プロローグ

 18歳の時だった。ナルトはサスケを憎しみから救い、里に連れ戻したのだ。
 長い時が経って、ナルトは下忍から上忍になっていた。
 歳は25歳。今年の10月には26歳になる。

 サスケの里抜けという厄介な問題は消えた。
 今は火影になるという夢を叶えるために日々過酷な任務に打ち込む毎日。
 
 後4年もすれば30歳。
 既に同期の中には結婚していたり、子どもがいたりする人間もいた。

 ナルトの心の支えは二つ。

 一つめは火影になるという夢。少しでも暇を作ると不安に押し潰されそうで、任務を入れて暇な時間を作らないようにしていた。

 もう一つの心の支えは、うちはサスケの存在。
 サスケはライバルであり、親友だ。
 前は一方的にナルトが想うだけでサスケとの距離は心理的にも物理的にも遠かった。だが、サスケの里抜けという大きな困難を乗り越えてからは、サスケからの信頼を勝ち取り、サスケとの関係が深くなったとナルトは感じていた。里の中の誰よりもサスケとの距離が近い。そのことがナルトは嬉しかった。
 任務での相性もサスケが一番良かった。最近では一人任務が増えてきているが、サスケと二人で組むこともある。

 サスケが戻ってきた当初はサスケを死刑にするかどうかで慌しかった里だったが、サスケの死刑に反対するナルトやサクラが動いたことと、彼らに協力的な綱手やカカシ達の力添えのお陰でサスケは何とか死刑を免れた。
 その後、サスケは里に軟禁状態の日々が続いた。だが、数年経っても大人しく軟禁されているサスケを見て、里の上層部は、無害だと判断した。更に里は優秀な忍が不足しており、血継限界を持つうちは一族のたった一人の生き残りで里の英雄のナルトと並ぶぐらいに強いサスケが必要だった理由もあり、サスケは解放された。

 サスケの傍にいると心が落ち着く。サスケは人柱力のナルトではなく、うずまきナルトという一人の人間として見てくれ、対等に扱ってくれる。
 ナルトが里にいるときは何故かサスケも里にいることが多く、ほとんどの時間をサスケと過ごしていた。


