何も知らない

 先日ナルトと喧嘩別れをしたサクラだったが、あの後ずっとナルトの事を気にしていた。
 翌朝起きた時胸騒ぎがして、慌しくナルトの部屋に向かった。
 ナルトの部屋の前に着くと、近所迷惑になりそうな程の大きな声で叫びながら、サクラは激しく扉を叩いた。
「ナルト、居るんでしょう!! 居るなら返事しなさい!!」
 幸いにもこのアパートに住んでいるのはナルトだけで、朝から騒がしいサクラに注意する者は誰も居なかった。
 出て来ないナルトに焦れてサクラは扉をぶっ壊そうかと思った。
 腕を振り上げようとしたが、ふと思い出し、腕を下げた。
 もしかしたら、ナルトは鍵を閉めていないかもしれない。
 基本的にナルトは部屋の扉の鍵を閉めない。閉めないというより閉め忘れるのが正しい。ナルトの情熱が全て任務に傾いているかのようにナルトの私生活はどこか抜け落ちている。
 鍵を閉め忘れるナルトにサクラはいつも口を酸っぱくして、「鍵を閉めなさい!!」と言っていた。だが、何度言ってもナルトの悪い癖は改善されない。何も起こってないからいいか、とサクラは諦め掛けている。
 サクラは恐る恐る扉の取っ手に触れた。そのままゆっくりと回す。鍵が閉まっている時の手応えの悪さをサクラに感じさせず、扉は開いた。
 中に入ったサクラの視界に映ったのは散らかった室内とベッドの傍でうつ伏せに倒れたナルトの姿だった。ナルトの傍には飲み終わったコップが倒れている。
 服装は昨日別れた時と同じ。見た感じでは、疲れ果てて倒れるようにして眠っているのか、体調が悪くて気を失ったのか判別できない。
「ナルト?」
 呼び掛けたが、ナルトはサクラの呼び声に無反応だった。
 サクラの脳裏に先日の調子の悪そうなナルトの姿が映った。顔色が真っ青で明らかにどこかおかしかった。
 あの時にナルトのことを引き止めて病院に連れて行かなかったことを後悔した。ナルトの大丈夫は当てにならないって分かっていたはずなのに、サクラはナルトの笑顔に安心して別れた。
 ナルトは里を救った英雄で火影候補の男だ。ナルトが心配だと、任務帰りのナルトに会う度に思っていたが、まさかナルトが大事になるなんて心の奥底では思っていなかったのかもしれない。ナルトなら大丈夫!だと根拠の無い自信があった。
「ナルト……ナルト! ねぇ、起きてよ!」
 何度呼び掛けても目を覚まさないナルトにサクラは泣きそうになった。すっと目を覚まして、今のは冗談だったと、いつもの太陽のように明るい笑顔を見せて安心させて欲しい。サクラの願いも空しく、ナルトは目を覚まさなかった。
「どうしよう……」
 少々混乱した頭を叱咤して、この状況をどのように切り抜けるか考えた。単に怪我をしているのなら、サクラの医療忍術でも対応できるのだが、外見状は無傷なナルトにはサクラの手に負えない。その時ふと浮かんだのは、サクラの師匠であり、五代目火影である綱手の姿だった。
 綱手は医療忍術のスペシャリストだ。彼女ならナルトに対応できる。
 サクラは華奢な身体には似合わず、ナルトを軽々しく抱えると、窓から外に出た。

 目を覚ました時真っ先に視界に入ったのは白い天井だった。その白い天井に見覚えはあるが、頭がぼんやりとしていていつどこで見たのか思い出せない。
「ここは……」
「病院よ」
 ナルトの呟きに答えたのはサクラだった。
「サクラちゃん……」
 視界にサクラの姿が映ったかと思うと、サクラに顔を覗き込まれた。綺麗な顔立ちをしたサクラに見つめられ、思わずナルトは頬を染めた。
「ナルト、気付いたのね、良かった。綱手様呼んでくるね」
 サクラは慌しく駆けると病室を出た。
 ぼんやりとした意識の中、視線だけで辺りを見渡した。 頭上には、無機質な白い天井がある。右側にはすぐ傍にカーテンの開かれた窓があり、そこから陽射しが入ってくる。周囲を漂う薬品の臭いが鼻を刺激した。
