「光の方へ」
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アフロディーテは神のおわす館へと通じる階段の下に立っていた。
腕に抱えた大輪の薔薇の花束は生命に溢れ、薄い金色の髪は朝日に照り輝いている。
その姿は、正に神話の時代から語り継がれるアテナの聖闘士そのものと言って良い。
かつて彼がアテナを裏切り、命までも奪おうとした大罪を犯した者であると、誰が想像できるであろう。
それほどまでに、彼の身体を包むオーラは穢れない光を湛えている。
彼は、神殿を真直ぐに仰ぎ、階段を一段、また一段と確かな足取りで昇って行った。
「我が女神、ピスケスのアフロディーテ、参上仕りました。」
玉座の前に跪き、頭を垂れる。
女神のおわす玉座の間は、いつ来ても微かな花の香りが漂っている。
「ピスケスのアフロディーテよ、顔をお上げなさい。」
アフロディーテは、その芳香を肺一杯に吸い込むと顔を上げた。
「アテナ、日本より無事の御帰還、心よりお喜び申し上げます。」
「ありがとう。貴方の心遣い、嬉しく思います。」
「此度は、我が女神の帰還を祝し、日の出と共に咲いた薔薇を御贈りする為に参内致しました。」
アフロディーテは跪いたまま、朝露の光る薔薇の花束を女神の前に差し出す。
薔薇は、女神の純白の衣と同じく清らかな白色の花弁に、先端が薄らと桃色に染まったものだ。
差し出された薔薇の美しさに、女神は感嘆の溜息を吐き手を差し伸べ受け取った。
頬が僅かに上気して見える。
陶磁のような肌に薄く紅が刺した様は、女神が抱える薔薇の花そのもののように美しく清浄さに満ち満ちていた。
大輪の薔薇の花束に隠れてしまいそうに華奢な身体、痛ましいほどに白く透き通った手足。
アフロディーテが強く握れば、簡単に折れてしまいそうな細い首。
その小さな肩には、世界の重さが圧し掛かっている。
この方を護りたい。
アフロディーテは心底そう思った。
かつて己がおこした罪は、消えるものではない。
逆賊の汚名は拭えない。
しかし今、私は女神によって生かされている。
暗い死界を彷徨う私に、手を差し伸べてくれた。
地上の光と、生の光明を教えてくれた。
間違った私を大きな愛で包み込んでくれた。
いつしか散らばってしまった心を、一つ一つ救い上げてくれた。
今この瞬間にも、慈愛の笑みを注いでいてくれる。
私の、女神よ。
「アテナ、我が女神。その薔薇はお気に召しましたか。」
「ええ、とても美しいわ。礼を言います、アフロディーテ。」
「それでは、アテナ、貴女様にもう一つ贈り物が御座います。」
「もう一つ?」
「はい、アテナ。まずは貴女様の御前で腰を上げる事をお許し頂きましても宜しいですか?」
「かまいません。お立ちなさい。」
「では、御無礼を。」
アフロディーテは立ち上がると、女神の方へ手を差し伸べた。
「アフロディーテ?」
「今差し上げた薔薇が、双魚宮の庭にて貴女様を心待ちにしております。その全ての薔薇を我が女神に。」
「まあ・・・。」
「私の心からの贈り物を、お受け取り頂けましょうや?」
アフロディーテの突然の申し出に、一瞬目を見開いた女神はまたすぐに朗らかに微笑んだ。
「貴方のように素敵な殿方から、こんなにも美しい薔薇の園への招待を断る女性がいたならば、お目にかかりたいわ。」
玉座から立ち上がった女神は、悪戯好きな少女のような顔をして見せた。
そして、差し出されたアフロディーテの手に己の手をそっと重ねる。
「ふふ、まるでお伽話の王子様にエスコートされるお姫様の気分です。」
「左様で御座いますか?ならば、私は騎士さながらに貴女様を御護り致しましょう。」
「お願い致しますわ、アフロディーテ。」
女神がふっと真面目な顔に戻り、アフロディーテを見上げた。
「私を導いて下さらないと。」
「たとえ、地の果てまでも。我が女神。」
アフロディーテは、それに答えるように見上げてくる女神の瞳を見つめる。
「では、共に。」
「共に。」
重ねた手と手が自然と握り合わされた。
過去も未来も重ねるように。
この手を二度と、放すことのないように。
二人は、光の中へと歩き出す。
fin written by taki
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「Sign」田亀様より頂きました、魚女神SSです!
オトコマエのアフロ兄さんと神々しい沙織さん、この二人に萌えまくりです。
ビバ魚女神! 田亀様ありがとうございました!
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