友達宣言!

 休み時間中に影山が廊下を歩いていると、クラスの友達らしい名も知らない誰かと連れ立って歩く日向の後ろ姿が見えた。
 無愛想でクラスに友達の少ない影山と違い、日向には友達が多いらしく、よく誰かと連んでいるのを見かける。
 ここでもし日向が一人なら声を掛けたかもしれないが、影山の知らない誰かと一緒に居る日向に声を掛けることはできなかった。
 影山は黙って日向の背中を凝視する。日向は友達との会話に夢中になっているのか影山の存在に気付いていなかった。
 仲のいい友達とバカ笑いをしている日向が影山の知らない人間のようで苛立つ。
 自分と一緒にいる時に日向が無防備にバカ笑いすることなんてあっただろうか。影山には記憶になかった。
 影山と日向の間には少しの緊張感があって日向に無防備にバカ笑いをする隙を与えない。
――振り向け!
 影山がそう強く心で念じているのにも関わらず日向は振り向かない。
 彼らがどこに行くのかも分からないのに影山の足は彼らの後を追ってしまう。これではストーカーみたいだ。
 何よりも一番に日向の存在を意識しているので、自然に会話も耳に入ってくる。
「お前、前に好きな子いるって言ってたじゃん。もちろん、告ったんだろ? 結果はどうだったんだよ?」
 言いながらその男子生徒は日向の肩に腕を置いた。
 下心など何もないただのスキンシップなのに、影山の心には嫉妬の感情が浮かんだ。
「えっと……フられた」
「残念だったな。まっ、可愛い子なんていくらでもいるさ」
――日向、フられたのか。
 日向が恋をしているのは知っていたが、振られたのは今初めて知った。
 日向が好きな女の子に振られたなら、このチャンスを逃さずにさっさと日向に告白してしまえばいいのだが、影山は躊躇してしまう。
 影山が男で彼が恋する日向も男だということも気になるがそれ程問題ではない。
 自分達の関係性が友達でもない、ただの顔見知りでもない、あやふやなものであるからだ。
 そんな影山が日向に告白したら、日向はどのように思うのだろう。
 本気で仲が悪く、信頼関係もないと思っていた初めの頃ならともかく、今日向に引かれてしまったら立ち直れる自信がない。
 それが原因で日向との関係が壊れてバレーのコンビネーションプレイの威力が落ちるのは困る。
 烏野高校男子バレーボール部は、今が伸び盛りの大事な時なのだ。勝たなければいけない。そのためには日向とのコンビネーションが重要だ。今のこの時期に日向と仲違いするわけにはいかない。
 影山が頭の中で色々と考えた結果、告白しないで傍観するという結論で終わった。
 とりあえず、日向が好きな女の子に振られたなら、しばらくは精神的に安静な状態でいられる。
 日向を追うのを諦め、自分の教室に戻ろうとしたが、次の日向の言葉で影山は足を止めた。
「でも、絶対諦めないから!」
――な、なにぃ!
 ぎょっとして振り向いた。
「しつこい男は嫌われるぞ」
「振り向いてもらえるように頑張る!」
 いやいや、いくら日向が頑張ったって一度振られているのだから振り向いてもらえる確率は低いだろう。だが、万が一のこともある。
 混乱しているのか心臓がざわざわして落ち着かない。
 思わずその肩を掴んでしまいそうな衝動を何とかやり過ごした。
「頑張るって……おいおい。振られたんだからもう見込みねぇだろ」
「だって、待ってるだけじゃ、何も変わらないだろ?」
「そりゃ、そうだな」
 日向の言葉に影山は納得した。
 そうだ、ただ傍観しているだけでは何も変わらない。
 このまま何もしないでいいのか影山の中で迷いが生じた。
――俺はどうしたらいい?
「おれは絶対諦めない!」
「お、おぅ。しつこい男と呼ばれない程度にせいぜい頑張れよ」
「しつこい男って酷い……」
 日向達の声が遠ざかっていく。
 そこまで日向に想われている女の子が羨ましいと影山は思った。
「待ってるだけじゃ、変わらないか……」
 影山の気持ちが心の中に留まっているだけでまだ何も始まっていない。
 まだスタートラインにさえ立っていないのに、日向が別の人間を想っているからといってそこで諦めてしまうのはまだ早いような気がした。

