■dreaming of eternity■
―拷問―
鈍い音を立てて、男の拳が腹に叩きつけられる。
もう吐くものは全て吐いてしまったから、口から溢れるのは苦い血と胃液だけ だ。
次元は、スコックスの邸宅にある地下室に監禁されていた。
傷の手当てなどお構いなし、天井から鎖の手枷につるされて、もうどれぐらいたっただろう。
主観的な時間さえ分からなくなってしまった。思考する力はとうに奪われていた。
ただ脳裏に繰り返し浮かぶのは、薄れていく意識の中で見たルパンの姿。
―あんな顔見たの、ガキのとき以来久しぶりだぜ?
また拳が叩きつけられる。辛うじて踏ん張っていた足が崩れて、途端に手首に例え様もない痛みが走る。
気絶すると水をかけられて、無理やり覚醒させられる。同じ事の繰り返しだ。
カツーン…カツーン…
耳障りな足音がまた現れる。足音の主は、衣擦れの音を立てながら次元に近づいてくる。
こいつは悪夢だ。
「…殺るならさっさと殺れよ」
荒い息の下から次元が睨み付けると、スコックスは鼻で笑った。
「それではつまらないのでね」
不気味なほど長い指で次元の頤を掬いながら、スコックスは上機嫌に鼻歌を歌った。
「…何が狙いだ」
次元は必死に態勢を立て直しながら、乱れた前髪の下からスコックスを見た。
その顔はのっぺりとして白く、なんの感情も読み取らせはしなかった。
「勘違いされては困るよ」
手を離し様、スコックスは次元の頬を鋭く打った。その衝撃で、次元はまたしても手枷にぶら下がる格好になった。
くぐもった悲鳴がじめじめとした室内を満たす。
スコックスは彼の『特等席』に腰を降ろすと、長い足を組んだ。脇に控えていた黒尽くめの男が、細長い煙草を彼の指に差した。
煙草に火を点けて、深く煙を吸いこんでから、スコックスは続けた。
「どんな者であれ、ファミリーの名誉を傷つけた人間を、わたしは許しはしない。
君 のようにどじを踏んで逃げ遅れたものは、わたしの玩具にしてよいことになっている」
ふーっ…と、スコックスはゆっくり紫煙を吐き出した。
「皆、ここで死ぬまで最高の苦痛と恥辱を味わってもらうのさ。ゆっくり、時間をかけてね」
「このサディスト野郎!!」
次元は、血の混じった唾をスコックスの足元めがけて吐き捨てた。
スコックスは、口元を端だけあげて笑いながら、足下に落ちたその唾を長い指で掬うと、もてあそび始めた。
次元は、生理的な嫌悪で気を失いそうだった。
「…だが君の読みは半分は当たっている。いや、もっとかな…」
「…何…?」
言葉を発した途端、こらえきれずに次元は嘔吐した。
だらりと弛緩したその体を、棒杭が打った。もう抵抗する力さえなく、次元は手枷に吊るされるままになった。
「もう十分弱っているようだ」
傍らの男の手にある大理石の灰皿に煙草を押し付けると、スコックスは立ちあがった。
「準備をしたまえ」
冷ややかに告げた声とは裏腹に、その顔は暗い愉楽に歪んでいた。
「じ…ゅ…んび…?」
次元は力なく呟いた。スコックスはクックックと、さも面白そうに笑った。
「これは最高のショーになるよ」
狭い室内に、むさくるしい男たちが数人入ってきた。一人は、ビデオカメラを手にしている。
突然手枷が外され、次元は床に叩きつけられた。
苦悶する体を蹴飛ばされ、仰向けにさせられると、注射針の鋭い痛みが腕に走った。
無骨な男の指が次元の口を無理やり開かせ、猿轡をはめた。
「万が一にも、途中で死なれると困るのでね」
意識が朦朧として、何を言われているのか分からない。しかし、スコックスの次の言葉に、次元は慄然として目を見開いた。
「君をこの男たちに犯させる」
下卑た含み笑いが男たちの中からあがった。
「そして一部始終を撮った映像を、ルパン三世に送りつけてやる。もちろん君は最後には嬲り殺しにされるわけだが―」
スコックスは悪魔のような微笑を浮かべた。
「ただ殺して死体を送りつけるより、こちらのほうが余程耐えがたかろう。自分の恋人が、複数の男に陵辱されて死んでいくのを見るのはな」
やめろ―!
