『koakuma 〜過去、そして。〜』



何ヶ月ぶりかで麦わら…ルフィと久しぶりに会った。賑やかな春島の港町で。
会って直ぐ、開口一番麦わらの言葉は「腹減った」のただ一言。
久しぶりだとか元気かとか、そんな言葉よりも先にそのセリフ。
……麦わららしいといえば確かにらしいのだが。
出鼻を挫かれ、ヤツの意見を尊重することにし、直ぐ近くにあった、小奇麗なレストランに入った。




薄暗いがシンプルな店内は感じが良かった。
ランチタイムを少し過ぎていたため、客は少なく席は選び放題だった。
人目を避けるように一番奥のボックス席を選び、向かい合わせて座る。
何処で誰が見ているか分かったものではない。特にこの辺りの海域は、海軍の要監視指定区域だ。
俺の顔見知りの海兵がどこにいても可笑しくない。
「……あ、」
席についてすぐ、ジャケットの葉巻に手を掛けた俺を、麦わらが制した。
「何だ? 麦わら」
「ケムリン、ここ禁煙」
ほら、とルフィが指差す店の入り口には、此処最近あちこちで見かけるようになった、禁煙マークが大きく描かれたポスターが貼ってあった。
「……ちっ、」
葉巻に掛けた手は下ろさざるを得なく、舌打ちが聞こえたのかルフィはししし、と肩揺らして笑う。
「禁煙の店、最近多いよなァ。うちのコック……サンジもさ、こないだ寄った島で入った店が禁煙でさ。ケムリンと同じリアクションだったぜ」
「あぁ、ロークダウンもあちこちで禁煙の店が増えてらぁ」
「愛煙家には住みにくい世の中だなァ、ししし」
茶化されては立場も無いが、葉巻を禁じられてはすることがない。
その内、ウエイターが水を運んできた。料理の注文は麦わらに任せ、俺は席を立った。
直ぐ近くにあるマガジンラックの前にしゃがみ、新聞を選んだ。
ふと、手にした新聞の一面に目をやれば、そこには。
「……また何かやらかしたな」
禍々しい煽り文句の下に、したり顔の麦わら帽子の小娘の顔。




「……今度は監獄破りか?」
席に戻り、テーブルに頬杖をついて脚をぷらぷらさせている麦わらの前に、件の新聞を突きつけた。
「ん?」
「とぼけるな……監獄破りでまた懸賞金額が上がってらぁ」
監獄破りは昔から大罪と決まっていた。
「あぁ、……それね」
麦わらは俺が突きつけた新聞を手に取ると、気だるそうな表情で、喉の奥でククッと笑った。
新聞は一面で、某島で捕らえた麦わら海賊団……船長・モンキー・D・ルフィ率いるクルー全員が、収容されていた海軍基地の監獄から 見事に逃げ遂せた、と大々的に報じていた。今まで誰も逃げ遂せたことのない監獄を、警備の隙を突いて脱走。
基地のドッグに繋がれていた船も奪還し……といった具合だ。
「懸賞金が上がらなきゃいけないのは俺じゃなくて、監獄の鍵こじ開けたうちの航海士と狙撃手だと思うんだけど?」
ホラ、ここ、と麦わらが示す記事には、『まず航海士ナミが収監されていた独房が破られ、ほぼ同時刻に狙撃手ウソップが収監されていた簡易房が破られ……』とあった。
「……手段の如何に関らず、この場合は船長の首に全てが掛かってくるのが常識だ。航海士と狙撃手はリーチが掛かったことになる。ヤツらは次に何かあったときだ」
「あっそ、……だったら言っといてよ、海軍基地に。もっと警備は厚くしたほうがいいんじゃねえの、ってさ」
ヤツは事も無げに言い放つと、俺に新聞を返した。
「能力者じゃねえからって甘く見てたのが運のツキってやつ? 簡易房なんてうちの船員を馬鹿にするにも程があらァ……」
監獄破りの罪は重い上に、面目をつぶされた海軍と世界政府は麦わらの懸賞金額を大幅に値上げした。いや、せざるを得なかった。
「女海賊じゃ過去最高額になっちまったな……」
返された新聞を受け取りながら俺が言った言葉にも、ヤツはふうん、と余り大したことは無いといった風だった。
「余り嬉しくないのか?」
「別に。俺の懸賞金跳ね上がったって、俺が貰える訳じゃねえし」
「確かにな」
新聞を広げる。一面にその記事があり、二面には麦わらとその一味の顔写真と、その下に簡単な経歴が書き連ねられている。
「……お前のところが一番シンプルだな」
「ん? 何が」
「経歴だ」
テーブルに新聞を広げて見せた。
他のクルーの顔写真の下には、出身地から生い立ちや学歴、親の名前に経歴や地位、この船に乗るまでのいきさつまでもが事細かに書かれているのに対し。
本来なら一番書かれていることが多くなくてはいけない筈の、船長・麦わらの箇所は何故か一番、書かれていることが少なかった。
『出身地 イーストブルー・フーシャ村。白ひげ海賊団二番隊長・ポートガス・D・エースの妹』
罪状を除けば、ヤツに関しては、たったそれだけだった。
「随分シンプルだ。これほどシンプルなのは余り見ないな」
「そりゃどうも……シンプルイズベストってことにしといて」
別に褒めたつもりは無いが、麦わらは帽子を取って頭を下げた。
確かに、麦わらに関しては謎めいた部分が多い。
海軍の調査隊は決して間抜けではない。海賊に関しては、捕捉に繋がるとして身元は徹底的に洗う主義だ。
その調査隊をもってしても、ヤツに関してはこれだけしか分からなかった、ということか。
言われてみれば、俺自身も、ヤツのことは知らないことが多かった。
手にした古びた麦わら帽子が、かつて赤髪のシャンクスから預かったもので、麦わらはそれをシャンクスに返すんだ、と言うこと位だ。
……語らない。決して、ヤツは。自身のことを深く語ろうとはしなかった。
「海軍の調査隊でもお前のことは此処までしか分からない、か……」
「そりゃそうさ、俺自分のことってあんまし喋らねぇもん」
やがてウエイターが料理を運んできた。大皿一杯のパスタとサラダ。
「……誰がこんなに食べるんだ」
呆れる俺に、麦わらは自分を指差す。
麦わらはテーブルの中央に置かれたそれをフォークでつつきながら、呟く。
「過去はみんな、捨ててきたんだ……」
そう呟いた、ヤツの瞳が。


