いつもと変らない日常。平和な航海。
朝食の後、コーヒーを飲みながら、俺はナミを観察した。
小花柄のツーピースにパステルカラーのカーディガン。
ウソップ工場でなにやらガラクタ製作中の長っ鼻の側に座り込んで、器用に動くその手元を見ている。
「何作ってんの?ウソップ」
「へへっ、ウソップ様の大発明は、完成してからのお楽しみだ!」
「ふぅん、じゃ、期待して待ってるわよ?」
最近、妙にぴらぴらした服装ばっかりしてやがると思ったら。
そういうことだったのか。
 あの長っ鼻の想い人の、深窓の令嬢を意識してんだな……。
思い返してみりゃナミはここ最近よくウソップの側にいる。
昨日までは何とも思わなかった。
せいぜいナミとウソップの掛け合い漫才は聞いていて飽きない程度にしか。
けれど、昨日の事実はナミのウソップへの気持ちをあからさまにさらけ出していて……。



―――ナミの奴、ウソップに片思いしてやがるのか。



それを認めるのは苦々しいことこの上なかった。
ウソップを見るナミのうっとりとしたような甘ったるい目つきと、わざとらしく近づいた距離。



――――――――畜生!!!

歯痒いことこの上ない……クソったれめが!!!


「今度、女部屋の本棚、直して欲しいんだけど…いい?」
かわいらしく小首をかしげるしぐさ。男に媚びるそのしぐさは、俺の中に只ドドロした鉛を
増やすだけなのに……。
「おっ、お安い御用だ。週末でいいか?」
「ええ、結構よ」
にっこり笑いやがって………あんなひょろひょろのモヤシみてえな長っ鼻に!!!!



――――ナミはウソップと「恋愛」をしたがっている。



俺のたどり着いた一つの答え。
ナミの過去は、聞くも涙、語るも涙の悲惨なものだから、普通の恋愛に憧れを抱くのは
至極当然のことだろう。
いつだったか、将来的に船を下りるときが来たら、温かい家庭を築きたいと言っていた。
それは悲惨な過去を持つ女として、永遠の憧れであり当たり前の願望なんだろう。
そして、この船のクルーの中で、ウソップという男は海賊としての資質はさておき、
普通の恋愛をし、温かい家庭を築く上では最も適任な奴なのだろう。
この船の中で奴は一番の常識人だ。一番まともな感覚を持っている。
俺やサンジやルフィでは、とてもじゃないがまともな恋愛や、温かい家庭を築いて良き夫、
なんてのは無理な話だしな。



けれど、ナミはまだそれをウソップには告げていないようだ。
ウソップですらそれには気付いていないようで。
……まあ、ウソップは目下あの令嬢に首っ丈だからな……。気付かないのも無理はねえ。
だからナミはウソップの近くに座ってみたり、気を引くような格好をしてみたりしてるんだ。
案外、ナミは純情らしい。
いや、本気の恋ほど臆病になるっつってたな、誰だったか忘れたけど。


たどり着いた答え。
けれどだからって、もやもやが晴れる訳じゃねえ。
ウソップとはその日、まともに話をしなかった。勿論ナミとも。
もっとも、話すことなんか何も無かったんだが。

 

 その夜も俺は眠れなかった。腸が煮えくり返るとはこのことで、どうにもこうにも
収まりがつかねえ。
 今日の見張りはサンジだから、ナミは女部屋でロビンと寝てるはずだった。
「……酒でも飲むか」
昨日飲めなかった酒を飲むために、俺は皆が寝静まった頃、ハンモックを抜け出した。
 静まり返ったラウンジ。
 ウソップ工場には、ウソップが作りかけているガラクタと、その横にナミが脱いで忘れてったらしい、パステルカラーのカーディガン。
「……」
 ガラクタに軽く蹴りを入れ、カーディガンを拾い上げる。
 顔を埋めると、ナミの匂いがする。柑橘類の甘酸っぱい匂いと、わずかな化粧品の匂い。
「……ナミ……」
その匂いだけで、俺は勃起していた。