いやだ。それだけはいやだ。この体は、ルパン以外に指一本触れさせた事はない。
だが次元の叫びは、食いこむ猿轡によって、苦悶の声にしかならなかった。
全身から力が抜けていく―打たれた薬のせいだ。
「わかったかね、次元大介」
スコックスは高らかに宣告した。
「私たちの狙いは、始めから君にあったのだよ! 先代のときは、よくも恥をかかせてくれた! あのときから我々は、周到に計画をたてた。
ルパン三世に対する復讐の計画 だ。下調べもさせてもらった。
そして結果として、君が選ばれたのだよ。
『ザカラエル』は君たちをおびきだす手段でしかない。ファミリーの名誉に比べたら、あんな石ころなど、無価値も同然だ!」
スコックスは荒いだ息のまま、部下に命じた。
「始めろ」
屈強な男たちが、一斉に乗りかかってきた。それまでの拷問によって申し訳程度に貼りついていたシャツを脱がされ、ベルトに手が掛けられる。
芋虫のような無数の指が、舌が、次元の体の上を這った。
一瞬の閃光。
轟音と共に部屋の一部が崩れ落ち、もうもうとあがる粉煙の中から、二つの影が飛び出した。
「ルパン!?」
スコックスは自分が目にしたものが信じられないと言うように、ワルサーを構えて立つルパンを見た。
「何故―何故ここが!!」
「タイピンから靴底から発信機を取り除いたのは正解だったが」
ゆらりとルパンが歩を前に進めた。
「体ん中を調べなかったのは失敗だったな。次元の歯には、GPS付きの小型装置が埋め込まれてんだよ。
もっとも、こんな地下深く潜られたせいで、電波が微弱になっちまった。おかげで…」
その表情に、スコックスは背中に冷たい汗が滴るのを感じた。
「返しても返しきれねえ借しができちまったなあ、おい」
ルパンはゆっくりと近づいてくる。次元に群がっている以外の男たちが、銃を取り出そうとしたが―
「おっと、動くなよ。死にたくなかったらな。一歩でも動いてみろ。ここにいる侍が、お前等全員血祭りに上げる。
脅しじゃねえって事は、お前等が良く知ってっだろ?」
全員の目が、五右ェ門に集中した。
白い顔をさらに蒼ざめさせて、侍は怒りに震えていた。
「何と…何と醜い…! 何と卑劣な…! 貴様等っ! 恥を知らぬかっ!!」
五右ェ門の一喝が部屋に響いた。
「まずてめえら。次元の上からどけ」
ルパンはワルサーで男たちに促した。男たちは、一様に怯えてその言葉に従った。
「そして壁に向いて立て」
男たちが従うと、ルパンは続けざまにワルサーを撃った。一人残らず、脳天を無残に打ち砕かれて死んだ。
「さてっと…」
なんの感慨もなく、ルパンは五右ェ門に命じた。
「お前は次元を助けて先に行ってくれ」
「何!?」
五右ェ門は声を荒げた。
「このような者たちは、刃の露にしてこそぞ!拙者には、その機会を与えぬと申すか!!」
「頼むよ。これ以上、次元に酷いモンを見せたくないんだ」
その優しい口調に、五右ェ門ははっと我に返った。
ルパンの顔には、先ほどまでとは全く違う、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
―安心して任せられるのは、お前だけだから。
五右ェ門は、強く拳を握って、もう一度開いた。
「分かった」
大きく息をついてそう答えると、五右ェ門は次元に駆け寄った。
ぐったりした体を助け起こし、猿轡を解いてやる。
「しっかりしろ次元。大丈夫か?」
「ルパンは……」
聞き取れないほどか細い声で、次元は五右ェ門に問うた。
五右ェ門は胸を突かれた。
―こんな目にあっても、お主はルパンの事しか頭にないのだな。
「大事無い。拙者と共に居る。助けに来たのだ」
それを聞いて、次元は微笑もうとしたが、できなかった。
途端に崩れ落ちる体を支えながら、五右ェ門は泣いていた。
「さあ、帰ろう、次元」
ぼろぼろの体を腕に抱えて、次から次へと零れ落ちる涙を拭おうともせずに、
五右ェ門はルパンを見つめた。
哀しげに、ルパンは微笑んだ。
〜続く〜
■dreaming of eternity〜拷問〜 後記■
凄惨な拷問の場面を描写するのは非常に辛い作業でしたが、
「偏執的サディスト」であるスコックスの冷徹さ、異常性を
表すために、かなり詳細に書き記しました。
ラストの五右ェ門の台詞、「さあ、帰ろう、次元」が
気に入っています。
ルパンは次元を傷つける者には容赦ないのでは、という
想像が、この章を書く源になりました。
傷ついた次元はどうなるのか。ルパンは、五右ェ門は……
次回にご期待ください。