青い世界

 今日も相変わらず何の進展もなく、ナルトは病室で朝を迎えた。
 入院しているナルトができることは数少ない。
 病室のベッドでサスケやサクラと一緒に時間を過ごすか、屋上で空を眺めるぐらいなもんだ。
 何もせずじっとしているのはアクティブな性質のナルトには苦痛だ。
 入院してからしばらくは、朝起きれば顔色が悪かったり、サスケの前で意識を無くしたりなど常に体調が不安定で周りを心配させたが、ここ最近のナルトの体調は落ち着いている。
 また何の変化もない一日が始まるのかと憂鬱な気持ちになりながら、ナルトは窓を全開にすると外を眺めた。
 空は青く晴れていて空気も澄んでいる。
 こんなにいい天気なのに外に出て思う存分身体を動かせないのは残念だ。
 ここ最近の安定した体調を考えるとできないこともないような気がする。だが周りが許してくれない。
 早く任務に復帰したい。いい加減もうそろそろ退院してもいいんじゃないかと思う。
 コンコンと扉をノックする音がして扉が開いた。
 相手が誰なのか分かっている。後ろを振り返ることなく、外を眺めていると、音も無く一瞬で人の気配が後ろに立ち、背後で声がした。
「ナルト、起きてたんだな」
「悪かったな」
 振り返ると涼しげな表情をしたサスケがいた。
「別に悪くない。起こす手間が省けるからな」
 数週間前にナルトにここを訪れることを納得させたサスケは毎日のようにここを訪れている。
「もし寝てたら叩き起こすつもりだったのか」
「あぁ」
 即答してサスケはふっと笑った。
 一瞬見せたサスケの笑みに動揺している自分に気が付いてナルトは違和感を抱いた。
 動揺を隠すように髪をかき乱す。滅多に笑わないサスケが笑ったから動揺したんだと無理矢理自分に納得させた。

 基本的にサスケはつまらない男だ。容姿端麗で強いのに、面白いこと一つも言えないのがサスケの唯一の欠点だった。
 里にいるサスケ贔屓の女性達にはサスケの欠点が目に入らない。明るく、面白いことを言って人を楽しませる自分という男がいるのに見る目が無いとナルトは思う。
 病室にサスケが居るからといって、ナルトの気休めになっても、楽しくなるわけではない。
 だが、サスケが何も話さないからといって、ナルトまで無口になってしまうと、場の空気が寒くなる。それは苦痛だ。
 ナルトはサスケを笑わせようと頭の中にある面白い話を披露してみせる。
 サスケが里抜けしていた頃は、サスケが居ないことに精神的に苦痛を強いられたこともあったが、それを超えるぐらい仲間達との楽しい出来事もたくさんあった。
 サイとサクラの面白いエピソードを思い出し、ナルトはそのことをサスケに話した。
 サイが空気の読めない行動をしてサクラに殴られたのだ。サイとサクラとの間ではよく起こることなのだが、空気の読めないサイと、彼に対するサクラのリアクションが面白い。
 その時の出来事が頭にリアルに浮かんで、ナルトは一人爆笑し、思わずサスケに同意を求めた。
「なっ、面白いだろ!」
 それに対し、サスケはそれの何が面白いんだとでも言うように首を傾げながら、
「別に」と言った。
「なにー!! じゃあさ、これは……」
 負けるもんかと、ナルトは次々と面白いエピソードを披露していったが、サスケからの反応は低いままで、次第に心が折れてきた。
「お前ってつまんない奴!」
 最後には、サスケに捨てセリフを吐いて話すのをやめた。
 サスケって奴はどうしてこうなんだろう。虚しくなるから何か反応して欲しい。
 ナルトはベッドから出ると、窓から外を眺めた。 
「今日もいい天気だってばよ!」
 わざとらしくナルトは声を上げたが、サスケからは何の反応も返ってこない。
 そんなナルトの後姿をサスケは見ていた。
 今更自分が不在だった頃の話をするナルトの意図が分からず、困惑した。
 何よりも、ナルトの口から他の人間の話が出るのは気に食わない。
 チクリと胸が痛むのは、罪悪感のせいなのか。今まで自分がやってきたことを反省はしても、後悔はしていないつもりだ。
