挑戦状

 サクラがいなくなると途端に先程の騒がしさが嘘のように部屋がしーんと静まった。
 思わずナルトの姿を確認するとナルトとばっちりと目が合った。
 吸い寄せられるようにその視線から目が離せない。
 永遠のように感じられるぐらい長い間見つめ合っていたような気がする。
 先に視線をそらしたのはサスケだった。ナルトの存在を意識してかさっきまでは静かだった心臓の音が今は騒がしい。
「サスケ、サクラちゃん、いなくなったな」
 ナルトは少し寂しげな表情で言った。
「そうだな」
 同意をしながらも、今この場でナルトがサクラの名を出してしかも寂しげな表情をするのが気に入らない。そんなにサクラがいいのか!と不満に思った。
 サスケの中で生まれた小さな黒い感情は、ナルトの次の言葉にかき消された。
「でもサスケがいるからいいってばよ。サスケと一緒だったら退屈しなさそうだしな」
 にっと笑って言ったナルトにサスケは心を打たれた。殺し文句まさにそうだ。
「お前……」
 体中の熱が一気に顔に集まるのを感じた。
「ぶっ、サスケなんて顔してんだよ!」
 ナルトはサスケの顔を指さして笑った。
「うるせぇ。このウスラトンカチが!」
 何とか普段のクールな表情に戻そうとしたが、顔の熱はなかなか下がらなかった。
「ムッ。ウスラトンカチって言うなってばよ」
 途端にナルトの表情が不満顔になる。
「倒れて入院なんてウスラトンカチだ」
 口に出したら、今まで忘れていた怒りがまた戻ってきた。
 何で倒れたナルトを発見したのがサクラなんだろう。
 何で自分だけ知らされなかったんだろう。
 果てのない疑問がサスケの中で浮かぶ。
「それとこれとは別に関係ないだろ。何怒ってんだってばよ!」
「そもそもお前が一人で勝手に倒れるから悪い!」
「はぁ!? 何だよ、それ! 倒れちまったものは仕方がないだろ」
「仕方なくなんかない。倒れないように健康管理に気をつけるのも忍者の仕事だろうが! それなのにお前と来たら、ラーメンばかりでまともな食事をしてない」
 ナルトの思う食事と、サスケの思う食事が同じだとは思いたくない。ラーメンなんて食事ではない。
「ラーメンのどこがまともじゃないって言うんだってばよ!」
「まともじゃないだろうが!」
「何だと! サスケ、今すぐラーメンに謝れ! 土下座しろ」
「うるせぇ!!」
 知らず知らずのうちにお互いの声が大きくなっていた。
 サスケは熱くなっていて、こうなったら徹底的にナルトを言い負かせてやろうと意気がっていた。ナルトはナルトでサスケに大好きなラーメンをまともじゃないと言われたのが悔しいのかサスケを睨み付けている。
 二人の間で闘志の炎がバチバチと燃える。膨れ上がった二人のチャクラに反応して老朽化した病院の建物がグラグラと揺れた。
「サスケェ、こうなったら屋上で勝負だ!」
「ふっ、いいだろ」
「オレに負けたらラーメンに謝れよ!」
「負けるのはナルトの方だろ」
 かつてサスケは里を抜けていた頃もあった。サスケが里に戻る前、ナルトと命を懸けた真剣勝負をし、僅かな差でナルトに負けた。時が経った今、その頃に比べれば身体も心も強くなっているし、体力の落ちたナルト相手に負ける気がしない。
「なにぃ!」
 ナルトの瞳の中にある炎がますます燃え上がる。今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
 サスケはごくりと唾を飲み込んだ。ナルトがサスケに向ける感情が怒りでも、ナルトの意識を独り占めできるのは嬉しい。
「その言葉忘れんな! 徹底的にやっつけてやるってばよ」

 屋上の空は澄みやかな青色だった。雲一つない。
 まるでナルトの瞳の色のようだ。そう思いながらサスケは目の前のナルトを見た。変わらず青色の瞳がそこにある。その瞳に自分の姿だけが映し出されていると考えると気持ちがいい。
