嫌い(ゾロ←たしぎ)
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嫌い、
嫌い、
嫌い。
呪文のように、心の中で呟く言葉。
飲みこまれないように、押し流されないように。
「331、332……」
深夜の派出所の会議室。
机と椅子を退けたそこは、勤務時間が終わった後、私のトレーニングルームになる。
愛用の真剣を手に、私は素振りを繰り返していた。
「340、341……」
スモーカーさんは帰り際に、私の熱心さを褒めてくれ、同時に鍛錬も程ほどにしておけと
小さく釘をさした。
鍛錬はどんなときも決して怠ってはいけない。怠れば自分の心に隙が出来る。
それは忽ち立ち居振る舞いと共に、勝負の時に現れて敗退を招くのだと、私は教えられた。
だから程ほどになど、決して出来はしなかった。
シュッ、
シュッ、
シュッ。
振り下ろす度に剣は空を切り、単純なこの動作が決して甘くはないのだと意味する鋭敏な音を立てる。
「424、425、426……ッ」
そう、怠ってはいけない。
怠ればまた負けてしまう。あの男に。
女だからと馬鹿にされ、一番私が忌み嫌う、"情け"をかけられてしまうのだから―――……。
嫌い、
嫌い、
嫌い。
剣を振り下ろすその度に、まるで呪文のように、その言葉を心の中で呟いた。
『―――ロロノア……』
あの男……海賊狩り・ロロノア・ゾロ。
私を負かした剣士。
私に情けをかけた剣士。
あの日からずっと、私の脳裏にこびりついて離れない。
海賊狩りと称された、ロロノア・ゾロの顔。
あの日からずっと、私の耳の奥に棲みついて離れない。
海賊狩りと称された、ロロノア・ゾロの声。
あの日からずっと、私の嗅覚に纏わり付いて離れない。
海賊狩りと称された、ロロノア・ゾロの匂い。
嫌い、
嫌い、
嫌い。
呪文のように、心の中で呟く言葉。
飲みこまれないように、押し流されないように。
あの日からずっと、私の心の奥に燻っている思い。
ロロノア・ゾロに対する思い。
また剣を交えたいという思い。
今度こそ、負けはしないという思い。
そして、……――――――……『好き』という、ロロノアに対しては抱くことも、認めることも決して許されない禁断の思い。
だから、私は呟くのだ。
心の奥で。
剣を振り下ろす、その度に。
飲みこまれないように、押し流されないように。
嫌い、
嫌い、
嫌い。
『好き』の気持ちと、同じ数だけ呟いた。
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