『タルト』






「ママンなら居ないわよ、ツナとお買い物よ」
インターホンを押す直前、後ろから声を掛けられた。
耳慣れた声に振り返ると獄寺の姉さんが立っていた。
「それ、お土産のつもり? 山本武」
「え? あ……ああ。」
獄寺の姉さんが指差した先には俺の右手。
俺の右手には、この間駅前に出来た美味しいと評判のケーキ屋紙袋が下がっている。
「ケーキなんて、山本武っぽくないわね」
「……いや、うちに出入りしてる卵屋さんがさ、この店にも卸してるんだよ。そいで割引券貰ったから……まぁ、付き合いって言うか」
「あら、そ。……それ、預かっとくわ」
「ああ……頼む。帰ったらツナたちと食ってくれ」
俺は紙袋を差し出した。
悟られまいと、ツナたち、ってところをちょっと強調して。 獄寺の姉さんは紙袋を受け取ると、その場にしゃがんだ。
そして膝の上に紙袋を置くと直ぐに、中身を確認……するか? 普通……しちまってるけど。
「ちょ、ちょ……」
「なぁんだ、イチゴのタルト」
紙袋の中身は、その店一番の人気商品・イチゴのタルト。それも、ホールで。
「なぁんだって……それ、その店の一番人気なんだぜ?」
割引券使っても結構高かったし予約したし奮発したってのに。
箱のふたを閉めながら、獄寺の姉さんは俺を見上げてしたり顔で言った。
「ママンはイチゴのタルトより、ラズベリーのタルトの方が好きなのよ」
「へっ……?」
「イチゴのタルト、食べないことも無いけどね……覚えておきなさい、山本武。ラズベリーのタルト」
「ラ……ラズベリー?」
「そう、ラズベリー。ラズベリーよ、山本武」



イチゴのタルトを獄寺の姉さんに預け、軽くなった右手を振って、俺は家へ続く道を急いだ。
「……奈々さんはラズベリーが好き、か」
ラズベリー、ラズベリー、ラズベリー。
いい事を聞いたな、と思ったその後で、何で獄寺の姉さんがそんなことを教えてくれたんだろうと考えた。



……ばれてる? もしかして。




(END)





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