『艶めいた唇』




「これからパーティーなの」
教皇庁の廊下で会って、開口一番、貴女の台詞はそれだった。
まるでこちらの手口を読んでいるといわんばかりに。いや、確かに貴女と会った瞬間、真っ先に目に付いたのはそれだったし、 一通りの挨拶を済ませた後、そのことを是非貴女と話したいと次の瞬間に思った。
艶めく色の唇。普段は歳相応に、―――見に纏うものは流石に資産家であるから高価であれど―――その肌にも唇にも、なにも手を加えないのを身上としていたのに。
今日の貴女は、艶めく色の唇をしていた。
身に纏うドレスは目も覚めるほど豪華絢爛。裾は赤い絨毯に水中花の如く広がり、胸元は心配なほど開き手にした小さなハンドバッグはキラキラと照明を反射する。
「は……」
パーティーなのも何も、オレはまだ挨拶もしていない。
しかしオレは……アテナご機嫌麗しゅうもお美しい装いでも、分かりましたも、ついでにいってらっしゃいませをもごったにし、短く返事をして恭しく頭を下げるのがやっとだった。


「辰巳、参りましょう」
オレに言い訳を言うためだけに足を止めた貴女は、潤んだ眸を細めてそれに答え、後ろにいる忠実な執事に振り返る。執事と共に、また歩き出し角を曲がりオレの前から姿を消す。
忙しいのだと、背中に書いてあった。
角を曲がり赤い廊下の行き止まりの扉を開けると、貴女は女神の化身から財団の総帥へと変身してしまう。





艶めいた唇。
普段と違う、貴女の唇。
一体どんな味がするのだろう。


……味わってみたいものだ。

(END)






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