唐突に

 任務に向かう相手を見送る習慣が二人の間にはある。特にそうしようとお互いに決めているわけではなく、暗黙の了解でそのようになっている。
 その日、長かったサスケの休暇が終わり、今日からサスケは遠方に任務に向かうことになった。そんな彼を同じ家に住む同居人であるナルトが見送ろうと、玄関に立っていた。
 このまま、何事もなく、いつものようにサスケを見送る予定だった。
 ナルトは油断していた。サスケはいつもと変わらない様子でその後に何かが起こるなんて思いもしなかった。
 任務に行くサスケを見送ることはよくあることなので今更何か言うこともない。午前中でそんなにテンションも高くないのでナルトはただ笑っている。サスケも元々無口な人間なので何も話さない。
 場を支配しているのは沈黙だ。ナルトはその空間がそんなに苦痛ではない。心の中で次にサスケと一緒になるまでの間をカウントした。
「ナルト」
 サスケに呼び掛けられ、ナルトは笑顔で答えた。長年一緒にいる安心感があるのか、サスケに対する警戒心0の笑顔だった。全身で無防備な状態のナルトは、サスケとの距離が急に縮まっても無反応だった。
 サスケはナルトを抱き寄せると、ナルトの耳元で「好きだ」と囁いた。一瞬サスケの髪から爽やかな香りがした。
 ナルトが反応できずにいる間に、サスケはさっさとナルトから離れ、「じゃあ行ってくる」と言って出て行ってしまった。
 突然サスケに告白されたナルトは未だに何が起こったのか分からず呆然とその場所に突っ立っていた。

 何も言わなくても、気持ちは通じ合っているつもりだ。ナルトはサスケがナルトを好きなことを知っていたし、サスケもナルトがサスケを好きなことは知っているとナルトは思っていた。
 両思いだからいって、二人の間に何かあるわけがない。
 だが、ナルトは幸せだった。
 ひたすらサスケを追い続けていた10代の頃と違って、今はサスケが傍にいる。
 サスケとは、家族が居ない者同士、一緒に居た方が何かと便利だからと、いつの間にか一緒に暮らすようになっていた。
 任務以外では、ひたすら穏やかで平凡な日常が続く。
 日頃の任務が血生臭く殺伐としている分、穏やかな日常に心癒される。
 何よりもナルトが幸せなのは、サスケと同じ空間で一緒に時間を過ごすことだった。過去の経験を踏まえると、サスケと一緒に過ごす時間は、当たり前ではなく、数少ないからこそ、ナルトには貴重だ。
 サスケとの今の関係性が居心地が良く、満足していたからナルトがサスケに何か行動を起こすわけでもなく、サスケもナルトと同じだと思っていた。
 なのに、なぜサスケは今更告白なんかしてきたのだろう。
 好きな相手に告白される事は嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
 どっちかが自分の想いを相手に告白したら今の関係性が変わってしまうような気がして嫌だ。サスケは余計な事をしてくれたなとナルトは思う。


 とても穏やかな気分で過ごせず、そわそわと落ち着きがない。何も手に付かず、結果、貴重な休みの時間を無駄に過ごしてしまった。
 その日は久しぶりに一楽でラーメンを食べようと思っていたのに、サスケの告白事件のせいで、すっかり忘れていた。
 頭の中はサスケのことばかりで他のことを考える余裕がない。まるでサスケに呪われているような気分だ。
 お腹がぐぅ〜と鳴ったのに気付いて時間を見たらもう夕方でお昼を食べ損ねたことを知った。
 何かを食べようと冷蔵庫を見れば、何も入ってなかった。
 そういえば、任務から帰ってきた昨日、サスケと遅い夕食をとっている時に、食料が明日の朝ご飯の分しかないとサスケが言っていたのを思い出した。
 サスケは今まで里に居たのだから、食料がそろそろ尽きると気付いた時点で買い出しに行ってきてくれたら良かったのにとナルトは思う。
 今ここにいないサスケに不満を持っていても仕方がないと財布を持って外に出た。

