「初夜」
|
『ビビ様、……今夜、ビビ様の寝室にお邪魔しても宜しいでしょうか……?』
『そして……この続きを、致しませんか……?』
ペルの口から出た言葉。
それは私の心と身体を否応無しに熱くし、ペルに対する想いを一気に加速させた。
私はペルと約束のキスをして部屋を出、夜を待ちわびた。
―――今夜、私は。
ペルと、ひとつになる。
夜が来るのがこんなに待ち遠しかったことはない。
緊張と期待で、夕食はどれほども喉を通らず、父やテラコッタに体調が悪いのでは、と心配された。
なんでもないと必死で取り繕い、無理をして全てを胃の腑に収めた。
初めての時は誰にでも訪れるもの。
そしてそれは誰にとっても特別なもの。
いつもより長く湯を使い、念入りに身体を洗った。
ペルに見せるこの身体。綺麗だといって欲しくて。
何度も、何度も、石鹸を泡立てた。
夜着には、シルク地の胸元が大きく開いたドレスを着た。
胸の頂点にある二つの赤い尖りが、つん、と柔らかな布地を押し上げる。
その後ベッドに潜り込み、お気に入りの恋愛小説を読みながら……ペルを待った。
スキャンダルに塗れた私生活で知られるその作家が書いた恋愛小説には、主人公が初めて男性を受け入れるくだりがある。
長年想い続けた人と結ばれるその瞬間。
その描写に私は胸を高鳴らせ、自分と重ねた。
彼が押し入ってくる瞬間、全身を痛みが駆け抜ける、という言葉に。
けれども心の奥底から沸きあがる悦び、という言葉に。
彼とひとつになったことを理解した時、何かが吹っ切れたような、という言葉に。
私はいちいちドキドキし、ペルがそうしてくれる様を思い描いた。
どれほどの時間がたっただろう。
日付は変わり、夜はとっくに半分を過ぎた。
天蓋付のベッドの中、私は何度目かの寝返りを打った。待てども待てどもペルは……来ない。
「…ペル……どうして来ないの……?」
もしかして約束を反故にするの?
忘れているわけではないでしょう?
じゃあ、どうして?
私がいい加減で待ちくたびれかけた、そのときだった。
『ビビ様、ビビ様!』
ドンドン、とドアを叩く音がし、続いてチャカの声。
「…チャカ? どうしたの?」
『城内に不審者が入り込んでいるのを発見しました。ペルが見つけまして、今数名取り押さえています。
バロックワークスの残党と思われます』
「ペルが…?」
胸がどき、とした。
『はい、ペルが発見しました。即座に拘束しましたが、まだ何人か入り込んでいるようです。
ビビ様、お一人は危険です。ここを開けてください、』
「え、ええ…分かったわ」
私は慌ててドアを開けた。武器を手にしたチャカの顔は、走ってきたのか紅潮していた。
「ビビ様、お一人は危険です。テラコッタさんの指示で女官たちが客間に集まっています。そこへお連れしますから、
安全が確認されるまでは客間で女官達とお過ごしください」
「……ええ…そうね、…分かったわ」
…私はチャカの話に相槌を打ち、窓の外をちらりと見た。
ペルが来なかったのは……不審者を捕らえるためだったのだ。
窓の外、満月を横切る大きな鳥の影。ペルの姿。
不審者を捕らえるべく、奔走していたのだ。
「…さ、ビビ様……今ペルがああやって、上空から不審者を探しています」
「あ、ええ…」
促され、私は部屋を出ようとした。それをチャカが制した。
「ビビ様、夜着が随分と薄うございます、その……」
「え、…あ、……ッ、」
私ははっとした。胸元が大きく開いたシルクのドレス。その下、布地を押し上げる二つの小さな尖り。
チャカの顔は紅潮から困惑へと代わっていた。
「あ、ごめんなさい…ちょっと、今夜は暑くて…」
私は慌ててカーディガンを羽織り、チャカの後に続いて部屋を出た。
後ろ髪を引かれる想いで……。
沢山のベッドがある客間には、テラコッタをはじめとする女官達などこの城の全ての女たちが集まり、まだ見ぬ侵入者に怯えていた。
私は彼女達を懸命になだめた。この城の王女として。
ドアの前には衛兵が立って安全を確保していた。
『…今夜は、駄目なのかしら……』
女官達に囲まれるように部屋の中央にあるベッドに入り、私はペルを思った。
今頃ペルは……必死になって不審者を捕らえることに全力を注いでいるはず。
『ペル……』
傷を負ってはいないかしら?
