『退屈な留守番』
|
『遅くとも夕方には戻る』
朝食の後、春麗の額にキスを一つくれるとデスマスクは出かけていった。
連れて行って、という春麗の願いは聞き入れられなかった。
静かな部屋に、ただ一人。
テレビをつけても、言葉が分からないから面白くない。だから一人のときは見ない。
カウンターにデスマスクが積み上げたままの新聞とタブロイド誌。写真だけを眺めた。
「……暇……」
ロココ調のソファに横になり、春麗は呟く。
留守番にはもう慣れてしまった。慣れすぎて、退屈だ。
デスマスクは仕事だ何だといっては、よく出掛けてしまう。
今日デスマスクが出かけたのは仕事ではなく、前にデスマスクが住んでいたという家を売り払うためらしい。
春麗とこのアパートでの暮らしを始めるにあたって、デスマスクは以前住んでいた家を引き払い売りに出した。一昨日買い手がついたのだという。
「荷物の片付けでもしようかしら……ああでも……駄目よね、やっぱり」
片付ける荷物はまだあるにはあるが、それは全てデスマスクのものだ。
リビングの隅に積まれているボール箱は、デスマスクの私物ばかり。勝手に触っていい訳はないだろう。
春麗のカバン一つ分しかなかった荷物は、このアパートに着いた日にすぐに片付いてしまった。
昼食にはまだ早い時間だった。
出掛けたいと思ったが、一人出掛けるのはまだ不安だ。
このあたりはいわゆる裏町で、慣れない余所者が一人歩きするのはあまりよくないとデスマスクに言われている。
実際、風体の良くない若者が、よくアパートの前の路地をうろついたり、夜遅くに騒いでいる。
尤も、外に出たところで言葉は片言、店に入っても買い物が出来るかどうか。
この島のことはまだ、エトナの火山くらいしか知らない。
デスマスクがいなければ、外に出ることもままならないのだ。
「……デスマスク、早く帰ってきて」
伏せた瞼の裏には、アパートを出て行くときの、青いシャツの後姿が浮かぶ。
「寂しいわ、とっても……」
呟くと、春麗はシフォンスカートの裾をそっと捲り上げ……その中に、己の手を這わせた。
「ん、」
眉根が軽く寄る。
昨夜、夕食の後デスマスクがここで春麗にしたように。
春麗の手は白く細い己の太腿をたどり、焦らすようにゆっくりと……コットンの下着へと至る。
「ぁ……ッ」
生地の上から割目を指でなぞった瞬間、春麗の口から切ない声が零れて落ちた。
もう片方の手は、カットソーの上から、まどかな胸を弄っている。
己のする行為でありながら、じれったさに春麗は身体をくねらせる。
「あぁッ、ん、……ぅ……ッ」
色気を帯びた声が次から次へと溢れる。
衣ずれの音。ソファが軋む。
春麗の脚は、いつしか大きく開かれていた。
やがて下着の脇から指が、そこへ直に触れる。粘液を絡ませながら、柔らかな襞と堅い淫芽とを行き来する。
「ぁああ……も……もう・んぅう……」
言葉にならぬ言葉で、己自身に哀願しながら春麗はヒトリゴトに耽った。
立ち込める性臭。粘性の音。
ソファの上、衣服を乱し、脚を開き汁を垂らし、穴という穴を晒し。
昨夜、ここでデスマスクにされたことを思い出しながら。
卑猥な言葉を口にしたこと。その言葉を口にしながら、デスマスクの前で脚を開いたこと。
デスマスクのモノを頬張ったこと。
モノの先端から迸った白濁を飲み込んだ時のほろ苦さと熱さ。
沢山のキス。そして、デスマスクの上で自ら腰を振り、泣きながら共に果てたこと。
「――早く……帰ってきて……ぇ……ッ、デスマスク……」
己の中を指で狂ったようにかき乱しながら、春麗はデスマスクを待ちわびた。
「思ったよりも早く終わったな」
デスマスクは古びたアパートの階段を登っていた。
以前住んでいた家は、思ったよりも高値で売れた。
契約を済ませ、デスマスクの足取りは軽い。
「……きっと退屈してるだろうな、アイツ」
退屈してたのよ、とお帰りよりも先に頬を膨らませる春麗の顔を思い浮かべ、デスマスクは一人噴出しそうになる。
部屋の前に立ち、デスマスクは鍵穴に鍵を挿し、回す。
扉の向こうでは、春麗が待っている。
デスマスクの帰りを。そして、デスマスクに抱かれる時を。
(END)
|
戻る