『ミスフル・ノーマルカップリングに5つのお題』







1:きっかけ(牛←猫)

2:手紙(一→凪)

3:ケンカの後(沢×梅)

4:相合傘(犬×桃)

5:放課後のグランドで(蛇×柿)





1:きっかけ(牛←猫)


乗客は、ボクと猫湖さんの二人だけでした。
「猫湖さんは、中学のときも野球部のマネージャーとかソフトとかやってたんですか?」
部活帰り、珍しくバスに乗ったら、猫湖さんも同じバスに乗ってたんです。
乗客は二人だけだし、何となく隣に座って……でも話題が特になくて。
とはいっても、何にも喋らないのも悪い気がして、ボクはふとそんなことを聞いてみました。
まぁ、ありがちの話題なんですけど。
「中学のときは、帰宅部だったの」
「へぇ……」
ちょっと、意外でした。
いつもすごく大人しくて不思議な感じがするんですけど、猫湖さんは結構手際がよくて、仕事っぷりもちゃんとしているんです。
だからてっきり、中学のときも女子マネか、そうじゃないなら鳥居さんみたいに女子ソフトでもやっていたのかって思ってたんですけど。
「じゃあ、高校に入って初めて女子マネを?」
コクン、と頷いた猫湖さん。
「野球は好きだったけど、でも中学の野球部は、あんまり……雰囲気が好きじゃなかったかも……」
「ああ、よくある話っすねー。十二支入って女子マネやるようになったきっかけとか、あったんすか?」
ボクと猫湖さんを乗せたバスは、薄暗い国道を左に大きく曲がりました。
「ここの高校の野球部は……頑張ってる人がいて……だから、マネージャーをやろうって思ったかも」
「……?」
「頑張ってる姿を見て、マネージャーをやろうって思ったかも」
猫湖さんの唇が、少し震えていました。
「応援したかったし、力になりたかった……かも」
そのとき、後ろから来た黒塗りのハイヤーがバスを追い抜いていきました。
「あ、牛尾先輩だ」
呟いたボクは、気付きました。
猫湖さんの瞳が、潤んでいるのを。
その潤んだ瞳が、追い抜いていった黒塗りのハイヤーを見つめていたことを。


”応援したかったし、力になりたかった……かも”

「………」
ボクは、何も言えませんでした。だって牛尾先輩は、柿枝先輩と付き合っているんです。
黒塗りのハイヤーは、信号を右に曲がって消えました。
ボク達のバスは、信号をそのまま真っ直ぐ通り過ぎたのです。



2:手紙(一→凪)


「一宮先輩、あの」
渡り廊下を歩いていると、後ろから名前を呼ばれ、聞き覚えのある声に振り返った。
「……鳥居」
「すみません、今お時間大丈夫ですか?」
「ああ、」
鳥居はスカートのポケットから、プライベートレーベルの可愛らしい封筒を取り出し、両手でそれをオレに差し出した。
「これ、読んでいただけますか?」
「―――オレに?」
「はい、一宮先輩に」
オレに、手紙……鳥居から、オレに、手紙。
ドクン、と心臓が思い切り跳ねた。一気に喉が渇いた。



「クラスメイトの子から、一宮先輩に渡して欲しいって言われて……」



――――おいっ。
(今の一瞬のオレのときめきを返せっ!!!!!!!!!!!)
「あ、そ……」
「私と同じ中学の子で、……ちょっと恥ずかしがりやだから自分では渡せないって……でも、とてもいい子なんです。お菓子作りが上手で、フルートも巧くて」
「……わかった、必ず読む。ありがとうって伝えてくれ」
一昔前の少女漫画かよ。
オレは鳥居が差し出した封筒を受け取った。



頭を下げ、去っていく鳥居の後姿を見送りながら、小さく溜息を一つ。
これが鳥居からだったら、どんなにいいだろう……と。



3:ケンカの後(沢×梅)


ケンカの後は気まずいな……。



「……ケンカっつーか……梅さん怒らせちまったっつーか」
大体ケンカになんかなるわけないんだよな、俺らは。
絶対的な力関係が出会ったその日に既に築き上げられちまってたんだから。
梅さんを怒らせちまった。理由? 些細なことの積み重なりだな。
梅さん、年上だからって俺のこと我慢してたんだきっと。
ちょこっと前に柿枝先輩に『梅星、あんまり沢松いじめちゃ他の女に取られちゃうよ!』って言われてから、意識したのか梅さんは俺にやけに優しかったんだよな。


