『眠れる獅子』
苦手なものを三つ挙げろと言われたら、アイオリアはその中のひとつに「デスクワーク」と必ず答える。
子供の頃から、じっと座って何かに集中するのはひどく苦手な性質だ。
身体を動かすことなら、それこそ球技だろうが柔術だろうがなんだって好きなのだが。
書類に眼を通し、その内容が自分ひとりの判断で大丈夫だと思ったものに署名する。
自分ひとりが判断しきれないと思ったものは専用の箱に入れ、後日会議で諮る。
ペン先をインクに浸し、指定された場所……この案件を許可するという、どの書類にも必ずある定型文の下に 「黄金聖闘士・獅子座のアイオリア」とサインする。
たったそれだけの作業だが、この日当番だったアイオリアが執務室に入ると、机の上には うず高い書類の山が幾つもあった。
いつにない量の書類のほとんどは、今日中に返事がほしいものばかりだった。
前時代的すぎますわ、早くペーパーレスにしなくてはね、と女神は口癖のように言う。
が、それはどうも口癖だけのようだった。女神が聖域に戻って早半年。ペーパーレスになる様子は一向にない。
聖域では、聖域で行われることや聖域に関ることは、どんな些細なことでも教皇の指示を仰ぐのが決まりになっている。
季節ごとの行事の執行、誰某が弟子を取るといったことから、雑兵の休暇の申請、傷んだ建物の修繕の許可とその見積もりに至るまで、 全て教皇に文書で許可を求め、その文書に教皇のサインが必要だった。
教皇不在の現在は黄金聖闘士と白銀の助祭長が交代でこれを行っているが、アイオリアは前述の通りデスクワークはひどく苦手だ。
サインの筆跡は既にやる気のなさが現れ、次から次へと書いても書いても終わらない書類の山を見上げては、 アイオリアしかいない執務室に大きなため息が響くのだった。
もしも世界がたった今永久に平和になって、自分達がもう聖衣をまとう必要がなくなって転職を余儀なくされたとしても、 ホワイトカラーにだけは絶対になれない、とアイオリアは思っていた。
「ああ、もう駄目だ……」
軽い音を立て、ペンが床に落ちる。
アイオリアは大げさに机に突っ伏した。
聖衣を纏っていないとはいえ、黄金聖闘士としては余りにも情けない姿だった。
天国で兄が泣いている、と頭の片隅で少しくらいは思うのだけれど、これ以上書類に眼を通してしてサインするのはもはや限界だった。
腕も痛い。まだ、積み上げられて山のひとつの半分も片付いていないというのに。
「……オレはもう限界だ……」
まるで小宇宙の全てが燃え尽きてしまったかのように、アイオリアは眠ってしまった。
「……リア、アイオリア」
肩を揺さぶられ、名前を呼ばれてアイオリアは重い瞼を開いた。
「ん、」
顔を上げると、優しい顔がアイオリアを覗き込んでいた。
「ああ、ムウか……」
「風邪を引きますよ、そんな薄着で」
もう肌寒い季節にさしかかろうというのに、アイオリアは袖のない薄いシャツとジーンズだ。
「風邪は引かない自信はあるんだが……あれ、」
うんっ、と座ったまま伸びをして、アイオリアは眼を見開いて驚いた。
目の前に積まれていたはずの書類の山が、綺麗さっぱり消えているのだ。
「書類は?」
「ああ、あれなら私が書きました」
「ムウが?」
「はい、あなたが寝ている間に、あなたの筆跡を真似て」
人の字を真似るのは得意なんです、とムウは笑みをたたえて空に字を書く仕草をする。
「お昼になってもあなたが食堂に来ないので来てみたんですよ」
「あ、もうそんな時間か……」
柱時計の時間は、昼食を通り越して既に執務時間の終わり近くを指していた。
随分と長い時間昼寝をしてしまったようだ。
アイオリアがサインしたものより、恐らくムウがサインをしたもののほうが多かった筈だ。
「アイオリアに頼まれたと言って、書類はもう神官庁に持って行きましたので。 図書館の大時計の改修の件だけは会議にかけましょう」
「そうか、それは助かった。済まないことをしたな、ムウ」
「いえ、慣れてますから」
この間もミロのを手伝いましてね、とムウはくすくす笑った。
どうやらデスクワークが苦手なのは、自分だけではないらしい。
「お礼というかお詫びというか……ムウ、オレに夕食をおごらせてくれ、貴鬼も勿論一緒に」
「夕食なら、もう準備はしてあるので結構です。それに、お礼なんていりませんよ」
「しかし、何も礼をしないというわけにはいかない」
アイオリアは義には厚い男だ。