 この部屋はナルトが戦いで大怪我を負った時に何度も世話になっている場所だった。どうりで見覚えがあるはずだとナルトは一人納得した。
 ふいに左腕に違和感を抱いて見ると、そこには点滴が刺さっていた。点滴のチューブを辿って見上げれば点滴パックから液が落ちているのが見えた。
 一体どうなってるんだろう。ナルトは記憶を探る。サスケと一楽に行った後、サスケに連れられて部屋に戻ったところまでは覚えているが、その後の記憶が曖昧だ。
 しばらくすると病室の扉が開いて、綱手とサクラが入ってきた。
 ナルトは身体を起こそうとするが、力がうまく入らず、無理だった。
 仕方なくベッドに横たわったままで居ると、ベッドに近付いた綱手がナルトの顔を覗き込んだ。
「やっと、起きたのかい。心配させるんじゃないよ」
「バァちゃん……」
 力のない声でナルトは言った。
 綱手は身体を動かせないナルトに配慮し、ベッドの高さを調節してナルトの上半身を起こしてくれた。上から見下ろされるのはあまり心地が良くない。綱手に心の中で感謝しながらナルトは尋ねた。
「なんでオレはここにいるんだってばよ?」
 ナルトが今一番気になっていることだ。ナルトの問いに答えたのはサクラだった。
「倒れたのよ。アンタ、自分で無茶してないって言ってたけど、倒れたことが無茶してる何よりの証拠じゃなの!」
「ごめん、サクラちゃん」
「謝るんならこれ以上私を心配させないで。自分の身体、大事にしなさいよ!」
「ナルト、サクラに感謝しな! 倒れたお前を一人で担いで私のところまで連れてきてくれたんだよ」
「サクラちゃんが?」
「綱手様! そんな大声で……」
「本当のことだろう。何を恥ずかしがってるんだい?」
「サンキュ! サクラちゃん。ってぇ……」
 頬を赤く染めたサクラの拳がナルトの頬に食い込んでいた。腕っ節の強いサクラであるからその痛みは尋常じゃない。サクラの拳のおかげでぼんやりとしていたナルトの意識も一気に覚めたような気がする。ナルトは涙目でサクラを見る。
「友達なんだから助けるのは当たり前でしょう! 心配させるんじゃない!」
 サクラが言っている間にもサクラの拳はナルトの頬をえぐり続ける。我慢できずナルトは悲鳴を上げた。
「サクラちゃん、手ぇ! 離して。痛い!!」
「や、やだ! ナルト、大丈夫!!」
 慌ててサクラはナルトの頬から拳を解くと労わるように撫でた。
 ナルトとサクラのやり取りを傍で見ていた綱手は豪快に笑った。

「バァちゃん、まだ?」
 いつまでも続きそうな綱手の診察が退屈でナルトは綱手に話し掛けた。
「今話し掛けるな!」
 綱手に強く言われ、ナルトはむぅっと口を膨らませた。
 上半身だけ服を身に着けていないので空気が直接肌を刺激している。今が冬じゃないのが幸いだ。
 何とはなしに、視線を下に落とすと、腹の表面の上で綱手の手が動いていた。
 しばらくすると綱手は声を上げた。
「よっし、大丈夫だ! ナルトもう服着ていいぞ」
「よっしゃぁぁ !!」
 綱手の大丈夫という言葉をナルトの身体に異常はないという意味で解釈し、ナルトは喜びの声をあげた。慌ただしく服を身に着ける。
「バァちゃん、もう退院していいよな。明日から任務なんだってばよ」
 任務のことを思うとナルトの全身の血が騒ぐ。
「ああ、そのことなんだが……」
「なに、なに?」
 ナルトはにこにこ笑いながら綱手に期待の目を向けた。
「任務はキャンセルにしな」
綱手はさらりとナルトにとってはとんでもないことを口にした。
「そうか。って、えええええぇぇ!!」
 うっかりそのまま流しそうになったが途中で意味に気付いてナルトは大声を出して驚いてみせた。すると、綱手は顔を顰めながら言った。
