「蛸船長の困惑」

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ディヴィ・ジョーンズの手は震えていた。
何故か、それは怒りの為だった。
ああ、こんなもの見たくない、読みたくないと思いつつも視線を外すことはで
きなかった。


『キャプテン、も、もう我慢できねえっ』
ぬめぬめと光るジョーンズの手足で身体中をまさぐられて、男の身体は限界を
迎えはじめていた。
まだ、我慢できるだろう。
両足の付け根へと、ゆっくりと伸ばされた長い、その動かしはじめた。
ここが、いいのか。
頷く男に仕方がないなと、ジョーンズは意地の悪い笑みを浮かべた。


ジョーンズは女に個別の部屋を与えることにした。
ずっと船底で雑魚寝で過ごさせるのも気の毒だと思い、数日前に使っていない
倉庫を部屋がわりに使っても酔いと許可を出したのだ。
ダッチマンに女はいないし、この待遇に他のクルー達から不満の声が上がるこ
とはなかったので、ジョーンズ自身も深くは考えてはいなかった。
だが、女である。
万が一のことがあり、クルー同士で喧嘩の種にならないとも限らない。
こういうことは最初が肝心である、事前に注意しておこうと思って女を捜して
部屋を訪れたとき、それを見つけたのだ。

テーブルの上に積まれた紙の束、日記、いや、違う。
ふと好奇心にかられて手を伸ばした彼の目が一瞬釘付けになり、そしてわなわ
なと震えだした。

なっ、なんなんだ、これは。
思わず破り捨ててしまいたい衝動に駆られたのは無理もない。
それは自分が男と、あーんなことや、こーんなことをしている恥ずかしい内容
の小説だった。
この海で、誰からも恐れられるディヴィ・ジョーンズ。
そんな自分を、あの女は、こんな目で見ていたのかと思うと腹が立つなどとい
うものではない。

あまりに夢中になっていた為、ドアが開いた事にさえ気づかず、女がじーっと
自分を見ていることにさえ、彼は気づかなかった。
「何してるの」
声をかけられたジョーンズは顔を上げると、女に近づいた。
そして、持っていた紙を突き出した。
これは何なんだ、説明しろと言わんばかりの態度に女は、見られてしまったん
だと一瞬、きまりの悪そうな顔つきになった。
「あー、それは私の仕事で、ほら物書きだって言ったでしょう」
「知るか、だからといってなんで、こんなものを書くんだ」
「あたしの国ではこういうのが女に人気があるの(一部の女性にね・・・心の
叫び)」

くらり、ぐらり、ジョーンズは思わず目眩を覚えた。
「お前の国の女の趣味がどんなものだろうと、この船の上では俺が船長だ、い
いか、こんなもの二度と書くな」
じろりと睨むと女は難しい顔になった。
「まさか、あたしを犯すとか」
予想もしない返事だったが脅しのつもりで、ジョーンズは頷いた。
このとき、女が謝れば、許して下さいと謝罪の言葉を口にすれば何もなく、や
りすごすことができたのだ。
ところが、ちらりと女は伺うような、何か言いたげな目で自分を見るのだ。
言いたいことがあるのか、思わず問いただそうとすると女は笑いを浮かべた。
「やだ、想像した」
それは女の一言だった。
ジョーンズは胸の中で連呼した。
何を、一体、どんなことを想像したんだ、この女。
「おまえ、まさかと思うが、俺のことが好きなのか」
自分の想像する答えなら結構だ、安心できる。
だいたい、この蛸のバケモノのような姿の怪物に、そんな感情を抱く女など、
いるわけがない。
そんなこと、あるわけないでしょうと、女が否定してくれることを期待してい
たジョーンズだった・・・だが。
「やだなー」
笑いながら、嫌いなわけないじゃないと言われて、彼の全身は固まった。

世の中には変わった人間もいる、変わった男もいる。
そして、変わった女もいる。
しかも、自分の事が好きだという女の存在にジョーンズは驚いた。
人間だった頃なら納得できるのだ。
ところが、今の自分は蛸なのだ。
二本足で立っているが、 化け物のような姿をしているが。
今の自分は蛸なのだ。

「助けてくれて、御飯を食べさせてくれて、おまけに部屋まで。見た目は蛸だ
けどディヴィ・ジョーンズは、いい人よ」
「そんなことを人前で言ってみろ、頭がおかしいか、変になったかと思われる
ぞ、大体だな」
「変、そう、変なのよ」
ジョーンズの言葉を否定せず、女は頷いた。
「それを書いてる時も凄く、楽しくて、自分でで思うより、好きなのかもしれ
ないと思うのよ、あなたのことが」

ジョーンズは絶句した。




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