1:『暗室(沢梅)』



扉を閉めて照明を落とすと、本当に真っ暗になる。
薬液の匂いにももう慣れたし。ちょっと狭いのと、暑苦しいのが難点だけど。
だから暗室っていいですよね、と俺が言ったら、梅さんは不純な動機、と嫌そうな顔をした。




何で、こんなに健全な動機なのに。




あの時、暗室で俺を誘ったのは梅さんの方なのに。
俺、童貞だったんですけど。






2:『ベーコンピザ(沢梅)』


学校帰りに、梅さんと駅に寄って、テナントのジャンクフード店で、クレープを買った。
この辺じゃここが一番旨いから、わざわざ遠回りをする。
「梅さん、何買ったんスか?」
「チョコバナナ味ですわ」
「好きっすね、それ」
「そういう沢松は何味ですの?(尋)」
「ん、俺はベーコンピザ味っすけど……」


「……あなたも好きですわね、それ」
梅さんは呆れ顔で言った。
「ええ、だってファーストキスの味っすから」
だから俺はこればっかり頼むんだ。



手にしたクレープの包みはとても熱かった。
あの日の、梅さんの体温と同じ位。





3:『そばかす(沢梅)』



隣で眠ってる梅さんを起こさないように、そっとベッドから抜け出して。
トイレに行こうとして、ふと気がついた。
梅さんのバッグの口から覗いてる、銀色の蓋。
「……なんだこりゃ」
そっと引き上げてみると、オレンジ色の錠剤が一杯入った小瓶。
「……ビタミン剤?」
小ぶりな割りに瓶は重かった。じゃら、と錠剤が音を立てる。
「しみ、そばかすにお悩みの貴女に……か、ふぅん……」
瓶に張られたシールにはそんなあおり文句が。
眠る梅さんをチラッと見る。



梅さんの顔に散るそばかす、チャームポイントだと俺は思ってるんだけど、梅さんはもしかしなくても気にしてんのかな。
気にしてるから飲んでるんだろうな、これ。
梅さんは、いつもは何にもございませんって素振りをしてるのに。




……気にしてんだな。




「女は好きな人の為にはいくらでも綺麗になりたいのよ」




昔見たドラマの、そんな陳腐なセリフを思い出した。
そしてそっとその瓶を、梅さんのバッグに戻した。





4:『宇宙人(馬熊)』



「もみじ、また胸がたくましくなったかも……」
「へっ?」
部活の前、マネージャー用のロッカールームで着替えてたら、檜に指摘された。
「胸がブラからはみだしてるかも……」
檜、自分が胸ないからって、人のをよぉーーっく、観察してるんだ……ホント、こいつは。
「あ……あ?……ああ。これさ、このブラ小さいやつなんだよ、ハハハ……」
あわてて取り繕って、隠すようにジャージを着た。




……あンのおっぱい星人め……。
毎日毎日、人の胸気が済むまで揉みやがって……。




小さいブラなんて、とっさの嘘。 ホントは、……ホントに大きくなってんだけど。
誰かさんが毎日毎日、部活後に人の家に押しかけてきては、気が済むまで俺の身体を堪能するもんで……。
ロッカールームから出ると、当の本人は兎丸とキャッチボール中だった。
「シバくーん、いくよぉー!」




今日こそはガツンといってやるんだ。あの青い髪の宇宙人に。






5:『唇、キス(辰鳥)』




「―――辰羅川さんの唇って、柔らかいんですね」
休み時間、二人で忍び込んだのは視聴覚室。
誰もいない教室の、カーテンに隠れてキスをしました。
「お褒めの言葉、光栄です」
辰羅川さんがそんな風に言うものだから、私可笑しくて。
「鳥居さんの唇も、とても柔らかいですよ」
私達は、小鳥が餌をついばむように小さなキスを何度も交わします。
眼鏡のフレーム同士が、かち、かち、と当たる音がします。



彼の唇はとても柔らかくて。
私は、その柔らかさに何処までもおぼれたいと思うのです。
この柔らかな唇で、もっと、もっと。
私の唇以外の場所に……首筋に……腰に……。