「うるさいな。ここは病院なんだから静かにしな!」
「バァちゃん、ごめん」
 ナルトは声のボリュームを控えめにして言った。
「それどういうことだってばよ!」
「そのままの意味だ。今回の任務だけじゃなくて、しばらく任務に出るのは諦めな」
「さっき大丈夫って言ったのは何だったんだってばよ」
「それは九尾の封印が緩んでないかという意味で大丈夫だって言ったんだ。突然意識なくすような奴、危なっかしくて任務なんか任せられないよ」
「それは酒飲んだからで……」
「酒飲んだからって突然意識なくすのかい? あの意識のなくし方は尋常じゃないよ。チャクラも何だか不安定だし、サクラから聞いた話も気になる。ちゃんと調べて大丈夫だって分かるまで入院だよ」
「でも……」
「でももクソもない! 私が駄目だって言ったら駄目なんだよ!」
 こうなったら最後の頼みの綱はサクラだ。ナルトは傍にいるサクラに泣き付いた。
「サクラちゃん! サクラちゃんからもバアちゃんになんか言ってくれよ!」
「私も綱手様に賛成! 今のナルトは危なっかしくて外に出せないわ」
「サクラちゃんまで! こうなったらサスケに頼んで……」
 ぶつぶつとナルトは呟いた。ナルトにとって昔は嫌な奴でしかなかったサスケは今丸くなってナルトに優しくなってきた。そんな彼だったらナルトの言い分を聞いて味方になってくれそうだ。
 あくまでも任務に出ることにこだわるナルトにサクラはふぅっと息をついた。
「ナルト、この機会だからゆっくり休みなさいよ。最近任務続きだったんでしょう」
「オレに休んでる暇なんかないんだってばよ……」
 声のトーンを少し抑えて話したナルトの表情はやや思い詰めたような感じだった。
綱手はやれやれといった表情をし、サクラは心配そうな表情で「ナルト……」と呟いた。
 
 その夜は、いつものナルトの部屋ではなく、病室で過ごす事になった。今回限りのことではなく、しばらくの間その状態が続くようだ。
 消灯時間が過ぎ、部屋の中は真っ暗だ。
 室内の中で一人、ナルトはベッドに横たわっていた。
 点滴は未だつけられたままで左腕の違和感が消えない。
 針が刺さった部分が少し痒くて先程から掻きたくなる衝動を何とか堪えていた。
 とっくに寝ていてもおかしくない時間帯だが、神経が過敏になって眠れない。
 今になってもナルトはまだ納得がいかないでいた。
 綱手やサクラはナルトの身を心配しているが、ナルトからすれば心配のしすぎだと思う。
 近頃、身体が変だというのは思い当たる節がある。意識がなくなるのは今回が初めてだが、吐き気、めまい等意識を失う前の段階の身体の不調は幾度かあった。
 だが、ナルトはただの過労だと思って気にもとめてなかった。大怪我を負ってもすぐに治ってしまう驚異的な回復力のおかげで、自分だけは大丈夫だという過信があった。
 ナルトからすれば大したことがないのに、明日の任務をキャンセルしなければいけないのは気に食わない。
 明日どころかしばらく任務に出られなさそうだ。今後のことを思ってナルトは少し憂鬱な気持ちになった。
 だがナルトは元々楽観的な性格なので長い間ネガティヴな思考を保つことはできなかった。
 大丈夫、何とかなる。どうせすぐに何でもないことが分かって任務に出られるようになる。希望を胸にナルトは目を閉じた。

 里のほとんどの建物の明かりが消えている中、唯一火影室のある建物だけ明かりがついていた。
「ふぅ、やれやれ」
 徹夜を覚悟した仕事がようやく落ち着きを見せ、綱手は息をついた。
 机の上には処理済みの書類が積んで置かれている。
 傍に控えていたシズネが綱手に話し掛けた。
「お疲れさまです、綱手様!」
「あぁ、疲れたよ」
 綱手は立ち上がると肩を鳴らした。
