愛い顔してんなぁ。それにしてもご丁寧な言葉遣いだなこの子。
報道部、か。……へぇ。キャップって、……何だ。班長とかそういう意味か。
「で、梅星さんは今日はどちらへ?」
首から下げた一眼レフに目をやる。なんとなく想像は付くんだけど。
「見ての通り、対校試合ですわ。これから十二支高校と集英高校の対校試合がありますの」
ふぅん。頑張ってんじゃん、十二支。
「……帥仙君は? 今日は練習はお休み?」
「俺? あぁ、練習は休み。んで、ヤボ用で駅前まで。バイク没収されちまってさ、仕方なくバスなんだよ」
「あら、ご愁傷様(哀)」
「三軍落ちのペナルティだから仕方ねぇよ」
「厳しいんですのね」
ゆっくりと走るバスに揺られながら、他愛ない会話を交わす。
二年だと言うその梅星って子と俺は、一対一で話すのは初めてだったんだけど、不思議と話は弾んだ。
不思議とっつうより、これはあれだな。きっとこの子が、誰とでも話せるんだろうな。
報道部って言ってたっけ。インタビューで知らない奴とも話さなきゃいけねぇだろうし。
多分、そのおかげだろう。この子、物怖じしてねえし。だから、まるでクラスメイトみたいに話せてる。
「んでさ、そん時のうちの監督がさぁ……」
「あら、……ふふっ(笑)」
話すたびに、コロコロと変わる彼女の表情。笑った顔、可愛いし。なんか見てて面白い。
ご丁寧な言葉遣いも悪くねぇし。……うちのガッコにゃいないタイプの女の子だな。
そして何より。間近で見る彼女は、見れば見るほど可愛かった。
はじめてみた時はそんなこと全然思わなかったけど。思う余裕もなかったんだけど。
十二支って地味な女の子ばっかりいるってイメージが華武じゃあるんだけど、探せばいるもんだな。
「……なぁ、アンタ彼氏とかいるの?」
ついでだから、聞いてみた。
「ええ、いますわよ」
おい……即答かよ。
「年下でバカで、でも頼りになる彼氏ですわ」
「あっそ、……」
いるのかよ。……だろうな……可愛いし話してても楽しいもんな。
……彼女いない歴三ヶ月で打ち止め、って思ったんだけど、そうは問屋が卸さねえってか。はぁ。
「んじゃ、……二軍でいいや。俺、アンタの二軍にしてくんない?」
折角の出会いだ。無駄にしてなるものかってんだ。
彼女に振られ、三軍落ち、バイク没収。ついでに地理の教科書紛失。
何か一つでも挽回しなきゃ男が廃るってやつだ。
「……生憎そのような枠は設けてませんの」
「あらら……」
おい俺。……挽回どころか、も一つ不名誉が増えちまったんじゃねえか、もしかして。




『次は集英高校前、集英高校前です…』




アナウンスと共に、バスがゆっくりと停まる。
「あら、私もう降りなきゃ……じゃあまた、帥仙君。楽しかったですわ」
「あ、おい、……ちょっと、」
俺が伸ばした手は届かなかった。
小さな手をひらひらさせながら、彼女は人ごみを掻き分けて、料金払ってさっさとバスから降りちまった。
バス停には学ラン着たオールバックの男がいて、降りてきた彼女に駆け寄る。
あいつも確か見たことあるような気がする。
『梅さん、遅いッすよ』
『あら、まだ試合は始まって無いでしょう? バカ松』
『そりゃそうですけど……』
『集英高校の下見はしましたの? 両校のオーダーは? 調べることはたくさんあるでしょう』
『全部調査済みです、梅星キャップ』
『バカ松にしては上出来ですわ(喜)』
後輩らしいそのオールバック野郎と彼女は、仲良く寄り添って、集英高校の校門をくぐって行った。





「……まさかあれが一軍か?」
発車したバスの窓は流れていき、彼女とオールバックの姿は直ぐに見えなくなった。




「へへっ、……上等じゃねえか」
誰に言うともなく呟くと、俺は小さな決意を固めた。





「華武の二軍復帰のその前に、あの子の一軍になってやろうじゃねえか」




帥仙刃六、十七歳。夏の大会前の決意だった。







(END)




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