「17歳のBLUES」





生まれて初めて飲んだ酒は、別れの杯だった。




そしてそのとき、生まれて初めて嘘をついた。





「エースの未来に、乾杯」
「……乾杯」
カウンター越しに、古いグラスがカチンと音を立てた。
棚の奥から出してきた年代モノの酒を、マキノはカウンターの向こうで一気に煽った。
いつもは酒を振舞うだけで、勧められても一口も飲まない癖に。
「…ホラ、エースも飲みなさい」
「……あ、うん」
「あなたのお祝いなんだから、今日は」
「……そう、だよな、うん」
「海賊になるんだもの、お酒くらい飲めないとね」
言われて、グラスに口をつける。
生まれて初めて飲んだ酒は、沸かしてもないのに喉が焼けるほど熱かった。
「……すっげえ味…」
「美味しいでしょ? うちの店の取って置きよ。一杯何千ベリーもするんだから」
「そんなにすんのか?……よくわかんねえ……」
「そのうち分かるわよ」
ほんのり頬を赤くして、マキノは二杯目を自分で注いでいる。





……俺は明日、この島を出る。





生まれて初めてのウソをついて。





「……なあ、マキノ」
「なぁに?」
「ルフィのこと、頼むな。迷惑掛けるけど」
「迷惑だなんて、思ったことはないわ……私にとっては、ルフィもエースも弟みたいなものだもの。」
身寄りのない俺とルフィにとって、マキノは母でもあり姉でもあった。
「それよりもエース」
「ん?」
「明日には島を出るのよ、心残りはない?」
「………」
そう、明日の朝には島を出る。
自分で半年かかって作った手漕ぎ船で、海賊になるために俺は海に出る。
今度いつ、この島に帰ってこられるかなんて分からない。
ジジイになるまでこの島の土を踏むことはないかもしれない。
いや、もしかしたら、一生………。
「……心残りは、あってはだめよ」
小さな子供に言い聞かせるように、マキノは言った。
マキノは今までこの店で、たくさんの船乗りや旅人を見送ってきた。
わけあって故郷を離れた者、旅路で一生を終えることを決意している者……色んな人間が来た。
その誰もが口をそろえて言ったこと。
『心残りはよくないことだ』と。
旅に出る前に、船に乗る前に、故郷を離れる前に。
やり残したこと、言い残したこと。
残したことはいつまでもいつまでも、心に付きまとい、離れず、それは自分を苦しめるのだと。




『好きな子には、好きだと言ってから航海に出るんだよ、坊主』
寄港した商船の年老いた船乗りは、そういって固目を瞑った。
『航海から戻ったときにその子が他の男と幸せになっていても、ダメージは少しで済むからね』
言われた時、俺は12だった。
その時、心に浮かんだのはマキノのこと。
母でも姉でもない、第三のマキノを俺の中に認めたのは、その時だった。




「……ん、無いよ、なんにも」
目を、逸らして言った。
「ルフィのことは心残りって言うより心配の範疇だしな……俺自身のことは、何もないよ。マキノ。
やり残したことも、誰かに言い残したことも無いよ」
「そう、ならいいの……」
笑ったマキノの顔。この島の女の誰よりも綺麗だ。
もう、この笑顔は見られないかもしれない。
「エースには、素敵な航海をして欲しいから」
いつも優しく、でも時々しかられたこの声も、もう……。





生まれて初めてついたウソ。
それを隠すように、焼けるような酒を一気に煽った。





散々飲み食いして、日付が変わる前に家に戻った。
ルフィは早々と鼾かいて寝てた。
俺の部屋は明日の出発を控え、少しの手荷物以外は何もなく片付いていた。
……初めて飲んだ酒のせいで、頭がちょっとぼーっとしてる。
ベッドに大の字になり、薄汚れた天井を見上げ、マキノの顔を思い浮かべる。
「……心残りなんて、一杯あるよ……」
搾り出すように呟いた。
「だって俺、まだマキノに好きだって言ってねぇし……」
言ってない……言えない。
遠く記憶の奥深く、いつだったかこの島に来たあの赤い髪の男のように。
マキノに愛を告白してその心を掴んだまま旅立って、それきり何の音沙汰も無く…… 店の裏でマキノを一人泣かせたくはないから。






俺が苦しんで済むのなら、この気持ちは言わない方がいい。
……マキノを悲しませるんなら、嘘ついたほうがずっといい。
マキノにはいつだって、カウンターの向こうで笑っていて欲しいから……だから。





……生まれて初めて、嘘をついた。生まれて初めて、酒を飲みながら。
あの酒の味は、きっと嘘の味なんだろう。







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