何処となく寂しげだったのは、俺の見間違いだろうか。



「……身の上話は嫌いか?」
「嫌いだね」
即答だった。
パスタを頬張り、俺を見ている麦わらのその目は、先ほどの寂しさは何処へやら。
もう笑っていなかった。
「自分の身の上話は極力しない主義なんだ。終わっちまった過去のことは、どうあがいたってひっくり返せないだろ?」
「……お前が語らない。だからお前のことはこれだけしか分からない、ということか」
「そういうこと」



たった十七の小娘が。
捨てるほどの過去とは、いったい何なのだろう。
語らない過去には、果たして何があったというのだろう。



大皿のパスタとサラダ、クッションサイズのピッツァを三枚、ワインを二本。
これだけを殆どヤツ一人で平らげた。俺が食べたものと言えば、小さなドリアとビールを一杯。
俺達は店を出、次に行く場所は、……言わなくても二人とも分かっていた。
他愛ない話をしながら町を歩きつつそれらしい宿を探し、見当をつけるとどちらからともなく促して入る。
港町はこんな時便利だ。宿には不自由しない。
目当ての宿は直ぐに見つかり、余り高く無い代金でそれなりにいい部屋が取れた。



「……ケムリン、知ってる?」
「ん?」
部屋に入り、二人並んで大き目のベッドに腰掛けると直ぐ、ヤツは麦わら帽子を取りながら俺を見上げた。
「こんな女と男には気ぃつけろ、っての……」
「知らないな。どんなんだ?」
当たり前のように、俺は隣に座る麦わらの小さな肩に手を回す。抱き寄せると、甘くいい匂いがする。
以外にも手入れの行き届いた身体は何処も彼処もすべらかで、髪はいつも切り立てのようにさっぱりとしている。
くすぐったいのか、麦わらは身を捩る。はちきれんばかりの胸元のボタンを外すと、ぷつぷつと弾ける様に白い胸が現れる。
「……男に自分の身の上話したがる女と、女の身の上話をやたらと聞きたがる男には気をつけろってぇの」
俺に身体を預けたまま、麦わらはそう言った。
「何か根拠でもあるのか?」
「あるよ……すっげえ、根拠ある」
胸元に滑り込もうとする俺の手に自分の手を沿え、軽く拒む。話が先、ということか。
俺は添えられた手をシーツの上に置き、やつの話に耳を傾けることにした。
「同情を売りつけたがる女と、人の弱みに付け込もうとする男は駄目ってこと」
「……なるほどな。誰の言葉だ?」
「俺の言葉」
「何処で覚えた?」
尋ねると、麦わらは少し考えてから。
「……んー……今までの経験から、かな」
「………」
果たしてこれが、十七の小娘の言葉だろうか。
返す言葉を失った俺に、麦わらは口付け、話はそこで途切れた。





