『午前1時、ラウンジ』
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午前0時53分。
約束の時間の7分前。隣のベッドの航海士さんがぐっすり眠っているのを確認し、
私はそっとベッドから降りる。
時間に細かい彼はもうとっくに約束の場所に来ているはずだから。
キャミソールの上に薄いカーディガンを羽織って、私はラウンジへと向かった。
”午前1時、ラウンジ”
約束の時間。
それは今日の………正確には昨日。3時のお茶のときだった。
『ナミさんロビンちゃん、サンジ特製ブレンドコーヒーをどうぞ』
『あら、サンジ君ありがとう』
『いいにおいね、コックさん』
チェリー模様のカップとソーサーを受け取って、添えられていたスティックシュガーを手に取った。
『………?』
スティックシュガーの裏側。ピンクの紙の袋に、短い言葉が書き添えられていた。
”午前1時、ラウンジ”
丁寧な小さい字。それは彼からのメッセージ。今夜の逢引の時間と場所。
『………』
ちらりとメッセージの主である彼を見る。
彼はいつものように咥えタバコのまま、キッチンで少し早い夕食の仕込みを始めていた。
足音に気をつけ、たどり着いたラウンジの扉をノックする。
「どうぞ、マドモアゼル」
落ち着いた声が扉の向こうから私を呼ぶ。立て付けの悪くなった扉をゆっくりと開く。
「……こんばんわ、コックさん」
「こんばんわ、ロビンちゃん」
彼はラウンジの木の椅子に足を組んで座っていた。
眼鏡をかけて、咥えタバコはいつもの通り。テーブルの上の灰皿には吸殻が3つ。
柱時計がぼおん、と一つ鳴る。
午前1時、ラウンジ。
約束の時間。
コックさんがゆっくりと立ち上がり、咥えていたタバコを灰皿に押し付けて私に近づく。
「こちらへ、マドモアゼル」
どうぞ、と案内される、ラウンジの片隅。木の床にバスタオルを何枚か敷いてあるそこは、ささやかなベッドの代わり。
情事の跡を残さないため、音を少しでも小さくするため、そして背中や膝の痛みを和らげるための、彼なりの気遣い。
気を遣ってくれる男なんて初めてだわ。
サンダルを脱いでバスタオルの上にぺたんと座り込む。
「じゃあ、始めようか?」
コックさんが私の前に膝を付く。
「"気持ちいい"セックス」
眼鏡の向こうの瞳が、鋭く光った。
切欠は、一昨日だったかしら。私のこぼした言葉。
『ベッドを共にした男の数なんて数えたことはないし、第一セックスで気持ちいいなんて思ったこと自体が無いのよ』
何かの話の流れでロビンちゃんの男性遍歴をと聞かれ、(あらこれって立派なセクハラだわと思ったけれど)私はあっさりとそっけなく答えた。
だってそれは本当のこと。8歳から裏の世界で生きてきた。
女であるがゆえに、身体は生きていくための道具でしかなかったの。
セックスは私にとって、ただ異物感と圧迫感に耐えながら、適当に声を上げて善がる振りをするだけのこと。
いいと思ったことなんか一度たりとも無いわ。生きていくための手段の一つ位にしか思ってない。
犯されたコトだって、勿論、と言うと、彼は驚いたような、困ったような顔をしていた。
私の過去に興味本位に土足で踏み込んでしまったと気付いたから。
『……ごめん、何か悪いこと聞いたみたいで……やなこと思い出させたかも』
『いいわ別に…だって本当のことだし』
今更どうなるものでもないし。
過去のことだし。
勿論最初は嫌だったのよ。好きでもない相手とのセックスなんて。
組み敷かれていいようにされるなんて。
けれどいつしか屈辱だとかいう言葉はどこかへ消えていた。感覚は麻痺していたから。
ずっと、ずっと昔の話。
じゃあ、イったこともないの?』
『……そうね、無いわね。振りならあるけど……セックスなんて何がいいのかしら?