 今日は忙しい日だったなと今日1日を振り返る。いつも通り、火影室で仕事をしていたところ、サクラが青い顔で入ってきた。聞けばナルトが意識をなくして倒れていたらしい。元気が取り柄の彼が意識を失うなんてただ事ではないと思い、仕事を中断して木ノ葉病院に向かった。
 結局意識はちゃんと戻ったのだが、彼の体調が気がかりで原因がはっきりと分かるまで入院させることにした。
 綱手が外に出掛けたから仕事が減っているわけではなく、病院から綱手が戻れば、当然中断する前と同じ状態で机に積まれており、更にその後に持ち込まれた仕事もあり、轍夜を覚悟した。幸い轍夜は回避できたが、ナルトの件がなければもっと早くに仕事を終わらせて今頃はベッドの中だったかもしれない。
「大変でしたね」
 サクラが火影室を訪ねた場面にシズネも居合わせていた。
「ナルトは大丈夫そうなんですか?」
「何とも言えないな。見たところただの疲れか、二日酔いかと思ったが、突然意識をなくしたというところが気がかりでな。あいつは人柱力だからな。少し様子を見ようと思う」
「じゃあ、ナルトの任務はキャンセルですね?」
「そういうことだ。しばらくは任務をさせない」
 ナルトには苦痛なことだろうが、近頃任務のことで頭がいっぱいになっている彼にはいい薬だと思う。しばらく任務から遠ざかり、頭を冷やせばいい。
「あっ、そうだ。ナルトのことで思い出した。シズネ、ちょっと頼まれてくれないか?」
「何ですか?」
「ある本を探して欲しいんだ」

――クソッ、今頃は任務だったのに!
 本来なら、今頃は任務に出掛けていたはずなのに、現実は病院のベッドに横たわっている。
 昨日から入院生活が始まったが、任務と異なり、入院は危険は全くないが、退屈で、心が高揚することはない。
 病室のベッドで安静にしているだけの1日は、元々活発的なナルトには苦痛なことだった。
「あぁ、つまんねぇ……」
 サスケの知恵を借りて病院から脱出しようと考えていたが、肝心のサスケが来ない。
「何やってんだってばよ、サスケの奴。親友が大変な目に合ってるってのに」
 ふと前日のサスケとのやり取りを思い出して、好きな子に告白して今頃デートでもしてるのかなと思った。
「そっか、だよな……」
 何だか複雑な気分だ。サスケの幸せを喜ぶ思いと、自分より好きな子を優先するのかという矛盾した二つの思いがナルトの中で交錯する。

 3日目にはとうとう我慢ができなくなって入院着のまま窓から病室を抜け出した。
 とっさの思いつきの行動で何か計画があるわけではない。
 久しぶりに味わう外の空気は爽快だった。
 建物から建物へと素早く飛び移って移動した。
 どこかの建物の頂上で落ち着くと、空を見上げる。その色は、ナルトの瞳と同じ青色で、雲一つなく晴れ渡っていた。思わずすぅーっと大きく息を吸い込んだ。気持ちがいい。
 さぁ、これからどうしようか。
 高揚する気持ちのまま、ジャンプすると、視界に一瞬里の光景が移った。
 入院生活の中でためてきたストレスを解消するように、どこかに落ち着くこともなく、里中を動き回っていた。
 気付いた時には、里が夕闇に染まっていて、仕方なくナルトの部屋に戻った。だが、その扉には鍵が閉まっていて中に入れなかった。ナルトには部屋の扉の鍵を閉めた記憶がなかったので、恐らく、サクラが鍵を閉めたのだろう。鍵を持っているのも彼女だ。
 ぐぅっとお腹が鳴って思わず腹を押さえた。病室から出てからずっと何も食べていなかったのを思い出した。
 どこかで落ち着いて何かを口に入れたい。とっさにサスケの存在を思い出した。
 そうだ。サスケに頼ろう。
 自分でもいい案が思い付いたとナルトの表情は明るくなった。無口・無表情で取っ付き難い印象を与えるサスケだが、長年の付き合いで心根は優しいとナルトは知っていた。文句を言いつつも、ナルトを助けてくれるはずだ。
