『明け方の夢』
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明け方に見た夢は、正夢になる……らしい。
「オレさー、……昨日変な夢見ちまって」
「どんな?」
衣替えの次の日の朝、学校へ行く道すがら。ツナが溜息混じりに言った。
オレはどちらかといえば、あんまり夢は見ないほうだ。熟睡するタイプだ。
「夢の中でさー、オレの父さんが山本なんだよ」
「……へっ、」
やばい。声、裏返っちまった。
っつか、なんだよその美味しい夢は。ツナの親父ってことは、まさかオレと奈々さんが……ふ……夫婦?
「十年くらい未来っぽいんだけど、オレが家に帰ると、山本がオレの父さんになってんだ。母さんは、オレの母さんそのままで」
「なんだそれ、……変な夢だな、ハハハッ」
わざとらしく精一杯笑ったけれど、実際オレの心臓は早鐘を打っていた。
そんなおいしい夢……何で俺が見れなくて、ツナが見れるんだ?
「でさ、飯食ってんだけど、山本がオレの母さんに『母さん、おかわり』とかフツーに言ってんだよ。母さんも、『はい、父さん』とか言っててさー」
「へぇ〜〜そ、それで?」
「それでさー、山本がオレに『ツナ、仕事はどうだ? もう慣れたか?』とか言って……母さんは『お給料は無駄遣いしちゃ駄目よ』とか言うしさぁ」
「そ、それから?」
「いや、そこで目が覚めたんだけど……」
「あ、あっそ……」
―――なんだ、そこで終わりかよ。
どうせなら最後まで見ろよツナ。友達甲斐の無い奴だな。何が最後かって? それを言われると困るけど……。
「妙にリアルな夢でさ、その上明け方だぜ? その夢見たの」
溜息を所々で吐きながら、ツナは何に疲れたのかぐったり、といった様子で。
オレはドキドキしながらも、それをツナに悟られまいと笑顔を必死に作る。
「明け方がどうかしたのか?」
「ん? 明け方に見た夢って、正夢になるって言うだろ?」
―――マジでか。
「へぇ〜、そうなのかぁ」
「そうなのかぁ、じゃないって……山本」
「何だよ、ツナはオレが父親じゃ嫌か?」
「嫌とか嫌じゃないとかいう以前の問題だろッ! オレと山本と同い年だろッ」
「あ、そうか」
……我ながらわざとらしさ爆発。
「ホントになったらどうしようとか、オレ考えちまってさ……」
「ま、まさか……ハハハッ」
そのまさかを、俺実は願っているんだけど……。
ぐったりした様子のツナを励ましながら(励ますというのも変な話だけど)、オレは正夢後を思い描いてみる。
十年後。
奈々さんと、オレは夫婦になって。
ツナは当然オレの息子になって……まぁ、その時にはもうツナも社会人になってるだろうし、一人暮らしをさせるという名目で追い出す(ひでぇ)。
その、あの家で、……新婚生活、ですか。表札は『沢田』から『山本』に変えて。
当然部屋は同じで、布団も同じで……ダブルベッド……だよな。やっぱり。うん。お揃いのパジャマとか奈々さんは嫌がるだろうか。それから……朝は勿論奈々さんに起こしてもらって(自分で起きれるんだけど)、奈々さんの手作りの味噌汁飲んで、行ってきますのキ……キ、ス、を、して……。
「……山本、山本ッ」
「あ?」
「鼻血出てる……」
「―――あ。」
気が付くと、オレの白いカッターシャツの胸元は血で染まっていた。
「やべっ……もう着替えに変える時間……ねえな」
「保健室に代えの制服あるはずだから、ちょっとかっこ悪いけどこのまま行こうぜ」
「あ、ああ……そうだな」
「ったく。はい、ティッシュ。拭けるトコだけでも拭けよ」
ツナが鞄からポケットティッシュを取り出して渡してくれた。……その仕草、物を人に渡す時の仕草は、当たり前だけど奈々さんに似ていた。
ツナは鼻血の理由を聞いてはこなかったけれど、我ながらカッコ悪ぃ……。
胸元血だらけで、鼻にティッシュ詰めて。オレはツナと学校への道のりを急いだ。
明け方の夢は、正夢になるとか。
正夢になるためには、何はともあれ第一歩を踏み出すことが大事なんだよな。
まずは奈々さんへの愛の告白から……だな。
その一歩は、いつにしよう?
(END)
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