■dreaming of eternity■
―拉致―
「次元―!!!」
ヘリの爆音に、ルパンの悲痛な叫び声はかき消された。
ルパン一味は、コーサ・ノストラの本拠地である五番街の巨大ビルディングに
潜入し、まんまと『ザカラエル』を盗み出した。
折りしも新しいドン、ガルシアの誕生パーティーが開かれているその会場で、
これ見よがしに飾られていたダイヤを、警報装置も警備もものともせずに、
いつも通りの彼らしい鮮やかな手法で盗み取ったのだ。
大勢の招待客の前で恥をかかされたガルシアは、怒髪天に達して部下たちに叫んだ。
「殺せッ!!何があっても生かして帰すな!殺すんだ―!!」
自動小銃が一斉に火を吹き、会場はパニックになった。
それを待っていたルパンは、煙幕玉を床に投げつけた。視界と呼吸を奪われて、
マフィアたちですらひるんだところを、窓ガラスを足で蹴破ると、次元とふたり宙に舞った。
地上70階建ての高層ビルである。物凄いスピードで落下していくが、そんなことには
手馴れたもので。
「次元」
突然ルパンが、次元に向かって手を差し出した。
いぶかしく思いながら次元が手を伸ばすと、空気抵抗に逆らってそのままルパンに
引き寄せられ、抱きとめられた。
「うわっ!!…って、お前何考えてんだよ!!」
危ねえじゃねえか、と腕の中でぼやく次元の髪に、ルパンは優しくキスをした。
その瞬間、ルパンが靴に仕込んでおいたエアロケットが作動し、二人は空中に静止した。
「おっきなヤマ一つ終わったからさあ…」
ルパンの瞳が優しく次元の瞳を覗きこむ。
「どっかでバカンスしない?ふたりだけで」
「あのな…」
次元が口を開こうとした時、上から下から銃弾の雨が降ってきた。
「うっへえ…!たいした野暮がそろってらっしゃること!」
ルパンはぼやき様に、リモコンのスイッチを押す。途端にロケットが加速し、
下っ端 の構成員たちが気づいた時には、ルパンと次元の姿は見えなくなってしまっていた。
逃走用のヘリには、五右ェ門が既に着いていた。
「いよ〜う、五右ェ門。早かったなあ。」
「お主たちが遅すぎるのだ。」
じろり、と片眉をあげて五右ェ門はふたりを睨んだ。
ルパンは悪びれもせず、次元をしっかりと抱きとめている。次元のほうが五右ェ門の
怒りの矛先に気づいて、
「離せよっ!!」
と、無理やり体を引き剥がした。
「呆れた。またいちゃいちゃしてたの?」
運転席から不二子が身を乗り出して溜め息をついた。
「仲が良いのは結構ですけどね。もう少し真面目にやってよね」
こっちがバカみたいだわ―不二子がそう言ってヘリのエンジンをかけたとき、
四方から銃弾が飛び交った。
「ちくしょう、バレてやがる!」
飛びのき様、次元は歯噛みした。5メートル先にいるルパンも、同じ思いだった。
「敵さん、中々頭が切れやがる」
ワルサーのイグニションを引きながら、すばやく考えをめぐらせる。
何故ここがわかった―いや、それよりも―
その間にも、銃弾は止むことなく打ち込まれていた。
「ルパン、俺が援護する!先にヘリに乗り込め!!」
コンバット・マグナムの重く低い銃声が間断なく木霊する。 銃弾は、確かにルパンに向けて集中的に発砲されていた。
五右ェ門はヘリを守るのに手一杯だ。 ここでヘリを破壊されたら、逃げ道はない。
「分かった!」
ワルサーで応戦しながら、ジリジリとルパンはヘリへ近づいた。
しかし、ルパンの頭からは、尚も疑問が消えなかった。
何かがおかしい―何かを見落としている。
ようやくヘリの入り口に足をかけて、ルパンは次元に叫んだ。ヘリはいつでも飛びたてるよう、
もう宙に浮いている。
「次元―ッ!!早くこっちへ!!」
流石の次元も、敵の数の多さにてこずっていた。しかし、1メートル、2メートルと
ヘリへの距離を縮めて…
ルパンが伸ばした手に手を伸ばした、その時。
背後から一発の銃弾が放たれたのを、次元は気配で悟った。
それは、ルパンの脳天めがけて放たれた、致命的な一発だった。
我知らず、次元はルパンを庇う姿勢をとった。
その肩を、銃弾は貫通した。
スローモーションのように、次元がくず折れていく。
鮮血がルパンの頬を濡らした。
「次げえぇーんッ!!!」
ルパンの悲痛な叫び声が響き渡った。
「くっ!!」
五右ェ門が低く唸り、助けに入ろうとしたと同時に爆音が聞こえ、ヘリの機体の一部が壊れた。
「もうこれ以上無理だわ…!!」
不二子が絶望的に叫んだ。
「…ルパン…!!」
五右ェ門は、尚も次元を助けようとするルパンに決断を促した。
ここで蜂の巣にされるか。それとも―
ルパンの沈黙は、長いようで一瞬だったのかもしれない。
「…ヘリを出せ不二子」
力なく地面に横たわる次元から目を離さずに、ルパンは言った。
ルパンが今どんな表情をしているか、五右ェ門は容易に想像する事が出来た。
爆音と共に、ヘリは上空に舞った。地上からは、尚も銃弾の嵐。
遠ざかる次元の周りに、敵が姿を見せ始めた。その中心、白いスーツを纏った銀髪痩躯の男―
「スコックス……!」
怒りに燃えるルパンの視線をみとめてかどうか―爬虫類のようにつるりと抑揚のないスコックスの顔が、引きつった笑みを浮かべた。
ヘリが彼方に見えるようになった頃、スコックスはおもむろに横たわる次元に目を落とした。
次元の顔からは血の気が失せて、出来たばかりの傷口からはまだ新しい血が溢れ出していた。
「いいものが手に入った」
スコックスは目を細めてにやりと笑った。その冷たい微笑みに、周囲の部下でさえたじろいだ。
「予定通りだ」
スコックスは部下に次元を運ぶよう命ずると、ルパンが消えた空にもう一度、不気味な微笑を浮かべて見せた。
〜続く〜
■dreaming of eternity〜拉致〜 後記■
これから起こる事件への風雲急を告げる章です。
ルパンがダイヤを盗み出した後にエアロケットで
空中に静止する場面や、マフィアとの銃撃戦の
描写に、できるだけ迫力が出るように頑張りました。
少しでもそれが伝わっていたら幸いです。
次回、いよいよ事件は真相へと近づいていきます。