 数日分の食料調達を終え、家に戻ろうと歩いていた。
 空腹なのが苦しくて、サスケのことがなかったら一楽に行っていたのにと一楽への未練が消えなかった。
 明日行けばいいという考えは、悪い意味でサスケの今日の告白にこだわり続けるナルトにはなかった。
 そんなところにばったりとサクラに出くわした。
 きっと顔は不機嫌な顔になっていたのだろう。
「不機嫌そうな顔してどうしたの?」とサクラに訊かれた。
「サクラちゃん……」
 誰かの彼女になろうが、やっぱりサクラちゃんは優しいなぁとナルトは思った。感動で思わず涙が出てしまう。
「ちょっと、どうしたのよ」
 大げさなナルトのリアクションにサクラは少し引いた。
「聞いてくれってばよ!! サスケが!」
「サスケ君がどうしたの?」
「一楽に行こうと思ってたのに、サスケのせいで行けなかったんだってばよ!」
「はぁ? ちょっと話が見えないんだけど、最初から順を追って話して」
 と言われたので、サクラから質問を時折受けながら、たどたどしく今日会った出来事を話した。
「何で不機嫌になるのか意味分かんない。あんた、サスケ君、好きなんでしょ?」
「そうだってばよ」
 ナルトの態度は分かりやすく、感情が素直に表に出るので、ナルトがサスケを好きなことは一部の人間に知られており、サクラも知っていた。
「サスケ君もナルトが好き……よね? 告白したんだし、そうよね」
 尋ねられてナルトは頷いた。直接今まで何かを言われたことはないが、普段一緒にサスケと居ると、サスケも自分と同じような気持ちなんだろうなぁと思っていた。それは今日の告白があり、確定事項になった。
「じゃあ、何の問題があるの? あんた達両想いじゃない。自分の好きな人から好かれるなんてこれ以上ない幸せだと思うんだけど」
 そう言われてもいまいち実感がない。ただ困惑してしまう。サスケはやっかいな爆弾を落として任務に行ってくれたなと思う。
 ナルトが黙っているとイライラした調子でサクラは言う。
「あんたって贅沢よね。今更世間体がどうとか、男同士だからとか言ったらぶん殴るからね!」
「だって……」
「だって……って何!? 男の癖にウジウジすんな! はっきりしろ!」
「サクラちゃん、顔恐いってばよ……」
「あんたがはっきりしないからイライラすんのよ」
「もしかして今せ……ぶっ……」
「あんた、殺されたいの!」
 思いっきり頬を抓られ、ナルトは悲鳴を上げた。
「言わないともっと痛くなるわよ」
 これ以上痛くなってはたまらないとナルトは口を開いた。
「サスケから好きって言われたのがイヤなんだってばよ!」
「だから何で?」
「別にサスケからわざわざ言われなくてもオレ、サスケの気持ち分かってるし」
「分かっていても、口にしてもらった方が嬉しいじゃない。私だったら喜ぶけどな。むしろ、口にせず、黙ったままの方がおかしいと思うんだけど」
 サクラの言うとおりだが、ナルトは納得できない。
 今まで曖昧だったサスケの気持ちが、サスケの行動ではっきりしてしまった。そのせいで、ナルトの中で何かが変わりつつある。
「そもそも、あんた、まだサスケ君から告白されてなかったの? そっちのほうが驚きよ! 一緒に暮らしてるんでしょ?」
「そうだけど、別にサスケとは何もないってばよ。サスケと一緒に暮らしたほうが何かと便利だし……」
「何もないね……。ナルトはともかく、サスケ君は別に一人でもやっていけそうよね。それなのに、敢えてあんたと暮らすのは何でだと思う?」
 サクラに言われてナルトは考え込む。
 サスケと暮らし始める前の事を振り返った。

