『愛の形』
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彼女の手に、銀色の光るものを見つけたのは今日の業間のことだった。
移動授業で管理棟の生物室に向かう時、猪里は自分を追い越していった塁の手元がやけに光っているのに気づいた。
二、三メートル前をクラスメイトの女子とおしゃべりしながら歩く塁の左の手が、銀色に光っていた。
「……なんね、あれ」
目を凝らして見てみれば、塁の薬指に、銀色の大振りなリングが輝いていた。
「………」
どういう経緯でそれが彼女の手に輝いているのか、猪里には一瞬で理解できた。
一年の頃から彼女のことはよく知っていて、物を書くのに邪魔だからリングの類は嫌いだといつか言っていたのを聞いたことがある。
「あんアホ……」
塁の隣に、いつも一緒にいる、長い髪を後ろで一つにした一年の姿が見えたような気がして、猪里は思わず呟いた。
いつも人よりテンションの高い塁だが、今日はもっとテンションが高く見えるのは、決して気のせいではない。
「猪里ぃ、先に行くなyo!」
後ろから虎鉄が慌てて走ってきて、猪里に追いついた。
「トイレ行くから待っててくれって言ったRo!」
「……そうやったかいな」
「冷てぇ……」
追いついてきた虎鉄は、塁の指に光るものに気づいていないらしい。
「なぁ、姐御、最近ちょっと痩せたよNa?」
「虎鉄は変なところで目ざといばい……そぎゃんとこしか見ていなかの?」
共に同じ人を想う二人は、一時休戦の約束を交わしていた。
彼女を争うのはひとまず後回し。
目下、目の上のたんこぶ……あの一年の、自称ハンサム様の始末をどうするかが先決だった。
「今日の実験は俺、姐御と同じ班だZe?」
「……せからしか、英語のディベートは俺同じグループっちゃ!」
そんなささやかな幸せ自慢は、銀色の指輪の前にはあまりにも儚くて。
猪里は鼻の奥がつん、と痛くなるのを感じた。
愛の形は彼女の手の中、銀色に輝く。
自分のものではない愛の形。
だから猪里は銀色が嫌いだった。
(END)
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