 ナルトは軽く準備運動をすると、構えの姿勢を取った。サスケはただナルトの動きを眺めているだけだった。
 訝しげな表情をしてナルトは言う。
「サスケ、何突っ立ってんだよ。やる気あんのか?」
「一応」
「オレのこと、舐めてんだろ! 舐めてかかると後で酷い目に……」
 ナルトの言葉に被せるようにサスケは言った。
「舐めてない。おまえが強いのはオレも認めてるさ」
 言い終えると、穏やかな気持ちがサスケの身体を包んで戦意が喪失していくのが分かった。
「ほ、褒めたって駄目だかんな!」
 つっけどんとしていても、ナルトが愛らしく映るのは、サスケがナルトに惹かれているからか。
 自然と目の前のナルトを見る目が緩む。
「おまえ、気持ち悪い! いつも無表情なのに今日は……」
 ちらちらとナルトの目が揺れている。自分の態度に動揺しているナルトの様子にサスケはふっと笑った。
「そ、それ! 何なんだよ、一体……。サスケがそんなんだと……」
 ナルトは言っている途中でぎょっとした表情でサスケを見た。ナルトのすぐ目の前にサスケが迫っていた。慌てて後ろに下がる。
 サスケの熱い視線に殺されそうだとナルトは思った。だが、目を閉じることなく、負けるもんかと目をきつく開いてサスケを見た。
 目もそらせない緊張感の中、ゆっくりと後ろに下がっていく。そのうち動けなくなった。背中が柵にぶつかってガシャンと音を立てた。
 サスケから視線をそらせないまま、無駄に鼓動を鳴らす心臓の音に耳を澄ましていた。なぜサスケ相手にこんなにドキドキしなきゃいけないんだとナルトは思った。
 サスケの目の前でナルトは律儀にサスケの視線に答えている。そんなナルトがサスケには可愛らしかった。
 視線がナルトの唇に移った。ごくりと喉を鳴らす。キスをしたい。自然とわきあがった欲求に反応し、下半身に一気に熱が集まった。
「サスケ……」
 不安そうに揺れるナルトの目。それを見てしまい、サスケは思わず心臓を押さえた。ナルトからサスケの視線がそれ、サスケに一瞬隙ができた。その間を逃さず、ナルトはサスケを突き飛ばした。
 サスケの視線に意識を全部持っていかれて、ナルトはそもそもなんでここでサスケと戦うことになったのか忘れた。
 ナルトに強い力で突き飛ばされたサスケは地面に腰をつけた情けない格好でナルトを見ていた。立ち上がる様子の見られないサスケにナルトと戦うやる気が全く見られず、ナルトはだんだん腹が立ってきた。
 舐めんなよ!と心で思いながら、勢い良く拳をサスケの顔に向けた。だが、避ける素振りを見せないサスケに、寸前で動きを止め、悔しそうに顔を歪めた。
「気が済んだか?」
 冷静なサスケの声に熱くなっていた思いがさぁーっと冷めていくのが分かった。
 ナルトは黙ってサスケに背中を向けると入口に向かって足を進めた。
 ふと顔を上げた時、澄み切った空の色を眩しく感じた。
 その時、空が揺らいだ。あぁ、またかと思った。
 それは突然やってきた。抗う時間もなく、ナルトの全身の力が抜けていく。
「ナルト!!」
 サスケは叫ぶと慌てて駆け寄り、ナルトの身体を支える。
 先程まで顔色が良かったのに今は血の気を失っている。チャクラの反応も悪い。
 「ナルト」と何度も呼び掛けたが、ナルトからの反応はない。完全に意識を失っているようだった。
 サクラから話を聞いていたのに、ナルトを外に連れ出してこんな目に合わせてしまうなんて迂闊だった。どこかにまさかナルトが……という気持ちがあったのかもしれない。
 元気なナルトしか知らないから今のように弱々しいナルトを見るのは初めてでサスケは戸惑っていた。どう対処したらいいのか分からない。
 サスケが途方に暮れている間も無情にも時間は過ぎていく。唐突に風が吹いてナルトの髪がさらさらと流れた。