 そんな複雑なサスケの心情を理解していないナルトは、サスケはつまらない人間だと思っていた。
「サスケって何が楽しくて生きてるんだってばよ」
 思わずぼそりと呟くと、
「オレはお前といるだけで十分だ」と返された。
 もしナルトが女だったら胸にぐっと来そうな言葉だ。女じゃなくても、何も感じないわけがない。
 だが、それを言う相手を間違っている。サスケのことだから天然なのかもしれないけど、好きな人のためにとっておくべきだと思う。
「……サスケはそれでもいいかもしれねぇけど、それじゃあ、オレがつまらないんだってばよ」
「オレはつまらなくなんかない。お前の顔を見ているだけで楽しい」
「オレ、どんな顔してんだよ!」
 一瞬バカにされているのかと思ってかーっと頭に血が上った。だが、真顔のサスケを見て我に返った。
「サスケ、さっき、つまらなさそうな顔してたじゃねぇか」
 少し声を抑えながらナルトは言う。
「他の人間の話には興味ない」
「お前っていつもそうだよな。世界が狭いっていうか……もうちょっと他の人間にも興味持ったっていいんじゃねぇの?」
 昔みたいに復讐と家族一直線だった頃に比べれば視野が広くなったほうだが、全く他の人間に興味を示さないのは親友として心配だ。
「ナルトが望むなら努力する」
「オレのため?」
「そうして欲しいんだろ」
「サスケのためを思って言ってるのに!」
「余計なお世話だな」
「余計なお世話ってな……オレはただサスケに笑って欲しいんだってばよ! オレと一緒に居てもつまらなそうな顔してるし、サスケ、楽しくないのかなぁって思っちまうだろ」
「楽しくなかったらわざわざ毎日ここに来ない」
「ならいいけど。それから、オレは病人なんだから……認めたくねぇけど。少しは楽しませろよ。入院生活、退屈なんだからな! いい加減、ぶち切れるぞ」
 ナルトがそう言うと、サスケはくつくつと笑いながら、
「努力する」と言った。

「いつまでそこに立ってるんだ」
 ナルトは窓の前に陣取ったままでいつまで経ってもベッドに戻る気配がなかった。
「だって退屈なんだってばよ」
 ナルトの視線は窓の外に向いたままでサスケを見ようともしない。
 それがサスケには不満だった。
 すぐ傍に自分が居るのに、サスケの存在を無視して、自分以外の何かに関心を向けるナルトが気に入らない。
「何か面白いものでも見えるのか」
 窓の外には、変わらない風景があるだけなのに、それをずっと見続けられるのが不思議でたまらない。
「うん。空が綺麗だ」
「空……」
 脳裏に雲一つ無い空を思い浮かべた。それはナルトの目と同じ青色をしていた。
 そんな空なら見たいと思い、サスケはゆっくりと身体を起こした。
 ナルトの隣に並ぶと空を見上げた。脳裏に思い浮かべていた空とは違って少し薄い色をしている。ナルトの目の色のほうが濃い。
「なっ、綺麗だろ?」
「あぁ、綺麗だ」
――ナルトの目の色には負けるがな――サスケは思った。
「入院生活が長くなってくるとすることなくって、ここで空を眺めてるしかなくてさ。あんまり空って意識して見た事ねぇけど、毎日のように空見てると思うんだ。空って綺麗だなぁって。好きだってばよ!」
 好きという刺激的な言葉にサスケはドキッとした。
「何が?」
「は? 空に決まってるだろ」
「あぁ、空のことか……」
「そう。空だってばよ」
 それから、夢を見るような眼差しでナルトは呟いた。
「ここから自由に飛び立って行きたいな」
 空に向かってナルトの手が伸びた。
 今のナルトはまるで籠の中の鳥だ。病院から一歩も外に出ることができない。
 病室の窓から空を眺めて自由を求める姿は、自由そのものであるナルトの個性を殺しているように見えて何だか窮屈に見えた。
 籠の中の鳥より、籠の外を自由に飛び回っているほうがナルトには似合うし、ナルトの個性を活かせると思う。
 サスケは何も分からない。ナルトの身体のことも。ナルトに関して火影が何を知っていて何を企んでいるのかも。
 だから、ナルトに何も言わなかった。
