「ベクトルの行方   4」






どうする、と深道は再度由紀に尋ねた。
「どうする、って……」
由紀は深道から目を逸らした。少し開いた扉の隙間から、相変わらず狂ったように貪り合う坂本と摩季が見えた。
「君も、早く素敵なパートナーを見つけるべきだ。坂本とエアマスターのように」
「パートナー……」
「そう、パートナーだ。そしてそのパートナーは、実はもうずっと前から君のことを待っているんだ」
深道の手が由紀の頬に触れる。由紀の顔を正面に向かせる。
「調教を受けてみないか? そのパートナーのために……」
そして、そっと。
深道の顔が由紀に近づき、……唇が触れ合った。
次の瞬間、由紀の目つきがうつろになり、体は糸が切れた操り人形のように、ガクッとその場に崩れ落ちた。



由紀の意識はここで途切れた。






それから数日後の午後。
いきつけの喫茶店、深道は人待ち顔でコーヒーを飲んでいた。
待ち人は約束時間よりもずいぶんと前にやって来た……リーだ。
いつもと変わらない光景のようだが、確実に計画は進んでいた。
リーは深道の前に座らず、険しい顔で、深道の前に立った。
「やあリー、この間の……」
深道が全てを言い終わる前に、リーの手が深道の襟元を掴みあげた。
ガタン、とテーブルが揺れ、空のグラスが派手な音を立てて倒れた。
「ああ、危ない。水が入ってたら大変なことになるところだった」
深道には臆する様子も動じる様子もない。
「ふざけるな、深道。一体どういうつもりだ!!」
リーは搾り出すような声で言った。
「何が?」
「……何がだと? 坂本ジュリエッタが優勝したイベントのことだ!……賞品がエアマスターだなんて、お前……」
「ああ……あれか」
鼻先でふ、と笑うと、深道は襟を掴むリーの手に自分の手を添えた。
「……あれが全てさ」
深道は顔色ひとつ変えることなく言った。
「イベント告知のページは見ただろう? あの通りさ。イベントは行われたし、坂本は優勝し賞品のエアマスターを 手に入れた……どこかおかしいかい?」
首元を掴むリーの手をやんわりと離すと、息を切らし顔を紅潮させるリーに座るように促した。
「まぁ座れよ。コーヒーでも飲んで気を落ち着けろよ……ここのは極上だ」
「……ッ、」
深道には、リーの怒りも興奮も想定の範囲だった。
無論、その”先”に己自身のイベントが待っているなどと予想だにしていないということも。




「お前の趣味がまさかあそこまで悪いとは思ってなかった」
「ははっ、そりゃ光栄だ」
運ばれてきたコーヒーに口をつけながら、リーは深道を睨んだ。
「褒めちゃいないぞ」
「俺にとっては褒め言葉だよ……ふふっ」
食えない男だ、とリーは思った。
バトルロイヤル後、リーのパソコンの調子が暫くおもわしくなく、深道のサイトにはずっとアクセスしていなかった。
以前のランキングの順位は意味を成さず、様々な趣旨の単発イベントが主になった。
リーが出られそうなイベントがあれば、深道からリーに直で連絡が来るということもあり、ずっと見ないままだった。
先日修理から戻ってきたパソコンで久しぶりにランキングページに繋ぐと、『大盛況イベント終了』の文字と、件の告知ページを目にした。
会員によるイベントの感想コメントには、坂本の圧勝を讃える言葉と共に、”賞品”に対する卑猥な言葉が並んでいた。
「……まさかとは思うけど、イベントに参加したかったのかな、リー」 「そんなわけあるか!」
「ふふっ」
冗談の分からないやつだ、と深道は笑った。
「ああそうだ、そのイベントのDVD、焼こうか?」
「……いらない。それより賞品は……あれは……本当にそうなのか?」
「ああ、本当にエアマスターを賞品にしたよ」
深道はこともなげに言った。
「ランカー単体の需要が高まってきていることは、君も知ってるだろ? エアマスターは人気ランカーとしては盛りを過ぎたわけだ。
引き時のいいイベントをと考えてたんだけど、それよりは商品になったほうがインパクトがあるだろう」
「……エアマスターは玩具じゃないぞ」
「それは美しい理想論だ。誰かさんにも同じことを言われたよ」
由紀も同じことを言った。「あの子は玩具じゃない」と。深道はふとそんなことを思い出した。
「この人でなしめ……」
「ははっ、人でなしで結構だよ。リー、本当にイベントのDVDはいらないのか?」
「……遠慮する」
「そうか、残念……んじゃあこっちだ。これが次に予定している大会の組み合わせ表だ」
深道はコピー用紙をテーブルの上に置き、リーのほうへと向けた。
リーはトーナメント表に目を通す。
真夏に有名ビーチを借り切って行う、女性ファイターによる水着でのバトルという、なんともイロモノなイベント。
テレビによく出ている現役ビーチバレーの選手、少し前に名前を聞いたグラビアアイドル崩れ。
「ストリートファイトっていうより、キャットファイトショーになりそうだけどね」
「フン……」
キャットファイトという言葉に、ろくでもないイベントになりそうだとしか思えない。
組み合わせ表を見ながら、リーはそこにいつもならあるはずの名がないことに気がついた。
「なあ深道」
「ん?」
「これ……女ばっかりなんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「……ふうん」
「何か変かい?」 「……いや、」
「何だよ、気になるじゃないか」
にやつきそうになるのを堪えながら、深道は呟くように言った。
「……皆口由紀なら出ないよ」
皆口由紀。その名を深道が口にしたとき、リーは明らかに顔色を変えた。
深道がそれを見逃すはずはなかった。
分かりやすい。なんと分かりやすい男だろう。
「ちょっと訳があってね。暫くランキングには出ないことになったんだ」
どうしたの、顔色がおかしいよと深道は聞きたくてうずうずしていた。



―――こんなにあからさまに態度に出る男も珍しいな。



深道は喉の奥で笑いながら、気付かない振りをする。
「病気か怪我か?」
平静を装って理由を尋ねようとするリーだったが、声がわずかに震えていた。
「……どちらでもないね。まぁ、そのうち分かるさ」
「……そのうち?」
「そう、そのうち」



テーブルの下で、深道はそっと携帯を開く。
由紀の調教を頼んである、その道のプロの男からのメールを読んでいた。



『本日皆口由紀に指二本を挿入、痛がる様子もなく調教はきわめて順調、
 監視下での排泄にも慣れてきた模様』


深道は口の端を軽く上げた。
リーはそれに気付かず、由紀の名前のない組み合わせ表を眺めているだけだった。





Sorry,next is coming soon

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