 こんなところで考え込んでいても仕方がないと意を決するとサスケはナルトを抱き抱えた。いわゆるお姫様抱っこである。意識があるナルトにすると女扱いするなと大暴れされそうだが、意識のない今は関係ない。

 振動を感じてナルトが目を開けると、視界がゆっくりと動いていた。一瞬地震でも起きたのかと思ったが、すぐに自分の身体が勝手に移動しているのだと気付いた。
 無意識に身じろぎをしたのか、耳元で「気付いたのか」とサスケの声がした。
 すぐ目の前にサスケの顔があり、ナルトは驚いた。
「な、サスケ、何で……ってか、これ何だ!?」
 これはいわゆるお姫様抱っこというやつではないか。男なのに男に抱えられているなんてみっともない。しかも相手はサスケだ。
 ナルトの中で羞恥心が一気に襲ってきた。ナルトは顔を真っ赤にして暴れる。サスケの頬に手が当たって爪で引っかいた。
「いてぇっ! 暴れんな。落ちるぞ!!」
「だったら下ろせ!」
「下ろしても今歩ける身体じゃないだろ。大人しく抱えられてろ!」
 強い口調でサスケが言うと、サスケに叱れたように感じ、ナルトは暴れるのをやめた。不満に思いながらも大人しくサスケに抱えられている。地面に振り落とされるのが嫌で腕をサスケの首に回した。
 何でこうなっているんだろう。ナルトの頭の中で疑問が浮かぶ。
 ナルトは記憶を探った。それはサスケと喧嘩をしたところで終わっている。
「オレ、また倒れたのか?」
「そうだな」
「悪ぃな。世話掛けて」
「お前が世話掛けるのはいつものことだろ。ウスラトンカチだからな」
「何だと!!」
 そう言いながらもナルトは笑っていた。
「ナルト、こういうこと、よくあるのか?」
「こういうことって?」
「今みたいに倒れることだ」
「あっ、そういうことか。う〜んと、たぶん今の分を含めて2回だってばよ」
「そうか……」
 少し間を開けた後、サスケが話を振ってきた。
「前からどこかおかしかったのか?」
「どこかって?」
 サスケの質問の意図が分からなくて質問を質問で返した。そんなナルトに少しイライラした様子でサスケは言う。
「だから意識を無くす前兆的な何かがなかったのか訊いてるんだよ!」
 サスケに言われ、ナルトは頭を巡らせた。
 あるにはあるがそれをサスケに言ったら怒られそうだ。迷った末に小声で言った。
「めまいとかはたまにあったってばよ」
「なんで何も言わなかったんだ!」
「ただの疲れだと思ったんだって! 何怒ってんだよ」
 サスケが怒る理由が分からない。別にサスケに迷惑を掛けているわけじゃないし、実際に入院しているのはナルト自身なのに。
「別に大したことないだろ。死ぬわけじゃあるまいし。ちょっと意識を失ったぐらいで大げさだってばよ」
「大したことないだと? 何、馬鹿なこと言ってるんだ。大したことない奴が二度も意識を失うわけないだろ。ちょっと意識を失った? あれがちょっとなもんか。後、死ぬなんて軽々しく言うな!」
 サスケもサクラと似たようなことを言う。二人ともナルトのことを心の底から心配しているのかもしれない。だが、それもいきすぎると鬱陶しく感じる。ナルトとしては対等でいたいのに、二人にこのような態度を取られると、下に見られているようで不快だ。
 ナルトが無視を決め込んでいるとサスケはチッと舌打ちをした。それに対し、「舌打ちをしたいのはこっちだってばよ」とナルトは思った。
 周囲が大げさなくらいに心配しても、ナルトにはあまり重大さが分からない。明日にでも退院させて欲しいと思うぐらい大したことはないと思う。
 なんでサスケやサクラはこんなにも自分を構いたがるのだろうか。そこに目には見えないサスケやサクラのナルトに対する親愛のような感情を見つけてナルトは複雑な気持ちになった。大切に思われていることが嬉しいのに心が痛い。