 ナルトは元々一人暮らしをしていたので、家事は暮らすのに困らない程度には一通りできるし、一人には慣れているので一人で暮らすのも苦じゃない。
 サスケと暮らすに至ったきっかけは、「一緒に暮らさないか」とサスケがナルトに提案してきたことだ。
「一人で暮らすよりも二人で暮らしたほうが何かと便利だろう」
 サスケにそう言われ、言われてみればそうだな、とナルトは納得した。
 過去に大きな困難を乗り越えてサスケとの関係性が深まったみたいだ。サスケとは付き合いが深く、お互いに家を行き来することが多い。
 一緒に暮らしたら、お互いの家を行き来する手間が省けるかもしれない。それにサスケの料理は美味い。サスケと一緒に暮らしたら、もっと彼の料理が味わえるだろう。
 サスケと暮らすのを迷っているようにも見えるナルトに、一押しするようにサスケは言った。
「一緒に暮らした方が寂しくないだろう」
 一人で居るのが似合いそうな孤独なイメージがあるサスケにも、一人で居ることが寂しいと思うことがあるのかとナルトは意外に思った。
「サスケは一人が寂しい?」
「あぁ」
「へぇ……」
 素直に頷かれてしまうとどのようにリアクションを取ればいいのか分からず曖昧な返答になった。
「お前と一緒に居ると気持ちが落ち着く」
「オレもだってばよ」
 それは自分も同じだとナルトは頷いた。すると、サスケは柔らかな表情で笑った。
 うっかりその笑顔を見にしてしまい、胸が騒がしくなった。
 ナルトはそわそわと落ち着きがなくなった。そんなナルトを優しい目で見るサスケ。
「お前ともっと一緒に居たい。嫌か?」
「別にやじゃねぇけど……」
 特に断る理由がない。サスケは嫌いじゃないし、一緒に居るのは楽しい。それにこんなにサスケがナルトと暮らすことに積極的なのだ。断れるわけがない。ナルトはサスケの提案を呑んだ。

 サスケへの恋愛感情がいつから始まったのか覚えてないけど、あの時にはもうサスケへの恋愛感情を自覚していた。
 サスケと一緒に居ると、心が温かくなった。サスケが傍に居ないときは、心が燃えるように苦しくなった。そこに同性愛に対する反発はなく、純粋にサスケに恋してるんだなと思った。
 今考えると、あの時のサスケもナルトと同じ気持ちだったのかもしれない。口にされていなくても一緒に居るだけで伝わってくる想いがある。サスケのように繋がりの深い人間なら尚更だ。

「分からない?」
「えっ?」
 過去を振り返ってところに突然サクラの声が耳に入り、ナルトはきょとんとした。
「ごめん、サクラちゃん、何の話だっけ?」
「人に話聞いてもらっといて何なの、あんたは」
 怒るでもなく、呆れたようにサクラは言う。
「はっきり言うわよ。サスケ君は誰かと暮らしたいんじゃなく、あんたと暮らしたいんじゃないの?」
「えっ?」
「何、驚いてんのよ。そうじゃなかったら、一人慣れしているサスケ君が人と暮らすわけないじゃない。まさか、一人よりも二人のほうが都合がいいからとか、一人だと寂しいからとかそんな理由だとでも思ってたの?」
「そのまさかだってばよ」
「はぁ……サスケ君に同情する」
「何でだってばよ!」
「あんた、もう最低よ! 一生懸命告白したのに嫌がってるとか、一緒に暮らす真の理由に気付いていないとか、私がサスケ君だったら幻滅するレベルだわ」
「サクラちゃん、そこまで言わなくても……」
「言うわよ! 私もサスケ君が好きだったんだから。まっ、過去形だけど」
「ごめん」
「謝んないで! 惨めになるから」
 はぁ……とサクラは溜息を付いた。
「結局一緒に居てもお互いのことあんまり理解できてないみたいね。一回サスケ君と腹割って話してみたら? それでね、サスケ君に好きだって、想いを伝えるの! 晴れて本当の両想いね」
「嫌だってばよ! なんでそんなこと……」
「嫌だって、あんた……」
「告白なんて絶対無理! できない!」
「何でよ?」
「絶対サスケにバカにされる」
「しないわよ」
「自分から告白したら何だかサスケに負けたような気がするし……」
「でもサスケ君はあんたに告白したんでしょ? じゃあ、サスケ君に告白しないあんたは負けね」
「負け……」
 サスケに負けるのは嫌だ。
「サスケ君に負けたくないんだったら告白することね」
 ぽんと軽くナルトの肩を叩いた。
「頑張んなさい。私、応援してるから!」
 嫌だなとナルトは思った。その思いが表情に出ていたのだろう。サクラは笑って言った。
「ほらそんな顔しない! 笑って!」
「楽しくもないのに笑えないってばよ」
「ほーら」
 サクラに口元の皮膚を捕まれ、無理矢理笑顔を作らされた。
「いたた……サクラひゃん、やへぇめて」

