はじまり(ゾロ×ブラ子)
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『今日金曜だからバイトないんだろ?』
珍しくサンジからメールが来たのは、金曜の昼過ぎだった。
『コンパやるんだけど、男の頭数が足りねえんだよ(T0T)』
何の用かと思ったら、サンジがセッティングする合コンで野郎の頭数が足りない、とのことだった。
「くッだらねえ……碌な事考えねえな、アイツ」
大学入ってからアイツ、週末ごとに合コンやってんじゃねえか?
大体俺が合コンって性分か? コンパなんか死んでも行かねえって常日頃から俺ぁ言ってるだろ?
バカヤロウ、行くわけねえだろこの素敵眉毛。
内心サンジに悪態をつきながら、画面を下までスクロールさせていった。
『タダで酒飲ましてやるから来い』
……おい。
ナニ人の足元見てやがんだコイツ。
「………仕方ねえな、親友の頼みだ。行ってやるか」
今月やべえンだよ……ったく。
タダで酒飲めるなら、この際仕方ねえ。行ってやるか。
大学に入って半年。
剣道の推薦で入ったのに、高校時代に痛めた肘の傷が悪化して三ヶ月で退部を余儀なくされて以来、毎日は酷く退屈だった。
大学とバイトと下宿をトライアングルに行き来する日々。
親友、というより悪友と言った方がいいツレが数人。サンジもその中の一人で、そいつらと時々遊ぶほかは、趣味らしい趣味もない。
アイツと違って俺は女と話するのとかは苦手で、彼女なんざ勿論いねえ。
ご機嫌取りだの面倒くさいコトは性分じゃないから、作る気もない。第一人前に出るのが好きじゃない。
心の中に、何か得体の知れない重たいモノが溜まっていくような気だるさに支配されながら、退屈な毎日を過ごしていた。
そんな時だった。
"あの女"と知り合い、退屈な日々とおさらばしたのは。
繁華街にある居酒屋の座敷席で開かれたコンパには、目当ての異性を見つけようと目の色変えた男と女が、合計20人近く集まった。
野郎どもはうちの大学の奴らが殆どで、女のほうは隣の区の女子大と、近くの服飾系の専門学校から集めたらしい。
「麗しいレディ達ーーッ、楽しんでますかぁーーーッ?!」
セッティングしたサンジは終始ハイテンション。まるで小間使いみたいにあちこちに目配りと気配りをし、
この場を一層盛り上げようと躍起になっている。
―――うるせぇ。ナニが麗しいレディ達だ。
目の前にいる女たちを見れば、皆けばけばしい化粧をし、ブランド物をこれ見よがしに身に着けて大口開けて笑ってやがる。
……レディ? どこが? 笑わせんなよ。
「ねえねえ、メルアド教えてくんない?」
「彼女、学部は?」
「車持ってるの? ナニ乗ってんのぉ?」
……やっぱり来るんじゃなかった。
きいきゃぁ騒がしい嬌声を上げながらもしっかりと男を値踏みする女たちと、
自分をよりよく見せようと背伸びをした下心丸見えの男たち。
お互い、上っ面では楽しそうにしながらもしっかりとしてやがる。
俺はといえば、頭数が足りないから呼ばれただけだから一番端の席で一人ちびちびと手酌酒。
日ごろから怖い面だと言われるせいもあって、女は誰も俺に声なんか掛けはしなかった。
「――――あ……?」
つまみを追加で注文しようと壁にかかったメニューに目をやったとき、ふと気付いた。
俺の丁度対角線。
女側の席の一番端っこに、女が一人座って、俺と同じように頬杖をついて手酌酒をしていた。
俺と同じで不本意ながらもやってきた、といった感じだった。
見た目は派手ではなかったが、他の女たちが派手なせいか地味に見えた。
目深くニットの帽子を被り、ふわっとカールした黒髪が背中まであって、……つまらなさそうにしていた。
しばらく女の方をみていると、女も俺に気付いたらしい。
俺の方を見て、軽く頭を下げた後片手で手招きをした。
―――もしかして、俺呼ばれてんのか?
