叶わぬ恋とは知りながら(ワイパー←コニス)
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初めてあの方と出会ったのは、6年前……エネルが神として君臨する半年ほど前のこと。
季節の花を求めアッパーヤードを訪れた、うららかな春の日だった。
森の奥で花を摘んでいるところを、巨大な羽虫に襲われかけた。
注意していたつもりが、いつの間にか虫達の巣へ足を踏み入れてしまっていたのだ。
巨大な羽虫が、私めがけて上空から一気に急降下してきた時は、正直、食べられてしまうと覚悟した。
そのときだった。
「危ないッ!!」
号砲一発、閃光と共に羽虫が吹き飛び、私は難を逃れた。
「……あ……」
少し離れた巨木の上に、あの方はいた。
自分の背丈と変わらぬ程大きなバズーカを肩に……半身を覆う刺青と特有の衣装。
一目で、シャンディアだと分かった。
「……ちっ、空の民か……」
彼はどうやら、私を自分たちの仲間だと勘違いして助けたようだった。
相対するスカイピアの住人だと知ると、忌々しげに咥えていた煙草を吐き出した。
「あ、ありがとうございますっ、お陰で命拾いいたしました、あのっ、」
慌てて、言葉がなかなか巧く出てこない。
「神兵なら殺すところだが、……一般人、それも女なら仕方ない。見逃してやる。但し次は助けん! 」
碌に礼を言う間もなく、彼は私に背中を向け、瞬く間に森の奥へと消えていった。
「………あ……」
私は一人、取り残された。
あの方の姿。あの方の声。ほんの一分足らずのことだったのに、それは鮮烈な出来事だった。
隙無く鍛え上げた身体。意志の強い、鋭い眼差し。
威圧感のあるバリトン。
半身を覆う刺青は、一人前の戦士の証だと聞いた。
相容れない立場にあると、頭の中では理解しながらも。
私の心は、あの方にすっかり奪われてしまった……。
そう、私はあの方に恋をした。
叶わぬ恋とは、知りながら。
あの方の名は、ワイパー。
それは数日の後に分かった。
ガンフォール様率いる神兵達とシャンディア達とのいざこざの中心にはいつもあの方の姿があり、
嫌でもその名は聞こえてきた。
精一杯の譲歩をしようとした『当時の』神・ガンフォール様。
それを頑なに拒む、シャンディア最強の戦士……それが彼だった。
食い違う意見。埋められない溝は深まるばかり。
400年という長い長い、長すぎた時間が、私達と彼らの間に埋まらない溝を作ってしまっていた。
アッパーヤードは元々彼らのものであったのに、それを奪った私達スカイピアの住人達には、
最早その恩恵はなくてはならないものとなってい、もう、全てを返すことなど不可能になってしまっていた。
戦いは数え切れないほど繰り返された。
死人も怪我人も、数え切れないほどだった。
父上も何度か徴兵された。幸いにも生きて帰ることはできたけれど。
毎日のように、アッパーヤードからは号砲が轟いた。
代々君臨した神の中で唯一、ガンフォール様だけはシャンディア達と和解しようとした。
けれどそれはとうとう纏まることがないまま……新しい神・エネルが突然君臨し、
エネルによる恐怖政治が始まった。
―――シャンディア達との戦いは、今までの歴史の中で最も苛烈となった。
今日もまた、遠くで号砲が聞こえる。
窓の外を見ると、アッパーヤードのほうが騒がしい。
煙が立ち昇り、焔が森を焼いている。
「……また……戦いが……」
あの方はまた、バズーカを担いで戦士達を率い、最前線にいるのだろう。
傷を負ってはいないだろうか。
捕らえられてはいないだろうか。
部屋の片隅に跪き、私は一人祈った。
あの方の、ご武運を。
どうかあの方が、死なないように。
「ワイパー……」
神の裁きを恐れながら、小さく小さく、あの方の名を呟いた。
叶わぬ恋とは、知りながら……。
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