 目の前にあるサスケの顔を見つめた。生まれた時から両親がいないから、家族というものがどんなものかよく分からないけど、サスケは家族みたいな存在かもしれない。他の人間にはない特別な感情がサスケにはある。ナルトの心の奥底にあるその感情はきっと温かいのだろう。だけど、あまり掘り起こしたくない感情だ。そうすると、自分がどうにかなってしまいそうで恐い。

 急に黙り込んだナルトをサスケは訝しげに思った。心配のあまり言い過ぎて拗ねてしまったのかと思った。
「鬱陶しいかもしれないが、オレはお前のことが心配なんだよ」
 ナルトには、人の痛みに敏感でも自分の痛みには無頓着なところがある。今調子が悪いのも他人の命優先自分の命は後回しで見て見ぬ振りをして放置し続けた結果なのだろう。気を失う程身体に異変が起こっても、それがどうした?といった態度のナルトが信じられない。
 サスケにとってナルトの存在は自分の命よりも大事だ。ナルトを失いたくないからナルトに疎ましがられても何度でも声を上げる。
「そういうのって正直うざいってばよ……」
 消えそうな声でナルトは言う。
「そうだな、分かってる……」
 自分の想いがナルトに伝わっていないのを感じ、サスケは軽く傷付いた。一言お前が大事なんだと言おうと思ったが、口にするのを躊躇い、結局何も言えないまま、病室に着いた。


 先日の建物の振動でナルトがまたトラブルを引き起こしたことが病院の人間に知られた。
 そのことが綱手やサクラの耳にも入ったのだろう。ナルトは彼女達からきつく叱られた。
 しかしなぜかサスケだけがお咎めなしでナルトは不満だ。大元の原因はサスケにあるというのになぜ自分だけが怒られ、サスケは何も言われないのだろう。
 今日も朝からサスケと大喧嘩(一方的にナルトがキレた)をして病室の物品を壊した。そのせいで今ナルトがサ
クラからお説教をくらっているのに、サスケが涼しそうな顔でこちらを見ているのが気に入らない。
 真剣にナルトに何かを訴えようとする彼女の声を上の空で聞き流しながら、先日のサスケとのやり取りを思い出した。
 サスケはナルトを心配していているのだと言った。その真剣な顔や言葉からサスケに大事にされているのが伝わった。彼は父や母以外で損得を乗り越えナルトを大切に想ってくれる貴重な人間なのだろう。
 そう思うと不思議な気持ちに心が満たされる。胸の中がざわざわして何だか落ち着かない。サスケがなぜナルトを大切に思うのか、ナルトの中にある不思議な気持ちは何を意味しているのか、ナルトはまたもや考えるのを放棄した。
「ナルト、聞いてるの!」
 サクラの声で現実に引き戻された。
「ちゃんと聞いてるってばよ」
 サクラはナルトの答えに納得していないようだったが、説教するのにも疲れたのか言った。
「これに懲りたらもう騒ぎを起こさないでよ。自分が病人なんだってこと分かってるの?」
「分かってるってばよ」
 周りの人間のナルトを気遣う態度や、ちっとも安定しない自分の近頃の体調を考えると自分が病人なんだって嫌でも意識せざるを得ない。
 それに常にサスケが自分の傍にいる状態というのは異常事態だ。こんなにずっと一緒に居ることが今まであっただろうか。記憶を探りながらナルトはさりげなくサスケに視線を配った。
 相変わらず腹が立つぐらいすかした顔をしている。大体なんでそんないつもつまらなさそうな顔をしているんだろう。サスケの顔を見すぎてしまったのかサスケと視線があって「何だ?」という表情をされる。ナルトは何も言わず顔を背けた。
 するとサクラがとんでもないことを言った。
「まったくナルトったら素直じゃないわね。もっとサスケ君に素直になったらいいのに」
「サクラちゃん、素直じゃないってどういうことだってばよ。オレは十分素直だってばよ! サスケがいちいちムカつくこと言うから……」
 言いながら傍に居るサスケを睨み付けた。
「オレは別にムカつくことなんて言ってない。ただ本当のことを言ってるだけだ」
