『懐かしい光景』




バットがボールを打つ音。スパイクが土を蹴る音。部員達の声。
土のにおいと、焼けつくような日差し。
あの頃は毎日のように、それも直ぐ目の前にあったすべてのものは、今ではずっと遠いものになってしまっていた。
当たり前だったことが当たり前でなくなり、そばにいたはずの人はもう手の届かない場所へと。
今朝の新聞で『全国高校野球選手権埼玉県大会・開幕迫る』の文字を目にした。
見開きの特集ページ。埼玉二強のカラー写真には、大神がいつも言っていた少年の一人がすっかり大人びた風貌で写っていた。
そして片隅に母校の十二支高校の記事が小さいけれどあった。
非公式ながらも、練習試合で他校相手にいい試合をしている、と。
そしてそこにはやっぱり大神が言っていた少年の、残り二人の名前が。



「………そういえば卒業してから一回も行ってないな」



蒸し暑い夕方だった。
卒業以来一度も訪れていない母校へと足を運んだ。
グランドは裏道に面していて、裏道からフェンス越しにグランドの中を見遣る。
練習はとっくに始まっていて、沢山の野球部員達がいた。
あの頃も部員は多かったと記憶しているけれど、それよりもずっと多い部員達が、実に生き生きと練習に励んでいた。
とても真剣に、……それでも時折笑い声がする。けなげな姿に、見ているこっちも自然と笑みがこぼれた。
ああ、あの赤いジャージ着てる子。あれは主将が代々受け継いで練習のときに着るジャージだ。
まだ受け継がれているんだな。
「大神はサイズが合わなくて着てなかったっけ……」
サイズが合わないからと着る着ないで揉めたのも、今となっては懐かしい思い出だ。
「あら、OGさん?(尋)」
フェンスの向こうから、声を掛けられた。
フェンス際の木陰のベンチに座って、カメラを構えている、長い髪の女の子に。
頬に散ったそばかすと、首に巻いた明るい色のスカーフが印象的だった。
「………一応ね。もしかして、報道部さん?」
「ええ、報道部野球班ですの(礼)」
「今年の野球部、なんか凄いらしいねぇ」
「凄いなんてものじゃありませんわよ?」
「へぇ……そうなんだ」
「二十年ぶりに、甲子園を狙えそうですの(喜)」
「………ふぅん」
二十年ぶり、ね。



正確には五年ぶりなんだよ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
五年前にも、甲子園を狙えそうだったこと。
今の在校生は知らなくて当然かもしれない。
だって地区予選前に、大神は死んでしまったんだから……。



声を上げ、ボールを追いかける部員達。
そのそばで声援をおくる、ジャージ姿の女子マネージャー達。
そんな後輩達を眺めながら、自分の胸がドキドキと疼くのを感じる。
ああ、なんて懐かしい光景だろう。
懐かしすぎて、涙が出そうだ。
五年前にはあの場所に、自分と大神はいた。
投げる大神。声援を送っていた自分。
それを見に来ていた、三人の少年達。



戻りたい。けれど、もう、戻れない。




「……県予選、時間が合えば見に行こうかな」
「是非、今年の十二支は一味も二味も違いますから」






母校からの帰り道、ふとあることを思った。
大神の遣り残したことを、代わりに果たせないだろうか、と。
プレイヤーはもう無理でも。
「………どうだろう」
思いついたのは一つのこと。
気になることも他にある。
けれどそれはある意味、賭けに近いことだった。


(END)




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