 授業中、今後どうするか日向は考えていた。
 友達の前では格好つけて諦めないと言ってみたけど、影山を落とすのは普通の女の子を落とすよりもはるかにハードルが高い。
 告白して想いを告げる方法は失敗した。
 今あの時のことを振り返ってみると、影山に好きとは言ったが、影山を好きだと言ったわけではないことに気付く。むしろそのせいで影山は日向が影山以外の別の誰かを好きだと誤解しているかもしれない。
――これってやばい? やばいよな。
 実は影山が好きなんだとはっきり言うべきなんだろうか。日向は悩んだ。
 普段部活で接していると、影山はバレー第一で恋を含むバレー以外の何かに全く関心がないように見える。告白した時にそんなことをしている暇があったら練習しろと怒られたことを思い出して日向は凹んだ。
 日向にとって影山=バレーでそれ以外のことが全く想像できない。
 今更ながらバレー以外の影山を全く知らないことに気付いた。前よりは影山と話すようになったが、日向が影山と話すことといえば、バレーのことばかりだ。
――これ、思っていたよりもハードル高いかもしれない。
 男同士というのもハードルの高さの一つだけど、そもそも相手が恋に全く関心がなくて別の対象に夢中になっているのってどうしたらいいんだ。
 影山を諦められたら楽になれるのに諦められそうにない。
 思わず机の上に突っ伏して唸ると、「日向、何やってるんだ!」と教師に怒られてしまった。

 昼食を食べ終わった後、日向は何もやる気がせずに机に伏せていた。眠っているわけではない。未だに解決することのない恋の悩みについてあまり中身の詰まっていない頭で考え込んでいるのだ。
 普段の日向なら昼食後すぐにバレーの自主練習に行くのに、そうすると影山に会うと思うととても出掛ける気にはならなかった。
 「あ」だの「う」だの呻き声を上げていると、仲の良いクラスメートが日向の肩を叩いた。
「何?」
 日向から今にも死にそうな顔を向けられたそのクラスメートは少し引いた顔を見せながら、「バレー行かないの?」と言った。
「あぁ……うん……」
 何がうんなのか分からない。そう思いながら彼は言った。
「なんか追い詰められてる?」
 好きな女の子にフラれたと言ったその口で諦めないと言った日向の姿が頭に浮かぶ。これは間違いなく恋愛絡みだ。
 何にも悩みのなさそうな単純人間の日向を追い詰める程、日向の片思い相手は魅力的な女の子なのだろう。それが誰なのか気になった。
「いい加減、誰なのか教えろよ」
 日向の肩を揺さぶったが、日向の口から返ってきたのは拒絶の言葉だった。
「嫌だ」
 いつも明るい日向が沈んでいる珍しい光景にわらわらと人が集まってきた。
 そうっとしておいて欲しいのにと日向は思うが、彼らは日向の気持ちを読んでくれない。
 珍しく落ち込んでいるように見える日向が面白いようでケラケラと笑っている。
「笑うなよ!」
 そんなに叶わない恋に苦しんでいる自分の姿がおかしいのかと日向は不快になった。
「こっちは真剣に悩んでんのに!」
「なになに? ひなちゃん、悩んでんの?」
 一部の人間からは、平均よりも少し低い身長で雛みたいだから、日向の姓名にかけて、ひなちゃんと呼ばれていた。
「その呼び方やめろよ!」
 呼ばれるたびに日向は怒るのだが改められたことはない。日向のことをそのあだ名で読んだクラスメートは全く堪えた様子もなくヘラヘラと笑っている。
 今更ながらこの低い身長が恨めしい。その身長のせいで怒ってもあまりその気にされず、クラスの中で日向の存在はいじられキャラとして定着してしまった。
 呼び方も嫌だが、日向に悩みが全くないとでも言うような言い方が気に障った。
「おれにだって悩みの一つや二つある!」
 悩みがないだなんて心外だ。
「なになに? 日向、悩んでんの?」
 別の誰かが言った。
「恋の悩みだって」
「へぇ〜」
 日向が何で悩んでいるのか話していないのに勝手に日向が恋で悩んでいることにしてしまった。その答えが正解だから日向は反論できない。
 恋の悩みの相手が男だったらドン引きだろうなぁと思いながら頭の中で影山を思い浮かべる。
 どんな影山が好きかと言われたらやっぱりバレーをしている時の影山だなと思った。特に自分のためにトスをあげてくれる影山が好きだ。
 叶わない恋を諦められない程、苦しいことはない。日向ははぁ〜っと溜息を付いた。
 そんな日向にクラスメートが提案してきた。
「まずはお友達から頑張ってみるとか? 徐々に攻めて大丈夫そうだなぁと思ったらガツンと」
「お友達……」
 影山とは友達でさえない。自分がそう思うのだから影山もそう認識しているだろう。
「友達ってどうやってなるの?」
「えっ!? それはなぁ……日向は人懐っこいんだから誰とでも仲良くなれるだろ」
 そんなことはない。日向にだって友達になれない人間はたくさんいる。影山以外の人間なら例えば月島。自分を上から目線で見下してくるような人間とは友達にはなれない。
「まっ、日向、頑張れよ! 応援してるから」
「うん、頑張る……」
 力のない声で日向は言った。

