『つ』









「……柿枝君」
主将はいつも、みんなのいる場所で柿枝先輩のことを呼ぶ時。
一瞬、ほんの一瞬だけ間があるんです。
そのことに気がついているのは、主将と柿枝先輩以外だと、多分私だけだと思うんです。
「はい」
「倉庫に軟球の入ったコンテナあると思うんだけど、持ってきてくれないか」
「はい、わかりました。全部ですか?」
「コンテナ全部でいくつあったかな」
「四つですけど」
「じゃあ半分の二つを」
主将と柿枝先輩は本当にお似合いだと思うんです。お世辞抜きで。
二人ともカッコいいし、後輩に慕われてるし。一緒にいる二人を見てると、いいなぁって……思うんです。
「了解。……栗尾さん、悪いけど倉庫の鍵、借りてきて」
「はっ? あ、はい!」
不意に私の名前を呼ばれて、返事をした声はなんだか上ずっていて。
恥ずかしくて私は急いで職員室に走っていきました。




主将と柿枝先輩は本当にお似合いだと思うんです。
事実、付き合ってるんですよ。
でも主将は野球部の皆に気を遣って……そこがまた主将らしいんですけれど。
蛇神先輩とか鹿目先輩とか。三年生のほんの数人しか、そのことは知らないんです。




私? 私は一宮先輩経由でそのことを知ったわけで……。




柿枝君、と主将が呼ぶ時、必ず一瞬間があるんです。
その時主将の口元を見れば、口は「つ」の形になっていて。
つ、って今にも言い出しそうになってるんです。
「つぐみ」。柿枝先輩の下の名前。
きっと二人でいるときの癖なんでしょう。柿枝先輩のことを下の名前で呼びそうになって、慌てて飲み込んでるのが凄く可笑しいんです。
口から出掛かった、つの一文字を飲み込みながら、主将は柿枝先輩のことを「柿枝君」と呼ぶんです。



「―――素直に下の名前で呼べばいいのに」
その度に私はそう思うんです。




そこがまた、主将らしいんですけれど。










(END)




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