『心から』





誕生日を心から嬉しいと思ったのは、これが初めてのことだった。








深夜の甲板。7月3日になって、まだ5分しか経っていない。
私はひとつ歳を重ね、大人に近づいた。
「ナミさん、」
サンジ君に誘われ、やってきた深夜の甲板。
「……なぁに?」
ちょっとだけ強い風が、髪を乱し二人の声を掻き消そうとする。
サンジ君はちょっと照れ臭そうで勿体ぶってて……いつものサンジ君と、随分違う。
「何よ、サンジ君」
「ん、……あのさ」







明日……正確には今日、は。
朝から私の誕生パーティーがあるから、早めに寝ようとしたのに。
『ナミさん、ちょっといい?』
サンジ君はいつもよりもちょっと強引に私を誘った。
『なぁに? シャワー浴びたらもう寝ようかと思っているんだけど……』
『……大事な、話なんだ』
サンジ君の切羽詰った表情に、私は睡眠時間を削ることを了承した。







「……誕生日、おめでとう」
目線を合わせないで、サンジ君は言った。
「ありがとう、サンジ君」
随分とぶっきらぼうな台詞。いつもとは様子が違う。
いつもなら、目をハートにして、歯の浮くような台詞を並び立てるのに。
「誰よりも一番最初に、ナミさんにおめでとうを言いたかったんだ」
続ける言葉は、視線を下に落としたまま。
「……なぁに、変なサンジ君……」
くすっ、って笑ったら、ようやく視線を上げた。
「……サンジ君?」
なんでそんなに、神妙な顔。
「……どうしたの?」
私、何かサンジ君の気に触るようなこと……言ったかしら?
「サンジ君、」
「ナミさん、あのさ」
思いつめたような声。
どうしたの、と、もう一度聞くその前に。
「サンっ…」
サンジ君に、抱きしめられた。
「………サンジ君?」
ぎゅ、って、力強く。
メンソールのタバコの匂いに包まれる。
「ナミさん……あのさ、」
「ん、……」
「俺、誰かの誕生日を、心から嬉しいって思ったの、これが初めてなんだ」
「……え?」
「……ナミさんの誕生日、俺、すっげえ嬉しいんだ」
耳元で囁かれる声。優しい、声。
「どうして? 私の誕生日、そんなに嬉しい?」
「ん、嬉しい。嬉しくて嬉しくて、世界中のどんな記念日よりも素敵な日だって思うんだ」
自分の誕生日なら、プレゼントを貰えたりパーティーを開いてくれたりするから、 嬉しいのは当たり前なんだけど。恋人とはいえ、他人の誕生日よ?
「……どうして?」
「だって、そうだよ」







「……俺の愛するナミさんが、生まれてきた日なんだから」





「……………」
「俺の愛するナミさんが、この世に生まれた日。だから、嬉しいんだ。素敵な日なんだ」





私の誕生日。
勿論本当の、誕生日じゃない。
ベルメールさんが、戦争孤児だったノジコとともに私を助けたその日が、19年前の今日。
本当はもう何ヶ月か前の筈だけど……今日が誕生日、ってことになっている。
「"ナミさん"が、生まれた日。嬉しくねえ訳がないじゃん」
「サンジ君、……」
「ナミさんのこと、愛しくて愛しくてしょうがないんだ。そんな愛しいレディの誕生日を、
嬉しく思わない野郎なんていやしないさ。世界中で一番、輝いている日だって思うんだ」
ぎゅ、っと抱きしめる力が……強くなっていく。
「俺の愛しいナミさんを、19年前のこの日この世に存在させてくれたベルメールさんに、本当にありがとうって言いたい。」
「…………」
「それから……ナミさん」
「ん、」







「心の底から、……おめでとう」






そして、重ねる唇。
情熱的なキス。







こんなに誰かに愛されるなんて。私……、なんて幸せなんだろう。
ベルメールさん、聞こえる?
あなたにありがとうって、言っている人の声。
官能的なキスに翻弄されながら、「幸せ」という言葉を反芻する。
湧き上がり溢れるのは、……嬉しいという感情。







誕生日を心から嬉しいと思ったのは、これが初めてのことだった。
誰かに愛されることの幸せを改めて知った、19回目の誕生日。





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