……―――に。


口付けて欲しいと、思っているのです。




でもそんなこと、恥ずかしくて辰羅川さんには言えません。
私の口からは、言えません。




「……昼休みに、またキスしましょう、ここで」
唇を離して、辰羅川さんがそう言いました。
「はい、……また」
私は頷いて、最後にもう一度だけ、触れるだけのキスをしました。




……辰羅川さん。
もっと、して欲しいんです。




いろんな場所に、口付けを。



優しい、柔らかなあなたのその唇で。





6:『決行は明日(辰鳥)』



例えば貴女の、長い髪を束ねるリボンを解いて。
抵抗できないように、そのリボンで貴女の腕を後ろ手に、一つに纏めたら。
セーラー服を乱暴に引き裂いて、きっと白い貴女の肌を露にしたら。
優しさの欠片も無い行為で、貴女を汚したら。



どんな声を、聞かせてくれるんでしょう。
どんな風に、乱れてくれるんでしょう。


貴女のそんな姿を、私は見たくて堪らないのです。



「……辰羅川さん、何考えてるんですか?」
「えっ?」
隣に座る鳥居さんは、不思議そうに私を覗き込んできます。
ああ、今は昼休みで、私は鳥居さんとお弁当を食べていたんでしたね。
食べながら考え込んでしまっていたようです……。
「難しい顔して、また野球のことですか?」
「……まぁ、そんなところですね。もうすぐ対校試合が近いですから」



いけない、私としたことが。
顔に出してしまうとは。



「……鳥居さん」
「はい?」
「明日の練習の後、私の家に来ませんか? そんなに遠くはありませんから」
鳥居さんは嬉しそうに承諾してくれた。
「ええ、喜んで」



……何も知らずに、喜ぶ貴女。
決行は明日。





7:『妹(剣凪)』



穏やかに見える日常の裏には、口に出来ない生々しい現実がある。




「剣ちゃん、今日も家帰るの?」
放課後の練習の後、部室で着替えてたら紅印に聞かれた。
「うん、そうだけど?」
「寮にはいつ帰ってくるの?」
「う〜〜んと、明日か明後日には寮に戻る予定だよ」
俺の両親は年甲斐も無く、と言うと言い過ぎだろうか。
二人揃って北海道旅行に出かけている。
その間、家には妹の凪一人になる。
住宅街にある実家の付近はここ最近何かと物騒で。
何かあっては困るからと、両親が不在の間普段は寮生活の俺が家に戻っている。



「ただいま、凪」
家に帰ると、台所からいい匂いがする。
野球道具を玄関に、洗濯物を脱衣所に置いて。
リビングダイニングに入ると、エプロン姿の妹が、忙しく料理を作っていた。
「……お帰りなさい、お兄ちゃん。先にご飯にする? お風呂も沸いてるけど……」
「ああ、ありがと……う〜〜〜ん、そうだな……帰る前に皆でコンビニ寄ってパン食ったからそんなに腹減ってないし……」
時計を見ると、夕食には少々遅い時間になっていた。
「どっちにしようかな……」
考えながら、テーブルに皿を並べる凪の後ろに回った。
「……やっぱり"こっち"を先にしようかな」
ミニスカートの裾から伸びる凪の白い脚を、後ろから回した手で優しく撫でた。
柔らかくてすべすべした脚をニ三度撫でると、皿を持ったままの凪の身体が、一瞬跳ねた。
「―――今日は何する? 凪」
耳元で優しく囁くと、凪の顔がみるみる耳まで赤くなった。
「……照れてるの?凪」
凪の手から皿を取り上げテーブルに置くと、ふわふわした素材のミニスカートをそっと捲り上げる。
「凪、いい子だね」
「……はい」
凪は恥ずかしそうに俯いた。
ミニスカートの下、凪は下着を付けていなかった。
髪と同じ色の恥毛がほんの少しだけ、三角地帯を守っている。
「俺の言いつけ、ちゃんと守った? 今日朝から一日この格好だった?」
尋ねると、凪は頷いた。
「……このまま買い物行った?」
再び頷く。俺の言いつけを、凪はちゃんと守っていたようだった。
「しゃがんだらお尻丸見えになっちゃうこのスカートで? 今日って微妙に風強かったよね?」
こんなふわふわの素材の。こんな短いスカートで。
恥ずかしさと、中身が見えるかもしれないという緊張感で凪はどんな顔をしていたんだろう。
それを考えるだけで、俺は堪らなかった。
脚の間に手を滑り込ませると、そこは湿り気を帯びていた。
「ここ、微妙に濡れてるね?」
生温かいそこを指で軽く開くと、つんとした淫らな匂いが鼻を突く。
「―――俺の部屋に行こうか、凪」