「ん、ぁ……」
その後は、いつものように、いつものセックスをする。
セックスはジグソーパズルのピースとピースが噛みあうようだ、といつだったかヤツは言った。
……そうかもしれない。
「んぁ、もっ、あ、あ、あ、……!」
俺の上で狂ったように腰を振り、細い身体に不似合いな大きな胸を揺らすヤツを見ながら、俺は思った。
足りない部分が満たされた時の、あのえもいわれぬ充足感。
それはまるで、ジグソーパズルの、ピースとピースがかみ合った時のそれと何処となく似ている。
手を伸ばし、俺の顔の上で揺れる、白く大きな胸に触れる。
ヤツは快感を得、俺はその柔らかさに満たされる。
右と左が揃い、一つの絵に近づくように。
「そろそろ、いいか……?」
頂点は揃って近づく。ヤツは頷く。
「イけ、麦わら、っ……」
「ケムリンっ、……あ、――……ッ!」
殆ど同時に絶頂を迎えた。
麦わらの腰は大きく弧を描き、俺自身を咥え込む箇所の隙間から、ぷしゅぅ、と白と透明の混ざり合った粘液が飛散った。





「……日、随分長ぇんだな」
「あぁ」
セックスの後、シャワーも浴びずにベッドで戯れを続けていた。
窓から見えるのは、まだ日の高い港町の風景。漁を終えた漁船の群れが帰ってくるのが遠くに見える。
もう日がくれても可笑しくは無い時間だったが、まだ日は高かった。
「ね、ケムリン……あのさ」
「ん?」
麦わらは甘えるように俺にしがみつくと、小さな声で言った。
「……俺の身の上話とか興味ある? 聞きたい?」
「今さっき、身の上話をする女はどうとか言ってなかったか?」
「そりゃそうだけどさ……今日は特別だ」
「……なら聞かせろ」
麦わらは頷いて、俺の胸の中で、「まだクルーの誰にも言ったことが無い話」と前置きをし、話し始めた。



それは長い長い、昔話だった。


「……俺がさ、七つのときの話。俺の住んでた島に、シャンクスが来てた時の事なんだ。
シャンクス、俺のせいで片腕なくしちまったっての、前に言ったっけ……」
「―――ああ、聞いた」
悪魔の実を食い、泳げない身体になった麦わらを助けようとして、赤髪は海王類に利き腕を食われた、と聞いた。
俺が聞いたのは、ヤツがいつも被っている麦わら帽子の話を含め、その辺りの話くらいだった。
「シャンクスはさ、最初の男なんだ」
「……あ?」
一瞬、自分の耳を疑った。
「だから、俺の最初の男。言葉の通りだよ」
俺の胸に頬を寄せた麦わらは、平然とした顔だった。
「最初の……?」
「そう。七つの時の、最初の男」
「………」
「勿論、最後まではして無いけどね」
麦わらは可笑しそうに笑った。
「俺の住んでた島の、港に近いトコに、島でたった一つだけ酒場があったんだ。マキノがやってた酒場でさ…… 俺とエースにとって、マキノは姉さんみたいな人だったんだ。……そのマキノと、シャンクスは」
「―――愛し合ってた、か?」
「そう、正解」
「……よくある話だな」
海賊と、港の女との恋の話は何処にでも転がっているありふれた話だった。
港の数だけ恋の話はある。酒場の女主人と海賊の恋の話を、俺は数え切れないほど聞いてきた。
窓の外にふと目をやれば、いつの間にかゆっくりと日が落ちようとしていた。
差し込んでくる夕日が、俺たちを照らしている。
「……俺、よく見たんだ。マキノが酒場の裏の井戸んトコで泣いてるの……」
「………」
「最初はわかんなくてさ。てっきり、シャンクスがマキノ苛めたのかと思ってマキノに聞いたら、そうじゃないって。 愛しちゃいけない男を愛してしまったからよ、って……マキノ、言ってた」
今まで誰にも離したことが無いという過去を話すヤツの口調はいつになくスローで、それはまるで何かを確かめるかのようだった。
「海賊と、その海賊を愛した丘に住む女の話は、腐るほど転がっている。お前も島を出てから、聞いたことはあるだろう」
「ああ、ある。……マキノも言ってた。私、結末は分かってるって。このままいつしかシャンクスは旅立って、……その後私は泣きながら後悔しながら、 いつ帰ってくるかもしれないあの人を待ち続けるんだ、って……」
「……それが、お前の身の上とどう関係して来るんだ?」
「ん? ……マキノは俺にとって、女としての先生みたいなもん。良い意味でも悪い意味でも」
「……ほう」
「難しい言葉はよくわかんねえけどさ……男なんか、愛するモンじゃねえ、恋なんてするもんじゃねえっての、俺はマキノとシャンクス見て思ったんだ。すっげえ、思ったんだ……」



