ネウロ×弥子『灰』






学校が終わると、近くのコンビニで新作のお菓子やお弁当をチェックして、それから探偵事務所へ、 というのがここ最近の私の日常だった。
取材も日を追うごとに落ち着いていった半面、ネウロいわく謎の気配など微塵も感じられない 『自称依頼人』が数多く訪れるようになって。
……尤も、そういう人たちは、吾代さんの手を借りるまでもなく。
ネウロの舌先三寸でお引取り頂いているようだった。



「……ただいま。あれ? ネウロは?」
今日は5時間で学校が終わったから、いつもよりも早く探偵事務所に着いた……のだけれど。
事務所にネウロの姿はなかった。
「あかねちゃん、ネウロがいないけど……何処か行ったの?」
黒いお下げ髪を振り、私におかえりなさいをアピールするあかねちゃんに尋ねると、 あかねちゃんは秘書専用デスクの上のパソコンを示した。
「パソコン?」
あかねちゃんは自分の隣にある、スケジュールを書くためのホワイドボードに、ボード用のマジックで 『パソコンの部品を買いに』と書いた。
「……ああ、そう。……パソコンショップかな」
ネウロがお買い物……なんか想像しにくいなぁ。
この事務所のホームページ作るのにやたらと凝ってるんだよね、ネウロ……。
「今日の取材は、っと……」
あかねちゃん記入のホワイトボードには、今日の取材予定が書かれている。
「7時からか……じゃあまだ時間、たっぷりあるね」
私はソファにどんと腰掛けると、コンビニで買ってきた新作のチョコを食べる……その前に。
バッグの中から、封筒の束を取り出した。
「……何だかなぁ……」
はぁ、とため息ひとつ付いて、封筒を束ねているゴムを取り外し、一つ一つ見ていく。
それらはすべて学校の下駄箱の中に入っていた、あるいは私の家に届いた、私宛の手紙。
ゆっくりと封を破いて、中を見る。うっかりすると、剃刀入ってることがあるんだ。
有名人になると、本当にいろいろあるもので……興味本位でラブレターまがいの手紙を出してくる人や、 評論家気取りで私を批判する手紙まで、いろんな人からいろんな手紙をもらうようになってしまった。
ネウロは「無視すればいい」と言う。興味本位の相手にも、批判する相手にも、と。
ごもっとも。だってネウロは謎の気配がしないものには興味がないんだもの。
……でも、やっぱり私はそんな心無い行為や興味本位の行為には傷つくわ。当たり前の話だけど。
メールもまた然りで。クラスメイトから知らない人まで、手紙と同じように色々メールをもらうようになって。
だから携帯アドレスも変えて、ごくごく親しい友達と、あとはネウロにだけ知らせている。
手紙を読まないで捨てるわけには行かない。
もしかしたら依頼の手紙が混じってるかもしれないのだから……混じってたことはまだないけど。
「これも違う……」
新聞の切抜きを貼り合わせた脅迫文まがいの手紙。
馬鹿だの死ねだの悪口だけを何枚にも書きなぐっただけの手紙。
ため息しか出ない手紙を、次々読んではゴミ箱に捨てていく。
「んっ……?」
その中の一通の差出人の名前に、私の心臓は軽くはねた。
隣のクラスで委員長をしている男子だった。
この字には見覚えがある。だってすごく上手いんだもん。
学年で一、二を争う秀才で、サッカー部のレギュラーで、すごくすごくカッコよくて……正直、 ちょっと憧れてる人。
もちろんそれだけ素敵なんだから、学年中の女の子が目をつけていて、いつも取り巻きが沢山いて。
女子たちにキャーキャー言われてるんだけど……。
ドキドキしながら封を破ると、秀才らしく真っ白な便箋をきっちりと三折にしたのが出てきた。
それを開くと、すごく丁寧な字で……有名になって大変だろうけれども頑張って、とか。
君の事を応援しているという旨の、短い文章が書かれていた。
そして一番最後には、追伸として、一度話してみたいだとか、……彼はどうやら私が毎日学食を 利用していることを知っているようで、自分も時々学食を食べるから、そのときに話しかけていいか、と。
「うわっ、……これって……」
自分で自分の顔がにやけてくるのがわかった。
「……すっごい嬉しいかも……あはっ! もしかしてもしかて……むふっ……」