 帰ろうとするナルトの背中にサクラは言った。
「思うだけじゃダメよ。ちゃんと言葉にしないと。分かった? ナルト!」
 小走りで去っていくナルトを見て、やれやれとサクラは呟いた。
「まったく、世話焼かせるんだから。今度ナルトに奢ってもらおう」


 サクラに説得された後も、サスケに告白するかどうか悩んだ。
 結局、選択肢はYESかNOかの二つだけで、さっさとどっちかを決めてしまえばいいのに、ああでもない、こうでもないと行ったり来たりしているのが馬鹿馬鹿しくなる。
 自分はこんなに優柔不断な人間だったかと愕然とする。本当の自分は行動的で思ったらすぐに行動する人間のはずだ。
 それなのに今はただ悩み続けるだけで何も行動しない。
 こんな自分は嫌だとナルトは自己嫌悪に陥った。
 ただ思うだけで何も変わらないのが嫌だ。
 サスケが戻ってくるまでの間、何も手がつかず、ナルトは悶々と暮らし続けた。
 その間、気分はずっと不快だった。
 そうしている間にあっという間に時は過ぎた。
 部屋の中でうとうとしていると、扉が開く音が聞こえて、ナルトははっと気付いた。
「おいナルト、なんで鍵があけっ放しなんだ? ちゃんと戸締まりはしっかりしろと普段から言ってるだろ」
 なんでここにサスケがいるんだとナルトは目をパチパチと開いた。その思考を読まれたのかサスケは言った。
「任務が終わって帰ってきたんだよ」
「あっ、そうか……」
「そうか……って何か言うことないのかよ」
 拗ねたようにサスケは言った。
「おかえり、サスケ!」
「ただいま、ナルト!」
 まさか今日サスケが帰ってくるとは思っていなかったのでまだ心の準備ができていない。
 サスケに告白を受けてから時間が経ったとはいえ、彼は自分が告白したことを忘れてはいないだろう。今更なかったことになんかできない。
 どうやってサスケに接したらいいんだろう。そう思うと、目の前にいるサスケを直視できず、ナルトは顔をそらした。
 サスケが何も言わないのが気まずい。
 一緒に暮らしていなかったらこんなことにはならなかったんだろうなとナルトは思う。
 しばらくサスケに会わないようにして、そのうち時間が経って、サスケが告白したことなんかなかったようになって今までのようにサスケと付き合える。
 だが、もしそうなったらそうなったで、何だか寂しいなと、胸がズキりと痛んだ。
「ナルト、」
 何か言おうとしたサスケの言葉をナルトは遮った。
「身体、汚れてるだろ? シャワーでも浴びてこいよ。風呂はわかしてないんだ。ごめんな。まさか、もうサスケが帰ってくるなんて思ってなくて……」
「別にいい。風呂なんて時間がある時にゆっくり入ればいいから。それよりも、ナルトとゆっくり話がしたい」
「えっと……とりあえず、シャワー浴びてこいよ。なっ? サスケがシャワー浴び終わるまでにご飯用意しておくってばよ」
「今、話がしたい」
「別に今じゃなくても、話なんてご飯食べながらゆっくりできるだろ?」
 サスケは何か言いたそうな雰囲気だったが、ふぅっと息を付くと頷いた。
「じゃあ、それでいい。ラーメンは却下だからな。オレは温かいご飯とみそ汁が食べたい」
「分かったってばよ!」
 サスケがいなくなった後、胸の中にためこんでいた空気を一気に吐き出し、ナルトは呟いた。
「緊張した」