夕食は、結局後回しになった。





8:『セーラー服と一眼レフ(沢梅)』


……確か今日は他所からお偉い教授だかなんだかが来て、
うんとためになるお話をしてくれるらしい。
その、お偉い教授の講演会やらの撮影を仰せつかったのは我らが報道部。



「沢松、何をじろじろ見てますの?(疑)」
「いえ別に……」
準備のため朝イチで部室に入った俺の心臓、もう少しで口から飛び出すとこだった。
だって梅さん、今日に限って十二支高校女生徒の正装……セーラー服着てたんだぜっ! セーラー服! 
思わず『何のプレイですか』と口滑らせそうになったのは此処だけの……此処だけの、話。
梅さんいつもあんな色気も素っ気もない格好してるのに、今日に限って。
「……梅さん、制服持ってたんスね」
「当たり前ですわ! 普段はともかく、式典の時は制服というのが校則でしょう?」
変なこと聞かないで頂戴、と梅さんは朝から忙しいこともあってぷりぷりしてる。
「そうなんスか……」
考えてみれば当たり前なんだけど。
「同じことを、今朝校門前で羊谷監督にも言われましたのよ? 失礼ですわ(憤慨)」
いや、失礼だとは重々承知なんですけど。
いつもあんな格好だったから、俺の脳内じゃあれが梅さんの制服みたいなモンになってたわけで。
多分あのヒゲのオッサンも同じ。



ミニの襞スカートに、改造して無いセーラー。
リボンもちゃんと結んで……その上ルーズソックスですか。
かーなーり、……可愛いんですけど。



「バカ松、放送局さんに今日の講演会の進行表貰ってきました?」
「……あ。」
「昨日の内に貰って頂戴と言ったでしょう!! さっさと行ってらっしゃい!!(怒)」
「はっ、はい〜〜っ!!」
ケツに蹴りを食らわされ、俺は謝りながら部室を後にする。




……今日の放課後、お誘いしてみようかな。
折角のセーラー服なんだし。
もっとも、梅さんのご機嫌次第だけど。





9:『試し撮り(猪→梅)』



それは6時限目の後の、掃除の時間のこと。
『梅星、こっち向き』
『えっ?』
猪里の声に塁が振り返ると、カシャ、という人工的なシャッター音がした。
『お、結構よか感じ』
赤く新しげな携帯を手にした猪里がそこにいた。
『なんですの、猪里君?』
『何って……俺、携帯カメラ付きにしたっちゃ。試し撮りばい』
『あら、最新機種?』
『……でもなかんばい。前の、液晶がもう駄目になったけん、昨日の放課後虎鉄と買いに行ったんばい』
『へぇ、……見せて頂戴?(好奇心)』
塁が猪里の手の中の携帯を奪う。
その時ちょっとだけ手が触れ、猪里の心臓が軽くはねた。
『あら、結構よく取れてますわね。画素数が多いんですのね……』




振り返った塁の、無防備な表情がそこにあった。




我ながら上出来。猪里は思った。





『……はい、じゃあお掃除の続きをしましょうか?(笑)』
塁は携帯を猪里に返すと、笑顔で教室隅のゴミ箱を指差した。
『焼却炉にお願いですわ、猪里君』
『……了解』
携帯のシェルを畳んで制服のポケットにしまいこむと、猪里は大げさに敬礼をしてゴミ箱片手に教室を出た。



あれは、一年生の終わり頃。
ぼんやりしていた恋を自覚し始めた頃。
今でも猪里の携帯のデータフォルダの一番奥に、消せずに残っている塁の写真。
それは誰にも内緒の猪里の宝物。