『……俺?』
俺が自分を指差すと、女は笑って頷いた。
俺は半分ビールが入ったグラスを手に、女の前に座った。
「こんばんわ」
女が先に挨拶した。
「……こんばんわ」
女は側にあったビールを俺のグラスに注いだ。
間近で見ると、女はいくらか俺より年上に見えた。落ち着いた雰囲気とか、化粧の仕方とか……。
他の、けばけばしいだけの女たちとは明らかに一線を画していた。
ちゃらちゃらしたところは微塵もなかった。
「頭数足りないから来いって言われて来たんでしょ?」
「えっ?」
いきなり図星。
グラスを片手にきょとん、としている俺を見、女は自分のグラスにもビールを注ぎながら肩で笑った。
「当たってる?」
「……あ、ああ……まぁ、一応」
ナニが一応だ俺。
「やっぱりね、……あたしもそうだもん」
「…………」
「本当なら今日ココに来る予定だった子、職場の後輩の妹なの。都合悪くてどうしても駄目だッてんで、
巡り巡ってなんでだかあたしにお鉢が回ってきたのよ。どうせ暇なんでしょセンパイ、って」
「……ふうん」
……職場? ってことは、学生じゃないのか……?
「どうせ暇なんでしょ、だって。失礼しちゃう。……確かに今はフリーだけど」
女は通りすがりの店員に、空になったビール瓶を下げさせた。
「君も同じでしょ? タダ酒飲ませてやるから、とかいって誘われた口じゃない?」
―――げ……。当たってらぁ。
返事できずにいる俺を見て、女は正解だと確信したらしく、含み笑いをした。
「社会人、それも二十五にもなると流石に十九二十歳の子のテンションにはどうにもついて行けなくて……
可愛い後輩の頼みとはいえ、一寸うんざりしてたの」
「アンタ、学生じゃねえんだ?」
「そうよ、れっきとした社会人。多分この中じゃあたしだけだと思うけど……」
女はちら、と他の奴らを見た。
サンジが音頭を取り、座はやたらと盛り上がっていた。
一気飲みだの早くもカップリング成立だの、酒が回ってきたせいか男も女もテンションは高く、
どうでもいい事でいちいち笑いが起こり、女の嬌声が耳ざわりだった。
「正直苦手なの。こういうところ」
「……俺もこういう場所は苦手だ……」
「ホントに?」
「騒がしいのは好きじゃねえんだ」
「何だ、君もそうなんだぁ……ふふ、あたしも同じ」
酒が入っているせいか、女の頬はほんのりと赤かった。ぽってりとした唇に、真っ赤なルージュが厭味でなく
似合っていた。傍らに置いた、ヴィトンだかの小さなバッグも、手首に輝くブルガリの小さな腕時計も自然だった。
大人の女、という奴だろうか。
「ねえ、……君、」
女は頬杖をついたまま、気だるそうな声で言った。
ニットの下のまだ見ぬ彼女の目は、そのとき確かに俺を見据えていたはずだ。
「よかったらさぁ……どっか行かない?……二人っきりでさ」
甘ったるい口調。
オブラートで覆い隠すような言い回し。
その瞬間。
ドクン、と心臓が跳ねた。
何かが始まる。
そんな気が、した。
俺とブラハムと名乗った女はこっそりと店を出た。
尤も、こそこそしなくとも盛り上がっている連中の誰も俺たちには気付かなかっだだろう。
皆、自分たちのことで精一杯なんだから。
ブラハムに誘われるがまま、夜の街を二人で歩いた。
「……何処行くんだ?」
「……騒がしくなくて、静かなところ。」
「飲みなおすのか?」
「……ふふ、それは内緒……」
ブラハムは意味深に行先の明言を避け、俺は慣れない都会の夜の街の中、何時の間にか繋いでいたブラハムの手を
離すまいと、力任せに握っていた。
店を出て、一緒に歩き出してから俺は気付いた。
ブラハムの、ジャケットの下の胸の豊かな膨らみや、ロングスカートのシルエットが示す、程よい肉付きの腰周りに。
それは眩暈がするほど魅惑的だった。
そのとき、俺は確信していた。
大事なことが始まるんだ、と。
連れて行かれたのは、誰もいない廃ビル。
その廃ビルの、埃っぽい階段の踊り場だった。
採光用の小さな窓からは、隣のビルのネオンや月明かりが僅かに差し込んでいた。
「静かな場所って、ここか?」
「……そう、騒がしくなくて、静かなところ……」
二人の声は潜めても撃ちっぱなしの古いコンクリートに響いた。
ブラハムは相変わらず意味深な笑みを湛えていた。