 季節はそろそろ梅雨が始まる頃。
 今までずっとたった一人で任務を受けていたナルトだったが、その期間が終わったので里に戻ってきた。
 一年ぐらい離れていたので、この里の空気を吸うのは久しぶりだ。
 ナルトは大きく息を吸い込んで里の空気を体内に取り入れた。気持ちがいい。
 受付所に報告書を提出して自分の住む場所に向かっていると偶然サクラに出会った。
「サクラちゃん、ただいま!」
「ナルト、おかえり!」
 久しぶりの再会を共に喜び合った。
「いつまで里にいられるの?」
「今日から二日間。次の日からまた長期任務だってばよ」
「短いわね。ゆっくりしてる暇ないじゃない。ナルトが帰ってきたら旧七班で久しぶりにゆっくりとお茶でもしようかと思ってたのに」
 ナルトとサクラは親しげな雰囲気だったが、恋人関係にあるわけではない。過去に色々な事があり、その中でサクラとの絆も深まっていったが、それはあくまでも親しい友人関係にとどまっていた。
「ごめんな、サクラちゃん。また今度!」
 ナルトは申し訳ないと両手を合わせて詫びた。
「仕方ないわね。せめて今日と明日はゆっくり休みなさいよ!」
 それから取り留めもない話をした。
「そうそう、サスケ君、またお見合いを断ったみたいよ」
「そうなんだ。なんでまた……」
 そういう年頃だからなのか、サスケの元にはひっきりなしにお見合いの話が来ているが、ナルトが知るところによると、全て断っているようだ。
「気になる人でもいるんじゃない?」
 ちらっとサクラはナルトを見た。
「サクラちゃん、オレの顔に何かついてる?」
「ううん、何でもないわ」
 ぼそっとサクラは呟いた。サスケ君、可哀相。だが、ナルトの耳には入らなかった。
「ところでサクラちゃん、サスケの気になる人って誰?」
「気になる?」
「そりゃあ、一応オレはサスケの親友だから……。そういえば、サスケとそういう話したことないってばよ」
 そもそもサスケは普段ナルトと一緒に居る時でもあまり話さない。ナルトが一方的に何事かを話すのに相槌を打ったり、時折意見を言うのみだ。ナルト自体、火影の夢を追い掛けることに一生懸命で恋愛に全く関心が無かったし、サスケに好きな人を尋ねる発想が浮かばなかった。
 サスケの気になる人って誰だろうと、ナルトは一人ずつ顔見知りのくの一を思い浮かべた。
――サスケの気になる人って誰だ? サクラちゃん? いの? ヒナタ?
「案外近くにいたりして……」
「誰?」
「さぁ? 私も知らないわよ。残念ながら私じゃないってことは確かだけど……。それよりも、アンタ最近無理し過ぎじゃない? ここのところ、任務ばっかり行ってるような気がするんだけど」
 サスケと並ぶぐらい綺麗に整ったサクラに見つめられてナルトは頬を赤く染めた。
「忍なんだから任務に行くのは当たり前だってばよ」
「それはそうなんだけど……。ナルト、無理しないでね。忍はいくらでもいるけどアンタの代わりはどこにもいないんだからね」
「サクラちゃん、心配してくれてありがとう。でもオレってば火影になるから頑張らなきゃいけないんだってばよ」
「ナルト……」
 ナルトを心配そうに見つめるサクラ。
「オレなら、大丈夫だってば……」
――あれっ?
 ふいに視界がぶれたのにナルトは違和感を抱いた。まるで地震が起こっているかのように周囲がゆっくりと揺れて微かな頭の痛みと吐き気が襲ってきた。
「ナルト、アンタ大丈夫!?」
 突然頭を押さえて蹲ったナルトにサクラは心配そうな声で言った。
「ただの寝不足だってばよ。任務中あんまり寝れなかったから……」
 ナルトは立ち上がると、心配そうに見つめるサクラに笑って答えた。
 任務とは関係なしに、休暇中に里に居る時でも、頻繁にこのような立ち眩みや吐き気がナルトの身に起こっていたのは内緒だ。もちろんサスケにも言ってないし、知られていない。もし万が一言えば彼らのことだからナルトを心配してナルトが任務を受けるのをやめさせるだろう。
 このような立ち眩みや吐き気、ナルトが任務を受けるのをやめる程のことではない。些細な体調不良だ。ナルトの身体のことはナルト自身が一番分かっているつもりだった。
「そう? 大丈夫そうには全然見えないけど……アンタ、顔真っ青よ」
「本当に大丈夫なんだってば! こんなのちょっと寝たら治る!!」
 ナルトはそう言うが、真っ青な顔で言われても全然説得力がない。当然サクラは納得しない。
 木ノ葉病院に行く行かないでナルトとサクラは口論になった。サクラは病院に行けと言う。だが、素直なようで裏返せば頑固なナルトは、一晩寝れば何とも無いと言ってサクラの話に耳を貸さない。
「何か大きな病気になってからでは遅いんだからね! アンタ、一生忍の出来ない身体になってもいいの!!」
「病気を治療するために任務を休むのも嫌だってばよ!」
 今すぐにでも火影になりたくて、最低限の休みを入れるだけで殆どの時間を任務に費やして毎日がむしゃらに頑張っているのに、休みでもすれば今までのナルトの努力が無駄になってしまう。
 休めば体力は落ちるし、忍としての勘やセンスも落ちる。
 火影候補はナルトだけじゃない。ただでさえ、人柱力で不利な立場なのだ。他の火影候補の誰かに火影の立場を奪われるのをナルトは危惧した。
「やっぱり病気なんじゃないの!! 病院行きなさい!!」
「コトバノアヤだってばよ! もしここで病院に行って入院させられて他の誰かが火影になってオレが火影になれなかったらサクラちゃんのせいだからな」
「なっ、私はアンタの身体を心配して……ナルト、アンタは自分の命よりも火影になることのほうが大事だって言うの!」
「そうだってばよ!」
「そう……。勝手にしなさい! どうかなっても私は知らないから」
 怒りに肩を震わせながら去っていくサクラの姿を見てナルトは少し熱くなりすぎたかと思った。大好きな親友のサクラの話を素直に聞き入れないぐらい火影になれないかもしれない未来はナルトにとって嫌なのだ。
 周りから異常に思われるぐらいナルトは火影になる事に強くこだわっている。それはサスケの里抜けという障壁がなくなってから顕著になった。
 ナルトの火影への執着力はどこから来るのか。当初皆から認められたい思いから火影を目指したナルトだった。だが、皆から認められるという点に関しては既に満たされ、火影に対する執着力だけが残された。ナルトが火影にこだわるのは、子供の時に皆から避けられていた思い出を忘れられないからかもしれない。九尾を腹に抱く身、いつ何時また里の皆から避けられるか分からない。