10:『のど飴(辰鳥)』


「辰、飴くれ」
休み時間を中庭で過ごして教室に戻り席に着くと、隣の席の犬飼君が手を出してきました。
「はい?」
「持ってんだろ? 飴」
犬飼君は私の口元を指差して言いました。
「もごもごしてんじゃねえか」
「ああ、これですか。さっき、鳥居さんに会って貰ったんです」
だからもう無いんですよと言うと、犬飼君はなぁんだ、と当てが外れて残念そうでした。
「喉痛いんですか?」
「ん、ちょっと……乾燥してるからな、このごろ」
「体調管理はしっかりお願いしますよ。明後日の対校試合、先発でしょう」
「あぁ、わかってる……」



鳥居さんがくれたのは、薬用ののど飴。
このところ空気が乾燥していて、私も少々喉をやられているんです。犬飼君のことは言えませんね。
それにしても、薬用ののど飴は効きますね。喉に染みます。
何せ、鳥居さんから口移しで貰いましたから。




11:『ホッペ先輩(鹿猫)』



「……そろそろ覚悟するのだ」
「やっぱり、怖い……かも」
小一時間にはなるだろう、二人は同じやり取りを繰り返していた。
パイプ製の小さなシングルベッドの上、膝を抱えてうつむいている檜と、向かい側に座って腕組みをしている鹿目。


鹿目の部屋の、ベッドの上。



「……痛いのはやっぱり怖いかも……血も出るかも……」
「僕だって血を見るのは嫌なのだ。でも出血はあるかもしれないし、ないかもしれないらしいのだ。」
「でも、……」
「ここで覚悟を決めないと、いつまでも先には進めないのだ」
こんな時に、優しい言葉をかけられない自分が疎ましい、と鹿目は思った。
口から出るのは、いつもと同じ、棘のある言葉ばかり。
「ある程度痛いのは仕方ないのだ。最初は誰でも痛いらしいのだ」
最初が肝心なんだぜ、冷たくしたら絶対嫌われるんだからな、と一宮からあれほど言われたが、生来の態度も口調もそう簡単に変えられるものではなかった。
「僕は猫湖をいじめるつもりは無いのだ……だから、覚悟をするのだ」
鹿目の(これでも)精一杯の言葉にも、うつむく檜は頷かない。
一生に一度の、最初。当たり前だけれど最初は二度は無い。
ためらうのも怯えるのも、仕方は無かった。





いつまでも、キスと、服の上から触れ合うだけの段階でいられる筈は無い。いつかは通過する道なのだけれど。
ふぅ、と溜息をついて、鹿目は一宮から言われた、最後の手段を試すことにした。
これで駄目なら、今日は諦める。



「……もし痛ければ、後で僕のほっぺたを思いっきり、つねったらいいのだ」




鹿目の最後の手段の言葉に、檜はようやく顔を上げた。
そしてちょっとだけ考えてから、小さく笑って頷いた。




翌日、朝練に来た鹿目の頬は、誰につねられたのか真っ赤に腫れ上がっていた。
「鹿目先輩、あれどうしたんすかね?」
部員全員が心配していた。たった一名を除いて。
「……ほっとけよ、もう子供じゃあるまいし」
一宮だけは、鹿目のあの頬の理由を知っていた。
鹿目はいつもよりも不機嫌そうな顔をしながらも、何故かとても幸せそうだったという。





12:『登校時の風景(沢梅前提 沢松と天国)』



「……ゴムは?」
「あぁ?」
朝イチの挨拶はおはようございますだろうがよオマエ。
ゴムはって、昨日も梅さんに言われたんだぜ俺。違う意味だけどよ。
「時間無かったのかよ? あ・た・ま!」
天国は自分の髪を指差して言った。自分だって寝癖で頭スーパーサイヤ人の癖に。
「ああ、……これな」
いつもは後ろで一つに纏めている長い髪を、今朝は下ろしていた。



