暗闇の中で


 そろそろ涼しくなってきたというのに、突然肝だめししよう、なんて言い出したのは、海(うみ)の方だった。
 なのに、言い出しっぺの海は懐中電灯を持って来るのを忘れ、僕が持ってきていた小型の懐中電灯も、教室ま
で来たところで、海が落っことしてしまい、教室のどこかへとゴロゴロ転がっていった。
 
「わっ、んなとこ、触んなっ」
 暗闇の中、海の姿を捜してさまよっていた手は、どうやら彼の局部に触れたらしく、うわずった声が間近で聞え
た。
「ご、ごめん」
 僕は慌てて伸ばしていた手を引っ込め、ひんやりとした黒板らしきものに触れると、ホウッと息を吐いて体をもた
れさせた。
 たった今、海に触れた手に、そっともう片方の手で触れてみる。
 トクトクと不規則な僕の鼓動が、闇に大きく響いている気がする。
 すでに想いが通じ合っているといっても、海に対して、こんな醜い欲情をいつも抱えていることを、知られるのが
怖い。
「懐中電灯、探してみるよ。ちょっとここで待ってて」
 暗闇の中に、二人きり。
 ……なんてシチュエーションに、ドギマギしてしまって、それを誤魔化そうと足を踏み出したけれど。
「陸、待てよっ!」
 鋭い声に止められ、直後、なにか大きなものが僕にぶつかってきた。
 それが何なのかを理解すると、僕の鼓動がはねあがった。
 海の小柄な身体が、僕の胸に飛び込んできたのだ。
「…ひとりにするなよ」
 首筋のあたりに海の息がかかって、理性が崩壊しそうになる。
「う、海、そんなにくっついたら…」
 本当は、嬉しくて昇天しそうなくらいなのに、自分の暴走しかねない欲望を鎮めるために、できるだけ力を加えず
に、海の体を遠ざけようとした。
「くっついたら、どうだってんだよ?」
 誘うような口調で、海は僕の腕を取った。どうやら海は、暗闇に目が慣れてきたらしい。
「どうして俺が、こんな夜中に、こんな場所へお前を誘ったのか、全然わかってねーだろ」
 拗ねた口ぶりで、海は僕の首に両腕をまわしてくる。
 これは……求められてるって思ってもいいのかな…?
 おそるおそる、海の顔があるはずの影に、顔を寄せた。
 触れ合っただけで離れようとした僕は、海に引き戻され、再び触れ合った口づけは深さを増していく。
 頭の芯がボーッと熱くなって、思わず抱き返す腕に力がこもる。
「っ…」
 思いがけない海の色っぽい声に、とうとう理性がブチ切れてしまった。
「海っ…」
「…陸っ…?」
 海の腰を片手で引き寄せ、シャツをたくしあげ、彼のズボンのベルトを空いたほうの手で外す。そして…さっき偶
然触れた部分に、直に触れた。
「あっ……!」
 海が驚きの声をあげ、僕の腕にぎゅっとしがみつく。
 指先で、その形を確かめるように触れていると、次第にそれが硬く持ちあがってくる。感じてくれているのが嬉しく
て、さらに愛撫すると、耳元に聴こえる海の吐息は、どんどん荒く不規則になっていく。
「やっ……も、もうっ…あっ…」
 色っぽい声を聴いて、僕の方も次第に熱くなってしまう。
 海の感じている顔が見られないのだけが、惜しい。
「海……海…、好きだよ……!」
 暗闇の中で喘いでいる海の頬を、片手で包んで、再び深く口づける。
「…んっ……っ…」
 下半身に触れたまま喘ぎ声を奪うことで、 さらに彼の欲情を刺激した。
「は…ぁっ!」
 唇を離すと同時に、僕は彼を解放に導いた。
 
 息を乱したままの海は、僕の胸にしっかりと縋りついている。そっと彼の頬に触れてみると、やたらと熱くて不安
になった。
「海…、海、大丈夫? 熱があるんじゃないか?」
「熱なんか、ねーよ。お前が、あんなこと、するからだろーが…」
 顔を僕の胸に押し付けながら、恥ずかしそうに途切れ途切れ口にする海が、さらに愛おしくなった。
「…イヤだった?」
「んなわけねーだろっ。お、俺が、誘ったんだし…」
「海…!」
 あまりの嬉しさに、もう一度ぎゅっと抱きしめる。
「わっ、キツイって、陸っ」
「あ、ごめん…」
 慌てて腕を緩めたとたん、海の身体がずるっと床に沈んだ。
 どうやら、腰が抜けていたらしい。たぶん……感じすぎて?
 同時に、ゴトッ…と何か硬いものが床に落ちる音がした。
「あっ!」
 海の慌てたような声が聞こえて、それが彼のポケットから転げ落ちたものだと知った。
 僕の足にぶつかって止まったそれを、手探りで触れてみると、形からして……………懐中電灯!?
 予想通り、持ち手の部分にあった突起をスライドさせると、円形の黄色い灯りが教室内を照らし出した。
 懐中電灯を忘れたなんて、嘘だったんだ。
 もしかすると、僕の懐中電灯を落としたのも………わざと?
 知らず知らず、頬が緩んでくる。
「そろそろ、帰ろうか」
 笑いを噛み殺しながら、海の手を取って促す。
「あ、ああ」
 いつも強気な海の、恥ずかしさに消え入りそうな声での返事が、なんだか可愛いかった。


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