「それが嫌味だって言ってんだってばよ!」
「はいはい! 喧嘩しない」
「だそうだ、ナルト」
「何だよ、オレのせいだって言うのか!」
「だから喧嘩すんなって言ってんのよ!」
 サクラはナルトを殴った。
「いたたた……サクラちゃん、オレ、今病人だって分かってる? 少しは優しくしてくれよ」
 言いながらナルトはサクラに殴られた頬を押さえた。
「病人なんだったら大人しくしてなさいよ」
 ふっとサスケの笑い声が聞こえ、「サスケ、笑うな!」とナルトは言った。
「サスケ君もサスケ君よ。ナルトのこういう性格、分かってるでしょう。もうちょっと優しく接してあげたら?」
 そう言うとサクラはサスケの耳元で「昔みたいに可愛い子を苛めたいみたいな、ツンデレな態度を取っても、ナルト鈍いからサスケ君の気持ちに気づかないわよ」と小声で言った。
 その光景がナルトには二人がイチャイチャしているように見え、ムッとした。更にサスケが赤い顔をしてブツブツと呟いているものだから、尚更気分が悪い。
――な、何だよ、サスケの奴 !! サクラちゃん相手にデレデレしちゃってさ。
 そう思った後、あれ?とナルトは首を傾げた。
 こういう場合普通サクラに対して何かを思うはずなのにサスケに対して腹が立つのは何故なのだろう。不可解だ。
「まったく昔から全然変わってないわよね、二人とも。間に立たされるこっちのことも少しは考えてよ」
 ナルトが考え込んでいると、意識の片隅でサクラの声がした。
 サスケはサクラに言われたことにショックを受けていた。
――ツンデレ……ツンデレ……。
 サスケの脳内はサクラに言われたツンデレという言葉で埋め尽くされていた。今にもそこを突き破って外に出て行きそうだ。それぐらいサスケにはサクラに言われたツンデレという言葉が引っ掛かっていた。
 サスケとしてはごく普通にナルトに接しているつもりだったので、サクラにツンデレと称されたのはショックだった。最愛の兄に両親を殺され、一人きりで過ごしてきたサスケのごく普通はナルトがそうであるようにずれていた。
 普段から無表情・無口が標準装備で、好きな相手を目の前にすると照れて一言二言嫌味を言ってしまう(本人は嫌味だとは思っていない)サスケの態度はごく普通ではない。
 サスケは考えたが思い当たらず、後でサクラに自分の態度のどこがツンデレなのか問い質そうと思った。
「ちょっと二人とも聞いてるの!!」
「「何?」」
 サスケとナルトの声が綺麗にハモり、二人は顔を見合わせた。

――まぁ、綺麗にハモちゃって。
 サクラの心の声である。
 二人が示し合わせてこうなったわけではなく、自然にこうなったのだから、恋人持ちのサクラとしても、二人の関係性に対して嫉妬に似た複雑な心情を抱いてしまう。昔以上にサスケとナルトとの3人の絆は深まっているが、相変わらず二人の関係に踏み込めないのがもどかしい。
 ナルトはきょとんした表情でサスケを見ており、まるで「え? 何で?」とでも言っているようだ。サスケは顔色を変えずただナルトの顔を見ている。
 そのまま時が止まったように見つめ合う二人。
 ただ顔を見合わせていたのがどういう経緯で見つめ合うことになったのだろう。第三者のサクラには二人の中で一体何が起こったのか分からない。言葉を交わさないで目だけで会話しているのだろうか。
 サスケの眼差しは余すことなくナルトに注がれている。今にも「ナルト……」と言う情のこもったサスケの声が聞こえてきそうだ。
――あぁ、熱苦しいったら……。
 口の中に大量に砂糖を放り込まれたような、甘ったるさを感じてサクラは顔を歪めた。お菓子が甘いのは好きだが、人の関係が甘ったるいのは苦手だ。
――サスケ君、そんな視線でナルトを見るならさっさと告っちゃえばいいのに。ナルトもナルトよ。なんで気付かないのよ!! あんだけ熱い視線で見られれば何かあると気付くでしょうが!