「……沢松、暑苦しくねえかそれ」
「うるせえ、ゴム切れちまったんだよ」
学校に向かう道中、天国はしきりに俺の髪をからかってきた。
下ろすと結構長い髪は、確かに首の辺りがちょっと暑苦しいしもたつく。
「いつも髪結ってるから、下ろすと見た目に新鮮だろ? ワイルドっつうかよ」
あんまりからかうんで、んなことを言ってみたら。
「なんか飼い猫が首輪外したみたいでちょっと間抜け」
「……ぶッ殺す」



……天国に褒められるとはこれっぽっちも思っちゃいねぇけどよ。



「輪ゴムで一つに纏めとけよ。暑苦しい」
「うるせえな、輪ゴムだと髪巻き込むから駄目なんだっつの」





ゴムが切れて予備が無いなんて言ってるんだけど、ホントのところは次の通り。
昨日のエッチの後、ピロートークとかしてる時。梅さんに髪を下ろしてみてって言われた。
言われたとおりにすると、「こっちの方がいいですわ、沢松(萌)」と梅さん。
「明日はこれで学校に来なさい、いいわね?」と言われた。
「不肖沢松、全ては梅さんの仰せのままに」愛の奴隷はただ頷くのみ。以上。



……んなのろけ話を天国に出来るはずも無く。
「江口洋介狙ったつもりが金八先生ってやつだぜ」
「天国ぃ、ほっといてくれっつの」
天国は理由も知らずにからかってくるからタチが悪い。
それでも俺にとっては梅さん>天国な訳で。
「今時オールバックでロン毛なんて流行らねえっつの。いい機会だからばっさりいっちまえ! 沢松!」



梅さん、こんなこと言ってるやつが居るんですけど。
……俺、こっちの方がカッコイイっす……よね?(確認)





13:『教える(沢梅前提じゃない、猪里×梅)』



ポリスの曲。ベーグルのおいしい店。
爪の手入れの方法。動物占い。CDRとCDR−Wの違い。
ポテトチップスの袋のパーティー開け。
担任教師の声まねに、紅茶の正しい淹れ方。




「……それだけ?(尋)」
「俺が覚えとるんは、これくらいかね」
指折り数えるのは猪里。
もっとあるでしょう? と、塁。
「私が猪里君に教えたことは、もっとあるはずですわ?」
「そうやったかいね……?」
塁と一緒にいると毎日が新鮮だ、と猪里は思う。
毎日のように何かを教わっている。けれど、たくさん教わりすぎてかえって分からない。
勿論猪里だって塁に何かは教えているはずなのだが、猪里が教えられることといえば、博多弁か野菜の作り方ぐらいで、塁のそれと比べればバリエーションははるかに少なかった。
「コークハイもビリヤードも、私が教えましたわよ?」
「そういえばそうやったっちゃね……」
「ダーツも卓球も、……それに」




塁の顔が、不意に猪里に近づいて。




頬に、軽くキスをした。



「……キスの仕方も、ですわ?」



したり顔の塁と、頬を赤くする猪里。
「……梅星に教わりっぱなしやね、俺」
「あら、でもその先は猪里君が教えてくれるんでしょう?」
付き合い始めて一年の記念日まで、あと二週間。
その日に何をするのかは、言わぬが華というもの。



「期待してますわよ? 猪里君」



14:『部活(沢梅)』



……小学校ん時も中学ん時も、部活って言う部活に入ったためしが無い。
だから部活に入ったのは、報道部が実は初めてだった。


「―――悪く無いッスね、部活ってのも」
放課後の報道部の部室、刷り上ったばかりの校内新聞を手に、俺は小さく呟いた。
「土日も夏休みもつぶれるけど、その分充実してますしね……」
自分が手がけたものが何かの形になるってのは、やっぱりいいもんだな。
運動部ならそれが試合の結果に、音楽系の部活なら曲って形になるんだろうけど。
やっと小さな記事なら書かせてもらえるようになった、その初めての新聞が俺の手の中にある。
……天国のヤツに自慢してやろう、この新聞。
「あら、バカ松の癖に一人前のセリフですわね?」
俺の隣で梅さんが、張り出し用の新聞の枚数を数えていた手を止める。
「ええ、そりゃ一人前ですよ」
手にしていた新聞を置いて、梅さんの肩を抱いてみる。