 後ろから近付いて来るサスケの気配を感じて振り向いた。受付所ではサスケに会わなかった。どこからやって来たのだろう。疑問に思いながらナルトはサスケに声を掛けた。
「よっ、サスケ!! 久しぶり! 元気にしてたか?」
 こくりと頷いて見せたサスケに対し、どうやら元気にしてたらしいとナルトは勝手に納得した。無表情で低いテンションだが、それがサスケの素だ。
「今、帰ったのか?」
「そうだってばよ。あぁ、腹減った。早く一楽でラーメン食いたい! なぁ、サスケ、奢って!」
「相変わらずお前は色気よりもラーメンだな」
 サスケの目に映る今のナルトの姿は、全身が泥や煤で汚れていて、髪はぼさぼさで、色気からは程遠い。
「色気なんかで腹が満たされるかっての……ってか、男に色気って何だよ!!」
 時々サスケは変な事を素で言う。サスケは容姿端麗で忍者の腕前もピカイチで完璧人間のように思われているが、サスケと長い付き合いのあるナルトからすれば、サスケは完璧なようでどこか抜けている。今のようにナルトがまるで女みたいなことをさらりとこぼすこともある。思わず乗ってしまいそうになる時もあるが、ナルトはサスケと同じ男であり、女ではないのだから、いくらサスケの顔が綺麗で見惚れそうになっても、サスケとどうにかなることはない。
「色気に男も女もない。お前に色気を感じないから思ったまま言っただけだ」
「あっ、そうですか……」
 相変わらずいけ好かない。可愛げのない人間だと思う。だが、可愛げのあるサスケというのも気持ちが悪くて見たくない。
 男に色気なんてどうでもいいと思うが、サスケにばっさり斬られてしまうと、腹が立つ。
「オレだって……おいろけの術を使ったら、お前がびっくりするぐらい凄ぇ色気のある美人のねぇちゃんに大変身だってばよ!!」
 素早く印を組んだ。
 おいろけの術は更にバージョンアップしていた。これでムラっと来ない男はいないはずだ。
「どう〜」
 谷間の胸を見せて、サスケの前で悩殺ポーズを取る。
 さすがのサスケでもこれには落ちる!とナルトは心の中で笑ったが、サスケは相変わらずの無表情でナルトを見ていた。サスケの表情が「だからどうした?」と言っている。
「お、お前、変!! 何で無反応なんだよ!!」
 ホモか! ホモなのか!? 今まで幾多もの男達を落とし、任務でも何人もの男達をその気にさせて役に立ったおいろけの術が通じないないって。
 何だか一人で張り切っているのが馬鹿馬鹿しくなって渋々元に戻った。
「お前って嫌な奴! そんなんじゃ恋人もできないってばよ」
「おいろけの術はオレには通じない」
「クソッ!! クソ、クソっ」
 あまりにも腹立たしくて地団駄を踏んだ。
「いいか!! いつかお前を落としてやるから覚えてやがれ!!」
「落とせるもんなら落としてみろ。言っとくけど、オレは落ちないからな」
 ナルトのおいろけの術に落ちないサスケがどの女性に落ちるのだろう。
 ふと先程のサクラとの会話が頭を過ぎった。
 サクラは違うと言っていたが、もしかしてサスケが惚れているのはサクラなのだろうか。
 昔のサクラは単純に可愛らしいかったが、ここ数年で美しくなった。
 サスケをちらちらと見る。
「何だよ?」
「別にぃ……」
 サスケとサクラが並べば美男美女でお似合いだ。そう考えるとお腹がぎゅっと引き締められるような痛みを感じた。そんなナルトをサスケは見つめていた。