だからって俺、調子に乗りすぎたのかも……。



字が汚いとか梅さんから読むように言われたルポ本ずっと読んでないとか。
好き嫌い多いとか遅刻癖があるとか。
梅さんから言われたことを俺はずっと直さないでいた。
梅さんに甘えっぱなしで、デートのときも梅さんにおごってもらってばっかりで。



おまけにすぐエッチしたがるし。



「……俺、最悪じゃん……」



『沢松なんかもう知りません(怒)!! 最低(叫)!!』



積もり積もってオーバーフロー。梅さんはとうとう切れちまった。
それが、三十分前のこと。


「……謝るしかねーよな……」



しゃーねーな。
俺が悪いんだし。


「とりあえず、謝る前にこれ読まなきゃな……」
半年前に梅さんから借りたままの、ルポ本を本棚から取り出した。
許してもらえるかどうかは分からないけど。


……あーあ、ホコリ被ってらぁ。


4:相合傘(犬×桃)


……花柄の傘なんて。

小学校の頃、学校指定の黄色い傘折っちまった時に、姉貴の傘を仕方なく借りたあの時以来じゃないだろうか。
少しだけ顔を上げると、桃地に色とりどりの極彩色の花が、所狭しと咲き乱れている。
女の子はどうしてこういう柄をいいと思うんだろう。とりあえず、俺にはよく分からない。
今日も、そういえばあの時と一緒だ。
朝、家から傘さして来たのに……校門前で突風に煽られて、傘の骨が見事に折れた。
結局帰りに、桃坂先輩の傘に入らせて貰った。
「犬飼君、濡れてるよ?」
「ん、……ああ」
言われて気付いた。
肩がちょっと傘からはみ出していた。そんなちょっとしたところまで、先輩はすぐに気付いていた。
「ダメだよ、大事な肩は冷やしちゃ」
「……別にこれ位、」
「これ位もどれ位も無いわ」
はい、と俺のほうに傘を寄せると、今度は先輩の肩がはみ出した。
レトロな形の傘は、二人で入るにはちょっと小さい。
「先輩、肩」
「……平気よ、これ位」
俺が今言った言葉を、先輩がそのまま口にした。


桃坂先輩をこんなに近くで見るのは、思えば初めてじゃないだろうか。
まともに話をしたことも、よくよく考えてみれば初めてだった。
小さな横顔とか肩とか、明るい色の髪とか。
「………」
雨が降らなければ。傘の骨が折れなければ。
桃坂先輩を隣でまじまじと見ることなど、きっと無かった。
「止まないわね、雨」
「――そうですね」
雨は一向に止む気配が無い。
練習が潰れるのは困るけれど、雨もまんざら悪くはないな……と思った。
極彩色の花の下。俺と桃坂先輩は、こんなにも、近い。



5:放課後のグランドで(蛇×柿)


夕焼けがグランドを、校舎を赤く染める。
さっきまでもったりとしていた空気が急に冷えていくのがわかる。
鳥の群れが塒へ帰っていくのを見送ったあとで、あたしは蛇神君に振り返る。
「綺麗な眺めね」
「ああ。だがもうこの眺めともお別れ也」
「そうね、あとちょっとね」
卒業まであと少し。
見飽きたほどのこの眺めが綺麗に見えるのは、感傷的になっている証拠。



やり残したことは沢山。
くやしかったことばかり。
出来なかったことだらけ。
あたしの高校三年間は、三行にまとめられるほどのすっぱい日々。
進路決定の報告をしに羊谷監督のところに行ったとき、このことを言ったら監督は笑った。
青春なんてそんなもんだ、いつか笑って思い出に出来る……羊谷監督はそう言って励ましてくれた。
「ねぇ、蛇神君の一番やり残したことって何?」
グランドの隅にあるベンチに腰を下ろすと、隣に座った蛇神君に聞いてみた。
「そうだな……我は……。野球のことは語りつくせぬほどやり残しがある也。学業も、もう少し上を目指したかった也」
「あれで? 蛇神君全然成績よかったじゃん。あたしなんかどうなるのよ……」
「僧籍を継ぐにはあれでは足りぬ也」
「……厳しいのね」
本当に蛇神君は自分に厳しいな……。
「それに……とても大きなことをやり残した也」
「大きなこと?」
蛇神君が、振り返る。あたしのほうに。
優しく微笑んでいる。


――――あ……。


夕焼けがグランドを、校舎を。
あたしと蛇神君を、赤く染めていく。
あたしの頬は、夕焼けに染められるまでもなく赤かった。


蛇神君に、唇を奪われた。






配布元:
「Mr.FULLSWING ノーマルカップリング普及委員会」様
管理人:森野このは様
作成:見習B



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