 その頃、日向の教室の前では、影山の姿が複数の人間に目撃されていた。
 時折日向の教室の様子を伺うだけで中に入ろうとしない影山が一体何をしたいのか謎だ。
 影山の不審な行動に対して、通りがかった生徒は訝しげな視線を向けながらも、影山の顔を見るとあまり関わらないほうがいいと去っていく。
 影山は複数の人間から向けられる不審な視線に全く気付いていなかった。
 頭の中は日向のことでいっぱいで自分が周りの人間からどう思われているのか気を配る余裕はない。
 影山はついさっき日向が片思いの相手にフラれたことを知ったばかりだ。
 これはチャンスだ。だが、この恋に勝利する確率は極めて少ない。
 せめて、日向の中で自分の存在が大きくなるようにしたいと思った。
 そのためには、ただバレーを一緒にしているだけでは駄目だ。これではただのバレー仲間で終わってしまう。
 そう思い、影山は昼休みが終わった後、日向の教室に向かったのだった。日向に会って何かをするという目的もなく、ただ思うがままに行動した。
 日向の教室にたどり着いたのはいいが、一体日向に会って何をするんだと我に返った。
 開いた扉から、さりげなく教室の様子を伺えば、寝てでもいるのか机に顔を伏せている日向の後ろ姿が見える。
 そんな日向に声を掛ける勇気はない。烏野高校男子バレーボール部で、日向の前では王様の異名のままに横柄さを発揮している影山だが、部活の外側では所詮ただの人間だった。
 教室に入ることはできず、日向と話すために日向のクラスの人間に声を掛けることもできない。影山はそんな自分を情けなく思った。
 思っていた以上に自分と日向との距離は遠い。何かきっかけがあれば、日向との距離が近付くのにそのきっかけが今はない。
 作戦の立て直しだと思い、退散することにした。
 考えた末に何かを貸し借りするのをきっかけにしてバレー以外で接点を作ろうと思った。

 ホームルームが終わると、日向は速攻で教室を出て、全速力で廊下を走った。
 昼休みは落ち込んでいたのに今はハイテンションだった。
 気質的に長時間凹んでいることはできない。バレーを前にすると憂鬱とした気持ちも吹き飛んだ。
――とりあえず、まずは友達から頑張ろう!
「よーしっ!」
 元気良く飛び跳ね、たまたまその場を通りがかった人間に驚かれた。

