『バースデーパーティ』
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三月二日と三月三日。
一日違いの誕生日を、一ヶ月後の四月四日の夜、俺の部屋で一緒に祝った。
ホントなら、当日にそれぞれちゃんと祝うのが正式なんだろうけど、
お互い仕事を持つ身。パティシエ見習いの俺にも、キャリアウーマンのヒナさんにも、
自由になる時間はこれが精一杯だった。
「Happy birthday,to you…」
照明を消した部屋の、二人で向かい合うテーブルの上には大きなプレート。
調子はずれの鼻歌を歌いながら、店の売れ残りのケーキをプレートの上に丸く並べていく。
抹茶ケーキにチーズケーキ、とりあえず三角のやつばかりをかき集めて持ってきた。
自分はさておき、愛しい人の誕生日にはちゃんとしたケーキを作るべきなんだろうけど……。
俺パティシエ見習いだし……小さいけれども繁盛している店の忙しさときたら。
俺にこれしか許してくれなかった。
それでも良いといって笑って許してくれるヒナさんは、やっぱ大人だ。
茶色に緑に赤に紫。生クリームが乗ってたり乗ってなかったり、色も形も不ぞろいなケーキ。
どれも三角なんだけど、微妙に高さも大きさも違うから、丸く並べてもなんかちぐはぐだ。
それは俺とヒナさんの関係そのままに。
「Happy birthday,dear…あ」
「……どうしたの? サンジ」
先にシャンパンに口をつけていたヒナさんが、ケーキから顔を上げて心配そうに俺を見た。
「俺としたことが……ローソク、忘れてきちまった」
店から拝借してきた、数字の形をしたローソク。3と2と、1と9。
数字の形のローソクは面白いからってんで、四つ、
こっそりとポケットに入れたのに、あろうことか休憩室に忘れてきちまった。
「あー、どうしよ……折角取ってきたのに…」
がしがしと頭を掻いて、壁掛けの時計を見れば、もう日付は変わる直前。
「――いらないわよ、ローソク」
コトン、とグラスをテーブルに置いて、ヒナさんが言う。
「えっ、でもさ……」
「いいわ、もう。時間もそんなにないんだし……」
ヒナさんは壁掛けの時計に目を遣り、俺の顔をじっと見る。
「ヒナはこれで十分。ヒナ満足よ」
大人の余裕たっぷりに笑みを浮かべ、ヒナさんはまたグラスを持ち上げる。
「こうして二人で祝えるだけで、ヒナは満足なのよ」
満足といわれたら、それ以上押し通すのは悪い気がして。
「じゃ、乾杯にしようか」
小さなシャンパングラスをかちりと音を立てて合せ、短くてささやかなパーティーが始まった。
「―――仕事、慣れた?」
俺が仕込みを手伝ったチーズケーキをほおばりながら、ヒナさんが尋ねる。
「あぁ、まあ……大分慣れたと思う」
「頑張りなさいね、今は色々嫌なこともたくさんあるでしょうけれど、
今の苦労が無駄になることは決してないわ」
人に説教されるのは大っ嫌いだけど、ヒナさんの口から出る言葉なら素直に聞けちまう。
「ん、そうだね……」
夢に任せて入った世界は、思っていたよりハードでシビアで。
世界中の子供達においしいケーキを、なんてサンタみたいな壮大な夢を語るどころじゃなかった。
甘い匂いに包まれながらも忙しさと己の未熟さと格闘しながらの毎日。
それでも頑張れるのは、ヒナさんと並んで歩いて恥ずかしくない男になりたいっていう
気持ちがあるから。
長い髪をかきあげるその仕草一つとっても、大人の女だ、と思う。
目の前にいるのに、手の届かない位置にいるこの人に、早く追いつきたくて。
部屋の片隅に置いたヒナさんのバッグに、そっと目をやる。
女にしては大ぶりな仕事用のバッグからは、書類が顔を出してヒナさんと俺を監視している。
……帰ったら、また仕事なんだろうな……って、考えちまうとちょっと切ない。
それでも、限られた時間を精一杯楽しもうと、今だけそれは考えないことにした。
「これ、とっても美味しいわ。ヒナ大好きよ」
「ホント? それ、うちの一番人気なんだ」
最近ようやく手伝わせてもらえるようになった、うちの一番人気のチーズケーキ。
「愛、込めたからさ」
「口だけは一人前ね」
ヒナさんが笑う。
俺も笑った。
薄暗い俺の部屋。
小さなテーブルを囲んで、売れ残りのケーキを頬張る。
ささやかな、ささやかなバースデーパーティー。
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