「弥子、何が嬉しいのだ?」




……頭の上から降ってきた声。
「ネ……ネウロっ」
振り仰ぐと、パソコンショップの紙袋片手のネウロが私の後ろに立っていた。
「やけに嬉しそうだな、弥子。いい謎でもあったか?」
「違っ……」
ネウロは私の手の中にある便箋に目をつけた。
「手紙? 依頼人か?」
ぱっと取り上げられ、ネウロがそれに目を通す。
「違うの、それは……その、隣のクラスの子が」
「ふん、……丁寧な字と文面、一見何ら差しさわりのない手紙に見えるが……違うな」
「えっ?」
ネウロが手紙をぱっと宙に放る。ボウッと火が付き、それはあっという間に灰になって床に落ちた。
「あ……ああっ! ちょっと、ネウロっ! 何するのよっ!!」
「弥子、こんな子供だましの手紙を見抜けなくて探偵が務まるか」
「子供だまし……?」
ネウロは紙袋をあかねちゃんのデスクの上に置くと、床に落ちた灰を踏みつけた。
「あの手紙の字からは、手紙を書いた男の欲望がひしひしと伝わってきたがな……そう、人間特有の生々しい欲望だ」
ネウロは口の端を少しだけ吊り上げ、にっと笑った。
私の心臓が、どくっ、と跳ねる。
ネウロは言った。
「弥子、この手紙の差出人の男は……貴様を犯したいのだ」
「……え?」
「こんな風にな」
次の瞬間。
私の体はソファに押し倒されていた。
「ちょっ、ネウロっ……!」
本当に瞬間だった。ネウロが私の上にのしかかって。私はネウロに組み敷かれていた。
「やめてってば、ネウロ、重いっ」
「馬鹿め、そんな簡単なこともわからずに喜んでいるとは……我輩に言われなければ、 貴様は明日にでも差出人の男に犯され、孕まされていたかもしれないのだぞ?」
「犯さ……そんなことないっ」
「手紙から男の残留思念を読み取った。その男は前から貴様に目をつけていたのだ。
そして貴様と性交をするチャンスをうかがっていた」
「……せ……せいこう……?」
ネウロの両手が、私の手首を掴んで……痛い。すごく、痛い。ぎりぎり、音がした。
「貴様に声を掛ける口実を考えあぐねていたようだ。いつもは取り巻きが多く部活も忙しく、 なかなかチャンスがない。しかし貴様が有名になり、好奇の眼差しに晒されていること知る。
声を掛けるに十分な口実が出来た……そして手紙を書いたというわけだ」
「ネウロっ」
「好奇の眼差しに晒されている貴様に、励ましの手紙を書く。そしてその中で、 前から一度話をしてみたかったと誘う。単細胞の貴様はほいほいとその言葉を文面のままに受け取り、 男に明日、学食ででも声を掛けられ、そのまま親しくなるだろう……そして」
「ん、ぅ……っ」
息が、出来なくなった。
私の唇に、ネウロの唇が重なって……キス、された。ネウロに。
「こうだ。後は、わかるだろう? 弥子」
「ばっ……な、何するのよ、ネウロっ! 私の、ふぁ、ふぁ、ファーストキスをっ……!!」
「ファースト? ……貴様のファーストキスなど一円の価値もない。 それよりも弥子。我輩に断りもなく、勝手に人間の男にうつつを抜かしおって。もし孕まされでもしたらどうする」
「はら……ど、どうって……」
「探偵業に差し支え、我輩が謎を食えなくなる」
「………」
ネウロにとって、私の存在価値なんて多分そんなもの。
そう、私は利用される身。
「人間ぐらいだと言うではないか。繁殖期以外に性交をするのは。弥子、貴様も同じか?」
相変わらず掴まれている手首が軋んで、痛い。
「違うっ……違うわよ、けどっ……」
「違わぬ。貴様も、あわよくばその男と懇ろになりたいと願っている。顔に書いてある」
「………悪い? だって私、年頃の女の子なのよ? 素敵な人に憧れて、何が悪いの? その延長線上に愛情としてそういうことがあったって、」
「悪い」
ネウロはきっぱりと言い切った。
「愛情? それが何だというのだ。弥子、貴様は我輩が謎を食うためだけの存在だ。誰のものでもない」
そのときの、ネウロの眼差し。
温かさのかけらもない、冷たい眼差し。
独占欲をそのまま形にしたような。





