「ねがい」
|
赤い血の神は、我々人を作り、機械生命体を作った。
神は再びこの地上に現れ、黒い血をもつ我々を幸せにしてくれる。
そして神を手に入れた防人は、どんなねがいでも叶えられる……。
遠い昔からの伝説を、眉唾だと跳ね除けるのはたやすいことだった。
「ヨキ先生は伝説、信じないの?」
子供のような目をして、隣に眠るアルは私を覗き込む。
「……信じないわけじゃないさ。ただ、この目で見てみないことにはね。医者と言う職業柄だろうね。
何事も見て触れて、……考えるのはそれからだからね」
「ふぅーん……」
「だから眉唾だと言うのさ。長い間、誰も見たことがないんだろう……? 赤い血の神を」
「まぁ、そりゃそうだけどさ」
屈託のない笑顔は、少年から青年へと移り変わる境界線の上。
アルが防人になったのはほんの最近。
こんなのが防人になって大丈夫なのか、私の不安を他所に……あっという間に誰もが認める防人になった。
「ヨキ先生がさ、もしも防人だったとして……神様を手に入れることが出来たら、ナニをおねがいするんだ?」
「そうだな……人々が機械生命体に怯えることなく暮らせる日常、かな」
「うほっ、真面目!」
おどけて言うと、がばっ、っと私に抱きついて。
「俺はね、……ヨキ先生のおっぱい、もーっちょっとでいいから、おっきくして欲しいなって」
「――馬鹿者!!」
ごん。裏拳で額を直撃。
「痛ッ!……ひでえなぁ、先生」
「それが防人の台詞か……防人なら、それこそ人々の幸福をねがうべきだろう!」
「……わーってる。冗談だよ、ヨキ」
―――急に、声のトーンが変わって。
落ち着いた声に、胸が……柄にもなくどきんと跳ね上がる。
「―――奇麗事だけで防人なんてやってらんないよ……ヨキがいるから、俺は防人やってられるんだ」
「ア、」
アル、と名前を呼ぼうとしたのに……唇で、ふさがれた。
「んんッ」
「ッ、ヨキ」
大きな手は、慣れた道筋を辿っていく。髪を撫で、肩に滑り、胸を……小さな胸のふくらみを掌中に収めて……愛撫する。
「あ―――、……ッ」
自分のものではないような声が漏れる。抑えられない……アルの前で、私は医者と言う括弧を外される。
アルもまた、防人と言う括弧を外し、ただ黒い血を持つ人と人として……貪り、交わる。
感情は、ひたすら目の前のお互いに。
つんと尖った胸の先端が、アルの口に含まれる。
舌で転がし、吸い、甘く噛まれる。
「ぃ、ゃあ……」
頭の中がドンドン白んでくる……気持ちよさで身体が支配され、アルへの想いが私の心を支配する。
……ねがい。
もしも私が防人ならば。
そして赤い神の血を、手に入れることが出来たなら。
アルと、どうかこのままずっと繋がっていたい……。
括弧を外したまま、ただこの行為に耽っていたい……。
そんな卑しいねがいをも、赤い血を持つ神は叶えると言うのだろうか?
「ヨキ、ッ」
名前を呼ばれると同時に、アルが私の中に押し入ってきた。
深く分身を私の奥に沈めると、大きく息をついた。
「……ッ、すっげ、いい……ヨキ」
「ぁあ……ッ」
全身が痺れるほどの快感に、私はただアルにしがみつくしかなく……きつくきつく、しがみついた。
ゆっくりと打ち付けられ始める、アル自身。
粘った水音のするその打ちつけ。押し入っては逃げ、また押し入って逃げていく。
「アッ・アッ・アッ……あ……!」
「ヨキ、ヨキ……ッ!」
打ちつけはどんどん激しさを増し、小さなベッドが軋む。
恥も何もなく私は声を上げ、仰け反り、快感におぼれた。
アルもまた、ケダモノのように私を責め立てた。
互いの想いの分だけ、この行為はいつも激しかった。
アル、アルは……本当は何を願うのだ? どんなねがいを、神に……?
聞きたかったけれど、何故だか恐れのようなものがあり、私は聞けなかった。
「ヨキ、………―――ッ」
名前の後、アルが何かを呟いた。けれど、……
「あ、ああああッ!!!」
自分の嬌声でそれはかき消され……。
私の胎内に吐き出された熱。
それは私の「女」の部分を嫌というほど満たし、短い情事の揺るがない証拠として、シーツを汚した。
「……俺、もう行かなきゃ」
「アル。」
「先生、またな……」
笑顔と、額にキス一つ。さよならを言う代わりに。
逢瀬はいつも短いものだった。
そしてアルはまた次の地へと赴く。防人として……。
何処までも続く、砂の世界。
不毛の大地に一人立ち、今しがた旅立ったアルの息子と、伝説の神と同じく赤い血を持っていた少女を想う。
私が立っている場所は、アルが絶命したまさにその場所。
「……赤い血の神、か……」
あの少女が神かどうかは別として。
もしも、私が防人だったとして。神を手に入れることが出来たなら。
今ねがうのは、唯一つ。
「神様、アルを生き返らせてください」
私の前に……もう、何処へも行かない様に……。
『ヨキ』
あの笑顔と、あの声。
もう一度名を呼んで。そして抱きしめて。
「………アル……」
あのとき、アルが何を呟いたのか。
アルは本当は何をねがっていたのか。
生き返ったら……聞いてみよう。
頬を伝う涙は、砂の大地に吸い込まれて消えた。
|
戻る