 部室にはまだ誰もいなかった。どうやら日向が一番乗りのようだ。
「何だ、まだ影山来てないんだ……」
 影山と仲良くなろうと気合いを入れて来たのに肝心の影山がまだ来ていないなんて残念だ。
 とりあえず先に着替えていようと日向は服を脱ぎ出した。
 着替えながら考えた。どうやって影山と友達になればいいんだろう。
「友達になってくださいは変だよな」
 基本的に日向は人当たりが良く、誰とでも仲良くなれる性質だが、影山や月島のような人間と仲良くなるのは難しい。
 恋人が難しいならまずは友達から……と考えたが友達になるのだって大変だ。
 友達が無理ならせめて影山に自分のことを意識してもらえるように影山と積極的に関わるようにしよう。

 背後に人の気配を感じて振り向くとそこには影山がいた。
「チッ、二番目か」
「舌打ちするなよ。嫌な奴」
 影山は日向の横に来ると着替え始めた。
 影山と積極的に関わろうと日向は思っていたが、今の影山の態度で少し気持ちが萎えてしまった。
 誰とでも仲良くなれる日向が影山と仲良くなれないのは影山が日向に好意的ではないからだ。影山が菅原のように好意的に接してくれれば日向だって影山に歩み寄れる。影山と仲良くなりたいという気持ちが日向にあっても、影山にその気持ちがなければ難しい。
 影山と菅原、同じセッターだからつい比べてしまう。
 人間的には菅原のほうがいいのに日向が選んだのは影山だった。バレーにおけるポジションの相性も菅原より影山の方がいい。菅原が悪いのではなく、日向の感性の問題なのでどうしようもない。
「日向」
 突然影山に名前を呼ばれて日向の意識が浮上した。  
「えっ、何?」
「明日、英語あるか?」
「何、いきなり」
「あるのかって訊いてんだよ!」
「あるよ。1限に」
 一体それがどうしたんだろう。日向は頭の中で疑問符を浮かべた。
「そっか」
 影山は一人勝手に納得しているが、日向にはよく分からない。せっかく影山と珍しく会話が成立しているのだから、このまま会話を続け ようと日向は影山に話を振った。
「影山のクラスは明日の1限何?」
「数学だ」
「先生誰?」
「小川だ」
「あぁ、おれのとこもそう。あの先生、よく当てるよな」
「そうだな」
「当てられないようにしろよ」
「言われなくてもそうならないように気を付ける」
 影山との会話に夢中になっている間にいつの間にか影山の着替えが終わっていた。日向の方が先に来ていたのに、日向はまだ着替え終わっていない。
「早くしろよ、日向」
 影山に急かされ、慌てて日向は着替えた。
 先に行っても問題ないのに影山は日向を待ってくれた。
 そんな不器用な影山の優しさが嬉しいのに、その思いを素直に伝えられず、日向は黙って着替えた。

 日向が着替えている横で、影山は何をするでもなくただ黙って突っ立っていた。
 日向から明日の予定を聞き出すことに成功した。自分にしては上出来だ。
 日向のクラスは明日1時間目に英語があるらしい。影山のクラスは5時間目に英語がある。
 頭の中で辞書を借りに日向の教室を訪れる自分の姿をシュミレーションした。そのついでに廊下で少し日向と会話ができればいい。想像の中だけの話だから自由に思い描ける。
「よしっ!」
 突然大声を出した影山を日向はぎょっとした表情で見た。
「何だよ?」
「いや、こっちのことだ。気にするな」
 納得できないとでも言うように日向は首を傾げた。
 着替え終わった日向を確認して影山は言った。
「着替えたんだったらさっさと行くぞ」
「おーっ!」
 元気良くジャンプした日向に今度は影山がぎょっとする番だった。