 だが、すぐに思いとどまった。表情が一転し、暗くなる。もしかしたら、好きな子と一緒にいるのかもしれない。そう思うと、これ以上足を踏み出せなくなった。
 サスケは優しいからたとえ好きな子と一緒だとしてもナルトを助けてくれるかもしれない。だが、ナルトは嫌なのだ。サスケが自分以外の誰かと二人でいるところを見るのは心が痛い。
 どこにも行くあてがなかったので、結局病室に戻るしかなかった。
 すっかり気落ちして病室に戻れば、鬼のような血相でサクラが待っていた。
「ナルト、今までどこ行ってたのよ!」
「さ、サクラちゃん、そんなに怒らなくても……」
「怒るわよ! ナルトに会いに病室に行ったら居ないし、それから病院中探しても見つからないし……。心配したんだからね!」
「ごめん。ここにずっと居るのも退屈で……だからちょっとだけならいいかなと思ったんだってばよ」
「で、満足したの?」
「そりゃもう……」
 へらへらと笑いながらナルトは言う。今にも噛みついてきそうなサクラが恐ろしくて思わず後ずさる。
「なら良かった。これからは大人しくできるわよね」
 サクラは笑顔でナルトに釘を刺した。こくこくとナルトは頷いた。
「次居なくなったらその時はボコる」
 言いながらサクラは拳を鳴らした。
 サクラにボコられた己の姿を想像してナルトは身震いした。今日のことをサクラが忘れるまでしばらくの間大人しくしておこうと心に誓った。

 翌朝、目覚めると、妙なけだるさを感じた。昨日久しぶりに外で暴れ回ったから疲れたのかもしれないと特に何も思わなかった。
 だがさすがに、朝食の時間帯になって目の前に朝食が用意されてもあまり食欲がわかないのは変だと思った。近頃は食事だけが唯一の楽しみだったのに今は何も口にしたくない。
 食事に手もつけずぼんやりと過ごしていたら、扉が開いてサクラが現れた。
「おはよう、ナルト……ってナルト、どうしたの!」
「へっ!?」
 単純にナルトが食事に手をつけていないから驚いたのだと思った。
「アンタ、顔、真っ青よ!!」
 サクラの目には、血の気の引いたナルトが見える。よく見れば、朝食に全く手を付けていない。普段のナルトは好き嫌いはあっても出されたものはきちんと食べる。
「あぁ、どうりで……なんかちょっとだるいと思った」
 ナルトはへらっと笑った。
「ちょっと! へらへら笑ってる場合じゃないでしょ!」
 サクラの目から見れば今にも死にそうに見えるのにナルトにとってはちょっとだるい程度なのがおかしい。
 サクラはナルトの額に手で触れた。
「熱はないわね」
「サクラちゃん、別に大したことないってばよ!」
「大したことあるわよ! ちょっと待ってて。綱手様呼んで来るから……」

 病室を出た後、早足で歩きながらサクラは思った。ナルトの感覚はどこかおかしい。サクラから見れば明らかに変だと思ったのにその張本人は大丈夫だと言ってへらへらと笑っていた。自分の体調の変化に鈍すぎるというよりも単に関心がないのか。おそらく後者だろう。ナルトなら致命的な傷を受けてもへらへらと笑って放置するような気がする。忙しい綱手をわざわざ呼びつけるのは心が痛む思いだが、緊急なことなので仕方がない。
 しばらくすると綱手を連れてサクラが戻ってきた。
 相変わらずナルトは食事に手もつけずぼんやりとしている。
「昨日といい今日といい、お前は問題ばっかり起こすね。心配させるんじゃないよ」
「大げさだってばよ。サクラちゃん、わざわざバァちゃん呼ばなくても……」
「だって心配なんだもん。アンタ、真っ青な顔してるし。ちょっとは自分の身体、気遣いなさいよ!」
「サクラの言う通りだ。自分の管理もできない奴が火影になれると思ってるのかい。火影に必要なのは強さだけじゃないよ」