皆あんなにがっついてケダモノみたいに声上げて……汚らわしい』
汚らわしいとまで言うと、彼は参ったなあ、と苦笑した。
『けど性欲ってのは人間の本能だからねえ……』
『本能を理性でコントロールすることが出来るのが人間でしょう。
二足歩行と言語と火の使用だけが人間の専売特許じゃない筈よ』
『そっかあ……いいもんだけどな、セックス。少なくとも俺は大好きだけど』
『……』
そして、暫くの沈黙の後。
彼は私のすぐ前にしゃがみこんで、私を見上げながらにべも無く言った。
『……ねえ、ロビンちゃん。……試してみない?…俺で』
セックスの気持ちよさと、イクってコト教えてあげる。
バスタオルの上に仰向けに寝ると、彼が私の上に覆いかぶさって。
カーディガンを、キャミソールを優しく脱がされ、ショーツ一枚の格好になった私を見て、彼は満足そうに微笑む。
「綺麗だよ、ロビンちゃん」
歯の浮くような台詞を吐いた唇が、私の唇と重なる。
「ん、ん…」
タバコの味。舌が侵入して、私の口腔内を侵して行く。慣れた、けれどとても優しい舌遣い。
「ん、ふ・っ…」
キスだけで私の体は火照りを始めていく。
「髪、スゲエさらさらしてる」
髪の毛を褒められたことなんて、今まであったかしら。
こんなにドキドキするようなキスをされるのは、彼が初めて。
いいえ、キスだけじゃない。彼は私を大切に扱う。
それこそ壊れ物のように。そう、生まれて初めて大切に扱われた。
耳に、首筋にキスの雨を降らせていく。
ちゅ、ちゅ、と音を立てながら、ゆっくりと下降していく。
「はぁん…」
いつも美味しい料理を作る手が、胸に触れる。
今までの男達は粗野に乱暴に、それこそうっ血の跡が残るように掴み、噛み千切るかと思うくらいむしゃぶりついてきたから。
この大きな胸の所為でレイプの標的にされたこともあった。
ああこんな大きい胸なんかいらないと思ったことさえあったのに。
彼は甘えるように頬を寄せ、この胸を素敵だと褒め、やわやわと胸を揉んで行く。
そうすると子宮がキュン、と収縮するのがわかる。
じわじわと体の芯が甘くけだるく痺れてきて、ああもっと強くして欲しいと思って――――。
乳首をぺろぺろと舐める彼。まるで子猫みたいで可愛い。
ああ、そこ。気持ちいいの……凄く、じんじんするの……。
「ロビンちゃん、胸、気持ちいいでしょ?」
「ええ、とっても……」
「もっと声上げていいよ、ロビンちゃんの声、俺もっと聞きたいんだ」
『試すって、貴方とセックスするってコト?』
『ウィ、マドモアゼル』
『……余程自信があるのね、その様子だと』
『ま、ゴムやマリモよりは巧い筈だけど?』
咥えたタバコを歯噛みしながらにやりと笑った彼。
そうね、一度くらいならと軽い気持ちだった。
どうせ彼も同じよ、他の男達と。満足するのは男だけ。私は所詮道具。
セックスなんて、気持ちいいはずが無いもの。少なくとも私にとっては。
そう思っていた。
「ああん…ん、あっ…」
「ロビンちゃん、可愛い…、可愛いよロビンちゃんもっと…」
『いいわ……しましょう、コックさん』
”どうせ彼も同じよ、他の男達と”
それは大きな思い込みだった。
「ホラ、脚開いて」
そう言われて、恥ずかしいと思った。
こんなときの羞恥心なんて、私まだ持っていたんだわ。
ショーツを脱がされ、両脚を開いて彼の前に恥部を晒す。
「ああ、綺麗だね」
綺麗?だってこんなグロテスクな場所。ここは見るだに決して綺麗じゃない場所なのに。
彼の前で、私はまるでローティーンの少女のように恥じらっていた。もう恥じらうような年ではないというのに。
そして九つも年下の彼は、このときは私より年上にさえ見えた。
「濡れてる?」
「や、…」
濡れてる?私が?
「ほら、こんなに。触ってごらん」
私の手を取り、恥部へ導く。じゃりじゃりとしたアンダーヘアを掻き分けて、熱くてぬめぬめとしたそこへと触れさせられる。
ああ本当だ、じっとりと濡れている…。
「気持ちいいから濡れるんだよ。ロビンちゃん、ちゃんと感じてるじゃない」
綺麗だよ、ピンク色だし。花びらはとてもいい形してる。…あ、また溢れてきたよほら?