 サスケはナルトに無理矢理連れられ、一楽を訪れた。
 一楽は1年前に改装され、店内にはカウンター席の他にテーブル席があった。
 ナルトとサスケはカウンター席に並んで座っている。
 ずるずると音を立てて勢い良くラーメンを啜っているナルトの横顔を、サスケはテーブルに頬杖をついて眺めていた。
 ナルトが任務から帰ってきたという何だかよく分からない理由でラーメンを一杯ナルトに奢ることになった。任務帰りにサスケがナルトにラーメンを奢らされるのは恒例行事で、断ればいいのに憎まれ口を叩きながらもいつも奢ってしまうのは惚れた欲目か。

 ナルトは正真正銘男だ。もちろんサスケも男だ。
 まさか、男に惚れるなんて思わなかった。しかも、親友であり、ライバルでもある男にだ。10代の頃は、ナルトの強さに恐怖を抱いて強くなろうと里抜けまでしたのに。ふと気付いた時にはナルトが好きになっていた。
 サスケの好みは、亡くなった母親のような母性本能に溢れた優しくて長い黒髪の女性だ。ナルトは全く当てはまらない。
 ナルトに女性のような要素があるわけでもない。
 髪は短髪、任務であちこちを飛び回るせいか会う度、髪はバサバサしているし、全身が泥や煤だらけで汗臭い。がさつな仕草に態度。男の中の男だ。どこにも男が男に惚れる要素はない。

 先程の光景――おいろけの術で美女に変身したナルトが頭に過ぎった。ナルトが好きなはずなのに、美女になったナルトを目の前にしてもサスケは何も感じなかった。普段のナルトがいいのに何故わざわざ変身するのだろうと疑問に思う。ナルトはおいろけの術の腕を上げてサスケを落としてやろうと企んでいるようだが、無駄だ。どんなにナルトが腕を上げて世界一の男を虜にする美女に変身してもサスケは落ちない。
 おいろけの術で美女に変わったナルトは、ナルトであってナルトではない。サスケからすれば別人のようなものだ。だから、どんなに色気のある美女に変身しても、何も感じない。こう思うと、自分はホモなのかと疑ってしまいそうになるが、女同様、他の男にも興味は無い。
 不思議だ。色気があって美しい女性のナルトには何も感じず、色気も無い男性のナルトには何かを感じさせる。前者と後者ではどう違うというのだろう。

 無防備な姿でラーメンにがっつくその姿は下品で色気が無い。だが、幸せそうな表情を見ていると、心が和むのだ。
 ナルトが帰ってきた日に会わなければ奢らされることもないのに会ってしまうのは偶然じゃない。ナルトの笑顔をいち早く見たくて事前にナルトの帰還予定日をリサーチしてナルトが帰ってくるだろうと思われる日にサスケは受付所に足を運ぶのだ。
 空腹の勢いは治まったのか、ラーメンを口に入れながら、ナルトは話す。唾が飛んで来るのに顔を顰めて、サスケは「食いながら喋るな!」と額を指で弾いた。
「痛ェ……」
 そう言いながらも表情は嬉しそうだ。
 サスケに会う前にサクラに会ったとナルトは話した。それを「ふーん」と特にあまり関心が無いような表情でサスケは聞き流す。
「ふーんって何だってばよ! 冷てーな」
 今日帰ってきたばかりのナルトと違ってサクラとは嫌でも会うので今更何の反応もしようがない。サスケのナルトへの秘めた思いに気付いているサクラ。つい先程会った時に『さっさとナルトに告白してモノにしちゃいなさい。じゃないとあの子のことだからサスケ君の手の届かない所に行っちゃうわよ』と言われたのを思い出した。
 サクラに言われて簡単に告白できるなら既にやっている。キラキラとした表情で、『オレ達って親友だよなぁ』と言うナルトを見ていると何も言えないのだ。
 サスケとナルトでは好きの意味が違う。ナルトはLikeでサスケはLoveだ。サスケはナルトを親友じゃなく、恋愛対象として見ている。それに対してナルトはサスケを純粋に親友だと思っている。
 以前ナルトに『お前と居ると素で居られる』と言われた。その言葉を聞いて自分はナルトの特別なのだと心密かに喜んだが、次の言葉で落とされた。
『親友っていいよな』
 ナルトとの親友という関係性に誇りを持っていた時もあった。だが、あくまでも親友は親友であり、それ以上でもそれ以下でもない。サスケがナルトの親友である限り、ナルトとの関係性が恋人になることはないのだ。親友というポジションは今のサスケには障壁だった。