 ナルトが気付いていないのはサスケの想いだけではない。
 サクラにはサスケだけが一方的にナルトに恋しているのではなく、ナルトにもサスケに気があるように見える。だが本人は無自覚だ。
 ツンデレなのはナルトもそうで、日頃からサスケに対して文句を並べ立てているが、本当は満更でもないんじゃないかとサクラは思う。
――一体いつまで見つめ合う気なのよ。
 いつまで経っても我に返らない二人にサクラはうんざりとした。見つめ合っているサスケとナルトの空間だけ別世界のようで口を挟みにくい。
 この空気に水を差すのも嫌でそろりそろりと足を忍ばせ、扉に近付く。退室間際に「ごちそうさま」と呟くとこっそりと病室を抜け出た。

 サクラがいなくなったことも知らず、二人は声も出さずに見つめ合っていた。
 サスケは痛いぐらいに熱い眼差しでナルトを見ていた。
 先程サクラにツンデレと言われたことを意識しての行動で、サスケは視線にナルトに対する愛情を込めたつもりだ。少しでもナルトに気持ちが伝わればいい。
 恋は盲目と言う。他の人から見ればただのナルトの顔なのにサスケには意味合いが違う。自分とナルトの声が綺麗にハモッたのに気付いて何気なくナルトを見ただけなのに、心の奥底からナルトに対する愛しさがこみ上げてきて、ナルトを見続けずにはいられなかった。
 サスケに見られているナルトは、いつまで見るつもりなのかと疑問に思いつつ、妙にざわざわとする胸の内を感じていた。
 静まらない胸のざわめきに怯え、止まった空間を動かす。
 サスケの視線をくぐり抜け、何気なくサクラの姿を探した。するとサクラがいないのに気付き、声を上げた。
「あれ、サクラちゃんは?」
 ナルトから視線をそらされたサスケは、せっかくいい雰囲気だったのに!と不満に思いながら答えた。
「サクラなら帰った」
「えぇ!! サクラちゃん、なんでオレに一言も言わないで帰ったんだってばよ? っつうか、サスケ、気付いてたんだったら教えてくれよ!」
「それどころじゃなかった」
「何だよ、それ!」
「ナルトはお子ちゃまだから分かんないよな」
「ムッ……お子ちゃまってどういう意味だよ。オレは……えっと……」
 今何歳だったっけな、と指を折りながら数えた。
「指で数えてんじゃねぇよ」 
「うるせぇ!」
 ムカつく野郎だ、と思いながらもまともな反論をできず、真っ赤な顔でただ喚くしかできない。
「オレってば、もう26だってばよ」
「間違ってる、正しくは25歳だ。オレがまだ25なのに同い年のお前が26なわけないだろ」
「お前、いちいち細かいんだよ! 男の癖に女みたいだな。10月来たら26なんだから同じようなもんだろ!」
 ナルトにそう言われたサスケは表情には出さないが地味に傷付いた。軽く咳払いすると言った。
「歳はオレも知ってる。精神年齢のことを言ってるんだよ」
 恋の"こ"の字も知らなさそうなうぶなところが幼いと見ている。
 そんなところもナルトの魅力の一つで、少しずつ攻めてナルトを恋に目覚めさせていけたらいいなぁと思う。
「オレ、精神年齢も幼くないし! そういうサスケはどうなんだよ。大人だと思ってんのか?」
「当たり前だ。オレを誰だと思ってる」
「その自信満々な態度がムカつく」
「ナルト、これから毎日攻略してやるからな! 絶対落としてやる!」
 このまま今の関係でいるか、行動を起こすかで揺らいでいた心がここで決定的に固まった。