 次の日の休み時間に影山は英和辞書を借りるのを口実にして日向の教室を訪れた。
 日向の教室を覗くと、たまたま近くで談笑していた二人組の内の一人に声を掛け、「日向を呼んでくれ」と言った。
「ひなた!」
 日向の苗字を呼ぶ声が聞こえた。
 影山は胸を高鳴らせながら、日向の姿を探す。日向は前のほうの席で誰かと話していた。
 名前を呼ばれると、日向は振り向き、影山の顔を確認すると「あー」と呟いた。
「ちょっと、ごめん」
 一緒にいたクラスメートに一言謝ると、日向は席を立って、影山がいる場所まで来た。
「影山が来るなんて珍しい」
「珍しくて悪かったな」
「別に悪くないけど……何?」
「今日1限に英語あったんだろ?」
「そうだけど……」
 「何?」と日向の視線が訊いている。
「当然辞書持ってきてるんだろ?」
「うん」
「貸せ」
「えっ?」
「忘れたんだよ。5限に英語あるのにないと困る」
「あっ、そういうことか。貸せって命令系? 自分で勝手に忘れたくせに」
「貸してください、こう頼んだら貸してくれるか?」
「う〜ん、仕方ないなぁ……」
 日向は自分の席に戻った。
 しばらくすると、日向が戻ってきて、影山に辞書を差し出した。
「ちゃんと返せよ」
「悪いな」
 日向から受け取った辞書を見つめた。中学生の頃から使っているのだろう。少し古びている。
 下の方に手書きで日向 翔陽と書かれているのを見て、日向の持ち物なんだなぁと妙に感動した。
 にやけそうになるのを堪え、さらっと辞書をめくると、日向を見た。
「これ、いつ返せばいい?」
「明後日の6限までに返してくれたらいい」
「じゃあ、明日に返す」
 部活の時に渡せばいいが、そうしてしまうと、部活以外で日向に会う口実がなくなってしまうので明日返すことにした。日向もそれが駄目だとは言わなかった。
「影山、ちゃんと返せよ。借りパクはダメだからな!」
「分かってる」
 ここで日向と別れるのは惜しいなと思いながらも、日向を引き止める理由もなかったので自分の教室に戻ろうと背中を向けた。
「あのさ、影山……まだ少し時間あるしちょっとだけ話してく?」
 だが、影山の背中に日向の声が掛かり、影山は足を止めた。
 振り向いた時、日向は廊下を指していた。

――話すって言ったけど、影山と何話せばいいんだろう。
 影山の用事は終わったのだからこのまま帰しても良かったのに、せっかく部活以外で接点ができたのにこのまま終わらせてしまうのは勿体ないような気がして日向は影山を引き止めた。
 自分から影山に廊下で話そうと誘っておいて、いざ廊下に出たら、影山を相手に何を話せばいいのか分からなくなった。
 これがクラスの友達なら何か適当に話して時間を潰しているのに相手が影山だとそうはいかない。
 今更ながら影山とは共通の話題がバレーやそれにまつわることしかないと気付いた。
 ここで影山が日向に話を振ってくれたら少し緊張感も和らぐかもしれないのに影山は何も話さない。
 影山も日向と同じように自分を相手にして緊張しているのか。
 すぐに日向はそれを否定した。絶対にそれはあり得ない。影山が自分を相手にして緊張しているなんてことは。
 影山に視線を向けているのも疲れてきて、ふと窓の向こう側に視線を向けた。いつも影山と自主練習をしている中庭が見え、思わず「バレーやりたいな」と呟いた。その呟きに影山が答えた。
「そうだな。俺もバレーやりてぇ」
 ははっと笑いながら日向は言った。
「おれ達ってバレーばっかだな。バレーのことしか頭にない」
 せっかく休み時間に影山と並んで立っているのに結局行き着く先はバレーだ。影山を好きになったきっかけもバレー。他人から影山のどこが好きなのかと訊かれたら、きっとバレーでキラキラと輝いている影山が好きだと答えるだろう。日向の周りはバレーで埋め尽くされていた。
「できるなら今すぐバレーやりたい! でもこれから授業だもんな。サボるわけにはいかないし」
「じゃあ授業が終わったら昼に中庭でやろう。4限のチャイムが鳴ったら速攻で行くからな。日向も来いよ」
「分かった」
 その時、ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴った。
「あっ、やべっ……戻らないと。日向待ってるからな!」
 影山は日向に背中を向けると慌てて去って行った。
「あれ? 速攻でということはお昼も影山と一緒ってこと?」
 駆けて行く影山の背中を見つめながら呟いた。
 影山と昼休みに一緒に練習をすることはよくある。だが、それは偶然一緒になったからであって、わざわざ約束をするのは初めてだ。影山との距離が少し近くなったような気がして日向は嬉しくなった。
――影山と友達になるのも案外難しくない?