「サスケの話って一体何だってばよ?」
 包丁で人参を切りながら、ナルトは独り言を呟いた。
「今更サスケと話すことなんて……任務で何かあったのか?」
 ふと頭によぎる映像。
 サスケがナルトに迫って……。
「そんなの駄目だってばよ!」とナルトは叫ぶとふるふると首を振った。
 サクラにちゃんとサスケと腹を割って話しなさいと言われたことを思い出した。
「告白か……やっぱり、言わなきゃ……だめだよな」
 サスケが話があるなんて言うものだから余計に意識してしまう。あの告白がなければ、サスケを意識しすぎることなんてなかっただろう。やっぱり、告白なんてしなければ良かったのにとナルトは思った。サスケの話があの告白の続きだったら自分はどうしたらいいんだろう。


 食事に集中しろ!とサスケに軽く叱られる程、いつも箸よりも口を動かしているナルトが、その日は黙々と料理を口に運んでいた。
 サスケに何か言われるのを警戒して敢えてサスケと顔を合わさないようにしていた。
 ナルトは平静を装いながらも内心では落ち着いていなかった。黙っているのが苦しいし、サスケに何を言われるのかも気になる。
 さりげなく、サスケに視線を送ってみる。サスケは表情も変えず、黙々と食事をしていた。ナルトの作った料理が不味いのか美味しいのか分からない。何も言わないということは問題ないのだろう。
――自分から話があるって言っておきながら何だってばよ! 気になるだろ!
 言われる内容も気になるが、言われなかったら言われなかったで余計に気になってしまう。
 自分から話を切り出そうか。
 だが、先程ふと浮かんだ頭のイメージのようにサスケに迫られてしまったら困る。
 ナルトがサスケとの関係で望んでいるのは、穏やかな関係であって、熱く燃える関係ではない。
 心の中で逡巡していると、ふとサスケにじーっと見られているのに気付いた。あぁ、見られていると感じながらもナルトは箸を動かした。
 一体今サスケは何を考えているんだろう。
「ナルト……」
「へぇっ!?」
 とうとう話を切り出されるのかと思うと不自然な程に声が裏返った。
 ナルトは顔を下げたまま、視線だけ動かしてサスケを見た。いつもと変わらない無表情が目の前にある。その手が伸びた。
――えっ?
「あっ、サスケ。何? やめろ! まだ心の準備が……。イヤだ!」
 わけも分からず騒いだ。ぎゅっと両目を閉じ、サスケに身体を触られてはたまらないと、両手を振り回した。
「ナルト、落ち着け!」
 サスケの慌てた声が耳に聞こえる。
「これが落ち着いてられるかってばよ! 一体何する気だ? 話があるって言うから何かと思えば、そういうことかよ!」
 まさに殴る勢いだ。「いたっ!」とサスケの声が聞こえた。
――あっ、やばい……。
 自分がサスケに怪我をさせてしまったのかとナルトは目を開いた。
「ナルト、とりあえず、落ち着け」
 サスケは怒りもせず、ナルトを宥めた。
「サスケ、ごめん……」
「口にご飯粒がついていたから取ろうとしたんだ」
「そうかってばよ」
 そうとも知らず、勝手に混乱して暴走してしまったらしい。少し落ち着くと、急に羞恥心がこみ上げてきた。
――あぁ、オレは何やってるんだってばよ!
 恥ずかしくてサスケの顔をまともに見られない。ここから逃げ出したくなった。それはできないからせめてナルトは顔を下に向ける。
 心はサスケのことで慌ただしい。ナルトのサスケに対する好きという感情はもっと穏やかなものだったはずなのにどうしてこうも騒がしいのか。
 相手を意識しすぎて自分がどうにもならないなんてまるで子供のようだ。ナルトが20歳をすぎたいい大人とは考えられない。
「ナルト、顔上げろ」
「嫌だってばよ!」
「じゃあ、無理矢理上げさせるだけだ」
「強情だな」
「それはお前のことだろ」
「サスケの顔なんて見たくない!」
「何だと……」
 サスケの声が1オクターブ低くなったのに気付かないままナルトは言葉を続けた。
「何でオレに告白なんかしたんだよ! オレは今までのままでいたかった」
 こんなに燃え上がる感情があるなんてナルトは知りたくなかった。きっとこれからは今までのようにサスケと一緒に居ても穏やかではいられないだろう。
 バンとテーブルを叩く大きな音が響いてナルトはびくっとした。
「な、何だってばよ?」
 思わず顔を上げると、不機嫌な顔をしたサスケの顔が見えた。
 トゲトゲしかった10代の頃のサスケとは違い、近頃のサスケは丸くなったようで、不機嫌になったり、過度に怒りを露にするなどしてネガティブな表情になることは少ない。
 久しぶりに見るサスケの不機嫌な表情にナルトは戸惑った。