 諦めない。何が何でもナルトをものにして見せる。
 覚悟を決め、挑戦状をナルトに叩きつけた。
「おう!! やってみろよ!」
 ナルトはにぃーっと笑うとサスケからの挑戦状を快く受け取った。
 男の性かいくつになっても勝負事にはワクワクする。相手が自分と同レベルのサスケなら尚更だ。
 二人は親友である前にライバルであり、その相手から勝負を挑まれているのに断るわけがない。
 自分が今どんな状態かも忘れ、近い将来に起こるサスケとの戦いを思い、ナルトは心を熱く燃やした。
「で、サスケ、何を落とすんだ?」
 ナルトにキラキラとした目で無邪気に問われて、
「え?」
 と、サスケは珍しくぽかーんとした表情を見せた。ちゃんと自分の意図が伝わった上でナルトに同意されていると思っていたのだ。まさかと思いながらサスケはナルトに訊いた。
「お前、分かってるよな? オレが落としたいもの」
「へっ? サスケが落としたいものって……」
 サスケはごくりと喉を動かし、ナルトの次の言葉を待った。
「サクラちゃんだろ! あっ、でもサクラちゃん彼氏いるよな。オレ達、その彼氏からサクラちゃん奪うのか?」
 がくっとサスケはうなだれた。
「ウスラトンカチ……」
 さすが意外性ナンバーワンと言われるだけある。サスケの意図を外した頓珍漢な答えがナルトの口から返ってきた。
「このドベ!! なんでサクラを落とすんだよ!」
「えっ、違うのか? サスケ、サクラちゃん、好きなんだろ?」
 ナルトにそう言われてサスケは軽く頭の痛みを感じた。
 頭を抑えたサスケに「気分でも悪いのか?」とナルトは言った。
 何も言わないので「誰か呼んできたほうがいいのかな」と本気で心配していたところにサスケが口を開いた。
「何でそうなるんだよ。このバカ、ドベ、ドアホ!!」
 鋭いツッコミが入り、ナルトの頭を叩いた。
「痛ってぇ」
 思わず言葉に出す程痛い。ナルトは涙目でサスケを見た。
「お前は誤解している。これだけははっきり言っておく。オレはサクラを好きだが、友達としてだ。サクラの彼氏になりたいわけではない。つまりだ……落としたいのは……」
「落としたいのは? 何だってばよ、焦れさねぇでさっさと言えってばよ!」
「言わない」
「は? 言ってくれねぇと勝負になんねぇだろ」
「忍ならオレが何を落としたいのか言わなくても分かるだろ。つまりそういう勝負だよ」
 ここではっきりとナルトが好きだと言ってやれば心が楽になれるのかもしれない。だが、そうするのは勝負を挑む前からナルトに降参しているような気がして、サスケの男心がそれを許さない。
 ナルトはう〜んと唸っていた。
 サスケはそこにもう一押しする。
「将来火影になりたいならこれぐらいできて当然だよな」
「分かったってばよ。サスケの勝負受けて立ってやる! 負けねぇからな!」
「勝負だ、ナルト! 勝つのはオレだ!」
 こうなったら絶対にナルトを落としてやる。サスケの中で燃え盛る炎はますます勢いを上げて燃えた。
 入院生活を送るナルトはいつも以上に心が弱っている様子で、そんな今がチャンスだ。これを逃せば次はない。
 ナルトの弱った心を徹底的に突いて、ナルトがサスケ無しでは生きられないように懐柔してやろう。少々卑劣だが、サスケの恋を叶えるためには仕方がない。


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