―――ああ……。
ここまで来て、何が始まるのか分からない男は、きっといないだろう。
「ねえ、……ゾロ」
ブラハムが、壁に凭れ掛かって俺を見た。
「……女の子とセックスしたこと、ある?」
ブラハムの問いかけに、俺は首を横に振った。
はちきれそうな、豊かな膨らみを持つブラハムの胸やくびれた腰を見ながら。
「じゃあ、……してみる?」
甘い声。
ブラハムの誘い。
答えるより先に、身体が動き出していた。
それは殆ど本能的なものだった。
「んんッ…!!!」
ブラハムを力任せに抱きしめ、その唇を強引に奪い、口腔に舌を割り込ませた。
こんなときは本当ならきちんとした順序があるんだろう。
甘い誘いには甘い言葉で返し、それなりに雰囲気のある会話でやり取りをしてからゆっくりと行為に及ぶのだろう。
が、今の俺にはそんなことを考えられる余裕はなかった。
順序なんかクソ食らえだ。
「んくぅ……!」
甘い酒の味のするキス。初めての、女とのキス。
息をするのも忘れ、俺は初めての女の口の感触を味わった。
それはキスというより貪りに近いものだった。
行儀の悪い俺の手は勝手にブラハムのシャツの裾から中に入り込み、下着を捲り上げて膨らみを揉んだ。
―――柔らかい……すげえ、柔らかい……。
「ブラハム、ッ!」
俺は中腰になり、服を更に捲り上げ、ブラハムの胸の膨らみの頂点に吸い付いた。
ぢゅ、っと乳首を一吸いすると、ブラハムが僅かにあえいだ。
「ぁア、ゾロッ」
ブラハムが俺の頭を抱きこむ。
裏返った声。その声に、俺は心臓を抉られる様に興奮した。
乳房に顔を埋め、乳首をしつこいくらいに強く吸った。
「あっぁあ……!!」
バランスを崩し、俺とブラハムは床に倒れこんだ。
ブラハムが被っていたニットの帽子が僅かにずれ、俺はそれを脱がせた。
「……お、……」
潤んだ大きな黒い瞳が、その下にはあった。
綺麗な黒曜石の瞳に、俺が映っていた。
興奮し、上気した顔の俺が。
「こら、……」
ちょっと怒ったような素振りで、……でもブラハムは笑っていた。
「……ゾロ、……女の子にはもっと優しくするものよ……?」
ブラハムは俺の手を取り、己の頬に添えた。
「ああ、……」
俺はゆっくりと、ブラハムの唇にもう一度、口付けた。
それは一つの儀式だった。
俺にとっての、始まりの儀式。
退屈極まりない日々と正反対の、刺激的な日々の。
明かり取りの窓から見える空が、ゆっくりと白んでいく。
俺はブラハムとのセックスに時間も我も忘れていた。
ブラハムの背中に敷いた俺のスカジャンも、埃と土にまみれたコンクリートの床も、そしてお互いの身体も……。
唾液と汗、体液でべたべたに汚れ、特有の匂いを放っていた。
「ブラハム、……ブラッ……、」
かすれた声で女の名を呼びながら、正面からブラハムを抱え込み、力の限りに突き上げ続けた。
回数なんか数えちゃいない。三回目までは数えたが。
男の経験が豊富なブラハムは俺のペニスだけで何度も達し、いやらしい顔を俺に見せつけ、更に俺を深みへと引きずり込んだ。
「ゾロ、ぁ……も、駄目、え……ッ!!」
俺の腕にしがみつき、仰け反りながらブラハムは喘ぐ。
繋がっている箇所は赤く腫れ、だらしなく体液を零しながら、それでも尚俺を締め付ける。
「ぁあ、……もっと、優しく……ッ……してぇ……」
優しく? 優しくなんか、できやしねえ……!
誘ったのはブラハム、お前のほうじゃねえか……?
それを差し引いたって……こんなにも柔らかい、こんなにも魅力的で、こんなにも……気持ちがいいんだ……。
「アあああッ……駄目、だ、も、ブラハム……ぁあああ、ッ!!」
「いやぁ……ッ、ゾロ……ッ、またイク……イク、イ、……ッ!!!!」
興奮と、若さと、湧き上がる性欲のまま。
俺は何度目かの射精をブラハムの体内に終え、脱力した。
二人でキスをし、汚れた床の上、ブラハムを抱きしめて眠った。
今日は……土曜か。バイトは? 夕方からだ……。
そんなことを頭の片隅で考えながら、俺の意識はゆっくりと沈んでいった。
そして始まった。
ブラハムと俺の、刺激的な毎日が。
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