「オレは今までのままではいられなかった。ナルト、オレが今までどういう気持ちでいたか分かるか?」
「そんなの分からないってばよ! サスケの気持ちなんか」
「分からないだろうな。オレはお前とただ一緒にいるのが幸せだった」
 それはナルトも同じだ。サスケとただ一緒に居られればそれでいい。
「いつの日かただ一緒にいるだけでは我慢できなくなってたんだ」
 サスケの切なげな表情にナルトの胸が騒いだ。
「どういうことだってばよ?」
「オレがナルトを好きなようにナルトにもオレを好きになって欲しい」
「それで?」
 これ以上聞いてはいけないと思うのにナルトはサスケに言葉を促した。
「お前と触れ合いたい……」
――あぁ……。
 ナルトは言葉にならなかった。
 嫌なのか嬉しいのか自分の気持ちが分からなかった。
 ナルトもサスケが好きだ。サスケも恐らく自分のことが好きだろうなぁと思っていた。
 だが、今思えば、ナルトは別にサスケの気持ちには興味なかっただろうし、サスケとどうにかなりたいという気持ちもなかった。そこのところがサスケとずれている。
「オレもサスケが好きだってばよ」
 サスケの表情が少し変化した。喜びに戸惑いが混じった表情。サスケが何かを言う前にナルトは次の言葉を言った。
「でも、オレはサスケとどうにかなりたいなんて思ってなかった。今までのように何事もなくサスケと穏やかに暮らせるのを望んでたんだってばよ。なのにサスケが告白なんてするから上手くいかなくなった。サスケ、どうしてくれるんだってばよ!」
 もしも、サスケがナルトの望むように以前のままと変わらないままでいてくれたとしても、ナルトは変わらずにはいられない。もう以前には戻れないなとナルトは悟った。
 ならば、前に進むしかないじゃないか。
「それはYESととってもいいのか?」
 ナルトは頷いた。
「YESだってばよ」
 ナルトが覚悟を決めて言うと、サスケはふっと笑った。
「晴れて両思いだな」
 嬉しそうに言った。サスケの手が伸び、ナルトの頬に触れそうになる寸前でナルトは後ろに身体を引いた。サスケは悔しそうに舌打ちした。
「まぁ、いい。これからはいつでも触れられるんだ。今日の夜が楽しみだな」
 ナルトはもう子供ではないので触れるに別の意味があることを知っている。
「嫌だ! まだ早いってばよ。今日両思いになったばっかだろう!」
「さっき触れ合いたいって言っただろ」
「そこまで言ってない!」
「ナルトはオレと触れ合いたくないのか?」
「そうじゃないってばよ……」
「だったら……」
「でも嫌なんだってばよ!」
「ナルトはオレが嫌いなのか?」
 拗ねたようにサスケは言う。
 会話が噛み合わないのに苛立ちながらナルトは言う。
「何でそうなるんだってばよ? さっきのオレの話、聞いてなかったのか! オレはサスケが好きだって言っただろ!」
「もう一回」
「はぁっ?」
「もう一回、好きだって言え! 言わないとキスするぞ」
 どっちも不利だってばよと思いながらナルトは渋々小声で「好き」と言った。
「聞こえないな」
「だぁから! 好きだってばよ!!」
 なんでこんなに恥ずかしいことをしなければいけないんだろう。好きなんて思っていても口にするものではない。
 だが、嬉しそうに笑っているサスケを見ていると、たまには言ってあげてもいいかなとナルトは思った。
「オレもナルトが好きだ」
「あっ、そう」
「もっと喜べよ」
「喜んでるってばよ」
「そうは見えない。まぁ、いい。はは……両思いか」
 普段笑わないサスケがヘラヘラと笑っているのは何だか気持ち悪い。そんなに嬉しいのだろうか。ナルトはサスケの様子を観察した。
 サスケの一人暴走は続く。
「今日は両思い記念日だな」
 そんな記念日、聞いたことがない。
「これは夢か?」
 サスケは頬を思いきり摘んだ。
「痛い……でも、嬉しい」
 締まりのない笑みを浮かべるサスケ。
 だんだん鬱陶しくなってきた。
 気持ちが下降線を辿っているナルトに気付かないまま、サスケは一人浮かれていた。
 今のサスケを表現するなら、恋に溺れた男というところだろうか。
 普段の性格を破壊させてしまう程、恋の魔力は偉大だった。
「そんなに痛いのが好きなんだったら、オレがぶん殴ってやるってばよ!」
 ナルトはサスケに拳を向けた。
 だが、浮かれていても、ナルトと同等ぐらいの強さのサスケがそのまま殴られるわけがなく、かわされてしまった。思わずナルトは舌打ちする。
 仕方なく、サスケを放置して後片付けをすることにした。一人舞い上がっているサスケに構っていても時間の無駄だ。