―――そう、ヤツは。
決して誰も、愛そうとはしない。



「あれはさ、最後の夜だったかな。シャンクスが明日島を去るっていう、最後の日の夜。 本当はもっと前にシャンクスは島を出るはずだったんだけど、俺のせいで腕失って……村の病院に長いことかかっててさ、そのせいで予定より長く島にいたんだ。 最後の夜はマキノの酒場で、島の人たちとお別れパーティーみたいなのやったんだ。……シャンクス、いいヤツだったからさ、 海賊の癖に、島の人とも仲良くなってたんだよ。それでさ、島の大人が一杯集まって……村長まで来たんだぜ。 夜中まで飲んで騒いで食って歌って……皆泣いたり笑ったりしてさ。別れを惜しむってのはああいうことなんだって、今でも思うよ。 でもマキノはその日、店にいなかった。代わりに、店を時々手伝ってる、マキノの死んだ母ちゃんの友達の、魚屋のおばさんが 代わりにお酒出したり料理作ったりしてたんだ……マキノは店の二階で、ずっと泣いてたんだって……」




「俺もエースも、おばちゃん手伝って色々やってたんだ。マキノはおばちゃんや俺たちが何度呼びに行っても、出てこなかった」




長い長い、話だった。
ヤツがこれほど饒舌になったのは、話の題材が何であれ、珍しいことだった。
いつもは他愛ない世間話か、頭の悪い子供のようなしょうもない話くらいしかしない。
奴の知られざる一面を、俺は知ったと思った。
「シャンクスもそれ分かってたから、他の船員みたく楽しそうにはしてなかったなぁ……。 お酒もあんまり飲まなくてさ。俺もなんとなく、そういうのわかってさ。大好物の肉とかジュースとか、いっくらでも 食っていいし飲んでいいって言われたんだけど、なんかそんな気になれなかった……」
「島の人間は知っていたのか? 酒場の女主人と、赤髪のことは」
「……知ってたのは、魚屋のおばちゃんと……シャンクスの船の副船長のベックだけだったみたい。 後は、俺かな。……でも俺はその時は、大人の男と女のことはよくわかんなかったしさ。 ……知ってるのと相談できるのとはまた別の話だろ?」
「ああ、それもそうだな」
「でさ、……皆は盛り上がってたんだけど、なんとなくつまんなくなって。エースは皆と一緒になんか盛り上がってて。 俺、こっそり酒場を抜け出したんだ……外はもう夜だったかな。」
窓の外はゆっくりと、夕方から夜へと移り変わりつつあった。






「酒場の前は林になってて、その先が下り坂になってて、そんで港なんだ。……そこをふらふら歩いてたんだ。そしたら……」




『ルフィ、何やってる?』




「いきなり後ろから声掛けられたからびっくりしてさ。……振り返ったら、シャンクスがいたんだ。シャンクスも抜け出してきたみたいだった。 ……シャンクス、赤い顔して、なんか今にも泣きそうでさ。……なっさけねー、って……ちょっと思ったかな。 どうしたの、なんてわざとらしく聞いたんだ。そしたらシャンクスが、さ……」
「?」
「俺のこと、抱きしめたんだ」




『シャンクス?』



「何で抱きしめられてるのか、俺全然わかんなかった……今だったら、分かるんだけどさ……。 利き腕じゃねえ方の腕しかねえ筈なのに、すっげえつよい力でさ、ちょっと苦しかった」



