『誕生日の夜(前編)』





12月24日はボクの誕生日。
みんなの仲間になって初めての誕生日は、海の上で祝った。
イブの日だから、てっきりクリスマスパーティーと一緒にされるのかと思いきや、クルーの皆は優しかった。
ちゃんと今日はボクの誕生日パーティーを開いてくれて、クリスマスパーティーは明日また改めて、だって。
前の島を出向してから結構な日にちが経っていて、食料はそんなに無いはずなのに、サンジは工夫を凝らしてケーキは勿論、ご馳走を沢山作ってくれた。
ナミたちからは素敵なプレゼントを沢山貰って、日暮れとともに飲んで騒いで、夜遅くまで宴は続いた。



日付が変わって、25日になった。
ボクはラウンジの扉を開け、真っ暗な甲板に出た。
「はぁ……食べすぎたかも……」
その上飲みすぎたかも、だ。
胃の辺りが重い。医者の不養生ってこのことかなぁなんて反省しながら、扉を閉じる前に振り返ってそっと中の様子を見てみる。
「皆、大丈夫かな……」
屍累々とはこのこと。ラウンジの中はまさに壮絶。
皆飲んで騒いで食べて笑って、挙句に酔いつぶれちゃってるんだ。
とてもじゃないけど女の子しか乗ってない船とは思えない光景。
ルフィとゾロなんか大いびきかいてるし、普段は酔いつぶれない前に引き上げるロビンまでが、今日はテーブルに突っ伏して寝てるんだ。
ナミも酒瓶抱えて床に寝てるし、サンジとウソップは折り重なるように眠りながら寝言言ってる。
一応毛布はかけてきたんだ。サンジの手間が省けるように残った料理をちょっと片付けたり、お皿もシンクに入れてきた。
全部やっちゃうとサンジが俺の仕事だって怒るから、そのくらいで。
「……素敵なパーティだったよ。ありがと、皆」
お礼を言って、そっと扉を閉じた。
皆が起きたら、二日酔いに効くいいお薬を調合しなきゃ。



春島のそばを航行中で、外は余り寒くない。誕生日に雪が降らないなんて初めてだなぁ。
うんっ、と大きく伸びをする。ぬるい夜風はお酒で火照った体に心地よかった。
息をついて、夜の海を見渡した。
最初は夜の海が怖かった。暗くて静かで、その上水平線が見えなくて。
でも今は、夜の海が綺麗だと思う。まだちょっと怖いけど、暗いのも静かなのも水平線が見えないのも、素敵だと思うようになった。
「……ん? あれって……」
海を見渡していると、はるか彼方に、赤い炎が見える。
もしかして船火事? と思ったけれど、違った。
「え?」
だってその炎は、波音とともにみるみる近づいてくるんだ。
そして近づいてきたのは炎……じゃなくて、炎を吐き出しながら進む、一艘の小さな小さな船だった。
その船は髑髏のマークの入った旗を掲げていて、メリー号の直ぐそばまで来てぴたっと止まった。
船の上には、上半身が裸の男の人が一人。
「おう、これって麦わら海賊団の船でいいんだよな?」
その男の人は、ボクにそう言った。




