『あの小娘、七つから十年後』




「お頭、ホレ」
「サンキュ……」
ヤソップから手渡されたのは、つい一昨日世界政府から発行されたばかりの手配書の束。
煽っていたビールを飲み干してから、そいつを膝の上に置いて忙しなく繰って行く。
「どいつもこいつも見るからに悪人面してやがる、ハハッ」
「アンタが言うなよ、お頭」
「うるせぇヤソップ……っと、あったあった……」
丁度真ん中辺り。見覚えのある麦藁帽子の小娘の、生意気な見返り姿がそこにあった。




モンキー・D・ルフィ
懸賞金額 三億三千万ベリー




懸賞金額の下には、老眼鏡が必要なくらい細かな字で、主な罪状が連ねられていた。
「……三億……三千万か」
皆勤賞ってのがこういうのにあるのかどうかは知らないが。
ここ何回か、ルフィは政府の懸賞金付きの手配書が発行される度に、必ず何かやらかしてその名と懸賞金額を上げていた。
今回はドジってパクられ、しかし海楼石の監獄から見事に逃げ遂せた。監獄破りの罪は殊のほか重い。
その前は、海軍本部所有のでっかい船を沈め、更にその前は、港町で将校数人を病院送りにした。
……最初は何かの記念撮影と間違えてんじゃないかってくらい、屈託の無い笑みを浮かべていた手配書の写真。
今じゃその金額に見合うだけのふてぶてしさと共に、海賊特有の血の匂いと、年と不釣合いの女の色香までが漂っている。
少しずつ、少しずつ。
手配書の中のルフィは、少女から女へと変化していった。
「あのガキだったルフィが三億三千万か……女の海賊じゃ過去最高金額じゃねえか? 俺達も年とる訳だな」
自嘲気味に言うと、向かい合ってビールを煽っていたベックが小さく笑う。
「俺の白髪はお頭、アンタのせいだぜ?」
「あー、苦労かけていつもすまないねぇ、ベック」
「棒読みだよ、お頭」
ベックの横で肉にかぶりついてるルゥが茶々を入れ、三人して笑った。




『シャンクス、俺絶対海賊になるからさ!』
黒曜石の、大きな目を輝かせて。
キラキラした希望を俺に訴えていたアイツ。
『お前が海賊に? ハハッ、そいつは楽しみだな』
たった七つの小娘の言葉を本気にしていなかった俺。
渡した麦藁帽子は、また会う約束じゃなくて別れの印のつもりだった。
『じゃあ、この麦藁帽子を俺に返しに来い……いつの日かな』
真に受けるだなんて、誰が思う? 
まさか本当に俺にあの麦藁帽子を返しに、ルフィが海に出てきやがるだなんて。
最初の手配書を手にした時の驚きは、今でも覚えている。




「……ルフィ」
質の悪い手配書の中には、あの頃の無邪気だったルフィとは、まるで違ったルフィがいた。
けれど俺はルフィを責めることなど、出来はしない。
なぜならマッチを摺ったのは俺だから。
火をつけたのは俺なんだ。




そこにいたのは、紛れも無い”女”のルフィ。
あの夜に刻まれた、目の下の大きな傷。
浮かべる不敵な笑みは、見るものの背筋を冷たくさせるのに十分だった。




『シャンクス、』
無邪気に笑う、七つのルフィの顔が脳裏に浮かぶ。
『シャンクス……』
なのに、目の前にあるこの手配書の中のルフィと、脳裏に浮かぶ七つのルフィとは、頭の中でどうしてもイコールでつながらない。
『―――シャン』





……マッチを摺ったのは、紛れもなく俺だ。
それは明らかに、罪と呼ぶに相応しいものだった。





アイツが海に出て、それから名を上げるようになってこっち。
これまでルフィの噂を何度と無く耳にした。あまり聞きたくない噂話ばかり。
"麦藁帽子を被った、黒髪の小娘"の話。
俺の知っている無邪気な七つの小娘が、そのまま大きくなったとは思えないような話ばかりが。
カモメと波に乗って俺の耳に入ってきやがった。





お星様が本当に捕まえられると、虹が滑り台になると本気で思っていた、七つのルフィが。
誰が、予想できたというのか。





「……お頭、冷えますぜ」
後ろから声を掛けられ、振り返るとロックスターが心配そうな顔をして立っている。
「ん? ああ」
「この辺は夜の冷え込みが酷いでさぁ、もう部屋に入った方が」
「もうそんな時間か……」
昔を懐かしむうち、いつの間にかあたりは薄暗くなっていた。
グランドラインの天候は侮れない。夜の冷え込みはとんでもなく、昼は真夏で夜は真冬というのも珍しくなかった。
「そうだな、もう入るか……」
踵を返し、促されるままに船室に入りながらも、心の中は。
やり場の無いもどかしさで溢れかえっていた。







それは、あの夜以来消えない罪の意識だった。




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