 食事の時の一人浮かれたサスケも鬱陶しかったが、その後も同じだった。
 今日は両思い記念日だからとサスケはナルトの傍に居たがった。
 ナルトが風呂に入ると言えば、一緒に入ろうとサスケは言う。今のサスケと一緒に入ったら一体何をされるか分からない。冗談じゃないとナルトは言って、断固としてそれを拒否した。
 普段の倍ぐらいにサスケに引っ付かれて心意喪失状態だったが、ゆっくりとお風呂に浸かると、何とか回復した。 入浴を済ませた後、やっと寝られると、ほっとしながら寝間の扉を開けた。
 見えた光景にナルトは髪を拭いていたタオルを畳の上に落としてしまった。
「何だってばよ、これ!」
 1mmも隙間がないぐらいぴったりとくっついた布団にナルトは悲鳴を上げた。
「何、驚いてるんだ。オレ達は晴れて恋人同士になったんだからこれぐらい当たり前だろ」
「驚くってばよ。一体何する気だ!」
「そりゃもう……」
 言葉で表現するのが恥ずかしい程、18禁満載なことを言われ、ナルトは開いた口が開かない。
「ぜってぇ、嫌だ!」
「何でだ?」
「何でもだ。いきなりすぎるんだってばよ!」
 やっと0から1になれたところに、10にジャンプアップするようなものだ。ナルトは断固として拒否する。
「いきなりじゃない。オレはずっと我慢してたんだぞ!」
「知るかってばよ」
 いきなりそんなこと言われても心の準備がまだだし、一体それをどうやってすればいいのか分からない。
「オレは絶対に嫌だからな! そこまで強引に言うんだったら、オレはここを出て行くし、サスケのことなんか嫌いになる」
 ナルトは言いながら布団を引き離した。
 その中にもぐり、強く言った。
「オレに指一本でも触れようとしたらぶん殴るからな!」
 まだサスケが何か言っているのが聞こえたが、ナルトは耳を塞いで無視した。
――冗談じゃねぇってばよ!
 ナルトは思った。
 今までのままでいいと思っていたところをサスケのアプローチがあってやっと一歩進もうと思えたところなのに、いきなりあんなことを言われてナルトは怒っていた。
 お互いに好きなことは変わらないけど、それでどうしたいのかという気持ちは、サスケとずれている。
 ナルトにはサスケに触れたいという気持ちがあまりない。サスケはその逆のようだ。
 これからどうやってサスケと付き合っていくか……ちょっと頭の痛い問題だ。とりあえず、貞操の危機だけは防がなければいけない。