「いやぁ〜悪いなぁ、いきなり連絡もなしに押しかけてきて」
「いいんですよ、そんな恐縮しないでください」
その男の人は、エース……ルフィのお兄さんだった。
ナノハナでルフィたちは会ったらしいんだけど、ボクは別行動をとってたから、会うのはこれが初めてだった。
でもサンジやゾロからどんな人なのかとか聞いてたし、この間手に入れた手配書の中にエースの手配書もあったから、名前と顔は知ってたんだ。
この近くを航行してて、丁度この船を見つけたとかで来てくれたらしいんだ。
船に上がったエースは、皆が言うとおりルフィのお兄さんとは思えないくらい大人で礼儀正しくて、腰も低かった。
「たまたま通りかかったもんで、手土産も何もなしで申し訳ねぇ」
「そんな、気を使わないで」
「いやぁ、こういうことはちゃんとしねえと……で、うちの妹は? もう寝ちまったか?」
「あー……それが……その、」
「あ?」
「……ちょっと……まぁ、なんていうか……その。今日、パーティをして、それで」
ボクは横目で、まだ明かりの灯ったままのラウンジを見た。
「酔いつぶれちゃってて……百聞は一見にしかずというか……あの、とりあえず覗いてみれば分かるかなって……」
ボクの言葉に、エースは顔にクエスチョンマークを貼り付けたままラウンジの入り口に立った。
そして扉をそっと開き、中をちょっと覗いて「うわっ」と一言。速攻で扉を閉めた。
「―――ひでぇな」
「でしょ?」
「男が見ていい光景じゃねぇなぁ……ありゃ。ものの見事撃沈じゃねえか」
そういういわけで、ボクはエースをナミたちがいつも使っている女部屋に案内した。
ボク達の部屋は荒れ放題でラウンジ以上にひどい状態で、とてもじゃないけどお客様を案内できる場所じゃなかった。
言い訳を言えばウソップとボクは片付けてるんだけど、片付けたそばから散らかすルフィがいるお陰で……。
「あの、ベッドどちらでも使って。ナミもロビンも朝まで起きないと思うし」
「あぁ、悪いな」
エースはソファに腰を下ろすと、テンガロンハットを脱いで横に置いた。
「お酒飲みます?」
「あー……いや、いい。気ぃ使わないでいいぜ」
「食べるものも、残り物だけど手をつけてないのが沢山あるし……」
「いや、飯は近くで済ませてきた。押しかけてきたのはこっちのほうだ、何にもしなくていい。それよかさ、」
ポンポン、と、エースはソファを……隣の開いたスペースを叩いた。
「え、」
「……座れば?」
「あ……えーと……」
一瞬、戸惑ったんだけど。でも……良く考えたら断る理由なんか無いわけで。
ボクは恐る恐ると言った感じで、エースの隣にちょこん、と座った。
エースはニコニコして、やおら隣に座ったボクの髪を撫でてきた。
大きな手で髪の毛と角を撫でられると、ちょっとくすぐったいな。
「ルフィから聞きはしたけど、随分可愛らしい船医さんだなぁ」
「……そ、そうかな」
可愛らしいなんて、男の人に言われたことってないから、返答に困ってしまう。
うわ。ちょっと、社交辞令だって分かってるのに心拍数上がってるよ。
「うちの船医なんて、荒っぽい爺さんだからよ。傷なんて舐めときゃ治るってろくに診ちゃくれねえし」
「はぁ、……」
「アンタならちゃんと診てもらえそうだな。どうだ、うちの妹は生傷絶えねぇだろ?」
「あー、……それはもう……」
―――絶えないなんてモンじゃなくて。
ルフィの生傷は毎日のことで、この船に乗り込んだ最初は、救急セット持ってついて回らなきゃいけないかと思ったほど。
「アイツが船長なんてどうなることかと思ってたが……アンタ含めてクルーがしっかりしてんだな。
航海の方はちゃんとしてるみてぇだし……安心した」
「……あ、ありがとうございます……」
「ま、あの酔いつぶれ方には問題ありだけどな」
「………はは……」



