『オンリー・ワン』




この女がつれないのは、今に始まったことではない。
誰のものにもなりませんから。この女は始めて私に身体を預けた夜、そうはっきりと私に告げたのだ。
それでかまわないと了承したのは私自身だ。
私が知るもの、私の知らないもの。この女は多くの男に抱かれている。
それでも時折、嫉妬の念に駆られそうになる。あちらは遊びのつもりでも、私にはただ一人の相手。
この女にとっての私は、ワン・オブ・ゼム。私にとってのこの女は、オンリー・ワン。
私がこの女のオンリー・ワンになるには、一体どうすればいいだろうか？




「待て、ムウ」
褥から出てゆこうとする白い身体を、寝たままの私の腕が引きとめた。
ムウの細い手首を握る。振り返るその顔は、冷ややかなものだった。
「もう行くのか」
「ええ、あの子を迎えに行かなくては」
あの子、とはムウの一番弟子だ。
弟子といいつつ、この女はまるで自身の弟か子供のようにあの弟子の世話を焼く。
「弟子など放っておけ。目と足と口があれば何処からでも戻ってくる」
身を乗り出し、ムウの手を引く力を強くするとムウがベッドに腰を下ろす。
「でも」
「君はつれないな、この頃」
私は横に寝直すと片腕を枕にし、もう片腕をムウの腰に回した。豊かな腰のラインは幾ら触っていても飽きることがない。
「いや、今に始まったことではないか……」
「よくおわかりで」
腰まであるムウの髪が、私の頬を擽る。
「今度の男は誰だ？　新しく入った雑兵か？」
私がつけたものではない名残が、太腿と腰の境目にある。
色濃いそれはよほど強く吸われたものだろう。
「それとも、城戸のお屋敷のSPか……？」
軍隊崩れの新入りの雑兵数名はどれも屈強な大男で、この女が好みそうな精悍な顔立ちをしていた。
城戸のお屋敷にいるSP達も、日本人にしては上出来な体躯をしていて、体術に長け、青銅くらいならつとまりそうなのも何人かいる。
この前私と共に女神の警護のために城戸のお屋敷を訪ねた際、SP達の間でムウは注目の的だった。
「ふふ……さぁね」
ムウは曖昧に笑って、明言を避ける。
「ムウ、君が誰か一人のものになる日は来るのかね？」
「私が？」
「そうだ。たとい君にそのつもりはなくとも、君が誰かのものになる事は有り得るのだろうか……」
「そんなの、あるわけない」
ムウは私の言葉を一笑にふした。
随分な自信だ、と私は呆れを通り越して感心さえ催した。
「そうか、しかし……例えば、だ」
私の腕は相変わらずムウの腰に回されている。その腕を緩め、掌を……ムウの下腹へと軽く当てる。
「ここに、誰かの子を宿した場合は？」
ムウもまた生身の女だ。白い肌の奥深くに、女としての器官がある。
月の内数日はやけに不機嫌だったり、求めてもそっけなく断られるのはそこが機能しているからだ。
「……小さいが尊いその命、君は一体どうするのだね？」
重ねて尋ねたが、答えはない。
「地上を、人々を守る女神の聖闘士ともあろうものが、わが子の命を無碍にするものかね」
追い討ちをかけたつもりだが、ムウは答える代わりに、宛がった私の手を退かした。
「もう行かなくては」
「ムウ、」
「シャカ。あんまりしつこいと、私もう来ませんから」
不機嫌を露骨に表した声だった。ムウはすっと立ち上がり、床に落ちた衣服を拾い上げて上へと放り投げる。
衣服が一瞬消えたかと思うと、次の瞬間にはムウの身体を覆っている。
「それでは」
軋む扉を開き、ムウは私の屋敷を後にした。
「まったく、あれは我侭な女だ」
私は天井を仰いだ。
ムウは避妊は好まない。中で出されるのが好きだなどと甘えた口調で言うのだ。
今日だってそうだ。たっぷりと子宮の奥まで注いでやると、涙を流して善がっていたではないか。
なのにああいうことを……可能性がないでもないことを問い詰められて言葉に詰まるのは、 私が指摘したことが図星だからだろうか？　その先を考えてはいないからか？　それとも……？




「私の子を孕ませたら、あの女は私のものになるだろうか？」
私は部屋の隅のテーブルを見遣る。空のグラスが二つ、そこにはある。
行為の前にムウと共に飲んだ、軽い酒。彼女が飲んだ酒には、内緒で薬を混ぜてあった。無味無臭の薬だ。
空になったグラス。空になった、グラス。
ムウは美味しそうに飲んでいた。



酒と混ぜた孕み薬の効果は、いかばかりなものか。



ムウが血相を変えて私の屋敷に駆け込んできたのは、それからひと月半後のこと。
「シャカ、……私……」
ムウは涙で頬を濡らしていた。下腹に手を当て、絶望に満ちた顔をして。
「私……、私……」
ひと月半前のあの余裕は、もう何処にもなかった。


さぁ、これでこの女を手に入れられるだろうか？
「どうしたのだねムウ？　いったい、何を泣いている？」
私はわざとらしいほど優しく、ムウの肩に手を置いた。
薬の効果はあったようだ。

（END)





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