 翌朝起きたら、サスケに抱き締められていて、ナルトは声にならない叫びを上げた。
――指一歩触れるなって言ったのに何考えてんだってばよ!
 一体いつからこうなっていたんだろう。
 熟睡していて気付けなかった。
 それは熟睡する程サスケの腕の中が気持ちが良かったということで、ナルトは「そんなんじゃないってばよ!」と小さく呟いた。
 サスケを起こさないようにゆっくりと起き上がった。
 せっせと準備を済ませ、任務に出掛けようと荷物を持って玄関に向かった。
 普段ならサスケの見送りがあるのだが、今日は昨日のこともあり、サスケと顔を合わせるのが嫌だったので、サスケに何も言わずに出掛けるつもりだった。
 しかし、玄関にはいつの間に起きたのかサスケが立っていた。
 全くその気配も感じさせなかった。さすがだ。拍手してあげたいところだが、さすがにこの場面では忍らしさを発揮しなくてもいいのにとナルトは思う。
「何でいるんだってばよ……」
「これがオレ達の習慣だろ」
「別に習慣なんかじゃねぇってばよ」
 不機嫌顔でナルトは靴を履き、扉を開いた。
「ナルト」
 サスケに名前を呼ばれ、腕を引き寄せられた。
 抱き締められ、耳元で「愛してる」と言われた。
 ナルトはまるで心の中に大きな花が開くような、ほわ〜んとした気持ちに包まれた。
 ナルトから反抗心を奪ってしまうほど、サスケからもらった「愛してる」という言葉は強力だった。
 目に見えない強い力で身体を拘束され、身体を動かせない。
 ナルトは力が抜けた状態でサスケに身体を預けていた。
 次に唇をかすめ取られ、ナルトは我に返った。
 サスケにキスをされたと意識すると、顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
 慌ててサスケを突き飛ばすと、サスケの顔を見ずに飛び出した。真っ赤になった顔をサスケに見られたくなかった。

「サスケのバカ野郎!!」
 走りながら、何度も唇をこする。
 こすればこする程、あの時の生暖かい感触を思い出してしまう。
 恥ずかしいやら何やら、色々な感情が頭の中を占めて、ナルトは混乱した。
 キスなんてサスケとの事故キス以来だ。事故キスをキスとカウントしないなら、これはナルトのファーストキスだろう。
 思い出すと「うわぁぁぁ」と言葉にならない声が口から出る。
 走ってる間に少し落ち着いてきた。
 サスケにキスされたことに意識が向きすぎて忘れていたが、サスケに「愛してる」とナルトは言われたのだ。
 思い出すと、再びほわ〜んとした気持ちに包まれた。
 愛してると言われることが、こんなにも心を温かくしてくれるなんて思わなかった。
「オレもだってばよ……」
 愛してると小さく呟いて「へへへっ……」と照れ笑いを浮かべた。
 里に帰ってきたらまた笑顔でサスケに接しよう。サスケはどんな顔でナルトを迎えてくれるのだろう。
 二人の未来は明るいと信じて疑わない。
 思いが通じ合っているのはこんなにも幸せなんだなとナルトは実感した。


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