『お見舞いの花。』(山奈々)
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風邪なんか引いたの、久しぶりだわ。
「母さん、ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ?」
ベッドに横になると、ツナが心配そうに覗き込んでくる。
今日が土曜日でよかった、と思う。
「ん、ありがと……ツナ。……ランボ君達は?」
「あぁ、リボーンもランボもイーピンも、ビアンキが連れ出してくれてる。たぶん公園じゃないかな。家にいると五月蝿くするだろ? あいつら」
「……そ、悪いわね……」
「洗濯も俺がやるし、飯は皆で外で済ませるから、母さんはおとなしく寝てるんだよ? いい?」
「はいはい、分かってるわ」
「チューブゼリー、置いとくから。薬もちゃんと飲んで、ね?」
「分かってるって」
いやぁね、まるでこれじゃ私が子供みたい。
ツナは加湿器のスイッチを入れ、枕元にチューブゼリーとお薬を置いて、部屋を出た。
「……大きくなったものねー」
すっかり頼れる息子になっちゃって。
普段はドジばっかりだけど、こういうときに頼れるのは根がしっかりしている証拠なんだわ、きっと。
―――頭も痛いし喉も痛い。
「駄目ねえ、もう……あー、夏風邪なんて何年ぶりかしら」
身体は節々が痛くてだるいし重い……。
……まぁ、ツナが色々と仕切ってくれることだし。
安心して目を閉じると、あっけないほどあっさりと眠りに落ちてしまった。
「……さん、……さん」
誰かが呼ぶ声。
「ん、……」
その声に、意識はゆっくりと眠りの深い海から浮き上がってきて。ふわふわ。そう、ふわふわと。
「誰、……――?」
重い瞼をようやくの思いで開く。視界が定まらない。ああ、コンタクト、さっき外したんだっけ。
「ん、」
目を細めて、焦点をあわせると。
私を覗き込む、優しい顔がそこにあった。
「お見舞いに来ました」
「……武君?」
優しい顔の主の名を、疑問形で口にした。
「はい、」
武君は嬉しそうにうなずいた。
「ツナから。奈々さんが風邪引いたって聞いたんで、すっ飛んできました」
「あら、……」
「ツナや獄寺の姉貴やチビたち、今うちの店で飯食ってますんで……これ、お見舞いです」
武君が差し出したのは、一輪のガーベラの花。
「……綺麗、とっても」
差し出されたその花の匂いをそっとかいでみる。
「ツナが、奈々さんこの花が一番好きだって言ってたんで」
「ありがとう、……武君」
もっと武君とお話したかったのに。
ああ、……駄目。薬が効いているんだわ、眠気が……。
「……さん、どうかゆっくり休んでください、そんでもって早く治って……」
瞼が自然に閉じてしまう。武君の顔が視界から消える。……瞼、開こうとしても開かない。
そして意識はまたゆっくりと深い海の底へと沈んでいって。
「……ん、おやすみ……」
遠くに聞こえる武君の声。
右の頬に熱いものを一瞬だけ感じて、私はまた眠りに落ちた。
それから数日後、私はすっかり元気になって。
「ツナ、今夜は何がいい?」
いつもと変わらない日常が戻った。
騒がしさは相変わらずで、でも私が寝込んでツナたちはちょっとだけありがたさを分かってくれたのか、
前よりもお手伝いを進んでしてくれるようになった。
そして窓辺には、一輪のガーベラが、元気になった私を見守ってくれている。
武君の、お見舞いの花。
右の頬は、あの日からなぜかまだ熱いまま。
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