何か礼をさせてくれと、礼はいらないと遠慮するムウに食い下がった。
「そうですねぇ、そこまで言うのなら……」
短いやり取りの後、折れたのはムウの方だ。
「……なら?」
ムウが意味ありげに、「ふふっ、」と笑った。
執務室の扉のノブに『立ち入り禁止』を意味するカードを掲げ、内側から鍵をかける。
窓には分厚いカーテンを引く。そして室内の灯りは半分に落とす。
さっきまでアイオリアが突っ伏していた机の上に、ムウが横たわる。
「日が高いと、こうでもしないと雰囲気が出ないな」
アイオリアは言いながら、横たわったムウの服の腰紐を解いた。
「確かに、まだお酒を飲むにも早い時間ですし……」
ゆったりとしたムウの衣装の下には、はちきれんばかりの女の身体があった。
この女がこんなにいい身体をしていて、しかも結構男好きだということを知る者は、あまりいない。
普段は思慮深く物静かな修復師、黄金聖闘士の紅一点を装っているのだ。
ムウがその”素顔”を晒す相手は、ほんの一握り。
首に巻いているショールを取り、アイオリアはムウの細い首筋に顔をうずめる。
ここが弱いと、アイオリアはよく知っていた。
「ん、」
くすぐったいのかムウが身を捩る。
お礼に、とムウが指定したのが”これ”だった。
アイオリアはムウの下衣を下着とともに膝まで下ろし、髪と同じ色の淡い茂みに指を差し入れた。
「……あ、あ……」
ムウのそこは既に潤んでいた。熱い花びらは待ちわびていたアイオリアの指を歓迎するかのごとく、 ムウが腰をくねらせるのにあわせて蠢き、その指を導いた。
アイオリアが指先をムウの中にうずめると、 こぷ、と半濁の粘液がムウの中から零れ落ちる。
親指の腹で、硬くしこった淫芽を弄れば、ムウの表情があっという間に蕩けていく。
「んあ……、アイオリア……ッ、そこ……ああ……」
アイオリアはムウの下半身を攻めながら、白い首筋を舌で辿り、細い腰をやわやわと撫でていた。
こんな日の高いうちからもう男が欲しいのか、とムウに対して呆れる気持ちがなかったわけではないけれど、求められて悪い気はしない。
こんな極上の女には、街に下りても滅多にありつけない。
そういえばこの間もミロの手伝い……とムウは言っていたが、多分そのときも同じことをミロに言ったのだろうか?
軽い嫉妬の炎が心の奥で燃えているのをアイオリアは感じた。
分かっている。この女は誰のものにもならない。けれど。
「あう、ッ……おねが……い、もっと……」
ムウが頭を振る。長い髪がばさばさと音を立てる。
「もっと? クリトリス、そんなにいいか? ムウ」
豊かな白い胸に頬を寄せながら、アイオリアは尋ねる。
クリトリスを弄る指の動きをどんどん早め、時々押しつぶすようにしてやる。
そうすると切ない声はもっと切なくなるのだ。
「挿れるまえにイくのか? 質問は二つだ。答えろ、ムウ」
意地悪な質問も、ムウには逆に快楽へとつながることも、よく知っている。
「……いい……イく……ッ、」
二つの答えの後、う、とひときわ高い声が出て、ムウの中をかき混ぜていたアイオリアの指がぐっと締め付けられた。
ムウの身体が一瞬硬直した後、アイオリアの指を締め付けている箇所から迸った熱い飛沫がアイオリアのジーンズを汚した。
正常位で二度抱いて、お礼は終わった。カーテンを開くと外はもう暗い。
「ジーンズを汚したお詫びをしなくては」
身なりを整えながら、ムウが呟く。
「そんなのは気にしなくていい、どうせ今日が終わったら洗うつもりだった」
宮に戻るまでに人にあったら、コーヒーをこぼしたと言い訳すればいいだろう、とアイオリアは汚れた場所を撫でた。
二人の顔はまだ上気したままだった。顔を見合わせ、軽く唇を重ねる。
じゃあお先に、とムウは執務室を出ようとし、ドアノブに手をかけたまま動きを止めて少し考えると、アイオリアに振り返った。
「……アイオリア、やっぱりジーンズを汚したお詫び、させてください」
「ああ? 気にしなくていいと言っただろう?」
「いえ、やっぱり気にします。……後で白洋宮に来てください、出来れば日付が変わるくらいに」
「?」
「たっぷりサービスしますから」
ムウが意味ありげに、「ふふっ、」と笑い、扉の向こうへと消えていった。
「……今夜は眠れそうにないな」
残されたアイオリアは、一人ごちてため息をついた。
(END)
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