『……シャンクス、苦しいってば。ねぇ、どうしたの?』
『あぁ、マキノがさ、鍵あけてくれねえんだ……』
『マキノ?……ああ、……マキノが……』



「シャンクスがドア叩いても、扉越しに謝っても謝っても、マキノはシャンクスを部屋に入れてくれなかったって……だからヤケになって出てきたんだって。 ……今思ってもガキみたいだよなぁシャンクスって。マキノもだけど」
喉の奥で笑うと、麦わらは寒いのか、手を伸ばして布団を引き上げた。
「そんなんなっちまうんなら、最初から愛さなきゃよかったのに、ってさ」




『……ルフィ、いいか』




「シャンクス、俺を抱きしめたまま、言い聞かせてきたんだ。すんげえ説教くさいこと……」





『……いいか、ルフィ。大人になっても、俺みたいな男には惚れるなよ』





「俺、フツーにうんって返事しちゃったけどさ……そんなこと、言われなくても分かってた。シャンクスみたいな男とかじゃなくて。男なんて、好きになっちゃ、愛しちゃいけないって……」
「……たった七つのみそらでか?」
「悪い? ……だってホントにそう思ったんだもん」
俺を見上げるその麦わらの顔は、幼いとしか言い様が無い。けれど、こいつは何もかもを悟りきっている。
「……流石だな」
そうとしか、答えようはなかった。




『明日にはこの島出て行っちまうんだ。だからマキノに最後の夜を楽しんで欲しかった。一杯話もしたかった。が……駄目みたいだ』




「その時、かな。なんか変な気がしたんだ。すっげえ、変な気」
「変?」
「……胸騒ぎみたいな感じ、かな」





『俺なぁ、ルフィ……こういうことを、……マキノとしたかったんだ』






「……そう言って、シャンクスは俺のこと、押し倒したんだ」
押し倒した、その言葉が俺の心を抉った。





「押し倒されて、キスとか一杯されて、服も訳わかんねえまま脱がされて……なんか俺パニくってさ」
幼い、たった七つのヤツの目に、その時の赤髪の顔は、行為は、いったいどう写ったのだろう。
「……兎に角、色々された。服脱がされて、あちこち触られたり揉まれたり。その時は意味なんて全然、わかんなかったけど」
ヤツの顔がその時、一瞬だが明らかに曇った。
「シャンクスが上にのッかかってきてさ、びっくりして声も出ねぇし、抜け出そうたって抜け出せないんだ。
ゴム人間だから重いとか痛いとかはなかったけど……シャンクスのこと、押し返そうにも押し返せなくってさ」
「……大人と子供では力量の差はありすぎるだろう」
「だろうね」
「それで、どうした?」
「ん、……俺なんかもう頭ん中混乱しちゃってさ……だってこんなこと、してきたんだぜ?」
そういうと麦わらは、俺の手をとり、自分の足の間にその手を導いた。
「っ、おい、」
「だからー、こういうこと」
慌てて手を引こうとした俺に、ヤツはそういって笑った。
「……されたのは、こういうこと……わかるだろ?」
「ああ、分かる」
「幾ら酔ってたからって、ヤケになってたからって、相手は選べってんだよなぁ……七つだぜ? 幾ら俺だっていってもさ。 まぁ、もう言っても遅いけどね」
自嘲気味に笑うと、ヤツは目を閉じた。
「胸揉まれたり、吸われたり。……びっくりしたけど、ちょっとだけ気持ちよかったりしてさ……もう訳わかんなかった……なんで シャンクスこんなことしてるんだろうって、思うばっかりでさ」
「酔った勢いにしては、度が過ぎているな」
「ま、ソレはもういいんだ……言っただろ、最後まではして無いって。酔っ払いのしたことと思えば、なんでもないさ。話のメインは、寧ろその後のこと」
「……その後?」





「……切られたんだ、俺」




その言葉はゆっくりと、しかし確かに俺の耳に届いていた。
「……切られた? 何を? 誰に?」
俺の声はもしかしたら、裏返っていたかもしれない。
ヤツは自分の左頬に走る傷に手を当てた。
「ここ、この傷。マキノに……切られた」