窓の外では不審者を探す兵士達の声と、走り回る足音が聞こえる。
相手は武器を持っているのでは?
ただでさえ、この城の中の兵士の数は減っているのに……。
ペル、あなたはどうしているの……?
女官達が寝静まった後、私はそっとベッドを抜け出した。
ドアの前の衛兵二人は、こくり、こくりと転寝をしている。
私は足音を立てないよう、裸足のまま廊下を走り、自室へと急いだ。
「……ペル……?」
ぎぃ、っと大きな扉を押し開く。
真っ暗な私の部屋。足を踏み入れ、扉を閉め鍵をかける。
「……ビビ様」
暗闇の中から声。……ペルの、声。
「ビビ様、ペルは……ここにおります」
部屋の明かりが、不意に薄暗く灯った。
その中に浮かび上がる、ペルの姿……窓際に彼は居た。
「ペル……!!」
私は声を殺して叫び、ペルに駆け寄った。
「ペル、…あなた大丈夫!?」
近づいてみればペルは額に、そして手に怪我を負っているらしく、包帯をぐるぐると巻いていた。
「怪我を……?」
「ええ、少し……相手は武器を持っておりまして。……不意を突かれました」
「痛むでしょう?」
私は包帯を巻いたペルの手を取った。ペルからは、血と硝煙のにおいがした。
「いいえ、全く……」
「でも、」
「……これからビビ様が味わう痛みに比べれば、これしきの傷など……」
「ペ、ル、……」
ペルが、力強く私を抱きしめた。
「ビビ様、……お待たせして申し訳ありませぬ。不審者はもう、全員捕らえました」
「ええ、……随分待ったのよ」
窓の外の空は、漆黒からゆっくりと紫がかってきた。
ああ、もう……朝がくるのだ。
空には、気の早い小鳥達が飛んでいた。
そしてようやく始まった。
私とペルとの、初めての"夜"が。
天蓋付のベッドに潜り込み、私達は1つになった。
「ペル、……見て……」
私はシルクのドレスをゆっくりと脱ぎ捨てた。白すぎる、と自分でも思う肌があらわになる。
緊張と期待とで、胸はいつになく熱く膨らみ、その先端は痛いくらい尖っている。
「……ビビ様、お美しいです」
ペルの声が上ずっている。無骨な手が、私のやわらかな肌に触れ、口付けがその後を追う。
ペルもまた、着衣を自分で脱ぎ捨てた。その下には、細い、けれどしっかりと鍛え上げた体。
この国を守るために戦ったその身体には、無数の傷。
絡み合い、縺れ合う私達。
初めて同士の私達の行為は、手馴れた人たちから見れば滑稽だったかもしれない。
けれど人間は本能的に、ある程度のことは知っているのだと分かった。何をどうするのかなんて。
羞恥と、興奮と、期待と、ほんの少しの恐れ。
何よりも相手を愛しいと想う気持ち。
それらが複雑に絡み、混沌とし、それでも確実にひとつの流れへと繋がっていくのだ。
はじめて見るペルの、いえ、猛り狂う男性の分身に私は息を呑み、全てを覚悟した。
「ビビ様、痛ければ、仰ってください……」
ペルがゆっくりと、私を組み敷く。私はペルにしがみつく。
「……ペル…」
熱い猛りの塊が、興奮に溢れかえる私の泉へと宛がわれる。
「あ、――――――……ッ!!」
「ビビ様、……ッ」
全身を駆け巡る激痛。けれどそれを上回る、達成感。
胎内が傷つき、血が溢れる。
私の中。ペルが……どこまでもどこまでも、入ってくる。
窓の外が白みだす頃、私達は本懐を成し遂げた。
満ち足りた喜びと痛みが、事後の身体を支配していた。
私はペルに寄り添いながら、朝の訪れを告げる大聖堂の鐘が鳴るまでの短い時間、眠りに付いた。
純白のシーツに、ドレスに、赤い血の染み。
私の白い肌にも、赤い染みがあちこちに。
ペルの包帯からも、血がにじんでいる。
それらの赤は、私達をこれ以上なく結びつける赤い糸の色だった。
|
戻る