 綱手の言葉に対し、ナルトは何も言い返さなかったが納得のいかない表情をしている。
 ナルトやサクラと会話をしながら綱手はナルトの身体の様子を診ていた。
「後で点滴打ってもらいな。少しは良くなるだろ。私から言っておくよ」
 その後、綱手と入れ違いに看護の女性が現れて、慣れた手つきでナルトの腕に点滴針を刺した。
 点滴のおかげか、夕方頃にはサクラと談笑できるぐらいには回復した。


 時は、意識を失ったナルトがサクラに発見されたその日に戻る。
 前日の夜、今日のことを考すぎて寝付けず、サスケはうっかり寝坊してしまった。
 ナルトならともかく自分が寝坊するなんて有り得ないと少し自己嫌悪に陥りながら、慌てて出掛ける支度をした。
 前日の夜に頭で組み立てた計画が大なしだ。本来の予定では今頃ナルトの部屋に居るはずなのに。
 予定が狂ったからといって、予定を中止にするわけにはいかない。今日を逃せばナルトに告白するチャンスはもう二度とないかもしれない。
 慌てながらも、朝食はしっかりとり、身支度を整えることを忘れなかった。鏡に向かい合い、髪の毛を整え、 1mmの乱れも許さない。
 しかし、出掛ける直前になって、迷い出した。果たしてナルトに告白をして大丈夫なんだろうか。普段無表情、無口が標準装備なせいで、外からは完璧で全く傷付かない人間のように思われるが、実は次男らしく壊れやすい心を持っていた。もし、ナルトに告白して自分たちの関係性が壊れてしまったら立ち直れない自信がある。
 考えすぎていたら、家を出るのが遅くなってしまった
 やっとナルトの部屋の前に辿り着いて、サスケが意を決して戸を叩いたら全く反応しなかった。
 まだ寝ているのかと思って扉を開けようとしたら、鍵が閉まっていて開けなかった。
 あのナルトが鍵を閉めているなんて珍しい。
 一体どこに行ったのだろう。疑問に思いながらもこんなところで立ち止まっていても仕方がないのでナルトを探すことにした。
 その後日が暮れるまでナルトが訪ねそうな場所を探したが、結局ナルトには会えなかった。
 だが、サスケは諦めていなかった。今日が駄目でも明日がある。任務のためナルトが部屋を出るのを狙えばいいのだ。

 翌日、前日のようにナルトとすれ違いにならないよう、サスケは早い時間帯に家を出た。
 甘い期待を抱きながらサスケはナルトの部屋に向かう。
 ナルトの部屋の扉が視界に入ると、心臓がうるさく鼓動を鳴らすのを感じながら、扉を叩いた。
 何度叩いても反応がないのは昨日と同じで、イラついたサスケは思わず鍵の閉まった扉を無理矢理開こうとした。
「おい! ナルト! いるんだろ!?」
 サスケの動きは激しく、扉を壊す勢いだ。本気で扉を破壊してしまおうかと思ったが、思いとどまった。
 扉から手を離すと、じーっと扉を睨み付けていた。その表情は不機嫌だ。サスケの中で怒りの感情が流れているのを感じた。
「な、何でだよ!!」
 我慢できず、サスケは一人毒突いた。
「オレに何の恨みがあってこんなこと……」
 酷い仕打ちだ。この世に神が存在するとしたらその神から見捨てられていると思う。
 ナルトへの思いを自覚した後、ナルトを思いながらも何もできずにただ傍に居るだけしかできなかった数年間。今になってやっとナルトとの関係性が一歩進めるかもしれないと期待したのに裏切られた気分だ。
 また振り出しか、と思いながら肩を落としてナルトの部屋から背中を向けた。
 辛すぎて、ナルトが任務から帰ってきた後に顔を合わせられる自信がない。だが、ナルトの顔見たさに結局会いに行ってしまうんだろうなぁとサスケは思った。
 サスケは知らなかった。ナルトがサスケと別れた後に意識を失い、次の日の朝にサクラに発見され、木ノ葉病院に強制入院させられたことを。