『……シャンクス、ルフィ、何してるの……?』





「シャンクスに色々されてる時、急に声がしたんだ。二人ともびっくりしてさ、してることやめて振り返ったら……そこに、マキノがいたんだ」




『マキノ……?』



「あの時のシャンクスの顔ったら、情け無いことこの上無かった……鳩が豆鉄砲食らったってやつかな…… 俺から慌てて離れて、俺は慌てて服着て……もう一度、シャンクスがマキノの名前を呼んだ、その瞬間」





『……何してるのよ……ねぇ、あなた達こんなところで何してるのよっ………!!』




「マキノ、島中に響くような大声上げた……シャンクスの肩掴んで揺さぶって、何してんのよ、って泣きながら叫んで。 俺はあー見つかっちまった、って思っただけだったんだけど。そしたらマキノ、俺の方向いてさ」





『何してたのよっ……私のシャンクスと何してたの!! ルフィ!!』





「……すんげえ怖い顔だった。あんな怖い顔のマキノ、見たことなかった……」
「ショックだったんだろう……」
「だろうね。そんでさ、マキノはエプロンのポケットから、いきなり缶切り取り出したんだ」
「缶切り?」
「そ。缶切り。缶詰開けるあれ。いつもエプロンのポケットに、小銭と缶切りが入ってるんだ」




『何してたのっ、ルフィ!!』




「あ、缶切りだ、って思った次の瞬間、頬っぺたがすっげえ痛くなって、目の前が真っ赤になったんだ。 ザクって音がしてさ。ホントに。次の瞬間には、頬っぺたから血が噴出したんだ」
「………」
「痛いとかそういうのより、びっくりしちまってさ。シャンクスの慌て様で、自分がどうなってんのか理解したくらいだよ」




『ルフィ、大丈夫か! ……マキノ、お前自分が何をしたか分かってるのか!』
『貴方こそ分かってるの? シャンクス、自分が何をしたのか! あなたこんな小さな子供と……ルフィと、あなたという人は……』
『マキノッ!!』
『何よ、どうせ明日には私を置いてこの島を旅立ってしまうのに……!!!』






「俺、頬っぺたから血ぃドバドバ流してるのに、シャンクスとマキノは俺ほっといて痴話喧嘩してんだぜ?」
麦わらは喉の奥で笑いながら言うが、実際俺は笑えなかった。
「……どう思う?」
「どう、といわれても……」






「可哀想だな、って思った」
麦わらは、ポツリと呟いた。
「人を愛したら、こんな風になっちまうのかって……」






姉のように慕っていた女に切り付けられた。
そして見てしまった、大人の醜い一面。
それは奴の心に、明らかに影を落としたのだろう。
「……恋だの愛だのなんて信じねえし、しねえ……って思った。井戸の傍で泣いてるマキノ見てたときから思ってたけど、ホントに心の底から、思った」
導かれた答え。ああ、そういうことなのか。




その後については、表面的なことしか話さなかった。
正気を取り戻した赤髪と女に、麦わらは自ら「この傷は木の枝で切ったことにするから」と二人の罪を他の大人に言いつけるようなことはしなかったらしい。
二人は酷くきまりわるそうで、次の日、赤髪は島を立ったという。






長い長い話が終わる頃、夜の帳が落ち、部屋の中はすっかり暗くなっていた。







その後もう一回軽くセックスをし、ルームサービスの食事を取り、シャワーを浴びて宿を出た。
港に向かいながら、麦わらは締めくくりを俺に聞かせてくれた。
子供のような、無邪気な、でもとても悲しそうな顔で。
「海賊としてのシャンクスは尊敬してるし、マキノのことは、今でも姉ちゃんみたいに思ってる……。 あのときのシャンクスとマキノを、俺は責めることは出来ないよ。だって俺がマキノの立場になってたら、シャンクスのこと愛してたら、 やっぱり同じ事をしてたと思うからさ……」
海鳴りがしていた。
「そうか……」
「この話は、ケムリン以外の誰にもしたことねえし、これからもすることはねえ。……俺の、秘密だぜ?」
「ああ、わかっている」
「だから俺は恋をしない、愛さない。……そういうことだから……ね」
背伸びをして、俺の頬に軽くキスをして。
風で飛ばされそうな麦わら帽子を手で押さえながら、麦わらは踵を返すと去っていった。



知ってしまった、過去。
それは愛も恋も否定するのに十分な重さと深さを持った、ヤツの恋愛論だった。
俺はまた、喉元まででかかった言葉を飲み込んで平気なそぶりをする。










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