「サクラちゃんの話で思い出した。サスケ、また、お見合い断ったんだって」
「興味無い」
 写真を見るまでも無く、見合いなんてお断りだった。たとえ、ナルトとの関係が平行線でも、見合いなんてしない。
「またバッサリ斬ったってばよ。勿体無い。何が不満なんだってばよ!? 綺麗な子ばっかりなんだろ?」
 好きな相手にそのようなことを言われて心が痛んだ。誰に言われてもナルトにだけは言われたくない。見合い相手がナルトなら絶対受けるのに、当たり前だが、見合いの候補者にサスケと同じ男であるナルトの名前が入っていることはなかった。
「好きな奴がいるから見合いは受けるつもりはない」
 ナルトに熱い視線を向ける。たとえサスケに気がなくても、里一綺麗だといわれるその美顔に見つめられたら、胸を打たれ、サスケを好きになってしまうだろう。残念ながらナルトは男であり、他人が自分に向ける好意に鈍かったのでサスケの好意が込められた異常な視線に気付かなかった。
 賑わう一楽の店内、ほぼ満席だ。だが、ナルトとサスケの席以外のカウンター席だけが空席だ。ナルトとサスケ周辺からは異常なオーラが出ており、そこに近付く者はいなかった。異常なオーラというのはサスケただ一人から出ており、"オレとナルトの時間を邪魔したら殺す"という目に見えないメッセージが感じられた。
 それはここだけのことではなく、里内をナルトとサスケが二人で歩いている時にもある。一部の人間、サクラを含めサスケに近い人間の殆どは、サスケがナルトに向ける執着心の意味に気付いていた。だが、サスケに近い人間の中でナルトだけが何も知らなかった。相変わらずサスケを親友だと思っている。そうでなかったら今のように無防備な姿でサスケのそばにいないだろう。

 不勝どころか、最初から勝負になっていないナルトとの恋の駆け引きを続けているサスケに対し、サクラは苦笑いをしながら言った。『ナルトにはちゃんと口に出して言わないと一生気付かないわよ』

 ナルトは考えていた。
――サスケの好きな人って誰なんだってばよ!!
 そのことを考えると、何だか腹立たしいような、よく分からない気持ちにさせられる。それが何かを考えるのはナルトの中の何かが壊れてしまいそうで避けた。問い質したいが、サスケの回答を聞くのが恐い。

「好きな相手がいるんなら告白すればいいじゃん。サスケだったらうまくいく。それはオレが保証すっから」
「どうかな? 今までずっと負けっ放しだ」
「ええ!? サスケ、振られたの!!」
「いや、告白はしてないから振られたというと間違いだが、毎日振られてるようなものだな」
「ひでぇ奴だな、そいつ」

 何だか変な感じだなとサスケは思った。好きな相手を目の前にして恋愛相談なんて笑える程おかしい。
 サスケの好きな相手はナルトなので、ナルトが言ったことはそのままナルトに返ってくる。告白すればいいと簡単に言うが、ナルトは自分が言ったことを実際にサスケにされたらどういう態度に出るのだろう。
 酷い奴だというナルトの反応はまさにそのままナルトなのだ。お前が言うなとサスケは言いたい。ナルトが好きなサスケに対して、見合いを勧める、好きな相手に告白しろと言う。知らないということは時に残酷だ。

