『薔薇園』




「ねぇ、これも薔薇なの?」
双魚宮脇の薔薇園。
朝の空気は怖いくらいひんやりとしていた。
朝靄の中、咲き乱れる薔薇の間の僅かな通路を歩きながら、沙織は朝露に濡れる花に手を伸ばす。
「ええ、それも薔薇です。ここには薔薇しか咲いていませんから」
ここは正真正銘の薔薇園です、と沙織の後を歩くアフロディーテは胸を張る。
教皇の間を始め、聖域の各所を飾る花は全てこの薔薇園で栽培された薔薇と決まっている。
季節ごとの行事に色を添え、神官の行う儀式にも必ず用いられる。
赤、ピンク、黒、紫……色も形もとりどりの、世界中の薔薇。
「それはオールドローズの一種……いわゆる野生種の薔薇です。花束によく使われる薔薇とは形が少し違うでしょう」
「詳しいのね、アフロディーテ」
「ここは私の薔薇園ですよ、アテナ」
「ふふっ……そういえばそうだわ。じゃあ、あれは何ていう薔薇?」
「あれは、」
沙織が矢継ぎ早に質問する。あれは何? これは何? と。
アフロディーテは沙織の質問に澱みなく答えた。



朽ちたドーリア式の柱につる薔薇が絡む。
沙織の髪に、アフロディーテは手折ったばかりの一輪の薔薇を飾った。
「ありがとう、アフロディーテ」
「よくお似合いです」
アフロディーテは目を細めた。
派手な色形の薔薇ではなく、どちらかというと地味な薔薇だ。
白く小さなその薔薇は、アフロディーテにとって思い出のある薔薇だった。
「アテナは覚えていらっしゃらないでしょうけれど、この薔薇は最初にあなたに捧げた薔薇なのです」
「……私に?」
「ええ。十三年前、降臨されたばかりの、まだ赤ん坊だったあなたに、私はこの薔薇を捧げました」



『この方がアテナの生まれ変わりだ、アフロディーテ』
十三年前、アテナ神殿の奥の間。
教皇に促され、まだ少年だったアフロディーテは恐る恐るラタンのヨーランを覗き込んだ。
すやすや眠る赤ん坊のアテナ……沙織はまるで天使のようだった。
戦いの女神とは程遠い気がした。
『アテナ、ご降臨おめでとうございます』
アフロディーテは沙織のマシュマロのようなほっぺにキスをし、小さな束にした薔薇をそっと捧げた。
その薔薇は、アテナにとって今生初の捧げ物でもあった。



あの時と同じ薔薇を、また沙織に捧げた。
「そうだったの……知らなかった」
沙織の手が、髪に飾られた薔薇に触れる。その手に、アフロディーテの手が添えられる。
「ここにある沢山の薔薇の中で、私が一番好きな薔薇です」
その薔薇は沙織によく似合っていた。
「この薔薇は小さくて決して派手ではないけれど、力強く咲き、荒れた地にも根を張り彩るのです」
アフロディーテは言った。
それは数々の艱難辛苦に耐え、世を光に導く女神の化身に何処か似ている。
十三年前、降臨したばかりのアテナの化身に薔薇を捧げよと命じられ、悩んだ挙句にアフロディーテが選んだ薔薇。
「まるであなたのようだ」
アフロディーテが目を閉じ、顔を近づける。沙織も目を閉じた。
唇が触れ合った。


(END)





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