言葉で褒められ、けれどそれは私の羞恥をかきたて更にそこを濡らしていく。知ってて言ってるんだわ。
今までのセックスはみんな男の自分本位な、独りよがりのものでしかなかったもの。
私のことを考えてセックスしてくれる男なんていなかった。私はただの、性欲処理のための道具だったから。
そう、今までは。
「…イこうね?ロビンちゃん」
ぬちゃ、と音がして。彼の綺麗な指が、私のある部分をゆっくりと開いて。
薄い皮膚膜を剥いていく。小さな突起が現れる。
「ひ、っ」
先をちょん、と触られ、とっさに身をよじった。
「ここ、すごくいいんだよ。クリトリス。ここにね、あるものを…」
コックさんがジャケットのポケットに手を突っ込んで何かを探す。
「…ん?っと、無い?…あ。アレ取っとくの忘れた」
「アレ?」
「そう、ちょっと待ってて」
彼は立ち上がり、戸棚の救急箱をなにやら漁っている。
「チョッパーがここに入れとくって言って、…あった」
彼が手にしてきたのは、薬用のリップスティック。
メンソール配合の、唇に塗るとスッとする。可愛い看護婦さんのマークの入ったアレ。
「これ?」
「そう、これ。これを、ロビンちゃんのクリトリスに塗るの」
「―――――――――!!!!!」
嘘!ちょっと冗談でしょ!
そんなものを!?クリ…そんなところに!!??
驚く私に、彼はハハハと笑って、
「唇に塗る物だから、害は無いよ。これ塗るとね、クソ熱くなって、気持ちよくなりたくなって、一気に上り詰めることが出来る」
きゅぽん、と乾いた音を立て、キャップを外す。下の部分を軽く回すと半透明のリップがにゅっと伸びてくる。
「…らしいよ。試すのは俺も初めてだけど」
「……」
「ホラ、もっかい横になって。」
「え、ええ……」
まあ、体に悪いものじゃあないというのは判っているんだけど、――――。
心配する私を他所に、彼は再び開かれた私のそこに、リップをゆっくりと塗っていく。
「ん、んんっ」
変な感じ。なんだか、変。ああ、ぬるっとしてる。
「ん、こんなものかな」
塗り終えたリップを、コックさんは自分の唇に軽く塗る。
「……どう?熱くなってきた?」
「―――――あ、…………………………………………あ、あ、っ…!!!!」
―――――――や、っ―――――――何これ――――――っ………!
「熱い、………熱いわコック、さん」
熱い…ああ、本当に熱い!
そこが、リップを塗られたところからまるで火が着いたみたいに熱い!!
それは見る見る私の体全体に回り、同時にジンジンと痺れる感覚をもたらして、ああ――――なんでこんなに―――……?
「うわっ、スゲエ濡れてきた」
言われなくても、蜜が溢れてきているのが自分で判った。ああ、ドクドクと脈打ってる……やだ、なんてこんなに……。
「熱いだけじゃないの、凄く疼くの―――ねえ、何とかして…」
甘えるように、彼の両腕にしがみついた。
「ロビンちゃん、マジ?」
あからさまな体の変化に、コトを持ちかけたコックさんの方が驚いていた。
マジ、と聞かれてこくん、こくんと何度もうなずいた。
「よ、よしよしわかった、効果覿面てわけだ…ああ本とにスゲエ、お漏らしみたいに濡れてる」
ああそんなこと言わないで、お漏らしなんて恥ずかしいこと……。
そしてコックさんの指が。
「あ、あああああっ!!」
押しつぶす。ぷちゅ、と。
リップを塗ったクリトリスを。はしたないくらい膨れ上がってるの、自分で判る。
そしてリップの所為でねっとりとしたそこを、つまんで擦って刺激する――――!
「やあああああっ――――……!!!」
火の中心。
焼けるような熱さと、痺れと疼き。
刺激されると、それは瞬時に快感に変化して私を襲う。
「はぁああ、イイ、凄いいいの、ああん、もっともっともっとぉ………」
腰をくねらせ、はしたなく求めてしまう。
ああだって本当なんだもの!!!
「コックさん、ねえもっと、もっと弄って、潰していいから」
「つぶれたら困るよ、ロビンちゃん」
「いい,潰れたっていいから、ねえ、こっち、こっちも…………」
もどかしげに伸ばした手。
彼の手を取り、その奥へと引っ張って、お漏らししたみたいなといわれた部分へ。
「ああ、俺の手ビショビショじゃん」
彼が苦笑する。
「入れて、ねえ、ここ入れて欲しいの、何でもいいから、」
「ほんと?」
「エエ、ほんとに」
入れて欲しいと思ったのは初めてだった。
そう、だってそこはうずうずと疼いているし、ドクドクとはしたなく蜜を滴らせてる。
何かを入れて、かき回して欲しかった。そうでもしないと、この疼きが収まらないとわかっていた。
私の乱れる様に、彼はちょっと戸惑って、だってあんな小さなリップがまさかこんなに効果覿面だなんて。
でも求めには応じてくれて。
「よし、わかった」
コックさんはジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、ベルトを外す。
「深く欲しいよね?」
「ええ、一番奥まで、欲しいの」
「じゃあ後ろから入るよ。ケダモノみたいに……」
私は四つんばいになり、彼の方へお尻を向けた。私が忌み嫌っていたケダモノみたいに……。
「ん、っ」
「あ・あああああっ……!!」
腰を固定され、押し入ってくる。彼自身。太さはそんなに無いけれど、長くて堅くて熱くて……!
