『翅の寝床』




妖艶なる、ジャミールの蝶。



書き物をする私の傍で、彼女は静かな寝息を立てて眠っていた。
膨大な数の蝶の標本に囲まれたこの部屋……私の部屋で、私と彼女は今二人きりで、そして彼女は眠っている。
灯りを机の上の頼りないスタンド一つにすると、ただでさえ標本だらけで不気味だと言われるこの部屋が余計不気味に見える。
あらゆる種類の蝶の標本が、部屋の四方の壁と言う壁を埋め尽くし、飾りきれないものは床に積んである。
美しいと単純に思えるものから懼れを抱くほどの気味悪のものまで、大から小まで。
世界中の蝶の標本が、私の部屋には犇いている。
小窓の向こうには頼りない細さの月が、星のない空に釣り下がる。移動しながら時間が過ぎるのを告げている。



”私の住まいの辺りには蝶などいないのです。だから珍しくて”
眠る前、彼女は部屋中の蝶の標本を珍しげに眺めていた。
生よりも死に近い彼女の住まいは、蝶どころか蝶が止まる花さえも咲かぬ、天上の極地。



私はものを書く手を止めた。右手はずっと書き続けてくたびれ、リポート用紙は残り少なくなっていた。
私が書き続けていたのは、大学に出す、チベットの蝶に関するリポートだ。私はソファに眠る、美しい人に視線を移し、その寝顔に見とれた。
狭いソファの上仰向きになり、私の白いシャツを寝巻き代わりに袖を通し、肉付きの良い太腿を露にして眠る……なんと無防備なことだろう。
長い髪は波のようにうねり、薄汚れたソファの背もたれに半分掛かっていた。
はちきれんばかりの胸が、シャツの生地の下で窮屈そうにたわわに実っている。



ああ……。


扇情的なその寝姿は、喉を乾かせ血を沸かせる。




眠る前、彼女は蝶の標本を珍しげに眺め、私が以前書いたリポートを読んだ。
学術的な単語や言い回しが沢山出てきて、半分も理解できないと零しながらも最後まで目を通した。
ソファに仰臥して、上目遣いで私に問うた。
『ねぇ、ミュー』
『……ムウ、何か?』
『私にはどの蝶もこの蝶もとても綺麗に見えるけれど、あなたが一番好きな蝶は、どれですか?』
『………』
好き、か。
私は即答できなかった。
世界の深淵のような色の眸は、リポート用紙と私を交互に見ていた。
すぐさま脳裏には幾つかの蝶が翅を広げたが、それらは単純に好きというよりも、研究者として研究対象に値するかと言う意味で……。
好きというには意味が違っていた。



返答に詰まった私は答えの代わりに、彼女のその露な太腿の間を舐める為、いきなり席を立って彼女の足首を掴むと脚を思い切り開かせた。
きゃぁ、と子供のような声を上げながらも彼女は笑って抵抗しなかった。
私は蜜を貪り、貪り、貪った。彼女はくすぐったがり、笑い、そして喘いだ。
嬌声は部屋中の標本のガラスを震わせ、滴る蜜はソファを汚し、私の舌は答えを曖昧にした。
そして彼女はたっぷり満足すると、眠りに落ちた。

「……好きな蝶……か」







「ムウ」
ソファの傍に立ち、上から声を掛ける。白い瞼はゆっくりと開き、世界の深淵のような色の眸が私を見る。
「……まだ眠っていなかったのですか、ミュー」
本当は起きていたのではと聞きたくなるほど、彼女の言葉は明瞭で、今この瞬間眠りから醒めたとは思えないほどだった。
私が今起きたのではなく、ずっと眠っていなかったのも、すぐに判断したようで、闘う者としての片鱗を、彼女は些末な行動の端々に見せる。
「ああ、眠れなくて」
私は、彼女の上に覆いかぶさった。
シャツのボタンを乱暴に外し、その下のたわわな胸を乱暴に鷲掴む。
「ン、……」
鼻から抜けるような甘い声を出し、ムウの踵が僅かにソファの上を滑った。
両の乳頭を摘みながら、ぽってりとした彼女の唇に、私は己の唇を重ねる。
唾液が、舌が絡み合い、ムウが私の頭を抱き寄せる。
「……ん……」
「……ッ」
両手を脇腹に滑らせる。肌理の細かな肌は、極地で暮らす者とは思えないほど柔らかく、そして温かだった。
―――引き込まれていく。
抱けば抱くほど、もっと知りたいと思う。満足しても、すぐ足りなくなる。帰したくないと、いつも思う。
彼女のことを。
血は更に沸き、喉はこうしているのにもっと乾く。流れ込んでくる唾液を飲み込んでも、尚。
ああ、そうだ。
私が一番好きなのは……。



銀糸を引きながら唇を離す。
潤んだ深淵色が、キスが足りないと訴えている。
「ムウ、さっきの答えだが」
「ん?……あぁ、まだ聞いていませんでしたね、そういえば」
菫色の髪が、音もなく流れる。
「私が世界で一番好きな蝶は、……ジャミールに棲む蝶だ」
ムウは少し考えて、それから微笑んだ。
「上手いこと言ったつもりですか? ミュー」
細い指が、私の鼻先をつついた。



下手な愛情表現と受け取られてもいい。



けれど、確かにジャミールの蝶は、目の前にいる。
その白く肌理の細やかな肌と絹糸のような豊かな髪に相応しい色の翅を、きっと背中に仕舞っているのだ。
美しく、そして淫らな、ジャミールの蝶。

(END)



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