『ん、やぁん……やだあ……やぁ……』
『もっと、優しくしてよ……もっと……ん、ふ……』
『あはぁっ…ん、…いい…ん、でも、……下も、舐めて…』
『ここ…ナミの、いやらしいところ…見て、』
ナミのカーディガンに顔を埋め、昨日のナミの痴態を思い出しながら。
俺は床に両膝をついて、ガチガチに堅くなった俺自身を擦っていた。


ウソップに抱かれるのを想像しながらヒトリゴトに耽るナミを思い出しながら……。


「……っあ、あ、あああああッ・ナミ、ナミっ……―――!!」
ナミのカーディガンに、俺はしこたまぶちまけた。


そしてそれを、こっそり海に捨てた。


二三日の間、ナミは買ったばかりのカーディガンが無くなったと必死になって探していた。



それから一週間ほど後のことだった。
近くを通りかかったルフィの兄貴が、ふらりとメリー号に立ち寄った。


「……この船は、誰のものでもねえ女が二人も乗ってやがるんだな」

飯の後、皆がトランプに興じているとき―――勿論ナミはウソップの隣で―――参加しなかった俺とエースは少し離れた処で他愛ない話をしていて、なにかの話題のとき、エースがふとそういった。
「ロビンとナミのことか?」
「ああ、そうだ」
「……誰のものでもねえって………?」
どういうことだ、と尋ねた。
「女は不吉だからって船に乗せねえ海賊団は今でも沢山ある。仲間同士の争いの種になるからな。
……乗せるんなら、必ず船長か誰か上の奴のお手がつく……それが海の常識だ。
 白ひげのとこも、若い看護婦がわんさか船に乗ってるがありゃみんな白ひげのオヤジのモンだ。
俺らは手なんか出せねえ。したけりゃ金払って丘で娼婦を買うだけだ。……なのにここと来たら、」
エースは横目で俺を見た。
「……二人いる女のどちらも、誰の手もついてねえってか」
「ああ。」
「ロビンはまだ仲間になったばっかりだ。それに俺はまだ仲間だと認めちゃいねえ」
「………じゃああの航海士は?」
エースはきゃあきゃあと楽しそうにわめくナミを指差した。
「………」
「船に乗せた女に惚れた腫れたで仲間同士殺生沙汰になって沈んだ船は数限りねえんだ。
だから女は船に乗せねえで丘に置いてくるか、乗せるんなら必ず誰かのものにするんだぜ?」
「…………何が言いたい?」
含みのあるエースの言葉に、俺はエースをにらみつけた。



エースはにやりと笑い、俺の耳元でこう囁いた。


”―――早いとこカタつけないと、この船……マジで沈むぜ……?”


「……それ、どういう意味だ?」
「言ったままさ。沈みたくなけりゃ、誰かがアクションをおこすしかねえってことさ」
エースはオーバーな身振り手振りを交えながら言った。
「……あんた、どこまで気付いてる?」
俺は唇を舐めた。
24時間一緒にいてなお気付かないルフィやサンジ。なのにたまにしか来ないこの男は、
恐ろしいほど鋭い洞察力でもって、俺たちのこのドロドロとした関係を見事に見抜いているらしかった。
「……多分、全部な。……ま、アクション起こすのはゾロ、お前しかいないだろ?」
 沈みたくなけりゃな?



 エースの言葉はもっともで。
 そのまま会話は途切れ、俺とエースは楽しそうなルフィたちをただ黙って眺めていた。
「………」



この船は沈むのだろうか。
俺と、ナミと、ウソップのために。
エースの言葉には重みがあり、それはそのまま俺の心臓に深く突き刺さった。



沈むなら、そのときはナミと繋がったままがいい。
死ぬにはちょっと情けない格好だけどな。
そうおもったら急におかしくなって、俺はちょっとだけ笑った。



隣のエースが気味悪そうに俺を見て、そしてポツリと呟いた。



「…………沈んじまえ。」








                                      
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