会話はそこで途切れた。
あ……ちょっと、なんか話題ないかな……と、考えをめぐらせていた時。



……ん。
ちょっと。
この手、何?
「ホント、可愛い船医さんだよな……」
頭を撫でていたはずのエースの手が、肩に下りてさらに下りて……腰を。
ボクの腰を、抱き寄せてる。
「ちょ、っ」
「ん、そのままそのまま。緊張しなくていいぜ?」
「や、あの、そーゆーんじゃなくて、その、」
逃れようとするのに、腰を抱くエースの手の力がすごく強くて。逃げられない……。
「あの、エース、ちょ……」
「まぁまぁ、固いこと言わないで。……アンタ、誕生日なんだろ? 俺からも祝わせてくれよ」
「え―――……っと……それって……」
「身体で、な」
「え、ええっ!?」
「まぁまぁまぁ」
「ちょ、ちょっと……ッ!」
混乱する頭。抗う力は男と女。余りにも差がありすぎて。
「あ、あの……!」
ドサ、と音を立てて。ボクはソファにあっけなく押し倒される。両手を掴まれ自由が……っていうか、抵抗できないし……!
エースがニヤリと笑いながら、ボクの上に陰を作る。
「や……ッ」
「嫌か? いいじゃねえか、一回くらい」
「い、一回くらいってそんな簡単に言わないでくださいっ!」
「―――ん? もしかして船医さんヴァージン?」 「……い・いけませんか?」
「あー、そうかそうか。ヴァージンか……だったら誕生日にロストヴァージンってのはどうだ? 記念になるぜ?」
「記念って、そ・そんな! あっさり言うけどそういうのって簡単に許しちゃいけないし、それにそれにそれにっ……」
「それに、何だ?」
「ええっと、その……お互いよく知り合ってないし……女の子は身体大事にしなきゃいけないし……」
ボクはしどろもどろだった。ああ、もう!
普段、みんな(主にルフィ)相手に言う、ドクターとしてのお説教の一通りの言葉が出てこない。こんな時に限って。
「へぇ、大事にしていつか好きな人に捧げるってか? お医者様、ご高説をどうも……そんなら、オレをその好きな人にしてくれりゃあいいだろう?」
「……そ、それは……って、そういう問題じゃなくて……いえ、それもあるんだけど、えーっと……あ、そうだ! 避妊! 避妊の問題があるんだ! ちゃんとしないと駄目だしっ、ね、」
「避妊具なら、ホラ」
ポケットから出した、ゴム製の避妊具を目の前に差し出される。
「オレはルフィとは違って、ちゃんと避妊する主義なんでね」



……ドクトリーヌ。ドクター。
きっと聞こえてないと思うけど。
ボクのヴァージン、只今大ピンチです。






「―――ん……ぅ、」
長い長い時間に思えた。 抗う言葉をさえぎるように無理矢理合わせられた唇が離れて、視線が絡み合う。
体重をかけられ、腕も身体も自由にならない。
「ッ……」
ファーストキスは、あっさりと奪われ……煙草の味がした。
「アンタ、やっぱ可愛いな」
エースが不敵に笑う。
ファーストキス……あんなにあっさりと奪われちゃった……悔しいとかせっかくのファーストキスをとか言う前に……今のこの 状況から抜け出す方法のほうが先で……ああでも無理っぽいよ……。
心臓がすっごいドキドキしてる。
長い指がボクのブラウスのボタンをぷつんと弾く。一つ、二つ。
「……女の子らしい服着てんなぁ、妹にも教えてやってくれよ」
「ぁ……や、」
ブラウスの前を簡単にはだけられ、その下に付けていた小さなブラを捲り上げられた。
誰にも見せたことのない胸を、エースの前に晒してしまった。
「いや、」
エースはその胸の先っぽに、ちゅっと吸い付いた。
「あ、あ……ッ」
背中がぞくぞくする。軽く仰け反った。
声、今出たのすっごくいやらしい声じゃなかったっけ……。
「気持ちいいか?」
尋ねられ、首を横に振って、でも。
ぞくずくするこの感じ……これって、もしかしなくても「気持ちいい」ってことなんじゃ……。
「嘘つくなよ、いい声出してたぜ?」
もう一度、同じように吸い付かれる。
今度はさっきよりも長くて、……さっきよりも、気持ち……いい。
「―――あ……あ、はッ、」
強く吸われた。これは……舌だ。エースの口の中、舌で、先っぽをぺろぺろってされて。
もう片方の胸は、エースの手が揉んでいる。手は舌とは全然違う感触で、……やっぱりこっちも気持ちよかった。
「気持ちいいだろ?」
再び尋ねられる。でも、首を縦に振ることは出来ない。
だってだってそんなの……さっきイヤだって、こんなこと駄目だって言った手前、言えないよ!……本とは、気持ちいいけど。
「強気だなぁ、船医さん。んじゃあもっと気持ちよくさせてやっか……気持ちいいって言いたくなるまでな」
「エ……エース……」
エースの目は、……本気だった。







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