「……梅さんのおかげで、色々と」
「バカ松っ……(照)」
梅さんのほっぺが真っ赤になる、すっげえ可愛い。
流石にこれは天国に自慢できねぇけど。




―――やっぱ部活って、悪くねぇよな。


改めて思って、梅さんの頬にキスをした。



15:『前向きなマゾヒズム(沢梅)』


怒鳴られ、罵られ、パシらされ。
なのになんでだか心地いい。



「梅星CAP、不肖沢松・本日一日の仕事、終わりましたっ!」
部活でその日の分の仕事を終えると、ちょっと大げさに梅さんに報告するのが俺の日課。
「……バカ松」
「はい」
沢松、といわれた時はOKの証拠。
バカ松、といわれた時はまだ残っている証拠。
梅さんは書きかけの原稿から顔を上げると、厳しいお顔で俺を睨んで。
「この原稿、明日までに書き直し(命令)」
突きつけられたのは、昨日一晩寝ないで書いた、俺の渾身の原稿。
校内新聞に載る予定の、最近のスポーツ小説についての感想文。
「……はい」
「これは感想じゃなくて粗筋よ。バカ松、小学生じゃないんだからもっとまともな文章を書いて下さいな」
「………はい
返された原稿を押し戴いて。
心の中ではぁ、と溜息をつく。
「それと、てにをはが滅茶苦茶ですわ(溜息)……もう、本当にバカ松」
「…………はい
すみません、の言葉も出ない。



恋人にするんなら、力関係は俺の方が上かもしくはイーブンな関係がいいよなとかほざいてたのは何処の誰だ。
おい、三ヶ月前の俺。聞いてるか?
今の俺、完璧尻に敷かれてますよ。
お頭も何もかも、梅さんの方が全部上ですよと。





「そういうわけで、この原稿がOKになるまでは、……あちらの方はお預けですわ。
よろしいわね、バカ松(怒)」
「……はい」
……ああ、これで連続二週間。お預け記録また更新。
すごすごと原稿を鞄に収め、部室を後にする。



なのになんでなんだろう。
落胆しつつも、尻に敷かれるのも悪くないな、と思っている俺がいる。
嗚呼、なんて前向きなマゾヒズム。





16:『愛されてる実感(沢梅)』



愛されてるなぁ、と思う瞬間がある。
それは些細なことだったり、大きなことだったり。



放課後の部室で、俺は情けない格好になってパイプ椅子に座っていた。
上は学ラン、下はパンツ一丁。
俺の目の前で、梅さんが俺の制服のズボン……今さっき、暗室のドアノブにポケット引っ掛けて破けちまったのを縫ってくれている。
「子供じゃないんですから、気をつけなさいな、沢松」
「はい、すみません……」
情け無い格好で頭を下げ、器用に動く梅さんの手元を見つめる。
ズボン破いて慌ててる俺に、梅さんはすぐにズボンを脱ぐように言った。
鞄から出した、キティちゃんのマークの入った携帯用のソーイングセット片手に。
「いつもそれ、持ち歩いてるんですか?」
「それって?(疑問)」
「その、針と糸……ソーイングセットっすよ」
「当たり前ですわ、常識でしょう?」
「……そうなんですか……」
開いたソーイングセットのケースの中には、色とりどりの糸と小さな糸切り鋏、ワイシャツ用みたいなボタンが入ってる。
器用ですね、とか言ったらやっぱり同じように常識ですわ、と言われる気がして、それ以上は聞かなかった。





愛されてるなァ、と思う瞬間がある。
例えば今。
何のかんのと言って、梅さんはバカ松な俺のこと、いつもフォローしてくれるし。




情け無い格好だけど、俺は幸せだった。





17:『チュッパチャップス(羊猫)』



それは、逢引の証。



「檜、また飴食ってる」
放課後のマネージャー用の更衣室に入るなり、先に入って着替えていたもみじに言われた。
「飴ばっかり食ってると虫歯になるぜ」
「……だって監督に貰ったんだもん」
口の中のチュッパチャップスはラムネ味。
監督に貰った、チュッパチャップス。
「まぁーたあのヒゲのオッサン……檜のこと子供扱いして。檜、それからかわれてんだよ」
「でも美味しいかも、これ」
「そういう問題じゃないだろ……もう。主将が来る前に全部食っちまいなよ」
「うん、分かってる……」