 ナルトが意識を失ったという事実に注意が向きすぎて、サスケに知らせることをサクラはすっかり忘れていた。
 ナルト入院の噂は口から口へと伝えられ、同期のメンバーにも広まっていったが、最後まで知らなかったのはサスケだけである。

 サスケがナルトの入院の事実を知るのは2日後。
 ナルトに告白できなかったショックを今日も引きずり、夕食の買い出しのため、サスケは里の中を歩いていた。すると、偶然サイと顔を合わせた。
「やぁ、サスケ君!」
 ナルトの笑顔と違ってサイの笑顔は妙に白々しい。何を考えているのか分からない印象をサスケに与える。
 できるなら傷心の今はサイに会いたくなかった。サイに恨みはないが、彼の表情を見ると、サスケの中の痛い部分を引きずり出されそうだ。そういう思いを少しも表情に出すことなく無表情で頷いた。
「あぁ」
「相変わらず素っ気ないヤロウですね」
 サイは親しみのありそうな顔をしていながら、その口から出る言葉は刃のように鋭い。
「悪かったな」
「悪いですよ」
「……」
 サイの物言いに内心イラっときた心をサスケは宥めた。
「あ、そうそう。サスケ君はもうお見舞いに行きましたか?」
「はっ!?」
 お見舞いって何だ?と頭の中にはてなマークを浮かべながら尋ねた。
「何のことだ?」
「おかしいな、本には、外で知り合いに会った時は共通の話題を振れって書いてあったのに」
 サイは首を傾げている。
 本って何の本だ? こいつの思考パターンは全く理解できない。そう思いながらも、サスケはサイの会話に付き合うことにした。
「お見舞いって誰のお見舞いに行くんだよ?」
「もちろんナルトですよ」
 ポカーンと効果音がつきそうな間抜けな表情をしてサスケは固まった。サスケの中で、ショックやら驚きやら色々な感情が一気にやって来て収集がつかなかった。
「あれ、サスケ君知らなかったんですか? みんな知ってるのに、サスケ君は知らない? 教えてくれる人、いなかったんですね」
 サイは笑顔で痛いところを急ポイントで突いてきた。
「うるさい、言うな」
 何でオレだけ知らされてないんだよ!と心の中で叫んだ。サイでさえ知ってるのにサスケだけ知らないのが納得できない。
 ナルトに告白できなかったことに気落ちしていた近頃の自分が間抜けに見えた。

 サイと別れた後、夕食の買い出しに行く予定を後に回して、ナルトが入院する木ノ葉病院に直行した。
 内心は複雑である。この場合、ナルトに会えるのを喜ぶところなんだろうが、ナルトが入院ということはどこかが悪いというわけで、サスケは素直に喜ぶことができない。
 病室の扉の前に着くと、中からナルトの笑い声が聞こえてきた。
 サスケはざわめく心を宥めるため一度深呼吸をする。続いて2回ノックをすると、ゆっくりと扉を開いた。
 中ではベッドから半身を起こしたナルトがサクラと談笑していた。久しぶりにこの目でナルトの姿を見ることができ、サスケは一瞬の間、感動した。
 ナルトはサスケの存在に気付くと、「あっ、サスケ!」と叫び、言った。
「お前、何で会いに来なかったんだよ!」
 久しぶりに会ったというのに最初の一言がこれでは感動も何もない。さーっと感動の波が引いていくのを感じながら、ぶっきらぼうにサスケは言った。
「知らなかったんだよ」
「へっ!? 知らなかったの? 何だよ、それ!」
 ナルトはぷっと吹き出すと、ケラケラと笑う。ナルトの反応にサスケの表情が不機嫌になった。
「おい、サクラ!」
 自分だけ知らされなかった悔しさやナルトに笑われた理不尽をナルトの傍にいたサクラにぶつけた。
「ナルトも笑うな!」
 ナルトの笑いにつられたのか、サクラは笑いをこらえながらサスケに言う。
「サスケ君、ごめんね! サスケ君に言うのすっかり忘れてたわ」
――忘れてただと!?
