王子様(ペル×ビビ)
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ペルが帰ってきた。
死んだと思っていた、ペルが。
それは私の立志式の次の日の朝。
城門付近がやけに騒がしいと思っていたら、死んだと思っていたペルが生きてそこに立っていて、
沢山の兵士達に囲まれていたのだった。
あのクロコダイルとの最後の戦いのとき、爆弾を抱えアラバスタの空に散ったと思っていたペルは、生きていた。
生きて、帰ってきた。
『ペル!!』
『ペル!! 生きていたのか!!』
『国王様、ビビ様、……不肖ペル、恥ずかしながら帰ってまいりました……』
ペルを囲む兵士達は驚きと興奮の言葉を口々に、けれど皆彼の帰還を喜んでいた。
囲まれたペルは、傷だらけの身体とボロボロの服。それでも凛とした、まっすぐな眼差し。
『ああ、ペル、よく生きていてくれた……!!』
父はペルの手を握り、ペルは押し頂くように頭を垂れた。
わっ、と兵士達が沸きかえった。
その瞬間、私の目からは涙が溢れていた。
そして同時に、幼い頃から心の底で燻っていたものが一気に燃え上がった。
「ねえ、ペル」
「なんでしょう、ビビ様」
「私の立志式の演説、聞いた?」
「ええ、……病院で、聞きました」
二人で歩く、城の庭園。
復帰したとはいえペルの傷は深く、イガラムの判断で仕事は一日おき、
簡単なデスクワークと、外出時の私の護衛程度だった。
戦禍で護衛の兵は多くが失われ、庭園に兵の姿はほとんどない。
枯れた噴水。壊れた石像。
この国が元通りになるには、戦火にあった時間の何倍もの時間がかかるだろう。
「立派なお言葉でした……本当に」
「そう、有難う……」
「ビビ様ももう、大人になられたのですね……」
「…………」
並んで歩く、寂れた庭。
静かな、静かな庭。
ペルの身体のあちこちを覆っていた包帯は少しずつではあるけれど確実に取れていき、
この間からは錬兵場にも姿を見せるようになったとチャカから聞いた。
「ねえ、ペル」
「はい」
私が立ち止まると、ペルも立ち止まった。
「一つだけ、私のお願いを聞いて欲しいの」
「……ビビ様を背中に乗せて空を飛ぶことはもう出来ませんよ、」
「そうじゃないわ、……もう、意地悪ね」
「ハハ……すいません。幼い頃のビビ様がお願いを聞いて、と言うときは大抵それでしたから」
―――ああ、そうだった。私は小さい頃、父達に内緒でよくペルの背中に乗せてもらった。
「そうじゃないわ、あのね、ペル」
ペルの背中に乗って、空を飛んでいたあの頃から、私の心の中では小さな炎が燻っていた。
「ねえ、ペル」
「……はい」
私は大きく息を吸い込み、ペルを見上げた。
優しい顔。強い眼差し。大きな身体。小さい頃からペルを見るたびに、私の心はじんじん痺れた。
その頃はその思いが一体なんであるのかなんて、考えもしなかった。
けれどずっとずっと、思いは燻っていた。
それが、一気に一つの形となり、燃え上がって私にそれが何であるかを知らしめたのはあの日。
ペルの、帰ってきた朝。
「私の王子様に、なって欲しいの」
「……仰る意味が、私にはよく分かりません」
ペルは困ったような顔をした。そしてその声は、少しだけ震えていた。
「ビビ様、あの、」
「ペル、……言った通りよ。私の王子様に、なって欲しいの」
「ビビ様、私はネフェルタリ家に仕える家臣ですが……」
「分かっているわ……そんなこと」
何処までも無骨で、不器用で、まっすぐな人。
そこに惹かれたのだろう。きっと……私。
「分かってる……そんなこと。」
私はペルに歩み寄った。
そしてその、広く厚い胸に頬を当てた。
ドク、ドク、ドク、
ペルの鼓動は早くなっていた。
「でもね、ペル。私にはあなたしか考えられないの……」
「……ビビ様」
「貴方と言う、王子様しか」
見上げたペルの顔は困惑と驚きの色を隠せなかった。
朴訥で不器用なペル。恋の噂の一つすら聞いた事がなかった。
「ペル」
「……はい、」
「女の子に全部、言わせるものじゃないのよ……?」
背伸びをして、ペルの唇にキスをした。
この暑さにもかかわらず、唇は冷たく、そして小さく震えていた。
「分かる? ペル……」
「……はい、ビビ様……」
私のキスと言葉に答えるように、細く長いペルの腕は、ためらいながらも私を抱きしめた。
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