「オレなら絶対断らないのになぁ」
「えっ……!?」
 一瞬聞き間違ったのかと思ってうまく反応できなかった。ポーカーフェイスが売りのサスケの表情が崩れ、戸惑ったような表情をナルトに見せた。
 呆けておらず、このタイミングでナルトに「好きだ!」と言えば良かったのだが、次のナルトの言葉がサスケに言わせなかった。
「あっ、それはオレが女だったらの話だから!! 男のオレにサスケが告白するなんて有り得ないよな」
 はははとナルトは音を立てて笑った。

 サスケの好きな人に関心がなくなったのか、ナルトは話題を変えた。ナルトの話を適当に聞きながらサスケは固く決意した。ナルトへの気持ちは一生胸に秘めておこう。ナルトと恋愛的にどうかならなくても傍に居られたらそれでいい。ナルトがサスケ以外の別の人間と一緒になることはサスケの頭に浮かばなかった。


 一楽に入る前は明るかったのに、ナルトと飲み食いして外に出た頃には既に暗くなっていた。
 ナルトとサスケは別れてそれぞれの家に戻るはずだったが、酒に酔って身体を不安定に揺らすナルトをサスケは放っておけず、「一人で帰れる!!」と言い張るナルトに付き添った。

「サスケェ〜……ヘヘヘっ…楽しいってばよ」
 ふわふわとしたものに周りを囲まれてナルトは楽しくて仕方がなかった。
 サスケに身体を支えられ、始終笑顔で笑い声を立てながらサスケの名前を連呼した。

 今のナルトはサスケにとって毒だ。赤い顔をしたナルトに笑顔で名前を連呼され、サスケを何とも言えない気分にさせられる。今すぐにでも押し倒してその身体を暴きたい衝動をサスケは理性で押し殺した。ここが寒風吹き荒ぶ外じゃなくてナルトの家だったら危なかっただろう。

 ナルトのアパートに着いて扉に手を掛けると簡単に開いた。
「おい、ナルト、鍵閉めろっていつも言ってるだろ。せめて任務で外に出る時は鍵掛けろ!」
「忘れてた」
 てへっと悪気が無さそうにナルトは笑った。
 ナルトは強いから泥棒に入られて命の危険に晒されることはないだろうが、せめて任務で家を開ける時は鍵を掛けろとサスケは思う。何度も何度もナルトに言うのだが改められたことはない。
 任務に力を入れすぎて他は疎かになるのか、ラーメンばかりの食生活にも見られるようにナルトの生活習慣はいい加減だ。
 玄関に足を踏み入れて、スイッチに手を伸ばすと、暗かった部屋の中が一瞬で明るくなった。
 一歩足を踏み入れ、散らかった室内に顔を顰めた。
 脱ぎ散らかした服、食べた後に放置されたままのカップめんの空の容器、開きっ放しの巻物等がサスケの視界に入る。開きっ放しの巻物に関しては、忍には忍具の次に大事なのにいい加減に扱うなんて……と思った。
 脚で障害物を退かせながらベッドに移動した。今度時間がある時に掃除をしにナルトの家を訪ねようと心に誓った。
 ベッドに肩で支えていたナルトを座らせた。
「水持ってくるから待ってろよ」

 水道の蛇口を捻り、コップに水を注ぐ。その周辺が食べ終わった後の残骸により汚かったのにはこの際目を瞑った。
「ほらよ」
 頬を赤くしてぼんやりとしているナルトに水の入ったコップを差し出した。コクリと頷くとそれを手に取り、コップの縁に口を付けた。ごくごくとのどを鳴らし水を飲み干すのをサスケは眺めていた。

「ふぅっ、生き返った」
「死にそうなぐらい酒飲むな」
「サスケってばいつも厳しいってばよ」
「お前がだらしないからだ」
 本当、危なかしくて目を離せない存在だ。ナルトは。
「でもそんなサスケも悪くないってばよ。何だかんだ言ってもオレに優しいからな。いつもサンキュ!」
 にーっとナルトは笑った。突然の不意打ちにサスケは言葉に詰まった。表面上はいつものポーカーフェイス、心中は動揺でいっぱいだ。時々サスケの心を打つ言葉をさらっと口にするからナルトは厄介な人間だ。

