『初デートはドライブで』






「すみません、奈々さん。買い物の途中なのに……」
「いいのよ、どうせ駅の向こうの生協に行くつもりだったんだし。それに、あんなに必死な顔で自転車漕いでる武君見て、放っておける訳無いでしょ」
少しだけ足元が支える助手席で、オレは隣でハンドルを握る奈々さんの横顔を見た。
奈々さんにはパステルカラーがよく似合う。
パステルカラーのポロシャツとカプリ、綺麗というより、可愛いといった方が正解だ。
そして奈々さんが運転するのは、パステルカラーの軽のワンボックスカー。





今日は日曜日で、午後からは対校試合があって、オレは試合会場である相手校に向かっている途中だった。
午前中は親父の店を手伝ってた。日曜は配達やら持ち帰りやら注文が多いんだ。今日は特に多かった。
普段は練習ばっかりであんまり手伝えないから、たまには手伝うか、試合は午後からだし……とか思ってやってたら、あっという間に時間は予定を大幅に過ぎ、 時計をふと見るともう遅刻ぎりぎりだった。オレは慌てて自転車に飛び乗って、必死で漕ぎながら駅へと急いだ。
漕ぎ続けること10分。ショッピングセンター前の交差点で赤信号に捕まっちまって。
あーここの信号長いんだよなーっつか長すぎるんだよ。もうこれじゃ駄目じゃん、遅刻決定だ、って諦めかけてた時。
『あら、武君じゃない?』
声を掛けられて、振り返るとパステルカラーのワンボックスカーが停まってて、窓からひょっこり顔を出したのが……奈々さん、だった。
『急いでるのね? 野球の試合? 送っていってあげるから、ホラ、乗って乗って』
奈々さんは俺を見て言わずとも全てを察したらしい。自転車は直ぐそこにあったコンビニの裏に止めて、俺はすみませんを何度も繰り返しながら 奈々さんの運転する軽四に乗り込んだ。そして、今に至る。






奈々さんの車に乗れてラッキー、と思いながら、俺は助手席でそわそわしていた。
この狭い空間の中に、今オレと奈々さんは、その。
ふたりっきり、な訳で。
そんな当たり前のことに、柄にもなくドキドキしてる。やべ、心臓の音がでっかくなってる。
「武君」
「はっ、はい」
「足元支えてるわよ、シート後ろに下げて良いわよ」
「あ、はい、すみません」
「ごめんね、そこいつもツナが座ってるから」
ああ、そうか。ここはツナの指定席なんだ。このシートはツナに合わせてあるんだ、と今頃になって気づいた。
ちょっとだけシートを後ろに下げて、背凭れも倒した。頭も天井に支えそうだった。
後部座席をちょっと見ると、奈々さん家の近くのスーパーの袋があって、パン粉と卵と、ひき肉のパックが顔を覗かせている。
今夜はハンバーグかな。いいなぁ、ツナ。奈々さんのハンバーグってどんな味なんだろうな。
「あ、そうだ、武君」
バスの営業所前の信号で停まった時、奈々さんは後ろ手に、パン粉と卵とひき肉のパックが入っているスーパーの袋をごそごそと漁り、 500ミリリットルのスポーツドリンクを取り出して、オレにどうぞと渡してくれた。
「飲んで」
「え、いいんですか」
「いいわよ、遠慮しないで。セール品だけどね。……喉渇いたでしょ」
「はい……いただきます」
奈々さんから貰ったスポーツドリンクのキャップを開け、一口ゴクリ。
少しだけ塩気のある甘いドリンクは、自転車漕ぎすぎてすっかり渇いていたオレの喉を潤す。
傍から見たら、俺たちはどんな風に見えるんだろう。
恋人……は、やっぱり無理かな。親子に見えてるかな。
駅までで良いって言ったのに、奈々さんはこっちの方が早いでしょ、と、相手校の前まで俺を送っていってくれるという。
遅刻ぎりぎりが一転、多分俺が一番早く着いちまう筈だ。皆、駅から電車とバス乗り継いで行くって言ってたから。
本当はこれ、ローカルルール違反なんだけどな。
基本的にうちの学校は、どの部活もよほど特別な理由が無い限りは、対校試合や各種大会は生徒に自力で行かせるというスタンスを取っている。
保護者の送迎は負担が大きい上に、度が過ぎることが多いからだそうで。
まぁ、これは「よほど特別な理由」に……入るよな、多分。うん。入る筈。っつか、入れ。
ああ、珍しく親父の店手伝った、そのご褒美だろうか。これは。……神様も、たまには粋なことをしてくれるもんだ。
奈々さんと、30分弱のランデブー。初デートはドライブだ。よし、今日は記念日だ。
可愛い横顔をちらちら見ながら、俺は思った。
「この次の信号を左よね?」
「あっ、そうです。で、曲がってずーーっとまっすぐ行くと、右手に見えるんで」
「了解……」
カメラ屋の角を曲がり、片側4車線の国道から県道に入って、住宅街を速度を落として進むと、目指す相手校の高いフェンスが見える。
「あ、あったあった。あれね?」
「……はい、」 それは、オレの目的地であると同時に、デート終了の目印。






「本当にすみませんでした、奈々さん。ありがとうございます」
「いいのよ、気にしないで……頑張ってね、武君。ホームラン、打ってね?」
「……はい」
校門前で下ろしてもらって、バックを背負い、奈々さんと頭を下げる。
まだ奈々さんと一緒にいたい気持ちを抑えて作り笑いを浮かべるオレと、オレの気持ちなんてきっと知らないで、無邪気に笑いかける奈々さん。
「じゃあね、また遊びにいらっしゃい」
パステルカラーのワンボックスカーは、元来た道を軽やかに走っていって、そして見えなくなった。




「……今日はホームラン、打ってやらぁ」
奈々さんの車に手を振りながら、今日は奈々さんにささげるホームランを打とう、と俺は心に誓った。
初デート記念のホームランを。




(END)





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