チュッパチャップスは、ちょっと切ない味。




それは、逢引の証。



口の中に残った、監督のあの苦い精子の味を、殺すため。
監督は別れ際に、いつもチュッパチャップスをくれる。
LHRの後、部活の前。
逢引はいつも、本当に本当に僅かな時間。



口の中のチュッパチャップスを軽く噛んだ。
カシッ、と音を立て、簡単にソレは割れた。
まるで私達の関係のように。
なんて脆いんだろう。




18:『なぁ(帥→梅)』



「なぁ、何処行くんだよ」
「ついて来ないで下さいません?」
きっちり三メートルの幅を取って、前を行く彼女の後ろを付いて歩く。
俺の言葉に、彼女は素っ気無い返事しか返してくれない。
「なぁ、お茶位いいじゃん、付き合ってよ。折角会ったんだし」
「私は急いでますの、貴方は暇でしょうけれども(怒)」
放課後、練習の合間にわざわざ遠い十二支高校の付近までやってきて、十二支高校の生徒がよく行くコンビニやら本屋やらをぶらぶらしてた。
その目的は、ただ一つ。彼女に会いたかったからに他ならない。
……もしかしなくてもストーカーじゃないのとか、 帥仙君ってヤバイとかそういう突っ込みはこの際無しの方向で。
まぁその甲斐あって(?)、一週間目でようやく会えた。
学校傍のアーケード街で、部活の合間に買出しに出てきた彼女と。



なのに、さ。



「なぁ、梅星さんて中学何処? 」
「答えたくありませんわ」
「なぁ、そうつれない事言わないでさぁ……」
「煩いですわ」
「なぁ、彼氏の名前って何ていうの?」
「教えません」
つれない態度に、ちょっとがっかり……するどころか、逃げるものを追いたくなる仔犬のような性格の俺には、 逃げられるほど追いたくなっちまうんだ。
俺のほうがコンパスは広い。彼女が幾ら大股で歩いたって、俺を離せはしないんだ。
きっちり、三メートルの幅。
「半径三メートル以内に入らないで下さいな。」
って言われたからさ。
「なぁ、梅星さん」
「………」
仕舞いにゃ、答えてくれなくなった。



「……いいよ、じゃあ今日は諦める」
立ち止まって、今日は白旗を揚げることにした。
そしたら彼女も立ち止まって、俺のほうに振り返って。
「今日は、ってことは、また今度がありますの?(疑問)」
「そりゃあ、勿論」
「……知りません、もう」
呆れた顔で、彼女はずんずん、歩いていってしまった。




「……諦めねえからな、俺」



怒ったように、アーケード街を歩いていくその小さな背中を見ながら、呟いた。
なぁ、梅星さん。
俺、本気なんだけど。




19:『10分デート(馬熊)』



友達にカレカノ関係公言出来るような心臓を、俺もアイツも生憎持ち合わせちゃいない。
冷やかされたり、気ぃ遣われんのって、……ほら、ヤじゃない?
だから、二人で決めたんだ。もう少しだけ、内緒の関係を続けるって。



朝練は7時から。
他の部活も、大概同じ。7時55分からの早朝補習の前に終わらなきゃいけないから、どうしても早い時間から始まらざるを得ない。



6時30分、家の直ぐ目の前にあるコンビニで待ち合わせをする。
学校と朝練がある日は、殆ど毎日。朝練前の、10分デートのそのために。
雑誌のところで立ち読みをしていると、アイツを乗せたレトロな自転車が駐車場に滑り込んでくるのが見える。
手を振ったら、笑顔で振りかえしてくれる。
早起きはちょっときついけど……いいんだ。
早朝のコンビニに人気は少ない。うちの中学から十二支に行ったのは幸いにも?俺だけ。
この辺に十二支の連中が来ることはまず無いから。だから、いつもここで待ち合わせ。
店に入ってきたアイツは、俺の隣に立って、小さな声で『おはよう』を言う。
「うっす、おはよう」
口数の少ないアイツは嬉しそうに笑って。
それから、二人でその日の昼食を買うんだ。