「ナルト、いつから任務なんだ?」
「サスケは?」
「一週間後」
「そっか。オレは明後日からだ」
「早いな」
「予定詰まってるから。でもしょうがないってばよ。オレは将来火影になるんだから!! 休んでなんかいられねぇ」

 昔からずっと聞いてきたナルトの夢をナルトは今も諦めていない。下忍の頃はお前みたいなドベが火影になんてなれるかと馬鹿にしていたが、今は、毎日無理をしてがむしゃらに頑張るナルトの姿勢がサスケには痛々しく映る。
 その裏に、里の人間に認められ続けたい、ナルトの、人間に対する飢えみたいなものを感じるからだろうか。人に愛されたいと願いながらも決してその愛情をナルトは受け入れない。
 もし万が一頑張って火影になれたとして、ナルトはそれで満足できるのだろうか。
 ナルトが本当に目指しているのは一体どこなんだろうとサスケは思った。

「無理しすぎるなよ。いつか体壊すぞ」
 サスケに会う前にサクラに口煩く言われたのをナルトは思い出した。サスケもサクラみたいなことを言うと少しムッとした。
「オレを誰だと思ってるんだよ。大丈夫だって。サスケもサクラちゃんも心配しすぎなんだってばよ。オレは大丈夫だから……」
 だんだんナルトの声が小さくなる。ナルトは一瞬過ぎった嫌なイメージを掻き消した。
「自分を過信しすぎるな。お前が丈夫なのは知ってる。でも、限界ってもんがあるだろ。そこのところ、よく考えろ。火影の代わりはいくらでも居てもナルトの代わりはナルトしかいないんだからな」
 ぼんぼんと軽くサスケはナルトの頭を撫でた。
 その家柄と容姿で昔から周りに人が集まっていたサスケには、人から見てもらえなかったナルトの孤独を知らない。
 今は里の人間に認めてもらえているが、里の人間からの信頼はいつなくなるか分からない。それは明日かもしれない。火影を目指す気持ちの裏には里の人間から見放されるのを恐れる気持ちがあった。だから、安定を求めて火影を目指すのだ。
 不器用なサスケの優しい言葉も手もナルトは素直に受け入れられなかった。

 サスケはナルトが心配だなと思いながらもその身体は疲れていて欠伸を噛み殺した。
 くるっと身体を扉の方に向けるとナルトが言った。
「サスケ、帰んの?」
 泊まっていけばいいのになぁとナルトは思った。
「あぁ、帰る」
「泊まっていけばいいのに……」
 思わずポツリと漏らした。いつも一人でも平気なのに酒に酔っているからなのか、何故か今日は人恋しい気分だった。サスケに傍にいて欲しい。そういう思いが思わず外に出たのだろう。
「……」
 サスケに沈黙で返され、ナルトは気まずくなって取り繕った。
「あっ、え〜っと、ほら、オレ今まで任務で忙しかったからサスケと会うの久しぶりだろ。明後日にはもう里出ねぇといけねぇから、少しでもサスケと長い時間居られたらいいなぁって……。駄目?」
 軽く首を傾げてサスケを見た。
 まるでおねだりするような仕草をナルトに見せられて顔に出さずともサスケは動揺していた。
 心の中で声にならない叫びを漏らす。
――か、可愛い!! 誘ってんのか、あぁ、誘ってんだろ!! 駄目って何だ!? そう言われて駄目って断れるわけねぇだろうが。
 サスケがこのままナルトの部屋に留まって、ナルトと甘い雰囲気になっている光景がふっと脳に過ぎった。
――悪くないな。
 サスケの頭の中で計画という名のただの妄想が繰り広げられる。
 この機会を逃さずにナルトに告白して、キスをして、最後にナルトの初めてを頂く。
 展開が早過ぎるが、恋人も作らず、長い間一途にナルトを想い続けたサスケの場合、仕方がないと言える。

