『魔法の手』


この手は魔法の手だ。
器用に動く白い手を見ながらオレは思った。
ムウの手は魔法の手だ、と。


昼下がりの天蠍宮に響く音は、ムウが手にした小刀が木を削る、静かな音だけだった。
エンタシスの柱に凭れ掛かって座るオレの脚の間で、ムウがオレに凭れ掛かっている。
ムウの手には、宮のすぐ傍で拾った木の枝と小刀。ムウは木の枝を削って、何かを作っていた。
何もない午後の、静かなひと時。
「器用なもんだ」
オレが呟くと、ムウは動かしていた手を止めることなく小さく笑った。
「そうですか?」
「ああ、だってそれ、その辺に落ちてたただの木の枝だろ?」
「材料は何だっていいんですよ、ミロ。材料を選り好みしているうちは駄目です」
ただの木の枝はムウの手の中で、一匹のトンボへと姿を変えようとしている。
大胆に外観を形作り、細かな模様を彫り込んでいく。
どこにでもあるような小刀一本でよくぞ、と思えるほど、それは精巧だった。
トンボ独特の複眼は木本来の模様を生かして似せ、胸部の箱型は木の節をそのまま使っている。
予め薄く削っておいた枝を翅として胴の切れ込みに差し込むと、トンボは今にも飛んでいきそうだった。
「このくらい眼を瞑って出来るくらいでなくては、聖衣の修復なんて無理です」
こともなげに、ムウは言い切る。
「そりゃすごい」
オレはただ感嘆の声を上げるしかない。
昨日も、ムウはやはりそこいらにある石を削って鳥を作っていた。
聖衣修復に使うノミと鎚で、ただの岩をあっという間に鳩に変身させた。
神話の時代から受け継がれているという道具を、そんな児戯に使っていいのかどうか走らないけれど。
ムウの周りを、聖闘士候補生の子供達が眼を輝かせて取り囲んでいた。
ツバメにウズラにツグミにニワトリ。しまいには見回りの雑兵までもが見に来ていた。
そうやって作ったものを、ムウは子供達に惜し気もなくおもちゃとして配っている。



「はい、出来上がり」
ムウは石畳にトンボを置き、小刀を仕舞った。
「すごいな」
オレはムウの手をとって、しげしげと眺めた。
それは一見、どこにでもいる女の白い手だった。細い指と、短く切り揃えた爪。
オレと同じ五本の指、両手で十本。少し冷たくて柔らかな手。
けれどこの手は、魔法の手だ。
時に破損した聖衣を修復し、新しい命を吹き込む。
かと思えば、ただの木の枝をトンボに、岩を鳥に変える。
「ムウの手は魔法の手だ」
呟いて、その手を自分の口元に持っていき、わざと音を立てて甲に口付けた。
「ミロ、魔法はこれだけじゃないですよ」
ムウは意味ありげに笑みを湛えると、身を捩り、オレの唇に自分の唇を重ねた。
「……ここでいい?」
オレが尋ねると、ムウが頷く。
ムウの服の腰紐に手をかけようとすると、それは駄目、とさえぎられる。
「今日は駄目な日?」
「残念ながら」



さっきまで宮に響いていたのは木を削る音。
今は、濡れた音がそれに代わって響いていた。
絡み合う舌と唾液、貪るようなキスだ。
呼吸をすることさえ惜しむかのように、深く深く。
ムウの手が、オレの股間を弄っている。
魔法の手はジーンズのジッパーを下ろし、猛り立ったオレ自身を引き出し、優しく愛撫した。
茎は強弱をつけながら扱き、その奥のふぐりにまで指を這わせる。
……手先、本当に器用だよなぁ……ムウって。
鈴口からこぼれ始めたカウパーを亀頭に塗りけられる……慣れてる。
堪えている息が、次第に上がってくる。
「……ッ、……」
出したい、でも早すぎる。今出したら早漏って笑われそうだ。
イくのを抑えたくて、ムウの唇をもっと貪った。
癖のあるオレの金髪と、ムウの菫色のまっすぐな髪が揺れる。
ムウの細い肩に乗せたオレの指に力が篭る。指先が白くなっていく。
「あ、」
……やばい。
イきそうになった。
と、ムウの指がオレの茎の根元をぐっと押さえる。イきたいのにイけなくなる。
もどかしい。もどかしい内に、欲が少しだけ醒める。するとムウの手はまた扱き始める。
もっともっと。
まだまだ。
深い場所はまだもっと先。
誘っている。誘われている。
ムウの魔法の手が、オレをもっと深い場所へと。快楽を、ずっと深く……。
それを何度か繰り返して、そして。
「ムウ、……」
とうとう我慢できなくなる。
オレが唇を離すのとほとんど同時に、開放感に全身が襲われ、鈴口から白濁が勢いよく迸った。
「あ、ああ……あ……」
ボタボタと、宮の石畳に白濁がこぼれる。
「……ふふっ、」
ムウの手にもそれは掛かった。
魔法の手を汚されたムウは、楽しそうに笑っている。
その手を、オレの目の前でぺろりと舐めてみせた。



二人で冷たい石畳に寝転んで、事後のあとの僅かなまどろみを楽しんだ。
オレの腕枕で午睡中のムウは、魔法の手をオレの胸に当てている。
この手は魔法の手だ。
修復師として。女として。
胸に当てられた手を眺めながら、オレは思った。


吹き込んできた風を受け、トンボの翅が動いた。
その様はまるで今まさに飛び立つかのごとくだった。


(END)




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