「……お前またそんな食った気しねぇやつを……」
アイツが手にしていたのは、キムタクが宣伝してる、あの飲むゼリーみたいなやつ。
その上には子供が食べるような小さなヨーグルトが乗っかってる。
「ちゃんと噛んで食わねぇと身体に悪いぞ?」
『そういうもみじこそ……』
小さな声で言って、指差したのは俺の手の中の、特大メロンパン・チョコチップ入り。
……と、その上にはおにぎりが二つに、特大のチキン入りサラダ。
『……食べすぎじゃないかなぁ……』
「うっ、うるさいっ! お前が食わなさ過ぎなんだっ!」
結局、おにぎりは二つとも棚に返した。
そんなやりとりをしているうちに、約束の時間は過ぎてしまう。
「あっ、やべ……もう時間だぜ、葵」
アイツは頷いて、先にレジを済ませる。
「葵、」
店を出ようとするアイツに声を掛けると、ドアノブに手を掛けたアイツが振り返る。
「……いってらしゃい」
『行ってきます』
ありがとうございましたー、と妙に間延びしたレジのお姉さんの声にかき消されるような、でも 俺だけに聞こえる小さな声で、アイツは店を出た。
行ってらっしゃい。たったその一言を言いたいがために、毎日のように10分デートやってるんだ。
レトロな自転車にまたがって、バットの入ったケースを背負う。
ここから飛ばして十二支高校まで信号無視してジャスト15分。
朝練に急いで行くあいつ。
俺は後からゆっくりと……早朝補習に間に合えばイイや。早起きした分、早朝補習の時間に寝てるんだ。
「……やっぱり、おにぎり買おうっと……」
さっき棚に戻したおにぎりを、もう一度手に取った。
「アイツが腹減らした時のために」
って、言い訳をしながら。



朝練前の、10分デートはそれで終わり。






20:『インセント・タブー(剣凪)』



「……紅印〜〜、何読んでんの?」
昼休みだってのに、紅印は机に向かって分厚い本を真面目に読んでた。
後ろから覗き込んだら、細かい字がびっしり。びみょ〜〜に眩暈がするよ。
「見ての通り、本を読んでるんだけど?」
「小説?」
「そうよ、図書館の司書の先生お勧めの新刊よ? 剣ちゃんも読む?」
「……いや、俺はいい」



「切ない禁断の恋愛ストーリーなのよ……ロマンスだわ……三ページに一回は泣けちゃうのよ」
紅印は本をひしっと抱きしめて、うっとりとした表情で。
……そういや昨夜、紅印が部屋で泣いてたってワンタンが言ってたような。
ああ、この本読んでたんだ。なぁんだ……。
「ふ〜〜ん……それ、何てタイトル?」
「”インセント・タブー”っていうの」
紅印はその新書の表紙を見せてくれた。
真っ白な表紙に、細い文字で”インセント・タブー”とだけ書かれていた。
「……どういう意味?」
「ん、……近親相姦の禁止、って意味よ」
「近親相姦……」
「言ったでしょ、禁断の恋愛ストーリーだって」
「あぁ……」



禁断だの、禁止だの。
そんな社会的な規範は、役になんか立たないんだ。
いつも、ちっとも。


「いい話よぉ……兄と妹、禁断の愛。アタシも女に生まれていたら、こんな体験してみたかったわぁ」
……紅印、そんな言葉を口に出来る人が、俺は羨ましいよ。



なぁ、凪。
本当のそれは、小説なんかとはひどくかけ離れて生々しくて。
そして誰にも言えなくて。
心はいつも、ひりひりと痛いんだ。
それはロマンとはちっとも似ていない。



罪の意識で、いつもいつも押しつぶされそうなんだ。




剣凪近親相姦、羊猫、沢梅(梅さん総受傾向)、馬熊、牛柿。実はこれらは同じワールドで展開されてたり。




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