「サスケ!?」
 ナルトに名前を呼ばれてサスケははっと我に返った。
 この場の空気に呑まれ掛けていた自分を叱咤して冷静になった。
 ナルトと二人きりの状況なんて別に珍しくもないが、任務の状況以外で、静かな部屋の中、サスケの傍で無防備に眠るナルトの姿を視界に入れて自分が冷静で居られる自信がない。

「いや、別に泊まりたくねぇなら帰ってもいいけど……。そんな悩むことでもないだろ」
 ナルトは拗ねたような声色で言う。
「あぁ、悪い。今日は家でやることあるがから帰る」
「そっか……」
 ナルトの声に残念そうな響きを感じた。

「サスケ」
 帰ろうとするサスケの背中にナルトは声を掛けた。
 ナルトに呼ばれてサスケは振り返った。
「何だ?」
「好きな子に告白しろよ!!」
「いいのか?」
「何が?」
「告白するぞ」
「すれば?」
「するからな!! 却下は無しだぞ!」
 
 ナルトの部屋を出たサスケは、さっき告白すれば良かったと、せっかく良いチャンスだったのにその場で告白しなかったことを深く後悔した。
 名残惜しそうに今出たばかりの扉を見つめた。
 明日また出直そう。その時に告白をすればいい。

――待ってろよ! ナルト!
 ククク……と少し不気味な笑みを浮かべていたが、暗くなった外、人もおらず、サスケのその表情を他人に見られることはなかった。
 何年待ったのだろう。隣に獲物がぶらさがっているのにただ指を銜えて見ているだけだったが、ついにこの時が来たのだ。
 先程ナルトへの恋心を一生胸に秘めておくと心に誓ったのも忘れ、絶対にナルトを落としてやる!と闘志を燃やしていた。
 
 その頃ナルトは、たった今閉まったばかりの扉を少し寂しげな表情で見つめていた。

 サスケには幸せになって欲しい。
 自分のことを棚に上げ、いい年をしていつまで経っても、恋人も作らず、任務一筋なサスケをナルトは心配していた。せっかくいい縁談があるのに断り続けているのが勿体ない。

 いつか、サスケにも、特別な女性が現れ、結婚して、子供を作る。
 サスケは里に残った唯一のうちは一族の人間だ。結婚して子供を作ってその貴重な血筋を次世代に繋ぐ事がサスケの責務だ。サスケの親友であるナルトは、サスケにそうなるように導く使命感を抱いていた。
 見合いは断っても、好きな女性が居るならまだ救いがある。後はサスケがその女性に告白するだけだ。サスケに告白されて断らない人間はいないだろう。
 そうなったら、サスケの隣にはナルトじゃなく、その女性が立ち、ナルトはいつでもサスケと会うわけにはいかなくなる。
 サスケの幸せを望んでいるのに、そのような場面を想像すると、きゅーんっと胸が締め付けられた。
 胸から込み上げて来る吐き気に、そこまでサスケがいなくなる未来がショックなのかとナルトは驚いた。
 室内がナルトの目の前でゆらゆらと揺れていた。薄らと光る電灯がチラチラしているように見えて余計に吐き気が増した。一瞬地震でも起きているのかのかなぁと思ったが、違った。
 気持ちが悪い。思わずナルトは口元を手で覆った。
 苦しさに顔を歪ませながら、サスケの不器用な優しさを思い出して笑った。サスケに『火影の代わりはいくらでも居てもナルトの代わりはナルトしかいないんだからな』と言われて頭を撫でられたのが今頃になって効いてきた。サスケの不器用な優しさが嬉しくてナルトの目から涙が零れた。
「あれ、オレってば何泣いてるんだろう」
 昔のサスケはナルトに無関心で冷たかったのに今のサスケは痛い程に優しくてナルトの心が痛む。
 ぼろぼろと次から次へと流れてくる涙を乱暴な仕草で拭った。火影を目指しているのにこんなに弱い心では駄目だ。そう思ってナルトは涙を抑えようとしたが、そのナルトの心に反するように涙は止まらなかった。

 ナルトの意識が薄らいでいく中、サスケに「告白しろ!」と言ったことを思い出した。今度サスケに会ったらちゃんと告白したか問い質そう。
 座ったまま意識をなくしたナルトの手から飲み終わったコップが零れ落ちた。


Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!