『HONEY MOON』




自慢じゃないが、飛行機に乗るのは慣れちゃいない。
聖域の財布の紐が硬い云々以前に俺は黄金聖闘士。
陸続きなら自分で移動した方がよっぽど早い。


そういうわけで、機上の人となった今の俺はひどく落ち着かない。
乗り慣れていない上に、ましてやファーストクラス。
直通がないから、スイス経由。
そして、アテナと二人なのだ。


「……落ち着かないのね、ミロ」
ゆったりとしたシートに身を預けられたまま、アテナは閉じていた瞳を開いて俺に微笑みかけて下さった。
「少し、」
もう周りの客は皆眠っていたが、俺はどうも落ち着かず、
まだシートを倒さず小さな窓から代わり映えのしない雲の上の風景を眺めていた。
「そんなにそわそわしなくても、無事に日本に到着するわ」
「そうだとよろしいのですが……」
いつもアテナの後ろにいて、星矢達をしょっちゅう怒鳴りつけているあの禿頭の執事は、
財団の大事な仕事があるとかでアテナをギリシャに残し、一足先に日本に帰ってしまった。
それ故、幸運なことに(と言っていいんだろう)、俺がアテナを日本にお送りする役目を仰せつかった。
あの男はアテナの後ろをついてまわって怒鳴り散らすだけが仕事じゃないんですね、と俺が言うと、
アテナは「ああ見えて、辰巳は財団になくてはならない人なのよ」と仰った。
着慣れないジャケットとか履きなれない革靴とか。座りなれない心地よいシートとか。
落ち着かない理由は色々ある。それでも、一番の理由は……アテナと二人というその事実。
こんなにも堂々とアテナと並んでいられる。誰の目も気にしなくていい。
いつもみたいに、聖域の物陰でこそこそ会っている時とは勿論違う。今は、仕事だ。あくまでも、仕事。
アテナを無事日本に送り届けるのが俺の仕事。送り届けたら、日本にいる紫龍達がアテナを護衛することになっている。


「……いつもこんな風だといいのに」
薄い布団から出た白いアテナの手が、俺の手に触れる。
「えっ」
「いつも、ミロが日本に送ってくれればいいのに」
「アテナ……」
「だってこんなに堂々と二人でいられるんですもの」
指が絡んでくる。心臓が、跳ねた。

どんなに足掻いてみたって、主従の関係は崩れることはない。
痛いほど分かっている。彼女はアテナで、俺は聖闘士で。
「ミロ……日本につくまで、”あの時”みたいに呼んで?」
絡んだ指。俺も指を絡める。
「はい、アテナ……いえ、”沙織”」
俺が答える……あの時……二人で会うときの呼び方で呼ぶと、沙織は笑った。
堂々としていられるこの時間、例えかりそめでもいい。二人だけの時間を、楽しもう。
他愛ない話を少しして、やがて俺もシートを倒した。
眠る準備をする俺に、そうだ、寝る前にいいことを教えてあげる、と沙織が目を輝かせた。
「さっきね、アテネの空港の待合室で、知らない人に声をかけられたのよ。ほら、ミロがお手洗いに行っている時」
何を聞かれたのか、と俺が尋ねると、沙織は思い出し笑いをしているようで……ふふ、と軽く笑って、そして、言った。
「あのね……『あなたたち、ハネムーンですか?』って」
「…………何て、答えたんです?」
「Ναι(はい) って!」
沙織は肩を揺らして笑った。俺も笑った。
「……じゃあ、これはハネムーンってことにしましょう」
「そうね、そうしましょう」
俺は沙織の頬に、キスをした。
(END)










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