ひとたび動けば、ぐちゃ、ぐちゃと猥雑な音がする。
「スゲエ音……、こんな音初めてだな」
「ひ、あ、ああっ、んあ、っ」
ぐちゃ、ぬちゃ、とリズミカルなぬめりの音にあわせて、私が乾いた喘ぎ声を盛らす。
――――ああ、なんて気持ちいい…………―――――――!!
頭の中は、襲い掛かってくるこの快感を逃すまいと、そしてもっと捕らえようとそれだけで。
自分で腰を振って、自然に喘いでいた。
生まれてはじめて、セックスが気持ちいと思った。
ああ、どうしてこんなに気持ちいいの?どうして?
考えようとしても、思考が働かない。ただ、目の前の快感が欲しい。
お尻を高く上げ,思うが侭に喘いで、腰を振って、そのたびに胸がゆさゆさと揺れて。
コックさんの手が、胸を後ろから揉む。
「あ、はああ、コックさん、ん、」
「ロビンちゃん、サンジって呼んで?」
私の耳元で囁く。サンジさんのネクタイやシャツが、私の背中で擦れて乾いた音をたてて。
「サンジ、さん、いい、っ!」
初めて呼んだ。サンジさん、と。
そのとき、心の奥で何かが弾けて。
胸を揉む手。今度は強く。そう、今度は強く強く揉んで欲しい。
そしてその手が離れ、リップを塗った赤い突起にまた触れる。
「ああ、効果覿面どころじゃねえな、破裂しそうなくらい、ん、堅くなってる」
「あ、いやああああ…………!!!!」
摘んで、擦って、摘んで、擦って――――――……!!
高いところに引っ張り上げられるみたい―――。快感に上り詰める感覚。
そしてそこから、体中の何もかもを吐き出してしまいながら一気に落下して―――
「ロビン、ちゃん、」
「あ、は・あ・ああああああああっっっ――――……!!!!!」
背中をのけぞらせ、バスタオルをぎゅうっと握り締めた。
サンジさんと私の繋がってるところが、これ以上ないくらい熱く切なくなって。
初めて、イッた。
ぐったりとした私から、まだ達していないのにサンジさんは自分を引き抜いた。
バスタオルの上に倒れこみ、はあはあと荒い息をする私を、サンジさんは優しく抱きしめて。
「はい、上手にイけました」
ちゅ、と頬にキスをくれた。
「あ、・っ、アレが、そう、なの…?」
「ウィ、マドモアゼル。すっげえ中が締まって、危うく潰されるところだった」
危機一髪、なんて軽いジョークを飛ばして。
「そう、なの…」
はあ、と大きく息をついた。ああ、まだあそこがびくびくしてる。ちょっと動くと、背中に電気が走る。
「続き、していい?俺まだイってないんだ」
「…ええ、そうね、」
「…それと、言っていい?」
今度は正常位で私を抱え込みながら、サンジさんはなぜか少し照れくさそうに。
「なあに?」
もう一度、挿入される。
達した後の挿入は、なんだか変な感じ。侵入してくる彼自身が気持ちよくて、くすぐったい。
「…好きだよ」
「……」
「俺、ロビンちゃんのこと、好きだよ。愛してる」
「サンジさん、」
「なのに、真正面からいえなくてさ、試してみる?なんて回りくどい方法とって、ごめんね」
ゆっくりと、サンジさんが動き出す。
「でも、好きなんだ。マジ本気」
サンジさんの頬が、紅潮していた。
私の鼓動が早くなる。
ああ、この感覚、これは……。
私は彼の背中に腕を回し、自分のほうに引き寄せた。そして、言ったの。
「私もよ」と。
私を大切に扱ってくれて。
気持ちいいセックスを教えてくれて。
初めてだったのはそれだけじゃないの。この際だから告白してしまった。
愛してるとか、好きだといわれたのも、私、初めてなのよ。
誰かを好きになるのも勿論。
彼は、私の初恋の人にして初めての恋人。
恋人として、初めてのキスをした。
深い、深いキスを。
柱時計が、ぼおん、ぼおん、と、鐘を二つ鳴らす。
行為を終えた後、私は彼の腕の中に抱かれ、短い眠りについていた。
午前2時、ラウンジ。
生まれて初めて恋をした。
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