 サスケは納得できなかった。
「まぁまぁ。サクラちゃんも謝ってることだし、許してやれよ」
 ナルトはまだ笑っている。
 一体いつまで笑うんだ。
 入院するほど体調が悪いはずなのにそうのんきでいいのか。
「元気そうじゃないか」
 サスケは皮肉を込めて言った。
「そうなんだってばよ!」
 残念ながらサスケの皮肉はナルトに全く通じなかった。
 よく言ってくれました!とでも言うようにナルトは熱く語り出した。入院生活の不平不満が主だ。
「何ともないのにバァちゃんがうるさくってよ。サクラちゃんも」
「はぁ!? ナルト、人がせっかく心配してるのにアンタって人は……。何ともないですって? 今朝会った時青い顔で今にも死にそうだったわよね」
「うっ、それは……」
 ナルトの目が泳いでいる。
 サクラの『青い顔で今にも死にそうだった』という言葉に反応してサスケは顔を顰めた。
 ナルトが反論できないところを見ると、サクラの話はどうやら事実らしい。
 ナルトには少しも緊張感が見られないが、もしかしてこれはやばいんじゃないだろうか。
「サスケ君、ナルト、元気そうに見えるかもしれないけど、ちゃんと病人だから気遣ってあげてね。間違っても、ここから外に出そうなんて考えちゃ駄目よ」
「いつからなんだ?」
「ナルトが任務から帰った翌日の朝よ。ナルトの奴、部屋で意識なくして倒れてたの」
 あぁ、だからか。サスケはナルトに会えなかった訳を理解した。
「サスケ君が来てくれて良かったわ。ちょうど今、用事思い出して帰りたいなぁと思ってたところなの。ということでナルトの相手よろしくね」
「え!? あ?」
 予想外の展開に驚いて口から出る言葉は意味をなさない。
「ナルトが逃げ出さないようにちゃんと見張っててね」
「サクラちゃん、逃げ出すって酷い」
「何よ、事実でしょ。アンタ、私がいない時にこっそり抜け出したじゃない。そのせいで私がアンタにずっと付いてなきゃいけなくなったんだからね。私だって暇じゃないのよ」
「それはオレのせいじゃなくて、綱手バァちゃんのせいだってばよ。文句ならバァちゃんに……」
「綱手様に文句なんて言えるわけないじゃない。アンタ、私に綱手様に殴られてこいって言うの?」
 いつまでも続きそうなナルトとサクラの会話の応酬を止めたのはサスケだった。
「サクラ、帰らないのか?」
「あっ、そうだった。ということで後はお願いね」
 最後にナルトに釘を刺すことを忘れない。
「ナルト、大人しくしてるのよ!」
 ナルトとサスケが見送る中、慌ただしくサクラは出て行った。


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