 4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った時、影山は速攻で教室を出た。その手には母親に作ってもらった弁当がある。
 日向の教室を通り掛かったらちょうどいいタイミングで日向が出て来た。
「かーげやま!」
 日向は影山を見るとニッコリと笑った。日向と仲がいいみたいで胸がくすぐったくなった。
「影山、昼まだなんだろ? せっかくだから外で一緒に食べよう」
「クラスのダチと一緒に食べなくていいのか?」
「断ってきたから大丈夫。影山はいいの?」
「あぁ、いいんだ」
「そっか。じゃあ、外行こう?」
 中庭には誰も居なかった。
 二人で適当な場所に腰掛けて弁当を広げる。
 会話もせずに黙々と食べた。
「わーっ、タコさんウィンナー!」
 唐突に日向は叫んだ。
 一体何なんだと思って影山は日向を見た。
「ほらこれ」
 日向は影山の弁当箱を指さした。そこにはタコの形で飾り付けられたウィンナーがあった。
「あぁ……うちの親、こういうの好きなんだ。女の子みたいだからやめろって言ってんのにやめないんだよな」
 全体的に盛り付け方が少女趣味で、タコの形で飾り付けられたウィンナーの他にもウサギの形に飾り付けられたりんごがあり、影山は眉をしかめた。普通でいいといつも言ってるのに改められたことはない。
「おかしいか?」
 てっきりからかわれるかと思ったのに日向の口からからかいの言葉は出て来なかった。
「全然。普段の影山とギャップがあって面白い」
「面白いってな……俺は全然面白くない」
 今にも涎を垂らしそうなぐらいウィンナーを食べたそうに見つめる日向に影山は言った。
「これやる」
「いいの? 影山、やさしー。じゃあいただきます!」
 日向は自分の箸でウィンナーを挟むと口に入れた。
「美味しー」
 ニコニコ笑いながら幸せそうに食べる日向に思わず見惚れた。
 ふと日向を餌付けして自分に懐かせるのもいいかもしれないと邪な思いが影山の心を巡る。影山の視界にウサギの形に飾り付けられたりんごが見えた。
「りんごもやるよ」
「まじで? やったー」
 餌付けは成功だったようで日向は喜んで食べた。
 こんなんで喜んで笑ってくれるなら弁当の中身を全部日向に与えたいぐらいだが、そうすると影山の身体が保たなくなるので思うだけで実行はしなかった。
 家に帰ったら母親に弁当の中身を少し増やすように言おうと思った。
 食べながら時折日向を見ると日向は影山に向けて楽しそうに笑う。
「おれのも食べる?」
 箸で掴んだ食べ物を影山の口に差し出し、
「あーん、なんちゃって」と言った。
 恐らく冗談であろう日向のそれを迷いなく口に入れた。
 まさか影山がそんな態度に出るとは思っていなかったのか、日向はまるで金魚のように口をパクパクと動かして閉じない。
 そんな日向に影山はニッコリと笑って言ってやったのだ。
「美味しい」
「……やっぱり、影山の笑顔って……何でもない。さっきのお礼だからな!」
「日向に喜んでもらえたみたいだから、また今度食べさせてやるよ。好きだろ……タコさんウィンナー」
「好きだよ」
 下を向き小声で日向は言った。
 隣に座る日向に箸で食べさせる自分の姿を思い浮かべ、影山は笑った。

