『生きるということ』


今日は朝からいいお天気だった。
春島が近いせいもあって、ぽかぽかと暖かな日差しが降り注ぎ、うっとりするくらい気持ちのいい風が吹いていた。
こんな日に、薄暗い女部屋で篭もっているのは何だか損な気がして、甲板に椅子を持ち出して本を読んだ。


いいお天気だから、皆甲板に出ていた。
日課のトレーニングに熱中する剣士さん。船の修理をするのは長鼻君。
追っかけっこをする船長さんと船医さん、その二人に静かにしなさいとみかん畑から叱る航海士さん。
航海士さんと一緒に、みかんを収穫するサンジさん。


賑やかなこの船は、私が今まで生きてきた中で、一番楽しい空間。


以前の私は、賑やかなのは好きじゃなかった。
でも今は、賑やかなことは楽しいことだと思えるようになって、……自分でも不思議。


本に夢中になっていて、時間がどのくらい過ぎたのかなんて気にもしなかった。
「ロビンー!」
船長さんが遠くから私を呼ぶその声に、はっとして顔を上げた。
気がつくと、お日様は随分と高い位置にいた。
あたりを見渡すと、剣士さんも長鼻君も航海士さんも、誰もいなかった。
もちろん、サンジさんも。
「ロビンー、昼飯だぞー!」
船長さんが私に駆け寄ってきた。
「もう皆席についてんだぜ、ロビンが来ないと食えねえよ」
その顔には腹ペコだとしっかり書いてあった。
「あら、ごめんなさい。時間、すっかり忘れてたわ」
腕時計を見ると、とっくに12時を過ぎていた。
「早く行こうぜ、カレー、冷めちまう」
「ええ、そうね」
「今日のカレー、肉いっぱい入ってんだって! 俺すんげー楽しみ♪」
ししし、と船長さんが笑い、私もつられて笑った。
本を閉じ、折り畳み椅子を片付け、先にたって歩く船長さんの後に続いて、ラウンジに向かう。


「なあ、ロビン」
ラウンジに続く甲板の階段を下りる途中、船長さんがふと立ち止まった。
「なぁに?」
私も立ち止まった。
「……お前最近、よく笑うようになったな」
私のほうに振り返り、にっと歯を見せて笑う。
「私?」
「ああ、ロビンがこの船に来た最初の頃って、あんまり笑わなかったし、ちょっと怖い感じがしてたんだよな。」
「…そう、……そういえばそうね、」
そう、最初の頃は。
私は余り笑わなかった。
「けどこのごろのロビンは、よく笑う」
そう、この頃は。
私はよく笑うようになった。
航海士さんや長鼻君にも言われたの。
『ロビン、この頃良く笑う』って。
それは丁度、サンジさんと恋に落ちてから。
「いいぞ、そのほうが。笑う門にはなんとかって言うしな」
「そう、有難う……」
「―――よかっただろ?」
「…え?」


「あの時、死ななくて」


「………」
「アラバスタで、お前死のうとしたけど…死なないでよかっただろ?」
”あの時”。
崩壊していくアラバスタの地下宮殿で、私は死を選ぼうとした。
その私を、生きるという道へ半ば無理やり導いてくれたのは、他ならない船長さんその人だった。

『……ちょっと待って!! 私にはもう生きる目的がない……!! 私を置いて行きなさい!!』
『何でおれがお前の言うこと聞かなきゃいけねェんだ……!!』

その時は、そしてそれから暫くは、彼のことを何て酷い人だと思っていた。
何で私を生かせたのか、と。
あのまま死なせて欲しかったのに、と。
けれど。
けれど―――――……今は。


「……ええ、よかったわ……」
死ななくて、よかった。
生きていて、よかった。
だって、生きているということは、こんなにも楽しいんだもの。
心を許しあえる仲間と、同じ時間を共有し、冒険をして、一度はあきらめかけた私の夢は、確実に前へと進んでいる。
そして――――恋をして。
人を愛するということを、初めて知った。
生きているからこその喜びを、見出した。
船長さんが私に与えてくれたのは、生きるということ。
私はその喜びを、楽しみを余すことなく享受していた。
よく笑うようになったのも、すべてその結果。
「……サンジ、優しいか?」
「ええ、とっても」
「……幸せか?」
「ええ、勿論。怖いくらい、幸せよ」
「そっか、よかった。アイツ口悪いから、心配してたんだ」
しし、と肩を揺らせて船長さんは笑った。
丁度ラウンジの前に辿り着いた。扉を開けると香辛料の良い匂いがし、サンジさんが大きな寸胴鍋の前で 皆の分をよそっていた。
「ロビン連れて来たぞ!! よーし、皆揃ったから飯だーーーーーっ!!」
「「「「「おーーーーっ!」」」」」」
そして始まる、この船にとっては毎日3回必ず行われる一大イベント。賑やかな食事タイム。
エプロン姿でレードル片手にてきぱきと仕事をこなすサンジさんを見て、私は心が熱くなるのを感じた。



その夜、サンジさんに昼間のことを話した。
「……へえ、クソゴムがねえ」
ベッドの中、ライターを弄びながらサンジさんは小さく笑った。
「そういやそうなんだよな、……アイツのおかげなんだよな、俺がオールブルーを探しに出る ことができたのも、……勿論ロビンちゃんと出会えたのも……」
「そうよ、……なのに船長さんたら、恩着せがましくないから、……言われるまで、 忘れてたの。駄目ね、私」
「……俺だって忘れてたよ」
私もサンジさんも、どれほど彼に感謝の言葉を言っても足りないほどの恩を受けている。
なのに船長さんは、恩着せがましいことを一切言わないし、そのことを態度に表さない人だから、
私たちはつい忘れそうになる。
「たまには船長さんに感謝の言葉……ううん、冷蔵庫泥棒を見逃してあげるほうが喜ばれるかしら?」
「ハハハ……そうかもな、アイツは言葉より食い物だ。けど冷蔵庫泥棒は見逃せねえなあ」
「ふふふ、」
二人でひとしきり笑いあった。
「……アイツへの感謝の気持ちは、明日の朝飯に反映させるとするよ」
サンジさんはライターを枕元に置いて、サイドボードのランプを消した。
「……ロビンちゃん、好きだよ……」
サンジさんが私を抱き寄せる。
「サンジさん、……」
私はそっとキスをした。
私に生きることの喜びを与えてくれた人に。


私に生きるということ、そのものを与えてくれた船長さんに、心の中で感謝しながら……。


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