『The night guard』


夜風が心地よい。しかも今宵は満月だ。
聖衣を身に纏うと、私は夜の見廻りに出かける。眠い目をこすりながら、私の代わりに宮を守る貴鬼に良く言い聞かせてから石段を降り、ゆっくりと時間をかけて聖域を一周する。
夜中の聖域に人影は殆どない。闘技場、図書館、劇場、水汲み場、共同浴場、雑兵の詰め所、神官庁……と、決まったルートで歩き、時折すれ違う夜勤の雑兵にねぎらいの言葉をかける。



「ムウ、ご苦労だな」
「アルデバランこそ」
神官庁の大仰な建物の前で、私とは逆ルートで夜回りをしているアルデバランと会い、言葉を交わした。
「今宵は月が美しいな」
「本当に」
二人で仰ぎ見る月は大きく丸く、まぶしいくらいだった。
「お前も美しいぞ」
「……からかうのは止めてください」
男性に褒められるのには慣れていない。
お世辞だと分かっていても、私はいきなりの言葉に上手く返せず、俯いて頬を染めてしまう。
ラテン系のアルデバランは無骨な見た目の割りに、そんな言葉を容易く口に出来る柔軟さと軽さがあって、不意打ちを食らった私は思わぬ醜態を晒す。
アルデバランは豪快に笑い、「いや、本当に」と追い討ちをかけてくる。
いけない。本当にいけない。みっともない、私。



「――時にムウ、夜警が怖くないか?」
「怖い、ですか?」
「ああ」
聖戦後、夜警を怖がる雑兵が増えた。
それもそうだろう。死んだはずの聖闘士達が、墓場から蘇るという怖ろしいことがあったばかりなのだ。
また死んだ聖闘士達が蘇るのではという恐れが、雑兵たちの間に広がっていた。
長年勤めている雑兵ですら、夜警の際はせめて人数を増やして欲しい、などと神官庁に申し立てをするほどだった。
彼らを弱虫だなどと罵ることは出来ない。その恐れは仕方ないことだ。
あんなことは、私だって、いやアテナだって予想していなかったのだから。
「……怖くはないです。黄金聖闘士ですから。また誰が化けて出たところで、倒すまでです」
「それもそうだな。オレも同じだ。まぁ、雑兵達の気持ちは分からんでもないが……」
「日にち薬といいます。ハーデスは封印しましたし、第一墓場は一旦焼いたのです。蘇る肉体もありません。その内、雑兵たちの不安も消えるでしょう」
「そうだな……そうだといいが」



侍女の宿舎の前を通り過ぎ、女聖闘士達の居住区域の入り口に至る。
あとは居住区域を一周して、来た道を逆に戻ってお仕舞いだ。
”ここより先、女聖闘士の居住区域につき許可なく立ち入りを禁ずる”という厳しい看板の前で、振り返る。
するとはるか遠くに聖闘士の墓場が見える。
サガの眠る、墓場。
「……サガ、今夜は満月です」
見えますか、サガ。あなたの墓場から。とてもきれいな満月なのです。
私は遠くから語りかける。聞こえていないと分かっていても。




あの夜、シオン様とサガ達がハーデスの力により、冥衣を纏って蘇った夜。聖戦の始まりの時。
私は驚きと戦慄の中、密かに再開を喜んでいた。
二度とないと思っていた再開。サガと、再び会えたことを。
たとえハーデスの走狗に成り下がってでも、サガが蘇ったことを……私は、口では罵り、許せないと叫びながら、その実喜んでいたのだ。
そればかりか、密かに冥王に感謝さえしていたのだ……。
そんな気持ちは、黄金聖闘士としてはあるまじきもので、知られればきっと罵りを受ける。
勿論誰にも言えるはずもなく、……ずっとずっと心にしまってある、私の沢山の秘密の一つ。
墓場まで持っていく、私の秘密なのだ。



夜の聖域を歩きながら、私はいつも密かに期待している。
またあの夜のように、サガが蘇ってきはしないかと……もう二度とそんなことが、あるはずもないと分かっていながら。
もう一度会いたい。会いたくて、たまらない。



もしも、もしもあの人に、もう一度だけ会えるのなら。
言葉を交わして、そして抱いてもらえるのなら……。
私はきっと、喜んで冥王の走狗に成り下がるだろう。
黒い冥衣を身に纏い、冥王に傅くに違いない。


(END)




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