 ナルトの今の一言が、まさに今のナルトの心境を示しているように思った。
 空に向かって伸びているナルトの手をサスケは掴んだ。
「心配するな。いつか自由になれる」
「? いつかっていつなんだってばよ?」
「さぁ?」
「さぁ?って言われても……。サスケって適当だな」
「いつまでもここにいるってことはないだろ」
「それぐらいオレにも分かる。オレが知りたいのは自由になれるかじゃなくていつになったら自由になれるか。じいちゃんの年齢になってまでここに居たら一生火影になれねぇってばよ」
「今の火影だってババァだろ」
「それ、綱手のバァちゃんに行ったら怒るぞ」
「お前もバァちゃんって言ってんだろうが」
「あ、そっか」

「綱手のバアちゃん、早く外に出してくれねぇかな」
 ベッドの上で天井を見ながらナルトは呟いた。
 そんなナルトの呟きを流し聞きながら、こいつはどんな時も口だけは止まらないなとサスケは思う。
「そもそも、どっこも悪くないのにこんなとこに閉じ込められる理由が分かんねぇんだよ。オレを火影にさせないための誰かの策略?」
 そんな策略でナルトがどうにかなるならとっくの昔に誰かがやってるだろう。昔に比べると数は減ったが、ナルトを火影にしたくない人間は0じゃない。
「なぁなぁ、サスケ。オレのどこが悪いんだよ?」
 一瞬沈黙した後、サスケは答えた。
「頭」
「そうそう、頭……オレってば、頭が悪いんだ……って、違うだろ! 頭悪いのは認めるけど」
 ナルトは唾が飛びそうな勢いで言った。
「冗談だ」
 サスケはクックッと笑いながら言った後、小声で
「頭悪いのは認めるんだな」と呟いた。
 当然ながらサスケに笑われているのがナルトは面白くない。
「全然、面白くないってばよ!」
「わ、悪い……」
 笑いを堪え切れない様子のサスケにナルトは首を傾げた。
――どこがツボにはまったんだ? サスケって分かんねぇ!
 ナルトが面白いと感じ、笑っていても、サスケはつまらなさそうにしていることが多い。かと思えば、今のように何でそんなことで?と首を傾げるようなことで笑っていることがある。きっとナルトとサスケの笑いのツボはずれているのだろう。
 自分のことで笑われているのはあまり気分が良くないが、普段何も感じていないように見えるサスケにも、ちゃんと喜怒哀楽の機能が備わっているんだな。そう思うと安心して、ナルトは「へっ、へっ、へっ……」と笑った。
「何だよ?」
「サスケちゃんも、ちゃんと人間だったんだな」
「当たり前だろ。人間以外の何に見えるんだ」
「だってよ、サスケって基本無表情・無感情じゃん?」
「だから何だ?」
「サスケの中にはちゃんと血が流れてるのかなぁって……」
「?」
 ナルトが何を言いたいのか分からない――サスケは首を傾げた。
「あぁ、言葉って難しい! とどのつまり、サスケがちゃんと感情のある人間だって分かってホッとしたってことだよ」
「……オレにだって感情ぐらいある。表に出さないだけだ」
「そうそう。サスケはいつも何考えてるか分かりにくいんだってばよ!」
「そう言うお前は忍のくせに何考えてるか分かりやすいな」
「あぁ言えばこういうっていうか……なんか嫌味な奴」
「オレは思ったことを言っただけだ」
「それが嫌味だって言うんだよ!」
「嫌味じゃないが?」
「嫌味だってばよ! あぁ、やだやだ!」
 拗ねてしまったのかナルトは布団にもぐって顔を隠してしまった。
「何でこうなるんだ?」
 サスケからすれば嫌味のつもりで言ったわけじゃなかったのでナルトの態度が何だか腑に落ちない。
「おい、ナルト!」
「サスケなんて知らねぇ!」
「何なんだ、一体……拗ねて布団に潜るってお前は子供か!」
 さっきまで晴れていたかと思えば、急に雲行きがおかしくなる――まるで天気のような性格でナルトの扱いが難しい。
 確かに今まで機嫌が良かったはずなのにどうしてこうなってしまったのか。サスケは困惑した。
 布団を剥がそうとするが、中からの力が強く、無理だった。
「お前な……いい加減にしろよ!」
 ナルトが布団の中で身体を丸めたのか、布団のボリュームが増した。