ネウロがひゅう、と口笛を吹いた。
開けっ放しだったドアがひとりでにバタンと閉まり、鍵がガチャンと掛かる。
上げてあったブラインドがシャッと一斉に降り、閉まる。
事務所の中が、とたんに薄暗くなる。





背筋が寒くなった。息が。息が、詰まりそうになる。
「ネウロ……?」
ドキドキ、心臓が早鐘を打つ。
やばい。
直感的に、思った。
「そんなに性交をしたいのなら、我輩がしてやろう」
ネウロはそう言って、それから……。




薄暗い事務所の中、ソファの上。絡み合う、私とネウロ。
「いやぁ、あっ、……ネウロ、っ!」
制服とブラはあっという間に脱がされ宙を舞い床に落ち、私の貧しい胸が、 くびれのない腰が、肌が、脚が……晒される。
「こんな貧相な胸を揉みたいだの吸い付きたいだのと思うとは、人間の男とはわからぬ」
ネウロは嘲る様に言い、手袋越しに私の胸を揉む。
頂点を摘み、苛めるように転がして。
「ん、あぅ……っ」
―――ネウロの手……すごく慣れてる……っ。
初めてのことなのに、無理やりなのに。私は感じていた。感じてしまった。
「弥子、貴様でもそんな色気のある声が出るのか。こんな貧相な胸でも気持ちがいいか?」
愛どころか、憧れも慰めもない言葉を投げかけるネウロに、私は翻弄されていた。
「……インターネットで見た裸の女どもは、大概が掴んで余るほどの胸をしていたがな……こうすると、どうだ?」
ちゅ、と胸に吸い付かれ、舌先で先端を転がされ、甘噛みされて。
「ひ・ああ……!」
白い喉を見せてのけぞって。両脚の間が、じゅんっと熱くなるのを感じる。
「ほう、……性感帯とやらはあながち嘘ではないようだな」
自分のものじゃないような声が自然と出てしまう。頭の中が、白く白く染まっていく。
ネウロはいつだか言っていた。魔界の生物は、人間のように雌雄の区別はないのだと。ある者は木の股から勝手に産まれ、 ある者は業火の中から産まれる。人間のような繁殖行動や妊娠期間は要しないと。
「ネウロっ……、」
「いいか、弥子」
「っ、……い、っ」
私は……ネウロの問いかけに、自然にうなずいていた。
「人間のことを調べた折に知って以来、一度試してみたかったのだ。性交というものを。魔界生物にはない行動なのでな」
ネウロは私の反応を楽しむかのように、時に驚くほどやさしく、時に荒々しく……私の全身をその手で開いていった。
腰のラインを優しく掌で撫でながら、両脚を開かされる。
「弥子、いい年をして漏らしたのか?」
「ち、が……っ」
唯一残ったショーツ。
その染みを指摘され、顔から火が出るほど恥ずかしくて……両手で顔を覆った。
「快楽を感じると濡れるというのはどうやら本当のようだな」
覆った両手の隙間から、そっと伺うと。あかねちゃんは気を使っているのかネウロの力なのか、壁の奥に隠れてしまっていた。
そして、床に落ちた灰の上に、私の制服がかぶさっていた。
「……あ、あっ」
お気に入りのコットンのショーツはネウロの手によってあっけなく引き千切られ、 誰にも見せたことのない場所を、私はネウロに見せてしまった。
「や、っ」
「……まるで別の生き物が蠢いている様だ」
ネウロはまじめな声でそう言うと、そこへ……私の両脚の間へ……顔をうずめ、そして。
「ア・っ」
ピチャピチャ、仔猫がミルクを舐めるように。ネウロがそこを、舐め始めた……。
「ネ……ウロ、ぉ」
それは胸のときよりももっと気持ちよくて……声が、裏返ってしまう。
「……不思議な味がするな、弥子」
長い舌が、丁寧に私のそこを舐めていく。私の中から溢れてくるジュースをネウロは舐め、ごくりと飲み込んだ。
「弥子から溢れてくるこの蜜。謎ほど美味ではないが……悪くはない」
濡れた音が、私の声が。
狭い事務所の中に、響いている。
「あ、あ、あ、……ネウ、」
「弥子、蜜がどんどん溢れてくるぞ」
開かされたはずの脚をいつの間にか自分で大きく開いて。
恥ずかしくて、両手で隠していたはずの顔は真っ赤にして汗をかいて。
顔を隠していたはずの両手で、貧しい自分の胸を揉んで……。







