「息も出来ない(裏)」
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"ロビンがどんな女でも、俺はロビンが好きなんだ"
私は裏切ったのだ。
愛するルフィを。
薄皮一枚とはいえ、裏切ったのだ。
後悔なんてしてはいないけれど―――裏切ったのだ。
気が付いていなかった訳ではない。私を見つめる剣士さんの、あの眼差しの熱さに。
ためらいがなかった訳ではない。
剣士さんが私を想っているのだと気が付きながら、ルフィと結ばれることに。
極論から言えば、時間差。
ルフィのほうが、早かったのだ。
『俺はロビンが好きなんだ』
どちらが先にその言葉を私に告げ、手を差し伸べたか。
ただ、それだけの差。
剣士さんが私に胸のうちを明かした時、私はもうとっくにルフィと結ばれていた。
『諦め切れねえんだ……』
うつむき加減で私にそう告げた剣士さんの顔は、心なしかやつれていた。
思い悩んだのだ。彼なりに。
遅すぎる―――正直そう思った。
けれど、彼の私に対する熱い想いを、私は拒むことが出来なかった。
天秤は、一瞬だけれども釣り合い、緑色の分銅が重かった。
だから、裏切った。ルフィを。薄皮一枚。
あの夜に……裏切った。
「ロビン、どうかしたのか?」
「えっ、」
ルフィの声に、ふと我に返った。
「顔色が悪いぞ? ……調子が悪いのか?」
私を覗き込むルフィの顔は、心配の色を帯びていた。
「……いえ、なんでもないのよ、ルフィ。ごめんなさいね、折角の夜なのに」
ここは夜の見張り台。
今夜はルフィが寝ずの番で、私はルフィの好物のお菓子と温かいお茶を持って、ここに来たのだ。
二人でお茶を飲むうちに、自分の思考の内に入り込んでしまっていたんだわ。
「ちょっと、考え事よ」
「そっか、よかった。ししし」
屈託のない17歳の少年の笑顔は、時に残酷だ。
薄皮一枚とはいえ、私はあなたを裏切ったのよ?
なのにその女に、あなたはどうしてそんなに優しく微笑みかけるの?
どうしてこんな……私を好きなの?
「ねえ、ルフィ」
「ん?」
好物のダッグワースを目一杯ほおばるルフィの口元を拭いながら、私は尋ねてみた。
「ルフィ……私はルフィが考えているほど、清い女じゃないのよ?」
「なんだよ、いきなり」
ルフィは私の突然の発言に、不思議そうな顔をしていた。
「いえ、一度きちんと言っておきたかったの……私は今まで、裏の世界で生きてきたのよ。
悪いことも沢山、経験したのよ」
「んなこたぁ知ってるさ……クロコダイルと一緒にいたんだ……分かってる」
「あなたが思うより、私は汚れているのよ?」
「……ロビンは綺麗だ、汚れてなんかいねえよ」
ルフィが私に手を伸ばす。私の頬にルフィの手が触れ、顔が近づいて……。
「ロビンは綺麗なんだ。どんな悪いことに手を染めてたって、ロビンはロビンだ。俺だけの、ロビンだ」
澄んだ真剣な眼差しで、私を見据えて言う。
「ルフィ、」
「ロビンがどんな女でも、俺はロビンが好きなんだ」
そして―――キス。
ああ、そんなことを言わないで。
そんな汚れのない目で、私を見ないで。
私はあなたを裏切ったのよ。
薄皮一枚とはいえ……裏切ったのよ。
そのこと自体を後悔はしない。だってそれは、私が背負うべき罪だもの。
剣士さんの告白を断れなかった私の罪だもの。
あの夜のことをあなたに言ったら。
ルフィ、あなたは私でも剣士さんでもなく、自分自身を責めるでしょう。
「ルフィ……あのね、」
「ん?」
「いえ、なんでもないわ……」
ルフィの手を取り、私のキャミソールの裾へと導く。
何時まで黙っていられる? そうね、多分。
私が……苦しくて、息もできなくなるまでかしら……。
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