『逆賊の子』


『もしも子供を授かったら……産んでもいいですか?』
豪奢なベッドでサガの腕に抱かれたまま、私は尋ねた。
私の問いかけにサガは眉一つ動かさず、暫くの逡巡の後、こう答えた。
『その子はきっと逆賊の子と人々から後ろ指を指され、罵りを受けるだろう。ムウ、それでもお前は産みたいか?』
バリトンの声は優しく暖かかった。
青の洞窟を連想させるその深い色の瞳は、私だけを見つめてくれていた。
『……はい、サガ』
幼かった私は、ためらうことなく頷いた。




それは五年前の夜のこと。
結局、サガの子を授かることはなかった。
私はどうしても欲しかったのだ。
サガを愛していたという私自身の証を。




ムウ、と名前を呼ばれて、ふと我に返った。
キトンを縫う手を止め、顔を上げるとミロが私の前に立って影を作っていた。
「焼けるぞ、こんなところで」
「平気ですよ。私、こう見えて皮膚は強いんです」
私は白羊宮前の石段に座ってキトンを縫っていた。
「それ、もしかして貴鬼の?」
ミロが指差したのは、私の膝の上にある、縫いかけの真っ白なキトン。
「そうですよ」
せわしなく針を動かしながら答える。
「……お前が縫ってるのか」
「いけませんか?」
「いけなかないけどさ、……そういうことは侍女に任せればいいんじゃないか?」
ミロは私の隣に腰掛けると、「お前変わってる」と呆れたように呟いた。




手先は器用だと自負しているから、このくらいの縫い物はどうということはない。
「侍女に頼むより、私が作った方が早いんです」
「お前ってさ、貴鬼の師匠っていうよりまるで母親だな」
母親、という言葉に、軽く心臓がはねる。
「……そうですか?」
「ああ、何かそんな感じがする。なんだろうな、お前と貴鬼のやりとりを見ていたら、死んだお袋を思い出すよ」
ミロの目は遠くを見ていた。
まだ幼い頃に死んだという母親の、僅かな記憶を懐かしんでいるのだろうか。
母親。その言葉に、私はあの夜を思い出す。
サガに抱かれた、五年前の夜のことを。
『もしも子供を授かったら……産んでもいいですか?』
十五の少女だった私は、僅かな期待を抱いていた。
サガの子を産んで、愛されていた証拠にしたいなどと、身勝手なことを考えていた。
サガと同じ群青色の髪をした子が生まれ、その子を胸に抱いて母親になる夢をみていた。
生まれた子が逆賊の子と罵られても、私が守る、守れるつもりでいた。
それがどんなに自分勝手なことで、且つ独りよがりなのかを知ったのは、サガが自害した後。
どんなに足掻いてもサガの子を宿すことなど、できなくなってからだった。




神は、……女神は、あえて私にサガの子をお授けにならなかったのだ。
妊孕を、浅はかで身勝手な私の独りよがりを許しては下さらなかった。
もしもあの時、子供を授かって、そして産んでいたら。
その子は父の犯した大罪を知り、そして私を恨んだだろう。 勝手な独りよがりで自分を産んだ、私という母親を。
授からなくて正解かったのだ。今となっては。
サガの罪は、聖域がある限り語り継がれる、それほどの大罪なのだから。




「はい、出来上がり」
糸切バサミを仕舞い、真っ白なキトンを両手で掲げる。
「早いなぁ」
ミロが感嘆の声を上げる。
「だから、作った方が早いんですって」
「ムウ、今度はオレのも頼むよ。丈の長いヤツ」
「いいですよ、明日には宮にお届けします」



あの夜、サガは私の答えに、『そうか』とだけ言った。サガ自身の気持ちを語ることはなかった。
そして優しく私の額に口付け、再び甘く蕩けるような時間へと連れ出してくれた。。
サガは身勝手な私を諌めることなく、ただその夢がどんなに悲しい幻想であるかを、私自身が思い知るときを待っていたのだろう。
サガはどんな気持ちだったのだろう。
そのことを思うと、私は自分の身勝手さに涙が出そうになる。




もしもあの時、子供を授かって、そして産んでいたら。
皮肉なことに、その子はサガと同じく双子座の星の元に生まれていたはずだった。


(END)




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