「ネウロ、駄目、駄目、も、あ、あ、――――――――………・ッ!」





目の裏でフラッシュが光る。体中の何かが逆流する。
気持ちよかった。とてつもなく。
大きく仰け反って、あられもない声を上げて……意識は、そこで途絶えた。






「……弥子、時間だ」
耳元で囁かれた甘い声に、まどろみから目を覚ました。
「ん、あ……」
目の前には、ネウロ。
「起きろ、もう時間だ」
「あ、ああっ」
あわてて起きると、私はソファの上。
いつの間にか制服は着せらていて……破れたはずのショーツも元に戻っていて。
あかねちゃんも出てきていて、ブラインドは上げられ、照明も付いていて。
窓の外は、すっかり夜になっていた。
「出版社の車がもう下に来ているらしい。今さっき吾代から連絡があった」
「あ、……そうなんだ」
時計を見ると、もう7時前。
『私、ネウロとあんなこと……』
さっきのこと。ネウロとのことを思い出しただけで、胸が……やばい。すごい、ドキドキする。
「あんなことでよければ、我輩はいつだって相手してやるぞ、弥子」
「え、……っ」
「貴様を人間の男にとられては、我輩は謎を食えなくなるからな」
「………さいですか……」
当然といえば当然の答えにがっかりしながらも。両脚の間が、まだじゅん、と熱かった。




所詮、そんなもの。
ネウロにとって、私なんて。





「床の掃除をしておけ、弥子。汚れているぞ」
ネウロが床を指差した。見れば床が黒ずんでいる。
それは灰だった。欲望が隠された手紙の、成れの果て。
「……うん」
私は箒とちりとりを出して、その灰をゴミ箱へ捨てる。
「貴様は我輩のものだ、弥子」
ネウロが私の耳元で、又囁く。
私はただ、その言葉にうなずくことしか許されない。
「貴様が欲しくなれば、また可愛がってやろう。さっきのように。だから人間の男なぞ、視界に入れてはならぬ」
優しく耳朶を撫でられ、背筋がぞくぞくした。
「わかった、ネウロ……わかったわ……」
私は目を閉じ、諦めとともに淫らで僅かな期待を込めてうなずいた。




隣のクラスのその男子は次の日、突然行方がわからなくなった。
朝起きたら寝ていたはずの布団から忽然と消えていて、手がかりは何もないとか……警察に捜索願が出され、うちの事務所にも依頼が来た。
けれどネウロが断った。謎の気配がしない、と一言言ったきりで。……ネウロはそれしか言わない。でも私にはわかる。それはきっと、……ネウロの仕業。 謎も何も、ネウロがどこかへやってしまったんだもの。
あの子はきっと今頃、灰になっているんだわ……。あの手紙と同じように……。
そして私は時折、ネウロに”相手”をしてもらっている。




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