「うるさい! 帰れ!」
「何で帰らなきゃいけないんだよ」
「サスケ、こんなとこにいていいのか?」
「オレが居たくて勝手に居てるんだよ。この前も説明したよな。任務は……」
「それは知ってるけど……サスケもいい年だから……その……彼女とか……」
「いねぇよ」
「でも好きな子いるんだろ?」
「あぁ」
「任務を一生懸命頑張るのもいいけど……」
「言いたいことあるなら布団から出ろ」
 ナルトの力が緩んでいる今を狙い、サスケは勢いよく布団を引っ張り上げ、背後に投げた。
「うわぁっ」
 驚きの声を上げ、ナルトは顔を出した。慌てて布団を戻そうとするが既に手の届かない場所にあった。
「何するんだってばよ!」
 声を上げ、きつくサスケを睨んだ。
 だが、サスケは涼しげな表情で華麗に無視した。

「で、何なんだ?」
「サスケ、家族、作る気ない? 一族を復興させるのが夢だったんだろ?」
「いきなり何を言い出すんだ」
「いきなりなことなんかない! いつもいつも任務で……かと思えば任務を休んで毎日オレに会いに来てるし……いつまで経っても落ち着こうとしないサスケがオレは心配で……」
「余計なお世話だ。いつも任務ばかりなのはお前も同じだろ」
「オレは良いんだってばよ」
「……」
 そんなことを突然言い出すナルトの真意は何なのかと思い、サスケはナルトの表情を見た。
「いつまで経っても一人は寂しいし、隣で支えてくれる奥さんや子供が必要だろ? それにオレ達、忍だからいつまでも生きていられる保障はないし。なっ? サスケなら告白の一つや二つ、ちょっと頑張れば大丈夫だって。このオレが保証するから!」
「一人が寂しいのはお前だろ? オレは別に寂しくない。
お前に何と言われようがオレはこれからも自分勝手に生きるし、お前に告白しろなんて言われなくても告白したければ勝手にやる。
何なんだ、一体? お前はそんなこと言ってオレをここから追い出したいのか? 
オレのこと、里に連れ戻しておいて自分勝手だな。
お前が連れ戻しさえしなければ今頃どこかで自由気ままに生きていたかもしれないのに」
「オレはただ、サスケに幸せになって欲しくて……」
「それが余計なお世話だと言うんだ。
オレが幸せかどうかはお前が決めるんじゃなくてオレが決めることだ。
お前が何と言おうともオレはお前に執着し続けてやるからな。
オレを里に連れ戻した責任を取れ」
「何だかオレが悪いみたいだってばよ」
 ナルトは腑に落ちないという表情をした。
「あぁ、お前が悪い。このオレを里に連れ戻したんだから最後までお前が面倒を見ろ。他人任せにするな」
「つまりどういうことだってばよ?」
「お前がオレを幸せにしろ。それ以外は認めん」
「何だよ、それ。さっきは余計なお世話だって言ったくせに。意味分かんねぇよ。幸せにして欲しくないのか、幸せにして欲しいのかどっちだよ」
 分かってないなぁとサスケは思った。
 ナルト自身がサスケを幸せにするならともかく、サスケに家族を作れと言われるのがサスケにとっては余計なお世話なのだ。
 ナルトが隣に居ないのなら、一生孤独でいい。
「オレに幸せにしろって言われても、オレが誰かと結婚して家族を作るかもしれないし」
「それはないな」
「どういうことだってばよ!」
 もしそうなる状況がやってきた時には、全力で阻止してやろうとサスケは考えた。
「サスケよりもオレが死ぬかもしれないし」
「オレより先に死んだら絶対に許さない」
「って言われても困る」
「いいか、ナルト、オレより先に死ぬな。死ぬのはオレが先だ」
「取り残されるオレの立場はどうなるんだってばよ。自分勝手だな。そんなこと言ったって、この先どうなるかなんて分かんねぇだろ?」
「死なねぇように努力しろ」
「無茶言うなってばよ」
「無茶なんかじゃない。お前ならできる」
「どこから来るんだってばよ。その大きな自信は」
 呆れたような調子でナルトは呟いた。


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