「影山って意外と優しいんだな。おれ、影山のこと見直した」
「意外とって何だよ」
 そう言いながらも日向に褒められるのは悪くないと影山は思った。これは日向の影山に対する好感度がアップしたということで素直に喜んでいいんだろうか。
「だって、普段の影山、恐ぇもん。特に顔」
「それは元々だ!」
「こうやって怒鳴るところが恐い」
「恐くなくなるように努力する」
「えっ?」
「だから努力するって言ってんだよ! ちゃんと聞こえてるのに聞こえねぇフリするんじゃねぇ!」
 日向の胸倉を掴んで怒鳴ったら日向に怯えられ、今怒らないと言っているのに怒鳴ったことを自覚した。
「悪い。俺は元々こういう性格なんだよ。顔だって元々こんなんだ。嫌だったら俺に近付くな」
 実際に日向が自分に近付かなくなったら心が折れるのにも関わらず影山はそう言った。
「嫌じゃない! おれ影山のこと嫌じゃないよ」
 日向の顔が近いと思いながら影山は「そうか」と言った。
「影山のこと嫌いなんだったら影山とこうやって一緒に居ない。つまり、その……おれは影山のこと……す……」
 顔を赤くして下を向き、もじもじと言いづらそうにしている日向にはっきり言え!と怒鳴りたくなる衝動を影山は抑え、日向に先を促した。
「俺が何だよ?」
「おれは影山が……す……む、無理!」
「何だって? 俺が無理?」
「ち、違うよ! 影山が無理なんじゃなくて……あぁ、何で言えないんだろう」

「影山、おれと友達になって!」

「はっ?」
 今、日向が友達と言ったような気がするが、気のせいか。
「だからおれと友達になって!って言ったんだよ」
「お前、友達いっぱいいるだろうが」
「そうだけど……友達がたくさん欲しいんじゃなくて影山と友達になりたいんだよ」
 影山が望んでいるのは日向の恋人ポジションであって友達というのは方向性が違うような気がする。
 だが、日向と友達になることで今よりも日向と距離が短くなるのではないかと思い、影山は納得した。
「影山?」
「なってやるよ。日向の言う友達って奴に」
「うん!」
 影山は日向を抱き寄せた。
「影山、な、何やって……」
「友達記念のハグだ。友達だったらやるだろう?」
 友達になったからといって普通はハグをしない。いくら友達が少ないからといってもそれぐらいの常識、影山にもある。
「そ、そうかな?」
 日向は首を傾げながらも納得している。日向がバカで良かったと影山は思った。
「そうだ」
「友達記念か……いいな」
 日向の腕が影山の背中に回った。
 もしこの姿を誰かに目撃されたら変な誤解をされるかもしれないのに、まるで離れたくないとでも言うように二人は固く抱き合っていた。
 影山は日向の髪の臭いを嗅いだ。甘い匂いがする。
 平均よりは少し低い身長のせいか日向の身体は男にしては少し柔らかく、抱き心地がいい。
 このまま日向を離したくなかったが、バレーをしたいという欲求に負け、渋々影山は日向を離した。
 普通同性に突然抱き付かれたら文句を言われてもおかしくないのに、日向は怒るどころか、
「へへへっ……」と影山を見て嬉しそうに笑っている。
「何、笑ってんだよ」
「だって……」
 日向に釣られて影山もその顔に笑みを浮かべた。
 自分としては普通に笑ったつもりなのに日向の目には奇異に映ったらしく、
「やっぱり、影山の笑顔、恐い」と日向は言った。
 思わずムッとして、影山は日向の頬を抓った。
「いっひゃい!」
 日向が表情で「何すんだよ!」と訴えている。困っている日向を内心楽しく思いながら、影山は言った。
「そんなこと言うのはこの口か?」
 両手でぐいぐいと日向の頬を引っ張った。
「や、やへめて!」
「何言ってるのか分かんねぇよ」
「やへめろってば、かへやま!」
「嫌だ」
 日向をいじるのは楽しい。日向がやめろと訴えっているのを分かっていながら影山は手を離さなかった。ニヤニヤ笑いながら日向の頬を 手で弄び続ける。ふにふにとした手触りが気持ち良かった。

 その日の影山はずっと上機嫌で部活中笑顔を絶やさなかった。
 影山の笑顔は不気味でその笑顔がずっと続くものだから周りの人間に恐怖を与え、一体影山に何があったんだと不思議がらせた。
 そして、日向も影山と同じで、機嫌が良く、笑顔が絶えなかったらしい。


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